『へレディタリー/継承』(2018)、『ミッドサマー』(2019)で、ホラー映画のジャンルを刷新する表現を見せ、多くの映画ファンの心を鷲掴みにしたアリ・アスター監督。その最新作『ボーはおそれている』が2月16日から全国公開される。
主人公ボーを演じるのは名優ホアキン・フェニックス。
日常のささいなことでも不安になってしまう男ボーは、母が突然怪死したことを知る。母の家へ駆けつけようとするが、奇妙で予想外な出来事が次々と起こり、その道行きは夢か現実かもわからない神話的なファンタジーの様相を帯びていく。ブラックユーモアに彩られた鮮やかな場面展開、続々と登場する怪しすぎる人物たち、やがて明らかになる母親の威圧的な存在感──。母と息子における支配と服従、愛と憎しみ、帰郷と脱走、といった複雑怪奇な(そして普遍的な?)関係をめぐる壮大な“オデッセイスリラー”だ。
本作の日本公開を記念して来日したアリ・アスター監督を囲み、グラフィックデザイナー・⼤島依提亜と画家・ヒグチユウコを交えた座談会を実施。ふたりが手がけた前作『ミッドサマー』のオルタナティブポスターが爆発的人気となり、本国アメリカの「A24」のオフィシャルショップでも発売されるに至ったことは記憶に新しい。
今回もふたりは『ボーはおそれている』のポスターを手がけ、さらにムビチケ特典ポストカード用に『へレディタリー/継承』『ミッドサマー』もデザインを統一して描き下ろした。
座談会ではふたりが見た『ボーはおそれている』について、そして監督からポスターへのレスポンスなど、様々な話題へと会話が及んだ。【Tokyo Art Beat】
──まずおふたりは『ボーはおそれている』(以下『ボー』)をどのようにご覧になりましたか?
大島:もう最高でした。極度の心配性の人のもとに、心配ごとが一千倍増しで現実化するような映画でしたね。一般的に映画をはじめとする物語は、主人公が心配や障害にどのように立ち向かうか、もしくは為すすべなくその状況に甘んじる姿を描きます。でも本作が特殊なのは、巨大な心配ごとが大挙して押し寄せて、すべてを洗い流し、結果、一瞬ではあるけれど主人公が浄化されてしまう。これは新しいなと思いました。
ヒグチ:私はアリ・アスター監督の大ファンで、今回も本当に素晴らしかったです。
大島:また冒頭のシーンがジャック・タチみたいだと思いました。聞くところによると、監督も意識されたとか?
アスター:そうですね。とくに『プレイタイム』(1967)ですが、様々な作品に影響を受けています。
大島:それと、ジャン=リュック・ゴダール監督の政治的な作品、たとえば『ウイークエンド』(1967)、『ワン・プラス・ワン』(1968)、『万事快調』(1972)も思い起こしました。主人公がストーリーを進行するその後ろで、様々な人たちがいろんなことをしている。バラバラな仕草をしているけれど、遠目で見るとひとつの美しい機械のように見える。そのような印象を本作からも受けました。
アスター:本作ではとくにゴダールを意識したわけではないのですが、おっしゃっていることはわかります。ゴダールの技巧の見事さですね。また『プレイタイム』では実際、画面の奥のほうに映っている人々にも、手前の主人公たちと同じように気が配られ、身体の動きの細部まで演出されていることがわかります。タチがどのようにして撮影したのか想像つきませんけれどね。あのようなことができる人はほかにいないと思います。
大島:映画史のなかで、その映画が作られた時代背景や文脈から外れた突然変異的な作品が時折あります。ジャック・タチの映画はまさにそうですが、監督がお好きだと語られてきた作品にはそのようなものが多いように感じました。また監督の作品も、後世から見たら、そのような作品だと思われるのではないでしょうか。そうした映画のありようについてどう思いますか?
アスター:面白いですね。私もそうした作品は大好きです。
ヒグチ:監督の作品はジャンルに括りづらいですよね。
大島:俳優出身のチャールズ・ロートン監督作『狩人の夜』(1955)がお好きだそうですが、やはり歴史から踏み外したような作品ですよね。
アスター:大好きですね。興行的にうまくいかず、監督作はこれ1本となってしまいましたが。確かにどう扱っていいかわからない映画だと思います。
大島:今回、監督は『あなたの死後にご用心!』(1991)をご参考にされたそうですが、この作品も1990年代の映画史の文脈から外れた作品のように思います。俳優アルバート・ブルックスが監督していますが、俳優が撮った作品についてどう思いますか?
アスター:それは人と作品によりますが、『あなたの死後にご用心!』は面白いですね。アルバート・ブルックスはコメディアンとしてキャリアを始め俳優としても活躍していますが、私は監督としてより意識していますね。『ゴー!★ゴー!アメリカ/我ら放浪族』(1985)、『Modern Romance』(1981)、『Real Life』(1979)、いずれも大好きな作品です。
『狩人の夜』に関して言えば、「あの俳優が映画を撮れるのか?」という観客からの疑り深い視線が、公開時にこの映画を受け止めづらくしたのではないかと思います。
俳優が映画を撮るということは歴史的によくあり、たとえばアラン・アーキンは1971年に『Little Murders』を撮っていますし、ショーン・ペンも『プレッジ』(2001)などいい映画を監督していますね。
大島:『あなたの死後にご用心!』はテンポの良い映画ではなくて、会話がやたらと長かったりします。ホラー作品にも同様に、いわゆる出来のいい映画とは違う、ある種の「不快や不愉快のサービス」と言えるものがあると感じていて。今作はホラーではないものの、アリ・アスター監督の作品にもこうした点があるように思います。
アスター:そうかもしれませんね。期待通りに運ぶ映画は怠惰だと思います。私はホラー映画が大好きですが、昨今はトレンドがあって、観客を檻に閉じ込め、それをガタガタと揺らすようなやり方は嫌いです。
ヒグチ:最近のホラーでよかったものはありますか?
アスター:少し前ですが、ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(2016)は素晴らしかったです。不可解さと寛大さがあって、つねに変化していくのが面白い。ただ、最近ではなかなか思いつきませんね。
大島:『哭声/コクソン』も『ボー』と同様、コロコロとタッチが変わる映画かもしれない。
──監督は、今回ヒグチさんと大島さんが手がけた『ボーはおそれている』のポスターをどう思われましたか?
アスター:本当に大好きですね。映画そのものを体現しているポスターだと思います。本作はファンタジーでもありますが、そうしたファンタジックな部分も取り入れてくれて。またボーが携帯で電話をかけている重要なシーンを取り上げてくれて、嬉しく思いました。
ヒグチ:パジャマ姿ではないシーンを描きたかったんです。
大島:ボーはパジャマ姿と普通の服を着ているときの差があんまりないのが興味深いです。だるんとしていて。
アスター:そうですね。つねに自分自身に居心地の悪さを感じて、消え失せたいと思っている人だから、着ているものもルーズなんです。
写真を使ったポスターのアートワークは、この歪みが面白いですね。本作は歪んだ映画で、カートゥーン的な要素もありますから、そうした点も活かしてくれたと思います。
大島:写真も歪ませました。ダリみたいに。
アスター:本当にダリみたいですね。とてもいいです。
大島:じつはこのポスターを作っているときに転んで顔を強打して……(写真を監督に見せる)こんなふうにボーと同じ怪我をしてしまったんです。
アスター:痛そう!
一同:(笑)。
アスター:ポスターが2種類あるのがいいと思っています。ひとつはエレガントで、もうひとつはコメディ的なオフビート感が出ている。私はホラー監督として知られていますが、このポスターに惹かれて映画館に足を運んだ人の期待を裏切ることはないでしょう。そして終わった後に振り返ってみると、このポスターで表現されていた要素が改めて沁みてくると思います。
大島:今作は、監督の初期の短編を思い出させる、原点回帰的なところもあると感じました。ブラックコメディだからかな。
アスター:短編は未だに見られるんですが、本当は消し去りたい。だって練習として作ったものですから。
一同:(笑)。
ヒグチ:でも私、監督の短編大好きです。
アスター:ありがとうございます。『ボー』はこれまでの作品の中で、いちばん自分らしいと思います。なぜなら私の初恋はブラックコメディでしたから。
──今回ヒグチさんは『ボーはおそれている』だけでなく、『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』の過去2作品も合わせて描いていますね。
大島:『ボーはおそれている』の絵を依頼されたんですが、ほかの2作も描いちゃったんだよね。
ヒグチ:『ヘレディタリー/継承』はまだポスターとしては描いていなかったから描きたかった。『ミッドサマー』は以前のポスターも気に入っているけど、3作のポスターを三角形のモチーフで揃えて改めて描きました。背景の太陽はホルガ村の入口のところ。公開時にホルガ村のホームページが作られていたでしょ。インチキ臭さがものすごく本物っぽくて、あのようなイメージで描きました。
大島:今回はけっこうネタバレというか、ストーリーの核心に触れていますよね。
ヒグチ:すでに公開から年月が経っているし、どうしてもあの三角が描きたかったから。それに『ボー』を観に来るお客さんには、『ミッドサマー』は当然観ておいてほしいなと思って。『ボー』のポスターも、私としてはクライマックスシーンですが……。
大島:でも、まだ観ていない人にはわからないよね。
ヒグチ:そうですね。『ボー』には前作ほど明確な三角形モチーフが登場するわけではないんです。ただ劇中の、ある舞台が登場するシーンから着想しました。私は監督のすべての作品に舞台的な要素が共通すると思っていて。
アスター:そうですね。ポスターのイラストでは『ボー』の劇中劇のシーンを取り上げてくださって嬉しいです。幕が開いて、木があって……本作が技巧を凝らして撮影されたということをよく汲み取ってもらえたと思います。このシーンは彼の人生そのもの。彼はまさに母親が用意した舞台の上で踊らされている主人公ですから。母親が神のように上から視線を注ぎ、支配している。今回の映画にはいろんな要素を散りばめているから、それらを拾ってくれていますね。
大島:3時間もありますから、これまでの作品の凝縮度に比べたら多少希釈されるのかと思いきや、もっともっと要素が凝縮されていた。見終わってぐったりしました(笑)。
アスター:疲れて正解。人生も疲れますから。
──映画宣伝のためのデザインについて、話をさらに伺えればと思います。大島さんが手がけた『ミッドサマー』のパンフレットはとても凝ったデザインと製本ですね。
大島:先ほど話した「不愉快のサービス」について監督の作品から考えていて、見やすいではなくて見にくい、読みやすいではなくて読みづらい、めくりやすいのではなくてめくりにくい、というものを目指しました。作中に登場するホルガ村の聖典である「ルビ・ラダー」は漉いた紙を断裁せず、端がよれた状態のまま綴じられていますが、パンフレットもその形も模して作りました。初めてやりましたが、まっすぐ揃った紙とは違って案の定めくりづらい。ただ発見があって、めくりづらいことによってちゃんとゆっくり読むようになるんです。心地よさを追求した文化の中に取りこぼしてきた可能性があるのではないかと思いました。映画でもデザインでも。
ヒグチ:最近は配信された映画を倍速で見るといったこともあるようですが、すごくもったいない。でも先が見えてしまうホラーと同じで、ありきたりに作られたものは、映画でもパンフレットでも、そうやって流し見されてしまう。
アスター:そう思います。
大島:ですから、テンポがいいだけではない、ぎこちなさのようなものが必要だと思います。
ヒグチ:次がどうなるかわからない。アリ監督の作品自体が、まさに倍速向きではないですね。それは素晴らしいことだと思います。
『ボーはおそれている』
監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージー、パティ・ルポーン
配給:ハピネットファントム・スタジオ 原題:BEAU IS AFRAID
R15+|2023年|アメリカ映画|上映時間:179分
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公式HP: https://happinet-phantom.com/beau/
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)