【対談】石上純也×玉山拓郎:豊田市美術館で谷口吉生建築とランドスケープについて語る

1月18日〜5月18日、愛知県の豊田市美術館で「玉山拓郎:FLOOR」展が開催中。本展を機に気鋭のアーティスト玉山拓郎と、かつて同館で個展経験のある建築家・石上純也との対談が実現。 撮影:ハイスありな+福島夏子(編集部)

石上純也(左)と玉山拓郎(右) 「玉山拓郎:FLOOR」(豊田市美術館)会場にて

気鋭のアーティスト、美術館初個展

愛知県の豊田市美術館「玉山拓郎:FLOOR」が5月18日まで開催されている。1990年に岐阜県多治見市で生まれ、東京を拠点に活動する玉山拓郎は、現在もっとも注目を集める新世代のアーティストだ。絵画制作を出発点としながら、立体的な造形や光、映像、音を組み合わせたインスタレーションを展開してきた。

最近は鮮やかな光を放つ蛍光灯を用いて、空間を異化させるような作品が強い印象を残していたが、本展はこうしたイメージを更新する挑戦的な内容。美術館の空間全体に巨大な構造物を貫入させ、展示室全体を使ったひとつのインスタレーションを生み出した。

会場風景

2月中旬、本展を建築家・石上純也が訪れた。建築の既成概念を覆すその仕事は国際的に高い評価を受けており、近年では2023年に中国山東省に竣工した「水の美術館」や、山口県にある洞窟のようなレストラン「House & Restaurant」など、自然と人工とを新たな方法で取り結ぶ建築を生み出してきた。

また石上は2011年、豊田市美術館で個展「石上純也ー建築のあたらしい大きさ」を開催した経験を持つ。5種類の模型を中心とした展示で、それまでにないスケールの生活環境に向けた構想を世に示した。

今回は、そんな豊田市美術館での個展の”先輩”にあたる石上と玉山の対談が実現。やはり聞きたいのは、昨年死去した美術館建築の名手・谷口吉生が手がけたこの特徴的な建築とどのように向き合うかということだ。

*本展のレポートはこちら

谷口吉生が手がけた名建築と対峙する

美術館に到着した石上は、まずは会場を一周したのち、玉山と合流。挨拶もそこそこに玉山の説明を受けながら、展示室1の空間いっぱいに広がる巨大な構造物を見上げる。

今回の大胆な展覧会の構想は、どのように生まれたのだろうか。

「今回は建築自体をひとつの空間としてとらえることから始まりました。そこに介入するうえで、自分なりの方法で谷口さんの建築に寄り添うことで、この構造物のかたちが生まれました。(制作にあたっては)まず(担当学芸員の)鈴木(俊晴)さんに図面をもらって、そこを占有する構造物のかたちを自分で引いていきました。その最初の構想から変わらないかたちで、様々な人の手を借りてこの空間ができています」と玉山。

石上は、「この巨大な構造物は、どの展示室からも全体を見ることはできない。つまり美術館という建築によって、この構造物の全体像が遮られているとも言えるわけだよね」とコメント。そしてこのような質問を投げかけた。

「(一般的な)展示では、美術館という“空間”とそこに置かれる“作品”にはある種の主従関係が生まれる。図と地の関係とも言えるかもしれない。つまり、背景としての美術館と鑑賞対象としての作品。今回は、この巨大な構造物が鑑賞対象なのか、それともこの黒い何かによって既存の空間の一部が打ち消され、その結果、切り取られた美術館の空間のほうが鑑賞対象なのか。あるいは、美術館が背景なのか、切り取られた美術館の空間を体験するという意味で、この真っ黒な物体自体がその切り取られた空間の背景になるのか。そのような反転構造がループしながら常に入れ替わっていくような感覚を受けます。

今回はこの大きな構造物が作品と呼べるものなのか、それとも美術館建築と等価のものとしてあるんでしょうか?」

これに対し玉山は、「この構造物は空間の一部なんです。構造物が貫入することで、ここに起こっている空間そのものが作品だととらえています」と説明。さらに「これ(構造物)があることで、美術館の空間において人々の視線がこれまでと違うところへ向かい、いままで見えていなかったものが見えてくる。いっぽうでこの構造物を見る行為が『作品を見ている』と言えるのかどうか、その曖昧さは重要だと思っています」と付け加える。

「20世紀的な美術館と作品の関係には、“空間”と“モノ”というようななんらかの対比がありました。でも、この構造物を“彫刻”つまり”モノ”ではないとするなら、ここに現れたものはなんなのか。美術館が空間であるという概念を否定するように、美術館を新しいランドスケープとしてとらえ直しているようにも感じます。つまり、この黒い物体は、展示物ではなく、構造物ですらなく、空間を打ち消すためにだけある何かです。空間を部分的に打ち消すことによって、既存の美術館に新たな奥行きが現れ、その奥行きの深さが感じられないことによって、黒い何かがまるで深淵な宇宙の広がりのようにも見えてくる。宇宙の真っ黒な広がりは巨大な「外」です。美術館という空間の「中」に新しい「外」を生み出しているようにも思えます。

言い換えると、既存の空間の中に、新たに外が挿入されることによって、美術館の「空間」がある種の「風景」つまり、ランドスケープのように生まれ変わった。そのランドスケープのなかに唐突に自分が放り込まれたような感覚を受けます」(石上)

展示室1は上階までの吹き抜け構造になっていて、横にも縦にも広い空間となっている。その空間を占有するかのように登場した構造物について、「空間を打ち消している」と石上が言い表していたのが印象的だった。構造物は大きな塊として聳え立っているだけでなく、時に人の歩くルートを遮るように張り出していたりもする。そんな構造物の下を潜り抜けた石上から、玉山に質問。

「この構造物は”展示物”としては考えられないくらい大きなスケールで存在しているいっぽうで、場所によっては普通に通れないような小さなスケールを人に要求する。そのあたりのバランスはどのように考えているの?」(石上)

「2年間この展示に取り組んできたなかで、今回は作者の主体性を発揮するのではなく、あくまで作品に主体性を持たせたいと考えました。作品が主体を持つということは、ここに作者も、鑑賞者さえもいなくていい可能性がある。なので、鑑賞者の体験を前提とするような設計はしませんでした」(玉山)

音と時間の存在

本展では音も重要な要素だ。展示室に穏やかに広がるノイズのような音。これは10日間にわたる設営中の環境音を録音し、会期中の長さにまで引き延ばしたものだ。だから本展において一度として同じ音は鳴らない。

石上はこの音によって、「時間の存在が感じられる」と指摘。本展では人工照明が使われていないので、天井などから入り込む自然光が唯一の光源だ。そのため、時間帯や季節の変化によって展示空間の様子が刻々と変わっていく。この光と音が、時間の存在を鑑賞者に強く意識させる。

一期一会の状況が常に生成されている本展ついて、石上は「体験を前提に構想されていないからこそ、ここに来て体験することによってその意図が理解できる展示」だと前置きしつつ、いっぽうでメディアを使った、また別の体験方法や記録の残し方があるのではないかと提案。「この展示で映画が1本作れるんじゃないかな。たとえば、映像としてこの展示をもう一度、客観的にとらえ直すことによって、この展示(黒い何かと空間が一体化したもの)が”作品”ですらなくなり、それこそ、その映像ののただの風景として描かれるようになるかもしれない」(石上)。

美術館のなかに広がるランドスケープ

谷口建築において光は重要な要素だ。玉山は今回、こうした谷口建築に、また別の光の姿を提示した。その光を手繰る手つきが際立って感じられるのは、渡り廊下と展示室5だ。

窓ガラスが一面を覆う渡り廊下は、いつもならその窓から外に広がる豊田市の美しい景色を眺めることができる。しかし玉山は今回この窓ガラスに半透明のフィルムを貼り付け、全面を均質な光源へと変貌させた。

渡り廊下

石上もこれに興味津々。「ガラス面を半透明のフィルムで覆っていますね。玉山くんは建築空間の内側にランドスケープを作っているから、ここでは外側にある既存のランドスケープを打ち消す意図があったのかな」(石上)と尋ねると、「それは確かにひとつあります」と玉山。

「この外に広がる景色を自分の作品の中に組み込むことは難しい。空間の外側に対して恐れのようなものも感じるんです。また、谷口さんは光を大事にしていたこともあり、自分も光へのアプローチを考えたかった。ここをフィルムで覆うことで、光を抽象的なものとして扱いたかったのも大きな理由です」(玉山)

石上はこれまで自身の仕事において、「いつも建物の内側にランドスケープを取り込むような建築を造れないか」(*1)と考え、「環境と建築を近付け“対等な存在”となる設計を志向」(*2)してきた。こうした姿勢は本展にも通じるところがあるのではないか。玉山が今回実現しようとした空間、ランドスケープとはどのようなものなのだろうか。

「ただここに差し込む光、ただここにある構造物、それらがただこの空間の中で変化を促し、受け入れ合いながら、ただこの空間に存在しているだけ。目指したのはそんな空間です。そこに入り込んだ私たちがランドスケープを見たり感じたりすることはあくまでも後天的に、あるいは事後的に存在していると思います」(玉山)

廊下を抜けて展示室をさらに進み、1階下にある展示室5へ。普段は展示ケースのなかに作品が展示されているが、玉山はこのガラスケースの表面もフィルムで覆った。

展示室5

この展示室には、これまで見てきた構造物が存在しない。がらんとした空間に、展示ケースを光源とするほのかな光が広がっている。

「普通は最後に辿り着くこの展示室にも構造物があることを期待するけれど、そうはしなかった。面白いなと思いますね。この展示室が作品を展示する場所であるという、美術館建築の意図を揺さぶろうとしている意志が伝わってきます。この空っぽの部屋に立つと遠くの方から音だけが聞こえてくる。そのことによって、異様なものによって既存の空間に何かが起こっていることを予感させますし、壁の向こう側にある黒い物体の存在感がより強調され、黒い何かが美術館の空間構成を無視して広がっているというコンセプトが明確化されていると感じました」(石上)

「ここに構造物がないのは、建築の構造上、物理的に難しかったという理由もあるんです。ただ試行錯誤を重ねるなかで、上階の廊下の窓にフィルムを貼った時点で、この展示ケースにもフィルムを貼ることが僕のなかで自然と決まりました。すると構造物はここになくていいと感じられた。それがなぜかを説明する言葉を僕は持っていないんですが……自分で説明できないということは、僕の意図を超えたものができたということでもある。現代を生きる作家として、表現することの責任は果たせたかなと思いました」(玉山)

谷口建築のシーケンス

ひと通り会場を巡り、目下制作中である本展のカタログを見てみたいという石上のリクエストに応えるため美術館の会議室へ。そこでふたりに改めて話を聞いた。

──おふたりは去年「GQ Global Creativity Awards」をともに受賞され、そのときのトークショーが初対面だそうですね。今回玉山さんから、改めて石上さんとお話ししたいというリクエストをいただきましたが、それはなぜですか?

玉山 今回は建築と密接に接続する作品でもあるので、建築家の人に見てもらいたいという気持ちがあり、なかでも石上さんはいちばん展示を見てほしい人でした。今日も一緒に見て回るなかで「ランドスケープ」という言葉が石上さんから出ましたが、石上さんはすでに存在する自然環境のなかで人工的なものを独自の方法で立ち上げていて、その仕事が拓く地平に興味を持っています。自分はずっとアーティストとして制作や発表を重ねてきて、まだ屋外には出られないという感覚がある。だから石上さんが実現されている仕事のスケールに、ある種の恐れも感じるんです。そんな石上さんが、今回の僕のアプローチをどう見るのか、純粋に強い興味がありました。

石上 面白かったですよ。

──石上さんは、豊田市美術館に来るのは個展「石上純也ー建築のあたらしい大きさ」以来初めてでしょうか?

石上 外観を見たことはそのあともありましたが、館内に入ったのは個展以来です。

──ご自身の個展に際して、谷口建築である豊田市美術館をどのようにとらえながら展覧会を構成しましたか?

石上 当時は豊田市美術館のほかに、資生堂ギャラリーでの個展(「石上純也展 建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?」)とヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(第12回、企画展示部門で金獅子賞を受賞)がほぼ同時期にありました。美術館で展覧会をよくやっている印象を持たれますが、個展をやるとエネルギーのすべてがそこに吸い取られてしまうので、それ以降は期間を空けているんです。

2010年はそういう状況でほかの展示もセットで考えていたので、谷口さんの建築だけを意識して展示を作ったというわけではありません。とはいえ、ビエンナーレのアルセナーレ会場と豊田市美術館の近代美術館らしい空間とではまったく違うので、この与えられた空間で何ができるのかを考えました。この美術館には、谷口さんが意図した空間的なシークエンスがはっきりとありますよね。展示室と展示室の連続性が考え抜かれ、美術館の全体性がとても強く意識されている。僕の展示はそうした谷口さんの意図を崩すのではなく、それに沿うようなかたちで構成していて、いわばオーソドックスな展示だったと言えます。

それに比べると玉山くんは、谷口建築とまた違うかたちで向き合っていて、すごいなと思いました。インスタレーションって、ホワイトキューブが似合わないものも結構多いと思うんです。場所自体に特徴があるほうが作品の存在感が強く出てきたりする。でも今回は、谷口建築の空間的抽象性をうまく使いながら、自分の作品の抽象度を上げていて、とてもいいなと思いました。

玉山 建築としては厳密なシークエンスがあるのですが、今回の展示では動線は設定せず、決まった順路はありません。実際には展示室1から展示室5へと向かう鑑賞者が多いようですが、そこからまた展示室1に戻ったり、好きに回ってもらうことで、構造物がひとつの物体として存在するこの空間自体を感じてもらえるのではないかと思っています。とはいえ、谷口さんが作り上げたシーケンスは完全には消えずに存在しているのかもしれませんが……。

石上 それはやっぱりあると思いますよ。だからこそ、展覧会に映画性を感じたのかもしれない。館内を進むうちに、あの構造物が最初とは違った存在に見えてきましたが、こうした変化は、展示がシーケンスに乗っかっているからこそ生まれると思います。そこに映画的な時間軸を感じました。こうした効果は、一般的な美術館とは違う、谷口さんの建築の連続性があってこそなんじゃないかな。

──玉山さんは学生時代から何度もこの美術館に足を運び、建築の全体像を把握しているそうですね。

玉山 そうですね。これまで開催された様々な展覧会を見てきました。たとえば「杉戸洋 ‐ こっぱとあまつぶ」(2016)では、建築家・青木淳さんと大石雅之さんとのコラボレーションも行われていて、通常の順路とは逆に展示室5から回る構成になっていました。こうした作り手による谷口建築へのアプローチを実際に見てきた経験も、今回に生かされています。

カタログ

──今回の展示に合わせて、玉山さんの過去の作品をランダムに掲載したアーティストブック「作品集」(すでに完成)と、本展の展示風景を収めた「カタログ」(4月下旬に発売予定)との2冊が刊行されます。石上さんも豊田市美術館での個展カタログを後に書籍化するなど、出版に意欲的に取り組んでいらっしゃいますね。建築は絵画などと違って移動させられないですし、全体像を伝えるために書籍をはじめとするメディアを通した発信やアーカイブは重要だと思いますか。

石上 そうですね。豊田市美術館での個展のカタログも、たんに展示の記録というよりは作品としての書物として完結するものを目指しました。建築とアートでは状況が異なるかもしれませんが、建築は書物との結びつきがとても強いんです。とくに近代以降は顕著で、たとえばル・コルビュジエは、自分の仕事を出版を通して繰り返し伝えることで、自身の世界観を世界中に広げていった。だから建築を表現するうえで、具体的な建築設計と同じくらい、書物は重要な存在です。たんに記録として残すというより、自分の思想を伝えるものとして本がある。

真っ暗になった展示室へ

インタビューを終えるとすでに18時を過ぎていた。最後にみんなでもう一度展示室へ向かうと、夕暮れ時からさらに深くなった展示室に闇が広がっている。「暗いなかで見る時の方が、空間と黒い物体の境界線が曖昧になり意図がより理解できますね」という石上は、周囲を注意深く見回し、ときに立ち止まって玉山と言葉を交わしながら展示室を進んでいく。

谷口建築におけるシーケンスの効果について意見が交わされたインタビューだったが、その連続性は展示室同士だけでなく、建築の内外にも及んでいることを、玉山の作品は改めて明らかにする。先ほどまでは異様な存在感を放ちながら空間を占めていた巨大な構造物が、広がる闇に溶け込み、空間と一体化していく。一見すると堅牢な建築の内部が、光をはじめとする外部の環境によってドラスティックな変化を見せるとき、この空間における一瞬一瞬の唯一無二性が際立って感じられた。

玉山は本展について、「音を扱い、時間を扱い、空間を扱うということを、今回かたちにできた」と手応えを語る。豊田市美術館での経験は、これまでの作家活動の集大成ともなり、今後の道筋にも大きな糧となったようだ。

「この景色が現れたことによって、作家として何を表現できるのか。その先が見えてくることを期待を感じます」(石上)


*1——https://www.gqjapan.jp/article/20240501-gq-global-creativity-awards-2024-junya-ishigami-interview
*2——https://architecturephoto.net/198210/

玉山拓郎
たまやま・たくろう アーティスト。1990年岐阜県生まれ。東京都在住。愛知県立芸術大学を経て、2015年に東京藝術大学大学院修了。近年の主な展覧会に、「ART IN THE PARK(工事中)」(Ginza Sony Park、2024)、「SENSE ISLAND/LAND 感覚の島と感覚の地 2024」(横須賀市猿島、2024)など。

石上純也
いしがみ・じゅんや 建築家。1974年神奈川県生まれ。東京藝術大学大学院建築専攻修士課程修了。2004年に石上純也建築設計事務所を設立。2010年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で金獅子賞受賞。近年の竣工作に、《ボタニカルガーデン ア ートビオトープ「水庭」》(栃木県、2018)、《水の美術館》(中国山東省、2023)などがある。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。
Loading.................................................