出典: The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2025
世界最大級のアート・フェア「アート・バーゼル」とスイスに拠点を置く金融企業のUBSが、毎年恒例となる世界のアートマーケットの動向を調査、分析した報告書の2025年版「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2025」が発表された。今回は本報告書に書かれた内容をもとに、現在のアートシーンの動向と展望について解説する。
2024年の世界のアートマーケット総売上は、前年比12%減の約575億ドルにとどまり、2022年までのコロナ禍後の力強い回復傾向から一転、2年連続の減速となった。低価格帯の取引が活発に行われたものの、高価格帯作品の売上の鈍化が総額を押し下げる要因となった。いっぽうで、市場全体の取引件数は前年比3%増の4050万件となり、手頃な価格帯への関心の高さが浮き彫りになった。ディーラーやオークションハウスでは、高額作品の取引が鈍るなかでも、より手の届きやすい価格帯の商品を中心に売上を維持・拡大させる動きも見られた。
2024年は、国際情勢や経済の不安定さが続いた1年でもあった。こうした背景のなか、消費者の「価格に見合う価値」への意識が高まり、ラグジュアリー業界全体で高額な非必需品への支出が抑制される傾向が広がった。アート市場もその例外ではなく、高価格帯においては購入を控える動きが目立った。
グローバル化が進むアートマーケットにおいても、米国、英国、中国の3大市場が依然として世界市場の76%を占める構図に変わりがなかった。米国が43%(248億ドル)でトップを維持し、英国が18%(104億ドル)で再び2位に浮上。中国(本土および香港を含む)は15%(84億ドル)に後退し、前年比4%の減少となった。
中国市場は、2023年に一時的な回復を見せたものの、2024年には経済減速や不動産市場の低迷を背景に再び大幅な下落となり、売上は84億ドルと2009年以来の最低水準を記録した。いっぽうで、日本市場は前年比2%の成長を見せ、アジアのなかでは際立った存在感を放った。韓国は前年比15%減と対照的な結果となった。
ディーラー部門の売上は前年比6%減の341億ドルとなった。高額取引の低迷が全体の成長を妨げたいっぽうで、低〜中価格帯では一定の活況が見られた。コンテンポラリーアート(1945年以降生まれの作家)に特化したディーラーは、前年比11%の売上減少を記録したが、戦後およびポストモダン芸術、オールドマスターを扱うディーラーは安定または成長を見せた。
ディーラーによる女性アーティストの取り扱い比率は、前年比1%増の41%に上昇。プライマリーマーケットでは46%に達し、売上のシェアも前年比3%増の42%となった。これは2018年以降続く上昇トレンドを裏付ける結果といえる。しかし、女性作家の多くが大規模ギャラリーに所属するまでに至らず、依然として高額帯の取引では男性作家が圧倒的に多いという構造も続いている。
2024年に世界で開催されたアートフェアは336件。2019年の407件と比べると71件の減少となり、2021年以来の低水準にとどまった。
また、世界各地でアートフェアの終了が相次いだ。米国では、「Fridge Art Fair」や30年以上の歴史を持つ「San Francisco Tribal and Textile Art Show」を含む、4つのフェアが幕を閉じた。アジアでも、2006年から続いた「Art Beijing」、ソウルで開催されていた「StART art fair」(南アフリカ版を含む)、台北の「Art Hunt」が終了するなど、閉幕が続いている。こうした大型イベントの低迷が続くいっぽうで、ギャラリーでの展示活動は活発化しており、2024年の平均展示回数は8回と増加傾向に。2025年も同水準での開催が見込まれている。
ウクライナや中東での紛争、欧米選挙への不安感が高まるなか、2024年のアートマーケットは慎重な姿勢が目立った。とくに高価格帯では、売買を見送る動きも強く、市場の不透明感が色濃くなっている。さらに、2025年初頭に発足したトランプ政権による反自由貿易的な姿勢と、関税導入が市場に新たな懸念をもたらしている。国際流通に大きく依存するアート市場にとって、こうした動きの影響は避けられず、今後の動向を注視する必要がある。
国際芸術祭「あいち2025」と時期を合わせて9月に開催される、世界水準のアートフェア「Tokyo Gendai(東京現代)」にも国内外のコレクターや関係者から熱い視線が注がれている。先月発表された第1弾プログラムの詳細はこちら。