公開日:2025年3月29日

アート・バーゼル香港2025開幕レポート 回復するマーケットの兆しとその傾向は

アジア最大級のアートフェア アート・バーゼル香港2025(Art Basel Hong Kong 2025)が開幕、香港情勢とあわせ今後を展望する

会場風景より ENCOUNTERSセクション アリソン・グエン Prosthetic Memory (2025)

2025年3月26日、アート・バーゼル香港が今年も開幕した。会場となる香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター(HKCEC)には、世界42の国と地域から242のギャラリーが集結し、コレクターが大挙して熱気に溢れている。アジアのアートマーケットの中心が香港にあることを証明したと言えるだろう。

Pilar Corriasでは、日本でもおなじみのリクリット・ティラヴァニによる「ASIANS MUST EAT RICE」という挑発的なテキストと、フィリップ・パレーノの宙に浮く魚のインスタレーションが展開

回復のマーケット、緊張する政治と言論

だがその一方で、アジアのアート関係者の多くが耳打ちするのは、よりセンシティブな状況についてだ。特にトランプ政権の関税政策やウクライナ戦争が、香港のアート市場にも間接的に多大な影響を与えている。そして昨年も触れた通り、2024年に施行された「国家安全条例」によって、香港では表現の自由に対する見えない制限が強まった。華やかなパーティーの裏で、特定のモチーフや言及は、フェア会場内外でも自粛の空気に包まれている。

今年のアート・バーゼル香港は、昨年を上回る数の国際来場者で活気を見せていた。初日のVIPプレビューでは、デヴィッド・ツヴィルナーが草間彌生の作品を350万ドルで販売したほか、160万ドルのミヒャエル・ボレマンス、100万ドルのリン・チャドウィック、90万ドルのエリザベス・ペイトンなど、高額作品の取引が相次いだ。

会場内で巨大な作品をプレゼンテーションする「ENCOUNTERS」セクションは今年も引き続きアレクシー・グラス・カントー(中央)によるキュレーション
ENCOUNTERSでのヴァジコ・チャッキアーニの映像作品(奥)
毛利悠子やATSUSHI KAGA作品が並ぶMother's Tankstationのブース

注目の日本勢ギャラリー

今年の出展では、日本勢の存在感も例年以上に大きかった。NANZUKAは20周年のパーティーを市内で開催したほか、日本人コレクターも大勢がVIPのプレビューに駆けつけていた。

Takuro Someya Contemporary Artでは岡﨑乾二郎と山中信夫
KOSAKU KANECHIKAは佐藤允の個展ブース。小説家の朝吹真理子をモデルにしたペインティングが目を引く。
MAHO KUBOTA GALLERYのジュリアン・オピー作品

ルイ・ヴィトンは村上隆の特設ブース、さらには山の中腹のヴィラを貸し切っての巨大なシークレットパーティーを披露した。

メタリックなトランクを模したルイ・ヴィトンのブースがアート・バーゼルに出現。フォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションとしても発表された村上隆の《ぞうちょうくん》、《たもんくん》(2003)などが出迎える
カイカイキキギャラリーのMr.

売上が好調なブースもあるが、ある日本のベテランギャラリストは嘆く。

「ギャラリーのブース代も、輸送費も、すべて値上がりしていて経費を抑えるためにコンパクトな展示にせざるを得ない」

売れ行きが例年とほぼ変わらないという多くのギャラリーの感想も、サイズなどの制約から作品の価格帯が抑えられている影響もあるだろう。

「DOKU」とM+:AIとアートの新しい関係

デジタル表現に焦点を当てると、中国人アーティスト ルー・ヤンのバーチャルキャラクター「DOKU」が再び話題を呼んだ。今回は、AIで生成された108点の作品を「ブラインドボックス形式」で販売するポップアップストアをフェア内に展開。ルー・ヤンは東京ベースではあるが、深圳のK11でも展示が始まるなど、アジア各国での人気が高まっている。

ENCOUNTERSでのルー・ヤン DOKU the Creator

またM+のファサードでは、ホー・ツーニェンによる新作《Night Charades》が上映中だ。香港映画史のアーカイブ映像をAIによって解体・再構成し、記憶と忘却のプロセスそのものを可視化する試みだ。変貌するこの都市の記録をどう語り継ぐかという問題にも通じる。

Ho Tzu Nyen, Screening of Night Charades on the M+ Facade, 2025. Co-commisionned by M+ and Art Basel, presented by UBS, 2025. Photo: M+, Hong Kong.

オークションハウスの課題と実践

世界のオークションハウスがアジアのハブに据えているのは紛れもなく香港だが、いずれもが中国経済の低迷、先行き不安に影響を受け、大幅に売上を落としている。とはいえ、クリスティーズもこれまで5月だったオークションを3月に移すなど調整し、それぞれのプレビューセールも活況を見せている。クリスティーズはザハ・ハディド建築のビルに移転後2度目のオークションで、日本からの作品も多く届いていた。

ほかに、27日まで開催されていたサザビーズでの「Corpus」展は、このアートウィークの中でも白眉と言える規模かつ充実度の展覧会だった。古代エジプトの彫刻からジャコメッティ、ルイーズ・ブルジョワ、アレックス・カッツにいたるまで人体にフォーカスを当てた作品が荘厳さをもって並ぶ。1点を除きメインランドではない、香港のコレクションから集めてきたというのが、この都市のそこ知れなさを物語る。

サザビーズのフラッグシップストアでは、3000年におよぶ「Corpus」=身体をテーマに、展覧会が開催されていた。

新フェアと都市のダイナミズム:Supper Club Hong Kong

アート・バーゼル本体の外でも、サテライトの動きはさらに活発化している。昨年に引き続き開催された「Supper Club Hong Kong」では、より実験的な作家たちがDIY的な空間でオルタナティブなフェアを開催。今年はH Queensの退去あとのフロアを貸し切ったため、前回ほどのインディペンデントさはない空間になった。とはいえアート・バーゼルにも出展するPHD Group(完全予約制のギャラリーでは5月まで笹岡由梨子の個展が開催中だ)などが主体となっており、単純に欧米資本との対立軸となっているわけではない。香港市内のSHOP HOUSE、日本からもMISAKO & ROSENのほか、CON_4649などが今年は新たに参加している。

回復と緊張が同居する都市から

2025年のアート・バーゼル香港、アートウィークには、パンデミック後の「回復」だけでは語れない事実を突きつけられている。

Hauser & Wirthでのルイーズ・ブルジョワ展

長年の香港の日本人居住者は「ラディカルに政治批判するアーティストは、明らかにここ数年で去っていってしまった」と話す。別の日本人ファッションデザイナーも、家に帰るために歩いているだけで警察が「どこに行くんだ」と脅してくる。メインランドでこんなことはない、と言う。

また、あるヨーロッパのギャラリーの台湾人スタッフは「給与が未払になっていて、近いうちにギャラリーを離れるつもり」と語ってくれた。それだけ差し迫った状況下でもこのアートフェアでは億単位で作品がやり取りされて続けている。

Fergus McCaffreyでのロバート・ラウシェンバーグ作品は日本で制作された、裸のマハを引用する陶板へのプリント。 Gilt 1983

政治的緊張、経済不安、さらなるテクノロジーの進化。昼のビジネスシーンと、夜のきらびやかなネオンサインのはざまのアートの息づかいに耳を澄ませておきたい。

Rose Wood Hong Kongからの夕日

Xin Tahara

Xin Tahara

Tokyo Art Beat Brand Director。 アートフェアの事務局やギャラリースタッフなどを経て、2009年からTokyo Art Beatに参画。2020年から株式会社アートビート取締役。
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