築36年の東京・目黒区美術館を解体し、隣接する区民センターなどと一体的に再開発を行って新たに複合施設を作る計画を区が打ちだし論議を呼んでいる。「優れた建築物で耐震補修もされた公立美術館の解体は悪しき前例になる」「地元文化の継承性が損なわれる」と一部の区民が異議を唱え、反対署名運動をChange.orgで展開。近く陳情書を区議会に提出する。
再開発計画は、築年数がかさみ建物の老朽化が進む区民センター(1974年開館)の建て替え検討に伴い浮上した。区が昨年12月に作成した「新たな目黒区民センターの基本計画(素案の案)」によると、目黒川沿いの公園内にある同センターと美術館、近隣の下目黒小学校(1964年竣工)の建物を2028年度に解体し、一体的に整備する。美術館機能は、新たに建設する複合施設内に入り、展示室等の面積は1200平方メートルを想定。事業スキームは、民間事業者のノウハウを生かすPFI方式またはDBO方式を検討し、事業者の選定は2024年度に行うとしている。
目黒区美術館は、日本設計事務所が設計を担当して1987年に開館。天井から自然光がとれる地上3階地下1階建ての本館は、様々な企画展が開催されてきた展示室やカフェを備え、別棟に市民や子供たちが作品発表などを行う区民ギャラリーがある。全国でも早い時期から子供のためのワークショップ活動を積極的に展開してきたことでも知られている。
美術館解体に反対する区民は「建築物を他の用途で持続可能なように使用することすら十分に検討もせず、今すぐ決定することは環境破壊に繋がる」、「(新施設では)毎年区内の小学校中学校を中心に開かれてきた『めぐろの子どもたち展』や『区展』(目黒区民作品展)も現状の形で開かれることが出来なくなる」(Change.orgの反対署名活動ページより)と懸念を表明。「芸術は効率、採算で考えるものではない」と述べ、「美術館を含めての再開発は断固反対」と同館の存続を訴えている。
各地で既存の文化施設の解体や再開発が進むなか、美術ファンに親しまれてきた目黒区美術館はどうなるのか。今後を注視したい。
追記 2023年6月10日
目黒区美術館の取り壊しに反対する区民らは5月9日、陳情書を区議会に提出した。署名者数は1754人。陳情書は、「(解体は)文化都市目黒の恥」「アーティストや建築設計の関係者や美術評論家、学者のみならず、多くの一般の人や外国人が反対している」と述べ、美術館の現状維持を要請。美術館運営を民間業者に任せず、現在の目黒芸術文化振興財団が続けることも求めている。また、建物と一体的にエントランスロビーに設置されている美術家・原口典之の大型彫刻作品が解体により損傷する恐れがあるとも指摘している。
全国の建築家で構成する公益社団法人・日本建築家協会は「目黒区美術館の保存活用に関する提言」と題した文書を青木区長宛に提出した。文書では目黒区美術館を「国内最高レベルの技術者集団が“公園の中に佇む邸宅のような美術館”というコンセプトのもと、丹精込めて創り上げたそれ自体が美術作品と呼びうる建築」と評価。再開発計画に既存建物の保存活用を織り込むことを提言している。
追記 2023年6月15日
区は6月15日、次段階の「新たな目黒区民センターの基本計画(素案)」をウェブサイトで公開した。計画によると、区民センター内に整備する美術館の専用面積は、展示室と収蔵室、区民ギャラリー、ワークショップ室で計約1400㎡を想定。これまでの活動の特色に鑑みてワークショップ室は専用スペースとする。現在の美術館を解体する理由として、機械・電機等の設備面の老朽化にくわえ、地下の空調設備に浸水の恐れがあり収蔵品保全に課題があることを挙げた。また、今後35年使用し続けた場合の維持管理・大規模改修費に約130億円かかるとする試算結果も示し、トータルコスト的に「区民センターとの一体的な建て替えが望ましい」とした。
区は7月15日、パブリックコメントの一環として「新たな目黒区民センター整備事業シンポジウム」を中小企業センターホール(目黒2-4-36、目黒区民センター内)で開催する。都市計画やアート、地域コミュニティの専門家と青木区長がパネルディスカッションを行う。事前申し込み不要、先着400人。詳細はこちら。