パキスタン映画を初めて見るかもしれないな……。そんなことを思いながら、あらすじもあまり確認せずにオンラインで試写を見た『ジョイランド』。これがとてつもなく素晴らしい映画で、嗚咽して鼻が詰まったまま浅い呼吸で日記をしたためています。
第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞&クィア・パルム賞受賞を受賞した本作は、現代のパキスタンの都市を舞台に、家父長制やジェンダーステレオタイプの抑圧のもと生きる人々を描いた作品。パキスタンの新進気鋭、サーイム・サーディク監督による初の長編です。
中心人物は、心が優しく繊細で、それゆえ家父長制のなかで「男らしくない」とみなされがちなハイダルと、その妻でメイクアップの仕事をしているムムターズ、そしてハイダルが仕事現場で出会うことになるダンサーでヒジュラのビバ。そしてハイダルの父と、兄サリーヌ、その妻ヌチ、子供たち。多くの場面がこの一家が暮らす家で撮影されており、「イエ」はたんなる舞台を超えた本作の主題、もしくは主役そのものだと言えるでしょう。パキスタンの伝統的な家族のあり方やジェンダー観とは違いがあっても、ここに描かれた抑圧や悲しみは多くの人にとって身に覚えがあるものなのではないかと思います。
ムムターズは明るく仕事に情熱を持ち、自立心も周囲への思いやりもあるとっても素敵な人だし、自分の芯を持ち口喧嘩の強さと美貌で周囲を圧倒していくマダムことビバも素敵だし、4人の子供を産んだヌチもチャーミングでタフで素敵だし……と登場人物がみんな魅力的。
「家父長制」の権化や抑圧者としてステレオタイプ化してしまいたくなるハイダルの父や兄についても、弱さや優しさといった個人としての複雑さを短いなかで効果的に描いており、このストーリーには誰か明確な悪者がいるわけではない。みんな孤独で、すれ違って、がんじがらめになり、そして悲劇が訪れる。悲劇は一見「突然」起こったように見えるけれど、それが突然なんかではないことはわかる人にはわかるだろう。(我が国でも、恥知らずの権力者がいつまで経っても「伝統的家族観」を振りかざしている)
本作の優れた点はいくつもあるが、女性たちの欲望や生き抜くための野心が優しさをもって丁寧に描かれていたことや、ビバの役をトランスジェンダーの俳優が演じていることは特筆すべきことだと思う。
そして、意表をつくカットや、人生に時折訪れる”恩寵”と言ってもいい美しいシーンだ。キスを交わすふたりの顔に星が灯り、遊園地で解き放たれた彼女たちは大声で笑いながら顔を寄せ合う。その輝きが眩しいからこそ、何もかもが切ない。
おすすめの映画です。10月18日から日本でも全国順次公開。
『ジョイランド わたしの願い』
10月18日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
公式サイト https://www.joyland-jp.com
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)