公開日:2024年7月10日

猪子寿之が語る「崇高さ」とは何か? サウジアラビアに誕生した「チームラボボーダレス ジッダ」オープンを機にインタビュー

チームラボ中東初の常設ミュージアム「チームラボボーダレス ジッダ」が6月10日にオープン。ジッダを訪ね、代表・猪子寿之に本ミュージアムや、チームラボが目指す「認識の革命」、崇高さの感覚、これからの展望について聞いた。(構成:進藤美波)

猪子寿之 チームラボボーダレス ジッダの新作《Persistence of Life in the Sandfall》前にて

チームラボによる中東初の常設ミュージアムが誕生

アートコレクティブ・チームラボによる中東初の常設ミュージアム「チームラボボーダレス ジッダ」が2024年6月10日にオープンした。同館は延床面積が約1万㎡に及び、ユネスコ世界文化遺産に登録されているサウジアラビア・ジッダ歴史地区内に位置する。これまで世界各国で最先端のデジタルテクノロジーを用いて鑑賞者が没入し新たな知覚を体験できる作品を展開してきたチームラボ。

チームラボボーダレス ジッダ ©️ JHD Photography

今回は6月初旬にチームラボボーダレス ジッダを訪ね、代表・猪子寿之にインタビュー。ジッダでの展示や、人間の認識へのアプローチなどについて聞いた。

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猪子寿之インタビュー

——「チームラボボーダレス ジッダ」のオープン、おめでとうございます。

ありがとうございます。完成してよかったです。

——中東初の常設ミュージアムですが、なぜこのジッダという場所を選ばれたのでしょうか?

まずはサウジアラビア王国文化省からのオファーがきっかけです。この場所はジッダ歴史地区としてユネスコ世界文化遺産に指定されていますが、歴史的遺跡が残っており、なおかついまも生活が営まれている場所って世界でもそんなに多くないんです。初めてこの地に来たとき、サンゴ石でできた建物を初めて見て、とても印象的でした。

チームラボボーダレス ジッダ ©️ JHD Photography

——今年、麻布台ヒルズにも「チームラボボーダレス」がオープンしていますし、アジア圏では常設ミュージアムが設立され、人気を博してきました。中東のような異なる文化・環境の場所で大規模な常設展を行うことは、オファー後にすぐイメージできましたか?

もともとチームラボの作品は何か特定の文脈に依存するものではないので、どこの場所はダメで、どこの場所はいい、というような環境による制限はありません。

——訪れる人たちへこんな体験をしてほしい、といった思いはありますか?

こんなに“デカい”ミュージアムはなかなか作れないと思います(笑)。東京よりもはるかに大きく、本当の意味で館内を彷徨える。そして彷徨いながら広がる世界と一体化するような体験をしてもらえたら嬉しい。また、世界遺産とそのなかに位置するこのミュージアムを行き来することで、何か連続的に流れる人類の知の連続性と時間を体験してもらえたらいいなと思います。

《花と人、コントロールできないけれども共に生きる》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——「Light Sculpture」は麻布台ヒルズでのボーダレスでも体験して驚きましたが、ジッダではより身近に迫ってくるような、背後からも包まれるような感覚がありました。同じ作品でも、この短期間でアップデートが加えられているそうですね。

「Light Sculpture」は空間としてよりパワフルになりました。照明の位置をより観客側にまで広げて置くことができたことや、音響のボリュームの違いもあります。

《Light Vortex》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——チームラボが、国家機関と共同でミュージアムを生み出す試みは今回初めてですよね。オファーに際して、サウジアラビアからは展示内容などについて具体的な要望はありましたか? 

オファーがあったのは約6年前の2018年、お台場のチームラボボーダレスができる少し前でした。それ以前にチームラボの展示を見て声をかけてくれたのだと思います。詳細な要望があったというより、まずはミュージアムを作ってほしいということでした。この建物も、チームラボが入る前提で建設されましたが、ここは歴史地区内のため、建築の外観は周辺と連続・調和させつつ、内側は我々の要望を伝えながら進めました。アルバイン・ラグーンに面していますが、海側から見るとこの建物はさらに壮観ですよ。

サウジアラビア王国文化省 アブドゥルラフマン・アルモタワ氏(左)と猪子寿之(右)。チームラボボーダレス ジッダ報道内覧会にて ©️ JHD Photography

文脈を超越した「認識の革命」を起こしたい

——「ボーダレス(境界がない)」という世界観は普遍的であるいっぽうで、チームラボの作品には日本のアニミズムや自然観を感じさせるものや、日本の美術から引用したモチーフが登場します。こうした作品を、中東のイスラーム文化圏で展示するにあたり、何か調整は必要でしたか?

どうだろう。そこまでなかったように思います。

これはチームラボの始まりにつながる小さい頃の原体験ですが……、森を体験するっていうことは、自分が見ている動的な景色の中に私がいる、ということだと思います。僕たちは風で葉っぱが揺れたり、花びらが飛ぶ動的な世界を、立ち止まることなく自分の身体を通して体験する。でも人間がいままで作ってきたものは、結果として、身体性を失ったり、他者を排除したりしている。

《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス:境界を越えて飛ぶ》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

簡単な例で言うと、写真や映像はレンズを通して撮るけれど、レンズの論理構造上、撮った世界には必ず境界面が出現する。さらに撮るときの視点は固定されるので無自覚に身体性を失ってしまう。テレビの前ではソファーに座るし、映画館でも椅子に座る。つまり森の中で歩きながら動いているものを見る時のような身体性を失っている。

でも僕は3次元空間のなかで境界面を生じさせず、視点を固定せず、視野の包括の広い作品を作りたかったんです。境界面がないがゆえに、自分と見ている世界が連続して、身体的に一体化するような空間美術が生まれる。2001年頃、初期のチームラボがやりたかったことで、いまのベースにもなっています。この試みによって目指すのは、認識の革命です。だから、表面的なモチーフはそこまで重要ではありません。

《Black Waves: Flowing Beyond Borders》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——「何が」表れているかではなくて、「どう」現れているか、なんですね。

はい。たとえば「Light Sculpture」シリーズでは「渦をなぜ渦という存在として感じるのか」という問いから始まりました。僕は徳島県出身で、毎日海の渦を眺めていて、そこに人間を模した彫刻よりも生命感を感じていた。不思議なことに渦もその周りも物質的には同じ水なのに、そこに渦は存在しているんですよね。

《The Haze》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

本来自然界にあるものは全部連続し、関係しあっている。渦の中心部分は構成要素の秩序レベルが極めて高く、外側にいくにつれて秩序が弱まる。その差によって存在が生まれる。この作品は、別に渦のかたちをなぞって作っているわけではなく、こうした秩序の状態を光で生み出しているんです。

人間が作ってきたものは、物質の違いを利用しているから、境界面があまりに明確だし、他のものと関係し合わない。普通の彫刻には境界面があるけど、この光の彫刻には境界面がありません。だから鑑賞者は中に入ることができるし、人間の姿形をなぞった彫刻よりも不思議と生命感を感じます。

こうした「見たことのないもの」「体験したことないこと」は、作品のモチーフや文化的文脈を超越して、人間の認識を広げる革命を起こすと思います。

《連続する存在》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

「崇高さ」によって隣の人の存在を肯定できる

——巨大な展示空間に立つとどこか畏怖のような感覚を覚えました。そういった「崇高さ」についてはどう思われますか?

「崇高さとは何か?」という問いに興味があります。人はなぜ崇高なものを文化的に取り入れてきたのか、そもそも「崇高さ」とはいったいなんなのか。もちろんそれを自分が作れるかどうかは別として、なぜか人は崇高なものを体験すると、そこに居合わせた隣の人の存在を肯定できる。それって強くないですか?

これは僕だけの意見ではなく、「隣の人の存在を肯定できる強さのような感覚」と「崇高さ」はつながるものとされています。今回、展示の後半にダンスの作品があるんですが、このダンスっていうのは環境に対する身体の同期現象なんです。このサウジアラビアにおいてどう表現すべきか悩みますが、同期現象は少なくとも人類が生まれる前からあるものなんです。

たとえば、いまも狩猟採集を社会の基盤とする民族がいますが、彼らはダンスによる身体の同期現象を意図的に取り入れているんじゃないかなと思います。この民族は狩猟採集した後、誰が獲ったかにかかわらず山分けする。「誰が獲った」という個人主義的な発想よりも、そうすることで集団の生産性が上がるからです。でもやっぱりすごく頑張る人もいれば、頑張らない人もいるとなると、多少なりともストレスを感じる。だから狩猟の後は必ずみんなで踊るんです。踊ることで隣の人を肯定することにつながるのかもしれないし、自分と他人との境界面が薄くなって、ある種一体化するのかもしれません。

《The Way of the Sea: Crystal World》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——チームラボが活動を始めた2001年と現在とでは、スマホの普及などによって私たちの日常生活におけるレンズや映像の存在の大きさや、それに伴う身体感覚も明らかに変化しました。こうした変化は、チームラボの作品にも影響を与えていますか?

そこはあまり気にしていないですね。僕は同期現象に興味があって、渦のように自らエントロピーを下げ続けるような「自己組織化」する存在に興味があります。

館内にある《呼応するランプの森 - ワンストローク》も隣同士の色が同期していき、色が似通っていく。また、2階の卵のような光風船型の作品《Antigravity Universe - Ovoids》は、展示空間自体に構造を生んだり、生まなかったりすることによって、卵が浮き上がったり沈んだりして、オブジェクトではなく、システム的に作用を与えることで場の秩序のレベルを変えているんです。

《呼応するランプの森:One Stroke - Fire》 © teamLab Courtesy Pace Gallery
《Antigravity Universe - Ovoids》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——猪子さんが崇高さを感じるのはどういう対象でしょうか。

自分が生きた時間よりも遥かに長い時間が刻まれていることに対して、だと思います。たとえばこのジッダの街にも、そこに時間があったことを教えてくれる存在があります。でも崇高さはあまりに複雑すぎて、自分では理解できないものです。

《人が時空を変え、時空が交差する時、新たな時空が生まれる》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

——時間で言うと、階段のところにある新作《Persistence of Life in the Sandfall》は、砂とバラというモチーフにサウジアラビアの地域性が反映されていますね。流れる砂やそれらが想起させる砂漠の存在は膨大な時間を感じさせ、いっぽうでバラは短いサイクルで開花しては枯れてを繰り返す。様々な時間の層が存在する作品ですね。

はい。ジッダの街は4000年以上の歴史があると言われていて、この街を見るとその長い時間の流れを感じるし、砂にまみれながら力強く生きてきたんだなと思います。

《Persistence of Life in the Sandfall》は、チームラボボーダレス ジッダで公開された巨大な新作。人々が花に触れると散り、砂に触れると、降り注ぐ砂は割れる © teamLab Courtesy Pace Gallery
《Persistence of Life in the Sandfall》 © teamLab Courtesy Pace Gallery

次はアブダビで超巨大プロジェクト。今後の展望は?

——以前猪子さんが「人は理解し合えなくても共存できる」とおっしゃっていたのが印象的でした。イスラム地域はいま情勢が非常に不安定で、その外部に普段住む人間としてはこうしたコンフリクト(紛争・争い)に意識が向いてしまいます。いまこの場所にボーダレスができたことで、間接的にでもどんなポジティブな影響を生み出せると思われますか?

この場所への影響というより、どこであれ、我々の作品を体験することでほんの少しでも自分が生きていること、そして他者の存在を肯定できるようになったらいいなと思います。それは本来そんな難しいことではないと思うけれど、テレビやネットでニュースを見ていると、争いごとや、互いへの否定ばかりで辛い気持ちになります。

teamLab Phenomena Abu Dhabi は、ルーヴル・アブダビ、グッゲンハイム・アブダビなどがあるアブダビ文化中心地に2024年竣工予定 © DCT Abu Dhabi

——チームラボのこれからの目標やビジョンを教えてください。アブダビ(アラブ首長国連邦)でも大規模なアートプロジェクト「teamLab Phenomena Abu Dhabi」を進めていて、今年竣工予定ですね。

やはり認識を革命することにすごく興味があります。自分自身を含め「世界をどう認識しているのか」をもっと探究したいし、これまでのコンセプトやテーマを進化させ、さらに認識の幅を広げられるような作品を作れたらいいなと思います。

アブダビは非常に大きな規模感(延床面積は約1万7000㎡)で、展示の内容は、周囲と切り離せない連続性の中にある現象(Phenomena)を探求する作品が中心になります。「Light Sculpture」シリーズや《Antigravity Universe - Ovoids》でも試みていますが、「環境現象」と呼ばれるもので、環境がなくなればその存在はなくなるけれど、環境がある限り存在する。そういったものによりフォーカスします。

作品が作れるなら場所にこだわりはありません。ただ、広ければ広いほどいい。環境を作品にするとなると、さらに周りの環境が必要になるから、広いほうがいいんです。

猪子寿之
いのこ・としゆき チームラボ代表。1977年徳島市出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。大学では確率・統計モデルを、大学院では自然言語処理とアートを研究。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。