公開日:2024年8月30日

杉山央 × 奥野和弘 × 橋本崇インタビュー:都市とアートの20年【Tokyo Art Beat 20周年特集】

Tokyo Art Beat設立20周年を記念する特集シリーズ。新領域株式会社の杉山央、PwCコンサルティング合同会社の奥野和弘、小田急電鉄の橋本崇が都市とアートの関係、民間企業がアートに取り組む意義、未来について語る(聞き手:野路千晶[編集部]、構成:後藤美波[編集部])

左から、奥野和弘(PwCコンサルティング合同会社)、杉山央(新領域株式会社)、橋本崇(小田急電鉄) 撮影:雨宮章

Tokyo Art Beat設立20周年を記念する特集シリーズ。「これまでの20年 これからの20年」と題して、6つのテーマで日本のアートシーンの過去・現在・未来を語る。

第4弾となる本稿では、新領域株式会社の杉山央、PwCコンサルティング合同会社の奥野和弘、小田急電鉄の橋本崇が登場。

杉山央は2000年森ビル株式会社に入社し、「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」(2018)室長、虎ノ門ヒルズ「TOKYO NODE」の企画責任者(2023)などを歴任し、24年に退社、現在は新領域株式会社の代表としてアートイベントのプロデュースに関わる。

奥野和弘は約20年にわたってIT業界でクライアント支援に従事した後、PwCコンサルティング合同会社に入社。新規事業開発担当の執行役員として、近年はメタバース、スマートシティ、まちとデジタルとアートの接続などの課題に取り組む。

橋本崇は小田急電鉄株式会社にて鉄道事業本部にて大規模駅改良工事、駅リニューアル工事、バリアフリー整備工事等を担当後、開発事業本部で新宿駅リニューアル工事、学生寮「NODEGROWTH湘南台」、旧社宅のリノベーション住宅「ホシノタニ団地」等の開発を担当。2017年より下北沢エリアの線路跡地「下北線路街」のプロジェクトリーダーを務める。

三者三様のかたちで都市とアートの施策に取り組んできた3名が、都市にアートが必要な理由、民間企業がアートに取り組む意義、今後20年の日本に必要な文化的アプローチを語る。

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*特集「TABの20年、アートシーンの20年」ほかの記事はこちらから

これまでの20年を振り返って

──杉山さんは2000年から24年間にわたって森ビル株式会社で、奥野さんはPwCコンサルティング合同会社で、橋本さんは小田急電鉄株式会社でというように、みなさんは民間企業でそれぞれアートの取り組みに携わっているという共通点があります。まずは、これまでの20年間を「都市とアート」の観点からどのように見ているか、自己紹介を兼ねてお話しいただけますでしょうか。

杉山央:この20年は、アーティストの表現の幅が広がっていく20年だったと思います。従来のアートは、絵画や彫刻のようにアーティストの手の中で創作物が作られていましたが、様々なテクノロジーや表現領域が広がったことによって、これまでフレームに閉じこもっていた創作物が、フレームの外やモニターの外に飛び出て、空間や体験に広がっていくようになりました。

自分が携わったプロジェクトを振り返ると、2018年に前職の森ビル社員として、当時、世界最大規模のデジタルアートミュージアムである「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless(チームラボボーダレス)」をお台場に作ることに関わりました。アーティストはまず、空間や場所を手に入れないと大規模な作品は作れない。場所はあっても手がけるプロジェクトがどこかすべて似通ってしまうという問題はデベロッパーに付きものです。その場所でしか体験できない価値をいかに生み出すかを考えたとき、アーティストであるチームラボ、そしてデベロッパーだった自分の需要がマッチした結果として「チームラボボーダレス」が完成しました。

「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」(写真はお台場の限定作品。現在は麻布台ヒルズに移転)展示風景より、《呼応するランプの森 - ワンストローク、春の野山》(2019) © チームラボ

──チームラボボーダレスは昨年麻布台ヒルズに移転しましたね。チームラボの美術館はいまや世界に広がり、今年はサウジアラビアにオープンし、アブダビでは1万7000㎡におよぶ施設がオープン予定です。その先駆けとなったのがお台場の「チームラボボーダレス」だったのですね。

杉山:そうですね。テクノロジーを使った新しい表現や、従来の完成された作品をレイアウトする美術館ではなく、空間そのものが作品体験になっているようなものを作ることによって、そこの場所に行かないと体験できない価値を生み出す。その結果、開館1年間で世界170ヶ国から230万人に来ていただくような大きなミュージアムになり、街や東京の魅力を高めることにも貢献できたような手応えがありました。いまは体験型のアートが流行っていますが、それが社会とアートを接続するひとつの手法になっているのが、この20年の後半の出来事だと思います。

「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」(麻布台ヒルズ)会場風景より、チームラボ《人々のための岩に憑依する滝 》 © チームラボ

──奥野さんはいかがですか?

奥野和弘:もともとITエンジニアだった自分がいままちづくりに参加していることこそが、この20年の大きな変化なのかなと思います。20年前、デジタルはIT(インフォメーションテクノロジー)と呼ばれていて、多くの場合、効率化や自動化など、企業に機能的な価値を提供するために存在していました。それがいまや、企業だけでなく街の基盤としても使われるようになっています。

「スマートシティ」という言葉も、たんに機能的な価値だけを追求するのではなく、情緒的な価値のほうにも染み出してきている。メタバース空間で創作するアーティストもいますが、杉山さんも仰ったようにデジタルによって創作の対象が空間や街に広がっていき、さらに、街のミラーワールドとしてのデジタル空間ができてもっと創作空間が広がっていく、そして、それらをつないでいくことができる。すごく面白い変化です。

また、副次的なものかもしれませんが、時間軸もデジタルによって強化されたのではないでしょうか。たとえば、これまで「観光」は、実際に現地を訪問しているときだけ楽しめるものでしたが、デジタルによってその後も継続する体験を設計できるかもしれない。デジタルがまちづくり、そのなかで体験を生み出すアートやデザインと密接に結びついてきたことで、我々もまちづくりの一員になれたのではないかという実感を感じているところです。

橋本崇:私は鉄道会社の社員としてお客さんとずっと対峙してきたなかで、ここ十数年でまちづくりに入ってきました。最近手がけたのが、下北沢を中心とした3駅が地下になったことで生まれた2万7000㎡の土地を開発し、2022年に全面開業した「下北線路街」というプロジェクトです。それまで小田急電鉄はアートから遠い企業ではあったのですが、そのときに下北沢でアートをやらなくてはいけないと感じたきっかけがあるんです。

下北沢で我々は地域プレイヤーを支援し、「小田急」の存在はできるだけ主張しないという立場をとりました。これからのまちづくりは、いかにデベロッパーではなく、住人や地域プレイヤーに委ねるか、なのではないかという仮説を立てたわけです。その際に住民の方々にとって必要な要素は、多様性や柔軟性ではないかと感じたんですね。「下北線路街」の開発中、コロナ禍に突入して社会が一気に変わりました。こういった変化は今後もきっと起こるので、これからのまちづくりはより柔軟に対応し、多様な文化を受け入れ、余白をつくりながら変化していくものだと思ったんです。そこで必要な視点を考えたときに、アートという切り口が出てきました。

「下北線路街」の一角にある「下北線路街 空き地」

街がアートを必要とする理由

──橋本さんはまちづくりに必要な「柔軟性」「多様な文化」「余白」というキーワードが出てきたときに、アートの必要性を感じられたのですね。そこに至るまでの思考を教えてください。

橋本:まず、先ほどお話したように、デベロッパーではなく地域プレイヤーがまちづくりの主体になるとき、地域プレイヤーが成長していくことが街にとっていちばん良い状態なのではないかと思いました。その成長に必要なふたつの要素があります。ひとつは、徹底的に街を知るということ。街の人が街のことを知らないというのが我々のいちばんの衝撃でした。もうひとつ、デベロッパー目線としては観察眼を鍛えるということです。

これからのまちづくりにおいては、コミュニティシップ、街への帰属意識をいかに高めるかがすごく大事だと思っています。下北沢は帰属意識がすごく高い街です。じつは再開発で反対運動が起きて、そのときに街が一体になったんですね。演劇をやっている人、音楽をやっている人、アートをやっている人などがバラバラに存在していた下北沢が、再開発反対でひとつになったんです。このままでは街が壊される、壊されないためにはどうしたらいいかとみんなが立ち上がった。そして反対運動が収まったらまたバラバラに好きなことをやっている、というのがシモキタの街なんです。その際に私は、反対運動で実感した帰属意識を維持していかないといけないと思いました。今度はポジティブな一体感を作れないかということで、アートイベントを掲げました。アートを使って遠くから人を呼ぶというよりは、日常の帰属意識を保つためのひとつの手段としてアートを考えたんです。

橋本崇

奥野:橋本さんのご意見に大きく賛同する部分があります。まちづくりでいちばん難しいのは合意形成なんですよね。我々コンサルタントはつい利便性や利得性、ビジネス上のメリットを訴求して合意を形成しようと考えますが、機能的価値、利得や利便だけで合意を作ることはすごく難しい。やはり住民の方の情緒的な部分や感情が重要になってきます。

地方と都市では異なると思いますが、都市部でどれくらいの方が帰属意識や、合意に必要な「共同主観」、共通の価値観を持っているかをリサーチすると、日本の都市は非常に低いことがわかる。いまやどこに行っても同じようなお店、景観で、似たような体験が得られるという状況になっている都市部では、「私たちの街らしさ」の部分が欠如しているのではないかと気づかされます。

地方と都市では異なると思いますが、都市部でどれくらいの方が帰属意識や、合意に必要な「共同主観」、共通の価値観を持っているかをリサーチすると、日本の都市は非常に低いことがわかる。いまやどこに行っても同じようなお店、景色で、体験が得られるという状況になっている都市部では、「私たちの街らしさ」の部分が欠如しているのではないかと気づかされる機会が多くあります。

企業にはコーポレートアイデンティやパーパス、ミッション、ヴィジョンなどがありますが、街も同じであるべきだと思っていて。街のアイデンティティやブランドを形成するコアとなるものが必要なのではないかと。私はそのひとつの要素がアートだと思っています。橋本さんがおっしゃるように街の歴史や伝統をご存知ない方が多いなか、住民の方が街を自分ごととしてとらえて、興味を持って学んでいこうとするときに、教科書的なアプローチでなく、学んでいて楽しかったり、心が動かされたり、美しいものが自分たちの誇りになっていくことが必要です。その核としてアートは非常に重要なのではないかと考えています。

杉山:私はアートを見ることは、他者の考えを理解する行為だと思うんですね。アートは作る人が自分のものさしや価値観で作っていて、その表現として作品がある。見る人は、作品を通じて作った人の考え方を理解する。ひとつのコミュニケーションのあり方だと言えます。奥野さんがおっしゃるように世の中が均質化された現在、また、AIや様々なもので効率化されて最適解が求められるなかで、アートは自分以外の他者の考えを理解し、自分だけの思考を持つ方法としてますます重要視されるはずです。

いまはその場に行かなくてもオンラインで様々な情報を知ることができる時代になりましたが、やはり自分の興味があるものに情報が偏ってしまう。でも、たとえば普段の生活圏にパブリックアートがあることで、知らずに自分以外の他者の考え方を知ったり、新たな気づきを得られたりする。そういう空間があることで、都市の魅力も増しますし、他者を理解してともに何かを生み出すといった、そこに生活する人たちにとっての、人間の本質的な喜びのようなものを与えてくれるのではないでしょうか。

杉山央

民間企業がアート・文化に取り組む意義

──実際に、企業のなかでアートの施策に取り組むうえでどのようなことを感じられましたか? みなさんの所属する・していた組織は、一般的にはアート施策を行う企業として認知されていないと思います。企業がアートや文化に取り組む意義をどうお考えでしょうか。

橋本:会社の上司からはいまだに「なぜアートをやっているのか」と聞かれることがありますね。じつは下北沢の開発では、様々なコンサルタントファームに調査依頼をしても、「線路跡地の開発はNG」というような回答で、プロジェクトが7年間塩漬け状態になっていたことがありました。そんななかでもどうにかプロジェクトを進めなければなりませんので、あまり根拠もなく、想像と妄想で考えていたことが、いまの下北沢のコンテンツにつながっているんですね。

そのときのまちづくりの発想が、自分がアートを見ているときと同じだと感じました。私はアートを見るとき、なるべく素の状態で見ようとします。もちろん作者のことを後で調べることはありますが、見たままをその場でどう感じるかという練習だと考えていて、その姿勢こそが、これからの予測不能な時代のまちづくりに向き合う姿勢と合致していると思いました。「素に戻った自分」がないままで、これからのまちづくりで新しい発想は生まれないのではないか、と。

それであれば、我々デベロッパーだけでなく、これから主役としてまちづくりをしていく地域プレイヤーにもそういった感覚を日常的に持ってもらいたい。民間企業がアートに取り組む意味は、そのように地域プレイヤーの視点を成長させるためだと言えます。

──橋本さんは「ムーンアートナイト下北沢」の仕掛け人のおひとりでもあるそうですね。Tokyo Art Beatでも過去2年にわたって取材をしましたが、年々盛り上がりを見せています(*今年は9月13日~29日に開催。詳細はこちら)。

橋本:我々は鉄道会社なので、人が移動すると鉄道運賃という収益を見込めます。2022年より下北沢商店連合会、スタートバーンと開催してきた「ムーンアートナイト下北沢」は2週間のイベントですが、その期間に運賃収入も増えるわけですその収益をアートに還元し、地域の人の目が肥えていくという循環を期待するとともに、民間としての意義を感じています。

「ムーンアートナイト下北沢」より、「Museum of the Moon」(下北線路街 空き地、初年度の様子)

杉山:私は、まったく新しい発想でこれまでなかったものを生み出す力を持っているアートを企業が積極的に取り入れることで、より豊かな社会を作ることができると思います。

まちづくりの意図も同じで、街をもっと表現者に開放し、そこから空間や体験を作ることによって、新たなサービスやアート体験やエンターテインメントなどが生まれてくると思うんですね。そうすると、街としてはそこに来ないと得られない価値が生まれ、結果的に経済的にもうまく回るような仕組みができあがります。街側はもっとアーティストやクリエイター、表現者に空間を提供し、新たなものを生み出すような仕組みを作っていけると良いですね。

奥野:私も経済的価値、そして従業員に与える影響というふたつの視点で考えています。昨今のAIの進化は目を見張るものがあり、これまで人間にしかできないと思われていたような創造的活動に近い領域まで担うようになってきた。ただAIは結局、前例となるような情報を学習し、それに基づいて何かを生み出すことはできますが、本当の意味で0から1を生み出すのは苦手というのが現在の技術的な限界です。

そういったことを踏まえると、これからのビジネスマンに求められるスキルが少し変わってきていると思うんです。知識を蓄えて正しく判断することや、決められた手順に従ってプロセスを回すことはおそらくAIに置き換えられていく。そうではなく、そもそもデータがない分野でデータを取り、どのような価値を生み出すかということを発想していく必要があるのではないでしょうか。これはクリエイターやアーティストの方が作品を生み出すときとまったく同じ作業で、ビジネスマンがアートから学べることはたくさんあります。企業におけるアートシンキング(アート思考)の流行はこうした時代背景を反映していると思います。

いっぽう、経済的価値という部分ですが、私は以前音楽のレーベルに勤めていた経験があります。文化のなかでも音楽や映画、出版といった分野では、いわゆるプラットフォーマーというものが存在するので、そこで活動されるクリエイターの皆さんにはある程度のセーフティネットがあるんですね。ただそれ以外の分野では、アーティストやクリエイターの方の大半は自分自身で大きなリスクを背負って戦っていかなければならない。

日本はすでにコンテンツ大国ですが、アートは人が価値の源泉なので、外から原材料を輸入せず、アイデアだけで生み出すこともできる。昨今の円安や日本経済のことを考えてもアートを支援していかなければいけないと思います。そのために民間企業がプラットフォーマーとしてやっていけることが、まだまだあるのではないでしょうか。クリエイターの皆さんにリスクを背負わせるのではなく、社会的に何らかのセーフティネットを設けることによって、日本の持っているコンテンツ力をもっと活かしていけるのではないか。ひいてはそれが日本の経済にも良い影響を与えるのではないかと考えています。

左から、奥野和弘(PwCコンサルティング合同会社)、杉山央(新領域株式会社)、橋本崇(小田急電鉄) 撮影:雨宮章

今後20年、日本の都市に必要な文化的アプローチ

──これからの20年、日本の都市に必要な文化的アプローチはどのようなものだと思いますか?

杉山:日本の強みは、歴史と豊かな自然です。そういったものを活用しながらアーティストが作品作りをすることによって、その強みがさらに増すのではないでしょうか。

以前、デジタルツインでデジタルとリアルが重なった世界を作ることで、デジタルのクリエイターが実際の街を表現の場所に変えるような仕組みを作ったことがあります。それは、まさにその場所が持っている歴史をアーティストが解釈してデジタル上で表現するような作品で、日本という場所に相性が良い方法だと思いました。日本はファンタジーの世界に寛容な文化です。アーティストとフィクションの世界が結びつくことで日本全体が物語になるようなコンテンツといった特殊なアート体験も今後作られるのではないかと期待しているところです。

それに加えて、アーティストは従来、絵画や彫刻などの作品を販売するというかたちでマネタイズしていましたが、これからの20年は、体験にお客様が参加するというかたちでのマネタイズに変わってくると思います。たとえば、街や施設の中にアーティストが体験型の作品を作った場合、参加したお客様がそこのデジタルプラットフォーム上で参加料を払ったり作品を共有所有したりするといったかたちでアーティスト側に収益を還元する。そのような仕組みが生まれると、今後20年、ますます新たな作品を通して社会とアートが結びついていくのではないでしょうか。

奥野:私は街をひとつのプラットフォームだととらえています。高度成長期や物を所有することが人々のひとつの目標だった時代、街には住宅がどんどん生み出されて、開発が進められていきました。これから先の日本は、どうやら人口もこれ以上伸びるのは難しそうですし、経済的にもこれまで同様の大きな伸び幅は想像しづらい。そのなかでとくに若い人たちと話していると、コロナ以降顕著だと思うのですが、経済的な豊かさよりも、より情緒的な部分に目を向けている。ものからことへ、より自分らしいライススタイルを送りたいという人が増えていると感じます。

そこでどんなまちづくりが必要になるのか。日本の都市部は緑が少なくて残念に感じることがあるのですが、先日、デベロッパーのお客様が「都市部に緑を増やしたいけど、緑を増やすと事業性が悪化するんだよね」と話されていました。緑をテナントなどに価格展開できれば事業性も落ちないと思うのですが、なかなかそれが難しい。そこで私が提案したのが、まさにアートを使ったアプローチでした。

自然だけだと価値を感じてもらえないこともあるのですが、アートがかけ合わさると途端に価値が数倍になる。国内でも自然とアートが調和したような芸術祭の成功例もたくさんありますね。アートと自然が融合し、その先に人々が求める、より精神的に豊かな生活につながっていく。これを実現していくことが、今後の日本の都市において重要になってくるのではないでしょうか。人間らしい暮らしを営むうえで、アートは非常に重要な役割を果たすのではないかと感じています。

奥野和弘

橋本:私は鉄道会社の視点になるのですが、まちづくりにおいて人を呼び込もうという感覚がじつはあまりなく、その地域の日常を徹底的に追求しているだけなんです。地域の日常を追求していくと、いろんな小さなアートやアート的な思考を見つけることができるんですね。そういった地域に特化した文化を可視化していくと、それは外から見ると非日常に見える。だから人が来る、というアプローチなんです。下北沢でもインバウンドは一切考えていなかったのですが、いまや多くの訪日外国人が親しむ街になりました。

さきほどもお話があったように、日本はコンテンツに溢れていて、文化も自然もたくさんあります。その地域にある特異なものをもっとしっかりと各自が理解し、日常化することが必要なのではないでしょうか。

都市のロジックを各地域にも適用できるのか?

──では翻って大都市以外の日本の地域はいかがでしょうか? 都市+アートのロジックは、大都市以外にも適用でき、一極集中型から地方分散をもたらすような糸口を作ることができるでしょうか。

橋本:じつはいま下北沢のまちづくりを見た地方銀行さんのお声がけで、金沢でまちづくりをやっています。その目的として、金沢の若い人たちを育てたいというのももちろんあるのですが、東京とつながることをやりたいというオーダーがありました。その流れで、今年、金沢21世紀美術館の20周年記念のプログラムで「発酵文化芸術祭 金沢 ―みえないものを感じる旅へ」というイベントをやります。21世紀美術館は地域に飛び出すような美術館というテーマでできたそうなのですが、「発酵文化芸術祭」ではそれを実現しようということで、美術館ではない発酵の蔵——味噌蔵や醤油蔵、酒蔵をお借りしてギャラリー化し、その文化を体感しながらアーティストとコラボをします。

それをきっかけ地方の人たちにも自分たちの文化の良さを知ってもらいながら、名前の通り街を「発酵」させようとしていて。そのプロセスのなかで東京と金沢をつなぐチャレンジを始めています。

まちづくりって発酵の過程とすごく似ているなと思うんです。菌と菌が混ざり合って、温度管理でまた違う菌が出てきて、最終的においしいお酒になる。それを杜氏が管理しているというプロセスが街と同じだなと。そのなかでアートは、それを入れると味が変わるようなひとつのアクセントのようなものではないか。そんな思いを「発酵文化芸術祭」に込めています。

「発酵文化芸術祭」イメージ。発酵食の町、大野を巡る人たち

奥野:私はワインが好きなのですが、「発酵」の喩えはぴったりだなと思いました。時間だけが経てば良いわけではなく、そこに人間のいろいろな活動が加わることで街の美しい景観も作られます。

さきほど都会はすごいスピードで変わるという話をしましたが、気をつけていないと、この十何年で私たちが積み上げてきたことが見えなくなってしまう。アートはいままで積み上げてきたことを蓄積して、一本背骨を通していく役割があると思います。

杉山:おっしゃるとおり、街をハードでとらえると完成した瞬間が最も鮮度が高いですが、街の価値はその後、人の絆やコミュニティ形成といったソフトによって左右されますよね。

私は先月、葛西臨海公園で蜷川実花さん、落合陽一さん、平子雄一さん、河瀬直美さんに期間限定のアート作品を作ってもらうイベント「海とつながる。アートをめぐる。―Harmony with Nature―」を企画しました。4万本のひまわり畑の中にアート作品を置いていただいたり、ガラスの建築とコラボレーションするかたちで作品を作ってもらったり、場所とコラボレーションする様々な作品を披露しましが、普段は公園に来ないような、アートやファッション、デザインに興味のある若者がすごくたくさん来てくれたんです。そして葛西臨海公園ってこんなに気持ちがいい場所なのかと、その場所のファンになったというような声を多く聞きました。

そこで私があらためて感じたのは、アートはその場所に行く目的になるということです。もともと魅力があるけれども、まだあまり知られていない場所に要素を加え、それをきっかけに来ていただく。それは日本のどの場所も同じで、アートは良いサイクルを生むきっかけを作るものだと思っています。

アーティストも、今回ホワイトキューブの美術館やギャラリーの中で作品を作るのとはまったく体験が違って、自分の新たな面を知ることができて面白いと言ってくれました。日本には多くの人がまだ知らない自然・歴史ともに魅力的な場所がたくさんあるので、これからそういったアーティストに場所を開放し場所とコラボレーションすることで、日本の魅力をアップすることができるのではないかという可能性を感じています。

「海とつながる。アートをめぐる。― Harmony with Nature ―」展示風景より、蜷川実花《Garden of Sky(空の庭園)》 撮影:編集部

奥野:「自然」「歴史」は私もキーワードとして挙げられると思います。日本は経済的に右肩上がりの時代と物質的な豊かさに価値観を置く時代を経て、自然や神社仏閣など昔の日本の美を思い出す時期に差し掛かっているのではないでしょうか。

経済的な観点では圧倒的に都市のほうが地方と比べて経済圏も大きいですし、人的リソース面で恵まれているため、まったく同じ方法を適用するのは難しいと思います。ただ、アートという観点で考えると、地方は大きな空間を比較的安価に活用できること、都市とは異なるインスピレーション源が期待できるなど、アーティストにとっては必ずしも都市のほうがリソース面で恵まれているとは言えません。またこうした違いを意識したうえで、それをどう接続するか。その手段として、デジタル技術はさらに重要性を増すように思います。今後20年、デジタル技術を通して体験として異質なものがつながり、面白いコラボレーションが生まれ、都市と地方の経済圏がひとつになる。そんな可能性に期待しています。

──みなさんがどのような意識でアートの施策に取り組み、今後を展望しているかがよくわかりました。本日はありがとうございました。


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杉山央
新領域株式会社代表。2000年森ビル株式会社に入社。2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」室長を経て、2023年虎ノ門ヒルズ「TOKYO NODE」の企画責任者として Rhizomatiks、 蜷川実花との体験型展覧会を連続して手がける。2024年6月に独立。2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクター、2027横浜国際園芸博覧会テーマ事業館・展示ディレクターとして新たな体験づくりと施設プロデュースをする。祖父は日本画家・杉山寧と建築家・谷口吉郎、伯父は建築家・谷口吉生と小説家・三島由紀夫。

奥野和弘
PwCコンサルティング合同会社執行役員。大学院で宇宙物理学を学んだ後、約20年にわたって主にITベンダーのコンサルタントやセールスコンサルタントとしてクライアント支援に従事する。インフラ、ミドルウェア、基幹系業務システム、データ基盤とアナリティクス技術、モバイル、クラウド、マーケティングテクノロジーなど多種多様なテクノロジーに精通するとともに、幅広い業界および業務の知見を有する。PwCコンサルティングでは、Society 5.0に代表されるような、複数の産業やテクノロジー領域が関係するクロスドメインの課題において、デジタルを活用した支援を提供。

橋本崇
小田急電鉄まちづくり事業本部エリア事業創造部課長。1997年に小田急電鉄株式会社に入社。鉄道事業本部にて大規模駅改良工事、駅リニューアル工事、バリアフリー整備工事等を担当後、開発事業本部に異動し、新宿駅リニューアル工事、駅前商業施設、学生寮「NODEGROWTH湘南台」、旧社宅のリノベーション住宅「ホシノタニ団地」等の開発を担当。2017年より下北沢エリアの線路跡地「下北線路街」のプロジェクトリーダーを務める。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。