公開日:2024年5月31日

「カルダー:そよぐ、感じる、日本」展(麻布台ヒルズギャラリー)レポート。日本の伝統に共鳴する繊細さと優美さを、ここでしか味わえない独創的な展示空間で体感(文:Naomi)

会期は9月6日まで。代表作であるモビール、スタビル、スタンディング・モビールや油彩画、ドローイングなど約100点を展示。

会場風景より左から《Untitled》(1933)、《Un effet du japonais》(1941) 撮影:Naomi

東京で約35年ぶりの個展、カルダー財団所蔵の作品約100点を公開

アメリカのモダンアートを代表する美術家、アレクサンダー・カルダー(1898〜1976)の展覧会「カルダー:そよぐ、感じる、日本」が、麻布台ヒルズ ギャラリーで開催されている。会期は5月30日〜9月6日。

会場風景 撮影:Naomi

1898年、米ペンシルバニア州ローントンで、代々高名な彫刻家の家系に生まれたカルダーは、それまでの彫刻の概念になかった、軽やかに動く「モビール」の発明や、金属板の立体構成による抽象彫刻「スタビル」、絵画や版画、ジュエリーなど、幅広いジャンルで創作活動を展開した。

本展は、いよいよ7月に麻布台ヒルズ内にオープンするペース・ギャラリーと、麻布台ヒルズギャラリーとのパートナーシップの一環で共催されるもの。カルダーの芸術作品における、日本の伝統や美意識との永続的な共鳴をテーマに構成されている。

会場風景から、カルダ―の写真 撮影:Naomi

日本を感じる素材をふんだんに使用した空間で、作品を贅沢に配置

展示は、ゆるやかな時系列があるものの、章立てやテーマに沿ったものではなく、鑑賞する順番やルートもとくに定められていない。広大なワンフロアの麻布台ヒルズギャラリーだが、本展のエントランスを進んだ先に広がる展示空間には、きっと誰もが驚くだろう。

会場デザインを担当したのは、ニューヨークを拠点に活躍する建築家、ステファニー・ゴトウだ。カルダー財団本部の設計や、これまでに海外で開催されたカルダー展の空間デザインも手がけるなど、財団の長年のパートナーでもある。

会場風景 撮影:Naomi

あえて影をつくらない柔らかな照明が印象的な空間は、日本建築の要素や素材がエレガントかつモダンに取り入れられている。

床面から一段上がった奥行きのある展示スペースはどこか床の間を想起させ、江戸時代の日本建築に用いられた弁柄(べんがら)色のような、落ち着いた深みのある色調の壁面は、ところどころに細断した藁が混じる赤土の土壁だった。

右から《My Shop》(1955)、《Seven Black, Red and Blue》(1947) 撮影:Naomi

そこに配置された2つの大きな油彩画は、1956年に初めて日本でカルダーの作品が紹介されたグループ展で展示されたものだ。とくに《My Shop》(1955)は、当時のカルダーのアトリエの様子を描いている。じつは作中に登場する複数の作品の実物が本展に展示されているので、ぜひ楽しみながら探してほしい。

いっぽう、アートギャラリーは ”ホワイトキューブ” と呼ばれるように、真っ白な壁面であることが一般的だが、本展には真っ黒な壁面も。楮(こうぞ)の線維の質感が感じられる、墨色の和紙で設えられた空間だ。

会場風景 撮影:Naomi

カルダーは、ピート・モンドリアン(1872~1944)の三原色による幾何学的な抽象絵画に強い影響を受け、原色だけで構成された「モビール」の制作を構想したという。

日本ならではの自然の素材がふんだんに使われているが、硬質な素材の多いカルダーの作品群と、不思議と調和した空間が生まれていた。

会場風景 撮影:Naomi

カルダー財団とペース・ギャラリーの共催、約90年ぶりに展示される貴重な作品も

現在、国内でカルダーの作品を収蔵しているミュージアムというと、東京国立近代美術館や、大阪の国立国際美術館など18ヶ所を数え、20点以上がコレクションされている。

国内で作品を鑑賞するチャンスが比較的ある海外作家、とも言えるが、開幕前のプレス内覧会に登場した、本展のキュレーターでありカルダー財団創設者・理事長のアレクサンダー・S.C.ロウワーと、ペース・ギャラリーCEOのマーク・グリムシャーは、「ここまで名作ばかりを一堂に展示する機会は貴重だ」と述べた。

たとえば、彫刻や立体作品、メリハリの効いた原色の油彩画のイメージが強いカルダーだが、芸術家を目指して最初に学んだという素描の作品群は、シンプルな線で動物のポーズを無駄なく表現しており、非常に目を引く。

ニューヨークの動物園で写生したという素描の作品群(いずれも1925) 撮影:Naomi
会場風景 撮影:Naomi

また、カルダーに関する映像作品が多数作られているが、本展では1950年代にカルダーのスタジオで撮影され、ジョン・ケージ(1912~92)が作曲に関わった映画作品が上映されている。

そしてとくに見逃せないのが、素描と同様、序盤に展示されている立体作品《Arc V,c.》だ。じつは、カルダーが存命中だった1931年以来、約90年ぶりに展示される作品であり、それほどまでにカルダー財団とペース・ギャラリーが本展に注力していることが伝わってきた。

と同時に印象に残ったのは、「この作品はわかりにくい。非常に難解だ。しかし、そもそもカルダー自身は生前、『私の作品に意味などない』と発言していた」とのロウワーの説明だった。

左の立体作品《Arc V,c.》(1930年)を解説するアレクサンダー・S.C.ロウワー 撮影:Naomi

カルダーの作品は、タイトルがつけられていない《Untitled》のものも多いが、いずれも「作品が無意味だ」ということではなく、「意味を伴わない、または内包しておらず、作品を見た鑑賞者自身が、体感してほしい」というカルダーの願いだという。自らの作品に対峙した鑑賞者へ、鑑賞する手がかりを提示するなど、鑑賞体験に介入するようなことを望まず、「鑑賞者自身が、もっと自らのことを知ってほしい」と考えていたそうだ。

筆者には「誰かが提示する “正しい見方” や “多数派の考え” などに向かうのではなく、作者の意図を推察するのでもなく、自分自身を見つめながら作品を鑑賞してほしい」という意味合いのようにも受け取れた。

また、かつて国立国際美術館で、ゆらりゆらりとたおやかに動く巨大なモビールの《London》を眺めるうち、まるで瞑想した後のように落ち着きを覚えた経験があったが、ロウワーに「カルダーの作品は、自己発見をテーマにした一種の瞑想だ」と説明され、なるほど、と腑に落ちた。

麻布台ヒルズの施設内に掲出されたガイドサイン 撮影:Naomi

なお、本展のメインヴィジュアルになっている作品には、《Un effet du japonais》という名前がついている。生前のカルダーは、来日は叶わなかったものの、彫刻家の父親と画家の母親が日本文化を愛好しており、1880~90年代に浮世絵や着物、日本刀などをコレクションしていたという。

ロウワーは本展のキュレーションについて、「カルダーが終生抱いていた、日本の美学と文学への憧れに寄り添うように」行った、とコメントしている。作品、そして貴重な展示空間から、そこはかとなく感じられる日本的なイメージを、ぜひ体感してほしい。

期待が高まるペース・ギャラリーのオープンが間近に

プレス内覧会の冒頭、ペース・ギャラリーCEOのマーク・グリムシャーは、「キュレーターのサンディ、そしてカルダー財団とともに、『未だかつてないカルダー展をつくろう』と準備してこれたことに感謝したい。本展はまさに傑作のオンパレードだ」と笑顔で語った。

左からアレクサンダー・S.C.ロウワー(本展キュレーター、カルダ―財団創設者・理事長)、マーク・グリムシャー(ペース・ギャラリーCEO) 撮影:Naomi

ペース・ギャラリーは、1960年にニューヨークで創業。世界7都市に拠点を構え、業界を牽引するメガ・ギャラリーとして知られており、奈良美智やチームラボ、名和晃平ら日本人作家の作品も取り扱っている。

アジアでは、香港やソウルに次ぐスペースとして、日本で初めて麻布台ヒルズ内にギャラリーがオープンするが、加えて新たに、高松次郎の作品の取り扱いと、6月に開催される「アート・バーゼル」などで展示を行うことも発表されたばかりだ。

会場風景 撮影:Naomi

ペース・ギャラリーとカルダー財団との、約40年にわたる信頼関係を背景に実現した本展は、日本の現代美術史に残るであろう独創的な展覧会だ。その会期中にオープンするペース・ギャラリーは、美術史をかたち作るプレイヤーであり、今後の展覧会や活動に国内外から一層注目が集まるだろう。ぜひどちらにも足を運んでほしい。

Naomi

アートライター・聞き手・文筆家。取材して伝える人。服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポート、個人/法人向けの文章講座やアート講座の講師・ファシリテーターとしても活動。学芸員資格も持つ。