「戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見」会場風景
【チケット割引情報🎫】
Tokyo Art Beatの有料会員機能「ミューぽん」を使うと本展のチケット料金が20%OFF引きに。会員ログイン後に展覧会ページからご利用いただけます。詳しい使い方はこちら
戦後西ドイツのグラフィックデザインに着目した展覧会「戦後西ドイツのグラフィックデザイン モダニズム再発見」が東京都庭園美術館で、3月8日に開幕した。会期は5月18日まで。
第二次世界大戦での敗戦により、1945年にドイツ民主共和国(東ドイツ)とドイツ連邦共和国(西ドイツ)に分断されたドイツ。本展は、1990年に両国が再び統一されるまでのあいだ、西ドイツで展開されたグラフィックデザインにフォーカスを当てる。担当学芸員は東京都庭園美術館学芸員の西美弥子。
ドイツには、モダンデザインの思想と新たな造形教育で世界に影響を与えたバウハウスが存在していたが、ナチスの弾圧によって1933年に廃校となる。バウハウスによって提唱されたモダンデザインの理念は一度途絶えるも、戦後西ドイツでは再びこれらが継承されていく。展覧会タイトルにある「モダニズム再発見(Back to Modern)」はこうしたつながりが意識されている。
本展では、バウハウスの時代のデザインを継承しながら、デザイン理論を発展させ、印刷技術や写真技術の向上なども背景に、新たな表現を追求した西ドイツのグラフィックデザイナーたちの作品が紹介される。
展示作品はすべて、デュッセルドルフ在住のグラフィックデザイナーであるイェンス・ミュラーとカタリーナ・ズセックによって収集された「A5コレクション デュッセルドルフ」から出品。ミュラーは教育者であり、ドイツのグラフィックデザインなどを扱う出版事業も手がける人物だ。会場には、すべて日本初公開となる、計87のデザイナーおよびデザイングループによる132点のポスター、244点の資料類が集う。
会場は、プロローグを含む5つのセクションで構成されている。
1950年代末にはGNP(国民総生産)世界2位になるなど経済成長を遂げた西ドイツ。BMWやポルシェ、ベンツ、リモワなどドイツのプロダクトデザインは現在も世界で愛されているが、展覧会の始まりとなる本館・大広間ではまず、航空会社ルフトハンザのグラフィックデザインを紹介する。ここでは1960年代にCIを手がけたオトル・アイヒャーのデザインによる荷物タグや航空券、1970年代の機内食メニューなど貴重な資料が並ぶ。
「西ドイツデザインへようこそ」と題された本展のプロローグが光を当てるのは、国家的なイベントにおけるグラフィックデザインだ。東京都庭園美術館のシンボルでもある香水塔が見える展示室には、バウハウスの理念の継承を目指したウルム造形大学の創設者でもあるアイヒャーによる作品群が展示されている。
1972年のミュンヘンオリンピックで主任デザイナーを務めたアイヒャーは、競技種目や会場案内のピクトグラムを含むアイデンティティやグラフィック、マスコットキャラクターなど多岐にわたるデザインを指揮した。ナチスドイツにが主導したベルリンオリンピックのイメージを払拭し、生まれ変わった国のイメージをアピールするような明るい色合いが特徴だ。
大食堂では、同じく国家的なスポーツイベントであるセーリング・フェスティバル「キール・ウィーク」のポスターや出版物が並ぶ。
グラフィックデザインは、スポーツだけでなく文化的なイベントでも重要な役割を担い、1955年に第1回が開催された国際芸術祭「ドクメンタ」でもデザイナーたちが腕を振るった。本展では1960年代、70年代の「ドクメンタ」のポスターを見ることができる。
本館2階の展示室からは、グラフィックデザインの構成要素である「幾何学的抽象」「タイポグラフィ」「イラストレーション」「写真」という4つのカテゴリに分けて作品を紹介する。
「幾何学的抽象」は、ワシリー・カンディンスキーらに代表される、1920年代に国際的な展開を見せた抽象芸術の一形態。円や矩形、線の組み合わせにより、画面にリズムとバランスを生み出す。
代表的な作品として、最初の展示室ではヘルベルト・バイアーが手がけたバウハウスの50周年記念展のポスターが展示されている。青の背景に黄色い三角、赤い四角、濃い青の丸が斜めに配置されているこのポスター。これらの色とかたちの関係は、バウハウスで予備課程を担当したヨハネス・イッテンの色彩論に基づいてるという。
ドイツでは、バウハウスにおいて、「タイポグラフィは伝達の手段として、なによりもまず明晰でなくてはならない」という意識のもと、視認性の高い実用的な書体の研究が行われた。つづく「タイポグラフィ」のセクションでは、こうした視認性に優れた作例のほか、題材にあわせてデザインされた文字などタイポグラフィの可能性を示唆するような表現を紹介。
雑誌や切手、アート映画のポスターなどを多く手がけたハンス・ヒルマンは、自身のポスターに他者のタイポグラフィが挿入されることを嫌い、自らタイポグラフィを手がけたという。ジャン=リュック・ゴダール監督作『ウィークエンド』のポスターでは、映画のスチルなどを一切使わず、登場人物たちが辿る運命を予感させるかのように、映画タイトルの文字が不穏に揺れ動く大胆なデザインを手がけた。
対照的にドロテーア&フリッツ・フィッシャー=ノスビッシュによる小林正樹監督作『切腹』のポスターでは、切腹する人物が全面に配置され、独特なフォントで「HARAKIRI」の文字が描かれている。本展では、映画やコンサート、演劇公演、展覧会など、当時の文化的イベントのポスターが多数揃っているのも見どころのひとつだ。
新館では、赤い展示壁で展示室を縦に区切り、「イラストレーション」と「写真」のセクションが展開されている。ハンス・ヒルマン、ドロテーア&フリッツ・フィッシャー=ノスビッシュ、ハインツ・エーデルマン、イュルゲン・シュポーンらが手がけた映画ポスターがずらりと並ぶ。
戦後、映画ポスターはイラストレーションから写真を用いたデザインへの移行が進んだが、西ドイツではアート志向の強い配給会社によって、手描きのイラストレーションも含む芸術性の高いポスターが制作されたのだという。
ハインツ・エーデルマンは、ビートルズのアニメーション映画『イエロー・サブマリン』のアートディレクターとして知られるデザイナー。彼が手がけた映画や演劇のポスターは、どこかシュールでサイケデリックな表現が物語への想像力を掻き立てる。
ドロテーア&フリッツ・フィッシャー=ノスビッシュによる『野火』(市川崑監督)、『嘆きの天使』(ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督)、『沈黙』(イングマール・ベルイマン監督)のポスター、ハンス・ヒルマンによる『羅生門』、『七人の侍』(ともに黒澤明監督)のポスターなど、日本映画を含む名画のポスターも展示されている。文字を最小限にしたデザインからは、1枚の絵で映画を表現しようとするデザイナーたちの実験精神がうかがえる。
これまで見てきたイラストレーションとは一風変わった黒く太い輪郭線と鮮やかな色彩が印象的な作品群は、版画や絵画、絵本も手がけたスイス出身のセレスティーノ・ピアッティによるもの。ピアッティは、西ドイツにおいては、ペーパーバックの出版社dtvとの仕事で知られ、同社のロゴ、6000冊以上の書籍の表紙を30年以上にわたってひとりでデザインした。ピアッティのユーモラスなイラストと、ドイツの書体を用いた社名のロゴの組み合わせが印象的だ。
最後のセクション「写真」では、写真技術の発達などによって広がったコラージュやモンタージュなどの技法を用いた芸術性の高いポスターに光を当てる。
ここでも多くの映画ポスターが展示されているが、ヴォルフガング・シュミットは、映画の試写会に自分のカメラを持ち込んで上映中の映画を直接カメラで撮影し、その写真を用いるという手法でポスターを制作することがあったという。多彩なポスターからは、デザイナーたちの様々な創意工夫もさることながら、かれらのチャレンジを受け入れる当時の配給会社の姿勢が感じられるのも面白い。
最後に、アートディレクター、ヴィリー・フレックハウスによる洗練されたデザインとタイポグラフィで雑誌デザインに新風を巻き起こした西ドイツの雑誌『twen』(1959年創刊)も紹介されている。この雑誌にはハンス・ヒルマンも携わっており、ポスターでは実現が難しいアイデアなどを取り入れた実験的な試みを行っていた。雑誌の実物も展示されている。
本展担当学芸員の西は「この展覧会に展示されているのは、ほぼすべて当時印刷された、当時のポスターになります。ぜひ、これらが街やいろんな施設に張り出された当時の西ドイツを想像しながら、グラフィックデザインの魅力に触れていただければ」と語る。
戦後の社会情勢や技術の変化を受けながらデザイナーたちが切り開いた、西ドイツの豊かなグラフィックデザイン表現に触れてみてほしい。