フランスのラグジュアリーメゾン カルティエ(Cartier)が、1984年、東京・原宿に最初のブティックを開いてから50年を迎えた。これを記念した展覧会「カルティエと日本 半世紀のあゆみ 『結 MUSUBI』展 ― 美と芸術をめぐる対話」が、東京国立博物館 表慶館で開催されている。会期は6月12日から7月28日まで。
1847年にパリで創業したカルティエは、世界各国のロイヤルファミリーやセレブリティをはじめ、多くの人々に愛され続ける世界有数のラグジュアリーメゾン。「トリニティ」や「パンテール」といったアイコニックなジュエリーや、「タンク」「サントス」「パシャ」などの時計、フレグランスやレザーグッズ、贅を尽くしたハイジュエリーまで、卓越した職人技と、時代を超える魅力的なデザインが融合したアイテムで知られる。
いっぽう、1984年にメゾンによって創設されたカルティエ現代美術財団は、企画展やライブパフォーマンス、講演会などのプログラムを通して、現代美術を世界に広めるために活動。これまでに全世界で500名以上のアーティストとコミュニケーションを深めてきた。
本展は左右対称の構造をなす表慶館を舞台に、カルティエと日本、カルティエ現代美術財団と日本のアーティストという2つの絆を、過去と現在、そして未来へと続く様々なストーリーからひもといていく。
館内に入ってまず目に飛び込んでくるのは、ニューヨークを拠点にする日本人アーティスト・澁谷翔(しぶや・しょう)が、2024年の元日から2月5日まで、47都道府県を旅して制作した《日本五十空景》だ。
澁谷は、2020年のパンデミックで旅に出られないストレスを和らげようと、ニューヨークタイムズ紙1面の紙名と日付以外を塗りつぶし、自身のインスタグラムへ毎日投稿し続けて話題となった。
カルティエ現代美術財団は、澁谷のInstagramアカウントにDMし、2022年のミラノ・トリエンナーレで澁谷の作品を発表。そして今回、本展のためのコミッションワークを依頼したという。
澁谷は以前から、歌川広重の《東海道五十三次》のように日本を旅しながら制作することに憧れており、再び自由に移動できるようになったいまこそチャンスだと、本作が実現した。
モチーフは、訪れた地域で発行されている日刊新聞を購入したとき、目にした空の色だ。朝焼けのような淡い色のグラデーションから、真っ青な日中、夕暮れや夜まで、様々な時間帯を想起させるが、澁谷は、実際の空の色を忠実に描くことにこだわらずに取り組んだという。撮った写真をもとに、日本各地の宿泊先で、毎回、室内を養生し、アクリル絵具を使って描き続けたそうだ。
時には1日で2つの地域を移動することもあったというスケジュールでは、観光もままならず大変だったのでは?と澁谷に問いかけると、金沢では九谷焼の作家を、長崎では伝統的な凧作りを続ける店を訪ねるなど、以前から興味のあった伝統工芸の作り手らと交流できて楽しかった、と笑顔で答えてくれた。
Room1、Room2では、メゾンの創設者である、ルイ=フランソワ・カルティエ(Louis-Francois Cartier、1819~1904)の時代から現在まで、100年以上も続いてきたカルティエのクリエイションと日本とのつながりを紹介。
階段を上がった先のRoom3では、1988年以降、日本で5回開催されてきたカルティエの展覧会を振り返り、当時展示されたコレクションのなかから、もっとも重要かつアイコニックなものを再び展示している。
床の間を思わせる縦長の直方体に、和紙や畳を多用した特別な展示ケースなど、伝統的な日本の建築に着想を得た会場構成は、Studio Adrien Gardère(スタジオ アドリアン ガルデール)が手がけた。2018年からカルティエ現代美術財団の回顧展のデザインなどを担当しており、今年5月まで水戸芸術館で開催されていた「須藤玲子:NUNOの布づくり」の会場構成も彼らの仕事だ。
美術愛好家でコレクターでもあったルイ・カルティエは、生前、日本を訪れることは叶わなかったそうだが、自身が蒐集した着物や日本のオブジェなどをデザイナーらに共有していたという。
たとえば、印籠から着想したというシガレット ヴァニティケースは、片手に乗るのほどのサイズながら、1890年に制作された蒔絵のようなゴールドのものや、ココ・シャネルへのプレゼントとして依頼されたものなど、細やかな装飾が美しい貴重な品々を紹介している。
また、染物のための古い型紙にみられる文様は、1910年代に製作されたコームやブローチ、2024年に製作された腕時計にも用いられるなど、デザイナーのインスピレーションをかきたて続けているようだ。
同様に、動物や植物、鳥や昆虫などもカルティエのクリエイションと日本美術の双方に共通するモチーフだが、展示室には杉本博司による藤の花の屏風が象徴的に置かれているのも印象的だった。
Room4では、カルティエの様々な節目で実現した、日本人アーティストとのクリエイションを紹介している。1997年に日比野克彦が手がけた作品群や、2017年の「タンク ウォッチ」100周年を祝うように描かれた香取慎吾の絵画、2022年に限定販売された、ファッションブランド「sacai」の阿部千登勢による「トリニティ」のジュエリーコレクションなどが鑑賞できる。
表慶館の建築の見どころでもあるドーム状の屋根と円形空間、その先に続くエリアでは、カルティエ現代美術財団と数々の日本人アーティストとの作品を紹介している。
財団は創設以来、絵画、写真、建築、デザインなど幅広いジャンルの日本人アーティストを発掘、または再発見し、ヨーロッパへと紹介してきた。
本展では、横尾忠則が描いた、財団とゆかりの深い人物のポートレイトシリーズ20点や、三宅一生、森村泰昌、北野武、中川幸夫、荒木経惟、森山大道、川内倫子、宮島達男、村上隆、松井えり菜、石上純也などの作品が一堂に展示されている。
束芋によるデジタルインスタレーションは、館内に2つある階段の各壁面に展示。異なる作品を展開しているので、どちらも見逃さないでほしい。
そして、本展の最後の展示室にあたるRoom7には、これまでに財団と協業してきた作家の作品や展覧会図録などが集まっている。多くの日本人アーティストの活躍の場を広げてきた財団のあゆみを再認識するような展示空間だ。
特設ショップでは、多数のオリジナルグッズが展開されている。筆者が気になったのは、キービジュアルになっている澁谷の作品を表周りに用いた、手のひらサイズのノート。表紙と裏表紙それぞれに、金色の箔押しで、本展のロゴデザインや、カルティエと財団の名前があしらわれている。
その他のオリジナルグッズについては、一足早く公開したこちらの記事をご覧いただきたい。
本展のタイトルにつけられた「結び」。そのルーツは、日本神話にでてくる「産霊(ムスヒ・ムスビ)」といわれている。「ムス(産)」という言葉には、“生み出す”、「ヒ(霊)」には “神霊の神秘的な働き” という意味があり、ムスヒ(産霊)とは、「結びつくことによって神霊の力が生み出される」ことだとの解釈がなされている。
時を超えて大切に結ばれ、生み出されてきたカルティエと日本、カルティエ現代美術財団と日本のアーティストらとの物語を、本展をきっかけに改めてたどってみてほしい。
Naomi
Naomi