公開日:2024年7月6日

Pace東京がプレビューを開催。CEOマーク・グリムシャーに聞く、麻布台ヒルズ内の新スペースやチームラボへの評価、日本のアート市場活性化のための鍵とは

2024年、メガギャラリーPace(ペース)が東京・麻布台ヒルズ内に日本初となるギャラリースペース「Pace東京」をオープンする。共催する麻布台ヒルズ ギャラリーでのアレクサンダー・カルダー展開催や、7月初旬の関係者向けのプレオープンに先駆け来日したCEOマーク・グリムシャーに5月末にインタビューを行った。

マーク・グリムシャー 麻布台ヒルズ ギャラリー「カルダー:そよぐ、感じる、日本」会場にて 撮影:編集部

メガギャラリーPaceが東京に誕生、プレビューを実施

世界的メガギャラリーであるPaceが2024年9⽉、東京の麻布台ヒルズ内に新スペースPace 東京を正式にオープンさせる。3フロアにわたる展示室の内装を手がけるのは、建築家の藤本壮介だ。
9月の正式オープンに先駆け、7⽉6⽇〜8⽉17⽇はこの新スペースが特別プレビューとして⼀般公開される。

Pace東京の会場風景 Photo by Keizo Kioku Courtesy Pace Gallery
Pace東京の会場風景 Photo by Keizo Kioku Courtesy Pace Gallery

9〜10⽉には開廊記念として、ロサンゼルス拠点のアーティスト、メイシャ・モハメディの新作絵画によるアジア初の個展が、続いて11⽉には、ニューヨーク拠点の彫刻家アーリーン・シェケットの⽇本初の個展が決まっている。

メイシャ・モハメディ Pseudonym  2024 © Maysha Mohamedi Courtesy Pace Gallery

今回は、ペースが共催する麻布台ヒルズ ギャラリー「カルダー:そよぐ、感じる、日本」のプレビューのため5月末に来日したCEOマーク・グリムシャーにインタビューを実施。ペースの東京での新スペースのオープンに至る経緯や展望、所属作家であるチームラボへの思い、これからの日本のアート市場活性化に向けた提言などについて聞いた。

マーク・グリムシャーが語る東京進出

──Paceギャラリーの日本進出は多くの人が待ち望んできました。なぜいまのタイミングで東京にオープンすることに決めたのでしょうか。

これほど時間がかかったとは不思議なくらいです。若手のコレクターやアーティストが増えエネルギーが大きく変化していると思いますし、世界のアート界の誰もが日本に目を向け始めています。複雑な時代の真最中にギャラリーをオープンすることとなりますが、日本が世界のアート界で再び存在感を表す機会になるのではないでしょうか。

マーク・グリムシャー 7月3日に行われたメディア向けプレビューにて 撮影:編集部

──完成が近づいてきた空間をご覧になり、どのような感想を持ちましたか。

約1年前からオープンの準備を始めていて、私もここ数年でいちばん来日しています。7月のTokyo Gendai (東京現代)に合わせて新しいスペースを披露し、フリーズ・ソウル(Frieze Seoul)直後の9月に正式にオープンする予定です。東京の新しいハブとなる麻布台ヒルズ全体にも大きな期待を寄せており、この素晴らしいプロジェクトに関わることができて、大変嬉しく思います。

ペース・ギャラリー(東京)の会場風景 Photo by Nacasa & Partners Courtesy of Pace Gallery

──東京のスペースに関する方針をお聞きかせください。他国のスペースと比べて、展示するアーティストのセレクトや活動内容に東京ならではの方向性はありますか。

新しいギャラリーを立ち上げるとき、まず重要なのは、ギャラリーを運営する人を見つけることです。社長のサマンサ・ルーベルは、次世代のリーダーを見つけるために世界各地を飛び回っていますが、新しいPace ギャラリーの副社長を務める服部今日子さんがまさに国内のアート・コミュニティを統合し、新たなエネルギーを生み出すキーパーソンです。

Paceギャラリーには約120人のアーティストが所属していますが、誰もが日本で展覧会を開催したいと言っています。私たちは国際的評価の高い作家の展覧会を積極的に日本のギャラリーで開催し、日本の皆様に紹介したいと考えています。

チームラボは美術史に大きく貢献している

──Paceギャラリーに所属しているチームラボは、先んじて麻布台ヒルズに大きなミュージアム「チームラボボーダレス」を誕生させ、国内外から訪れる人の重要な観光スポットにもなっています。ただ日本国内のアートシーンでは、いわゆる現代アートの文脈から少し離れた、エンターテイメント要素の強い存在だと見られる傾向にあります。こうしたギャップはアメリカやヨーロッパではどうとらえられていますか。またあなたはチームラボのどんなところに魅力と可能性を感じますか。

とてもいい質問です。Paceギャラリーは10年以上にわたって彼らの作品を扱ってきました。チームラボがアートではないと言っている人がいることは理解しています。私は子供の頃、毎年家族でジャン・デュビュッフェのアトリエを訪れていたのですが、両親は彼について同じことを言っていました。「面白いけど、アートではない」と。実際、デュビュッフェの最初の展覧会に大勢のアーティストが来場し、展覧会が気に入らなくて帰っていた人も少なくなかったと聞いています。しかし、デュビュッフェが私に「アートではないと言われたら、それに注目しなさい」と言ってくれました。いまでも彼の教えをしっかりと守っています。

会場風景より、チームラボ《人々のための岩に憑依する滝 》 © チームラボ

チームラボは美術史に大きく貢献していると思います。何がアートで、何がエンターテインメントなのか。映画はアートなのか、それともエンターテイメントなのか。音楽はアートなのか、などの問いに答えるのは難しいですし、チームラボがアートなのか議論を呼ぶこと自体がアーティストの行為そのものなのではないでしょうか。

アートを定義しようとしたふたりのアーティストがいます。アド・ラインハートが「アートはアートであり、それ以外のものはそれ以外のものである」と言っています。いっぽうで、ロバート・アーウィンが「見ればわかる」と言い残しています。彼らの定義と私の個人的な経験から、チームラボは間違いなくアートを作品を制作していると思います。しかし、伝統的なアート界は一般の人が楽しむことができるアート、もしくは理解できるアートを恐れていますし、単純に好きじゃないのです(笑)。でもやはり、それを問うことはいいことだと思います。

麻布台ヒルズ ギャラリーとのコラボレーション

──麻布台ヒルズ ギャラリーでの展覧会「カルダー:そよぐ、感じる、日本」は、ペースが共催ですね。今後もこのように、このギャラリースペース以外のベニューと協力し展示やプロジェクトを積極的にやっていく予定はありますか。

会場風景 撮影:Naomi

今回のコラボレーションは森ビルと森美術館館長の片岡真実さんからの働きかけがきっかけとなりました。アレクサンダー・カルダー展のコンセプトが固まってきたとき、ペース・ギャラリーで開催するには規模が大きすぎると感じました。そこで、フレキシブルに使える麻布台ヒルズ ギャラリーにリーチしました。美術館レベルの展覧会を開催できるスペースが近くにあるのはとてもラッキーですし、これからもコラボレーションを通して、麻布台ヒルズのダイナミックなアートプログラムを作っていきたいと思っています。

外観 撮影:編集部

──トーマス・ヘザウィックが、ペース・ギャラリーが入居する建築全体の建築を担当していますが、ペースギャラリーとしてはどの段階から建築に関わり、どんなリクエストやオーダーをしてきたのでしょうか。内装について重視したこと、建築家・藤本壮介さんから提案された印象的なアイデアにはどのようなものがありますか。

森ビル株式会社から誘いを受けた時点で麻布台ヒルズがすでに建設中でした。トーマス・ヘザーウィックはあらゆるルールを破る素晴らしいデザイナーです。私の友人でもあり、別のプロジェクトで一緒に働いていた際に、彼が「1から10のことは忘れろ。いま通用するのは11以上だ」と言ってくれたのを覚えています。今回のデザインも例外ではないですね。

新しいスペースを見たあと、すぐに大好きな建築家のひとりでもある藤本壮介さんに電話をかけました。この空間をアートギャラリーに変身させるために必要なことを一緒に考えた結果、日本で新しいプロジェクトをスタートさせるのに相応しく、信じられないほど美しいスペースができ上がりました。

藤本壮介 7月3日に行われたメディア向けプレビューにて 撮影:編集部
ペース・ギャラリー(東京)の会場風景 Photo by Nacasa & Partners Courtesy of Pace Gallery

日本のアート市場の強みと課題

──日本国内では、香港はもちろんFriezeなど巨大フェアが開催されるソウルにもすでに遅れを取っているという焦りもありますが、日本のアート市場の強みと課題をどうお考えですか。

日本はテキサス州マーファのようなメッカになってきていると感じています。ソウルや香港に毎年アート界の関係者が集まるのですが、誰もが日本に行きたいと耳にするようになりました。マイアミもアートマーケットの影響を受けて世界的に有名になりましたが、東京は世界最大の都市であり、世界一のグルメ都市やデザイン都市でもあり、世界でももっとも素晴らしい場所のひとつです。ならば、なぜここに国際的なアートシーンがないのか。1980年代から90年代にかけて、日本のコレクターは大きな存在感を占めていました。私から見ても日本国内のコレクターの数は増えており、積極的に収集をしています。私たち以外のメガギャラリーも進出すると思います。東京は世界中のアート界の誰もが訪れる場所になると信じています。私の同業者たちも数年後は日本を再発見するのになぜこんなに時間がかかったのかと不思議に思うはずです。

──日本のアート市場が国際的に活性化しない理由のひとつに税制上の理由があると思います。日本政府は2020年12月と21年1月に美術品を対象とした関税法基本通達改正を行い、Tokyo Gendaiのように保税資格を取得した大型アートフェアも誕生していますが、まだ改善の余地は大きいかと思います。日本の税制度についてのお考えや提言があればお教えください。

アートの輸入時に関税がかかるという法律があり、10%という税率は高い。そもそもアートは人々が鑑賞し暮らしを豊かにするものなので、個人的には税金がかかるのはおかしいと思います。実際、税金がかからない国もあります。近年、韓国では数多くの取引が行われ、アートビジネスによって莫大な利益が生み出されています。こうした好況を生み出すために、税制を優遇し所得税・贈与税がかかりにくくなっていますし、それがむしろ国内経済にもプラスに働いています。こうした韓国のあり方は見本になるでしょう。

税収を考えた場合、アートビジネスを阻害することがプラスなのか。それともアートビジネスを奨励したほうがプラスなのか。韓国の事例もありますし、国としてアートビジネスを積極的に奨励した方ほうが税収を増やせるのではないでしょうか。

ペース・ギャラリー 東京 特別プレビュー展
7⽉6⽇〜8⽉17⽇

新スペースでの特別プレビュー展。ギャラリーの1フロアにサロン形式で絵画彫刻が展⽰され、随時、⼊れ替え予定。
7⽉6⽇から8⽉17⽇まで⼀般公開されるこのプレビュー展には、リンダベングリス、ジュールバリンコート、タラドノヴァン、ジャンデュビュッフェ、アドルフゴットリーブ、ロイホロウェル、アリシアクワデ、ロバートナヴァ、ルイーズネヴェルソン、クレスオルデンバーグ、アダムペンドルトンら20世紀美術と現代美術のアーティストによる約45点の作品が並び、ペースギャラリーの幅広いプログラムを紹介する。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。