会場風景より、《ラー》
ドイツを代表する現代アーティスト、アンゼルム・キーファー(1945〜)の大規模個展「ソラリス」が、3月31日から京都の世界遺産・元離宮二条城で開幕する。
本展はキーファーにとってアジア最大規模の展覧会。33点の絵画や彫刻が、二の丸御殿台所・御清所(重要文化財)とその周辺の庭園に展示される。主催は京都市および、ニューヨークと東京にスペースを構えるギャラリーのファーガス・マカフリー。
キーファーは、戦争の記憶や神話、哲学、宗教といったテーマを扱い、人間の在り方と歴史に迫る、重厚かつ壮大なスケールの作品で知られる。
今回の展示作品の選定や構成等を任されたギャラリストのファーガス・マカフリーは、かつて京都で学んだ経験を持ち、二条城についてもよく知る人物。記者会見に登壇し、「展覧会名のソラリスとはラテン語で太陽に関する言葉。太陽はその光で地球にエネルギーを注ぎ込む存在であり、キーファーはこれまでもモチーフにしてきた。太陽から自然の移り変わりのサイクルが生まれ、また宗教や哲学の出発点でもある」と説明。
まず会場に足を運ぶと、庭園にそびえる高さ約9mの巨大な彫刻《ラー》が来場者を出迎える。ラーとはエジプトの太陽神の名前だ。見上げると、パレットが大きな翼を生やしている。
そこから建物内に入ると、本展のための新作である幅約10mの絵画《オクタビオ・パスのために》をはじめ、いくつもの作品が展示されている。
内覧会でパフォーマンスを行った田中泯は、「会場に入って驚いたのは、二条城の建物が(キーファー作品の存在によって)生き生きして見えること。何百年も前から作品があったようにも感じる。本展では自然光を生かしていて、作品を見せようと光をあてる(一般的な)展覧会とは正反対。ショックを受けました」と語った。
実際、一部の照明を除き、ほとんどの作品は自然光のみで照らされる。それゆえ、内覧会時は曇りから晴れへと移り変わる天気を受け、室内に注ぎ込む光の有り様が刻々と変化することで、作品もその表情を変えていった。
この3月で80歳を迎えたというキーファーは、第二次世界大戦が終戦した1945年の生まれ。戦争の傷跡が生々しく残る戦後ドイツで幼少期を過ごし、廃墟や瓦礫を遊び場にして育った。その作品はドイツの歴史や戦争の記憶を扱ったものも多く、本展には戦後ドイツと日本の置かれた状況の比較といった観点も含まれる。第二次世界大戦終結、および広島・長崎への原爆投下から80年の節目の年に開催される本展を通じて、キーファーは「人類は同じ悲劇的な歴史を繰り返すのか」と問いかける。
キーファーは言う。
「ご存じのように、日本とドイツの共通点として、戦後アメリカによって占領され、国の力が削がれました。ドイツは『モーゲンソー計画』のもと、産業大国ではなく農業国にされようとしました」
第二次世界大戦中にアメリカ合衆国の財務長官ヘンリー・モーゲンソーによって立案されたモーゲンソー計画は、ドイツ占領後の処理計画のひとつであり、その提案にはドイツの分割や、重工業の解体と農業国への転換などを含んだ。
《モーゲンソー計画》と題した作品を過去にも制作したキーファーだが、本展でも小麦が室内一面に広がるインスタレーションを展開。こうした農耕と関わるモチーフも、やはり太陽と密接に結びついている。そして小麦畑は実り豊かで穏やかな田園風景の美しさとともに、戦争がもたらした苦痛や歴史的トラウマ、作家が過ごした戦後の心理的風景などを喚起させる。
2022年にキーファーのスタジオを訪れたマカフリーは、キーファーが小麦を扱った作品を見て、その平板な構図や豊かな金地と黒インクのコントラストに、狩野派の作品を想起したという。そしてキーファーに、日本の伝統的な金碧障壁画を意識したのかと尋ねたところ、キーファーは何も知らなかった。そこでマカフリーは狩野派に関わる本をキーファーに贈り、キーファーがそれらに興味を示したことが、二条城での展示に活かされたようだ。
とくに、作品に金が多用されていることに注目したい。キーファーは2012年頃から作品に金を用いていたが、日本の美術に感銘を受けたことで、さらに金箔の使い方の探究が進んだという。展示が行われている御殿台所・御清所は装飾性という点では控えめな空間だが、隣接する二の丸御殿は、狩野派の絵師たちによる絢爛豪華な障壁画で彩られた場所だ。こうした対比と共鳴も、ここ二条城での展示ならではだろう。
内覧会では、田中泯・石原淋によるパフォーマンスが行われた。
会見でキーファーとの出会いについて聞かれた田中は、「30代は3〜4ヶ月かけてヨーロッパを踊りながら旅しており、そのときに美術雑誌でキーファーを始めて見て、大変驚いた」と言う。約50年前にキーファー作品に衝撃を受け、作家に憧れを抱いた田中は、キーファーのカタログやポスターを入手し、雑誌などでもキーファーについて学びながら過ごしてきたという。なかなか直接会うことは叶わなかったが、数年前にキーファーが南仏バルジャックに持つ広大な敷地のスタジオを訪問する機会に恵まれた。キーファーに案内されながら、その姿に「同じ年でこんなにしっかりした体で歩くやつはいないと思った」というエピソードも。じつはキーファーと田中は誕生日が2日違いで、田中がキーファーを「2日年上の兄貴」と表現していたのも印象的だった。バルジャック初訪問後も、田中は数年に渡りキーファーの作品の前で踊らせてもらうという約束をしているそうだ。これに対しキーファーも「泯さんこそが私の作品の光源。日本から太陽がやってきて、私の作品を照らしてくれる」と応え、信頼関係を感じさせる一幕もあった。
本展ゲストキュレーターの南條史生は、2019年に二の丸御殿台所、御清所を会場とした「ICOM京都大会2019開催記念 / 二条城・世界遺産登録25周年記念 『時を超える:美の基準』」展の企画に携わり、この場所で現代作家の展示を行うことができるとマカフリーに進言したという。それでも、釘一本も打つことができない重要文化財での展示実現は困難を極め、本展を苦労して作り上げたと語る。文化財を舞台とする現代美術展は、京都市における文化財活用の新たな試みでもある。
こうした特別な場所で、巨匠キーファーの作品は西洋と日本の歴史と文化、思想の対比に言及しながら、人類の普遍的な問いを詩的に表現する。二度とない貴重な展覧会を、ぜひ多くの人に体験してほしい。
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福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)