柳幸典 Hinomaru Illumination 2025 2025 「ICARUS」(ピレリ・ハンガービコッカ)会場風景 © YANAGI STUDIO Courtesy the artist and Pirelli HangarBicocca, Milan Photo:Agostino Osio
日本を代表するアーティスト、柳幸典(1959年福岡県生まれ)のヨーロッパ初の大回顧展「ICARUS」が、イタリア・ミラノのピレリ・ハンガービコッカで開幕した(会期:3月27日~7月27日)。
1993年、第45回ヴェネチア・ビエンナーレに選ばれ、アペルト部門を日本人で初めて受賞。以後ニューヨークにスタジオを構え、多数の国際展に参加する。ユーモアと社会的・政治的視点が込められた作品群は、たびたび物議を起こしてきた。そんな柳の大規模個展を、オランダ在住の貝谷若菜がレビューする。【Tokyo Art Beat】
「いま、日本は戦後なのか」──天井高30m、幅60m、総面積5600㎡におよぶ巨大な展示空間「ナヴァテ」をさまよいながら、そんな言葉がふと浮かんだ。戦後という時代は本当に終わったのか、それともまだ続いているのか。この“わからなさ”こそが、展示体験の出発点になった。
現在、ミラノの現代アートセンター、ピレリ・ハンガービコッカでは、柳幸典のヨーロッパ初の大規模展「ICARUS」が開催されている。本展では、1990年代から2000年代にかけて発表された作品が再構成され、サイトスペシフィックなインスタレーションとして展開される。1993年のヴェネチア・ビエンナーレで《ザ・ワールドフラッグ・アント・ファーム》が展示されて以来、柳にとってイタリアでは初の個展となる。
柳幸典は、「もの派」運動やアメリカのランド・アートから影響を受けながら、日本の記憶を起点に、国家やアイデンティティを批評的に問い続けてきた。また、普遍的なシンボルを用いることで、いわゆる「日本的」な枠組みを超えた視点を展開してきた。今回の展示では、ナショナリズムや統治システム、現代社会の矛盾といったテーマが、元工業施設という特異な空間のなかで、改めて問われる。
本展を貫いているのは、国家という構造が内包する記憶と象徴の問題だ。展示空間に入ると、最初に現れるのが《Project God-zilla 2025 – The Revenant from “El Mare Pacificum(太平洋の亡霊)”》(2025)だ。爆発音のような重低音が響き渡り、瓦礫に覆われた空間に、巨大なゴジラの目が黄色く光っている。その瞳には、核実験や原爆のキノコ雲が投影されている。
この作品は2016年に初公開されたもので、今回は、日本国憲法9条の条文をネオン管で分解・配置した《Article 9》(1994)と空間的に対話するかたちで展示されている。荒廃の中で向き合う二つのインスタレーションは、国家の記憶と、統治の正当性を問い直す。柳は「日本は、国民が自分たちのために戦って民主主義を勝ち取った国ではない。民主主義は、まるで天からの贈り物のように日本にもたらされた」と語っている。
展示空間には、太陽や日の丸、日章旗といった、日本の国家的アイデンティティを象徴するシンボルが繰り返し登場する。これらは日本の集団的記憶を想起させるいっぽうで、普遍的な存在としても提示されている。《Icarus Container 2025》(2025)では、複数のコンテナが迷路のように連結され、空間を貫いて建物の外部へと続く構造となっている。三島由紀夫の書いた「イカロス」の詩を刻んだ鏡を用いて、密閉された室内から外部へと伸びる導線は、太陽の時代や国境を超えた普遍性を想起する。
私は1999年生まれ。柳の作品に登場するカタカナ表記の憲法条文や、ウルトラマン、ゴジラ、プラモデル、日の丸――どれも“知っている”記号のはずだが、それらが生きていた時代の空気を、私はリアルに感じることができない。それらが息づいていた時代の空気感には触れられない。「戦後を知らない」というより、「昭和を知らない」のだと思う。
日本で育った私は、美術を通して政治や歴史に触れる機会がほとんどなかった。「戦後を正面から問う」ような作品や展示は、学校でも美術館でも、どこか避けられていたように思う。そして私自身も、そんな空気を自然と受け入れてきた。
だからこそ、今回柳の作品を前にしたとき、私は自分の“距離”を強く意識せざるを得なかった。日本人でありながら、日本の歴史や記憶に深く内在できない、そんな「ねじれた位置」にいる自分。もっとも、歴史というものも書かれるまでは、そうした曖昧さの中にあるのだろうが。
そしてどこか、“外から”それを眺めているような感覚。柳に言わせれば、「内」と「外」の境界そのものが想像上のものにすぎないのだろう。
しかし、柳の作品は共感やノスタルジアに依存していないため、私のように曖昧な立ち位置にいる者にも、思考の余地を与える。たとえば《Project God-zilla》で、ゴジラの目に映るキノコ雲や核実験は、直接的な記憶としてではなく、戦後社会において再構成された“イメージ”として現れてくる。そもそも柳自身も、戦争を実体験としては知らない世代である。だからこそ彼は、戦争を「いかにして記号になったか」というメタ的な視点で捉えている。こうした戦後昭和のシンボルを、彼は単なる懐古的なモチーフとしてではなく、現代社会を問い直すための装置として用いているのだ。
私の世代は、戦争だけでなく、その後の「戦後日本の再構築」のプロセスにも、すでに間接的にしか接していない。過去の記憶は、私にとってまず“歴史の風景”として平成を通じて語られてきた。そして近年では、映画『オッペンハイマー』(2023)などを通じて、西洋的な視点から再構成されたイメージとしても受け取るようになった。戦後と地続きの日本出身でありながら、その歴史や記憶を“外から”受け取っているという違和感。それと向き合うことが、私にとって柳の作品を体験するということだった。
戦後の記憶に内在できず、西洋美術の制度で訓練された私は、いまイタリアで柳の作品を見ている。その立ち位置は、「wanderer(さまよう者)」であり、それこそが、私にとってのまなざしの出発点なのだと思う。
最後の展示室には、柳の代表作《ザ・ワールドフラッグ・アント・ファーム》が展示されている。1993年に170枚で始まった国旗は、現在では200枚に更新されている。
砂で作られた国旗の中を、何千匹ものアリが行き来する。砂粒を一方の容器からもう一方へと運ぶことで、国旗の輪郭やデザインは徐々に侵食されていく。その過程を通して、国境という概念の不確かさや流動性があらわになっていく。
今回の展示では、戦争中の国家の国旗のあいだにスクリーンが設置され、アリたちの行き来は物理的に遮られていた。にもかかわらず、彼らはそうした国旗をむしろ集中的に侵食しているようにも見えた。