印刷博物館の館長に就任した京極夏彦
東京・江戸川橋にある印刷博物館は、2025年4月1日付で小説家・京極夏彦を新館長に迎えたことを発表した。
京極夏彦は、1963年北海道生まれ。1994年に『姑獲鳥の夏』でデビューし、1996年に『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞を受賞。2作を含む「百鬼夜行」シリーズで人気を博す。これまでに直木賞をはじめ数々の文学賞を受賞しているほか、意匠家としての顔も持ち、印刷や造本装丁について高い見識を持つことでも知られる。
同館では、これまでに戦後日本のグラフィックデザインを牽引した粟津潔(2000年3月〜2005年10月)、国立西洋美術館館長も務めた樺山紘一(2005年10月〜2021年10月)が館長を歴任。2021年10月にTOPPANホールディングス株式会社代表取締役会長の金子眞吾が館長に就任していた。
2代目館長の樺山から引き継ぎ、暫定的に館長を務めていたという前館長の金子は、次なる館長を探すなかで印刷と関わりの深い文芸の世界から迎えたいと考えたと説明。TOPPANホールディングスの社外取締役を長く務めた講談社社長・野間省伸の紹介により京極に依頼するに至ったという。
館長就任にあたり、京極は「私は小説家でございまして、この手のお仕事をしたことがないんです。果たして務まるものかどうかということで、逡巡いたしました」と明かす。
そのなかで、「印刷という概念が私たちに与えてくれた恩恵は計り知れない。ただあまりにも当たり前になったことで、その恩恵や素晴らしさが見逃されていまいか」と思い至り、さらに、同館の収蔵品や活動などを見てその存在意義に敬意を抱いたことから、館長を引き受けるに至ったという。
「ここは美術館ではなく博物館。たとえば美術品として価値があるとみなされなかったものでも、印刷というテクノロジーから見たときにすごいものってたくさんあるんです。たくさん刷られているから価値がないということではない。きれいでもきれいでなかったとしても、印刷というひとつの流れのなかに位置づけると非常に重要な文化財なんです」
「テクノロジーと表現というのは必ず釣り合っていなければ意味がないんです。あらゆる技術は目的があって作られるもので、技術のみがあっても何の役にも立ちません。人文系が非常にないがしろにされがちな昨今の風潮を鑑みるに、これは明らかな間違いであろうと私は思います。そうしたものを作るために技術というのは磨かれていくわけです。キャンバスや筆がなければ、どんな絵も描けないんです。印刷あってこその我々の文化というのは確実にあるわけで、そのいままでの歴史を伝え、守り、そして今後につなげていくという意味で、非常に貴重な場所になるだろうと思っております」
また今後の展望としては、「グラフィックやタイポグラフィーだけでなく、エディトリアル的な観点から印刷にアプローチしたものも含めてやっていきたい。印刷を多角的にとらえて、より親しみやすく面白いかたちで展開できれば」と小説家ならではの視点からの企画についても意欲を見せた。
同館では、4月12日から「京極夏彦 ミーツ 印刷博物館」と題し、第4代館長に就任した京極の生み出す多様な世界を、所蔵資料とともに3期に分けて紹介する展示コーナーも登場。8月3日までの第1期では、京極の代表作を手にとって見ることができる。
印刷博物館は、凸版印刷(現TOPPANホールディングス株式会社)の創立100周年事業の一環として、2000年10月に開館。印刷全般を扱う日本初の本格的な博物館として、多数の企画展の開催や教育活動を行い、年間3万人を超える入館者を集める。2020年にリニューアルを実施、新たな学問「印刷文化学」の確立と発展に取り組むことを博物館の理念としている。
なお、4月12日から同館のP&Pギャラリーでは、「GRAPHIC TRIAL 2025-FIND-」展が開催。第一線で活躍するクリエイターたちとTOPPANが協力し、ポスターの制作を通じて新たな印刷表現を探るプロジェクト「GRAPHIC TRIAL」の第19回目となり、参加クリエイターには大貫卓也、関本明子、吉本英樹、妹尾琢史が名を連ねる。さらに4月26日には企画展「黒の芸術 グーテンベルクとドイツ出版印刷文化」が開幕する。会期は7月21日まで。
作品の装丁やフォント、版組みなど隅々までを自ら追求する京極と、印刷博物館の膨大なコレクションがどのような化学反応を見せるのか、注目が集まる。