公開日:2024年6月11日

森美術館「シアスター・ゲイツ展」に別の作家が自身の作品との類似を指摘。同館でデイン・ミッチェルが展示した「松栄堂」との協働による香の作品

シアスター・ゲイツが京都の香老舗「松栄堂」との協働で制作した作品について、同じく森美術館で2017年に松栄堂との協働作品を発表したアーティスト、デイン・ミッチェルが自身の作品と類似しているとして問題を指摘している。デイン・ミッチェルと森美術館に本件について質問し、回答を得た。

デイン・ミッチェル《アイリス、アイリス、アイリス》(左)とシアスター・ゲイツ《黒人仏教徒の香りの実践》(2024)(右)の比較 提供:デイン・ミッチェル

森美術館で過去に展示をした作家が類似を指摘

森美術館で9月1日まで開催されている「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」

本展で展示されているシアスター・ゲイツの新作《黒人仏教徒の香りの実践》(2024)について、ニュージーランド出身のアーティスト、デイン・ミッチェルが自身の作品との類似が多いと指摘をしている。自身のInstagramで投稿した。

「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」会場風景より、シアスター・ゲイツ《黒人仏教徒の香りの実践》(2024) 撮影:編集部

《黒人仏教徒の香りの実践》(2024)は、ゲイツがかつて滞在した常滑の香りをイメージして京都の香老舗「松栄堂」との協働で制作した作品。展示会場には、同作が発する香りが立ち込める。

いっぽうデイン・ミッチェルは、同じく森美術館で2017~2018年に開催された「MAMプロジェクト024:デイン・ミッチェル」にて作品を発表していた。本展での新作として発表された《アイリス、アイリス、アイリス》(2017)は、伝統的な香の世界から香料の最新技術まで、日本滞在中の多角的なリサーチから生まれた作品であり、松栄堂がお香の製造・展示や香りの演出で協力していた(松栄堂の公式サイト)。

Tokyo Art Beatはデイン・ミッチェルと森美術館に本件についての見解を質問し、回答を得た。

デイン・ミッチェルのコメント

デイン・ミッチェルに対し、シアスター・ゲイツの作品について知った経緯や、類似を指摘していることについての考え、作品の制作プロセスなどについて尋ねたところ、以下のコメントがあった。

【デイン・ミッチェルからの回答】

松栄堂のInstagram投稿ではじめてシアスター・ゲイツの作品を見ました。素材の使い方あるいは作品のコンセプトはもちろん異なりますが、明らかな共通点があると思います。どちらも同じ素材を使用していて、同じサイズで、同じように展示されています。どちらも松栄堂とのコラボレーションによって制作されています。どちらも森美術館で展示されています。どちらも森美術館の企画であり、同じキュレーターが担当しています。

私の場合、森美術館から松栄堂が紹介され、個展のためにお香を一緒に制作しました。それまで特別な香りの大きいサイズ(シアスター・ゲイツの作品と同じサイズ)をアート用に製造したことがなかった松栄堂が特別に技術を開発してくれました(*)。

私の個展から7年が経っていますが、シアスター・ゲイツの作品を制作する過程で、誰かが類似性に気づいただろうと想定しています。森美術館からどのような返答がくるか私にはわからないですが、今回の出来事はアーティストが直面している重要な問題を指し示しているかもしれないです。それはつまり、複製の増加、同じもの疲れ、そして意識するかしないかにかかわらず、私たちが経験している不誠実さです。ナオミ・クラインが『ドッペルゲンガー(Doppelganger: A Trip into the Mirror World)』(2023)においてドッペルゲンガーのさまざまな形態とそれらが呼び起こす危機について次のように書いています。「邪悪な双子、シャドウセルフ(影の自分)、ジキルとハイド…ドッペルゲンガーの出現は、たいていの場合、カオス、ストレス、あるいはパラノイアを引き起こす。そして自分の分身に遭遇した人は、失望と不可解さによって、自分の限界に追い込まれるのだ」(翻訳:Tokyo Art Beat)

デイン・ミッチェル《アイリス、アイリス、アイリス》(左)とシアスター・ゲイツ《黒人仏教徒の香りの実践》(2024)(右)の比較 提供:デイン・ミッチェル

森美術館のコメント

森美術館に対し、Tokyo Art Beatから以下の4点について質問し、回答を得た。

【質問】
1.デイン・ミッチェル氏が、Instagramにてご自身の森美術館での展示と、シアスター・ゲイツ展での「松栄堂」と協働した作品との類似について指摘しています。このような投稿や指摘についてご存知でしたでしょうか。

2.上記の投稿にて、デイン・ミッチェル氏は両者の作品のビジュアルやサイズ、マテリアル、松栄堂との協力の点、片岡真実さまのキュレーションであることなど類似点を指摘されていますが、この指摘についてどうお考えでしょうか。

3.シアスター・ゲイツ氏はデイン・ミッチェル氏の当該作品を展覧会開幕までにご存知でしたでしょうか?

4.貴館のほうでデイン・ミッチェル氏の展示を、シアスター・ゲイツ展の当該作品を制作・展示する際に参考にしたり、デイン・ミッチェル氏の展覧会での経験をもとにされたりしていますか?

【森美術館からの回答】

デイン・ミッチェル氏の投稿につきましては、当館でも把握しております。

「シアスター・ゲイツ展」の制作に際し、ゲイツ氏から日本の香についてリサーチの希望があり、デイン作品の制作でご協力いただいて以来のお付き合いとなる松栄堂さまにお声かけし、作品制作に至りました。しかし、下記の通り、両作品の制作過程やコンセプトは異なります。
なお、当該作品の制作にあたって、香を焚くことが可能かゲイツ氏から問われた際に、香を用いた作品の展示例としてデイン作品の記録集をお見せした事実はございます。

各作品のコンセプトは下記をご参照ください。

デイン・ミッチェル《アイリス、アイリス、アイリス》(2017年)

デイン・ミッチェルは特定のかたちを持たない不可視の現象や気配に関心をもち、制作を続けているアーティストです。
2017年に当館で開催した「MAMプロジェクト024:デイン・ミッチェル」では、日本滞在中に行ったリサーチから生まれた新作《アイリス、アイリス、アイリス》を発表。「アイリス(Iris)」という単語が、アヤメ属の植物、眼球の虹彩、カメラの絞り部分、ギリシャ神話の虹の女神イリスなどさまざまな意味を持つこと、線香が時計としての機能も担っていたこと、長年使われた道具などに付喪神(つくもがみ)が宿ることなど、多岐にわたる彼の関心をひとつのインスタレーションにまとめた作品です。
本作では、日本の香文化や、香が「時間」と関わることから着想を得て、松栄堂の極太線香を使用しております。本展のインスタレーションでは、壁面一面に立てかけられた直径約1.7センチ、長さ約80センチの太い線香約500本を並べました。これは燃焼した際に5年かかる量となります。
ここでは香の燃焼時間とアイリスの寿命が重ね合わされており、アイリスの株分け時期である5年分の香を用いています。また極太線香の製造にあたっては、松栄堂の工場にある型を使用しました。

シアスター・ゲイツ《黒人仏教徒の香りの実践》(2024年)

本作には複数の背景がございます。
まず、リサーチで松栄堂の「香時計」を知ったシアスター・ゲイツが、自らのデザインで新作制作を試みましたが、納得できる形にならず頓挫しました。香はすでに製作を依頼していたため、こちらを用いた別の作品を検討することになりました。
また同時期に、書籍を用いた作品(Walking Prayer)の出品を断念せざるを得なくなるという事態が発生しました。そこで、Walking Prayerの香を用いたバージョンとして《黒人仏教徒の香りの実践》が構想されました。よって本作のコンセプトには、Walking Prayerと同様、宗教的な意味が込められており、タイトルにも反映されています。

また、以下の通り同館の片岡真実館長からコメントがあった。

デイン氏からも問い合わせがあり、会話をしております。美術館、キュレーター、製造会社、素材などが共通し、展示方法も類似していることに対して、困惑しているということでした。デイン・ミッチェルの制作の際には私もそのプロセスに伴走していたので、もちろん良く分かっています。それゆえに、作品のコンセプトもコンテクストもサイズの決定理由も異なることから、相互に著作権を侵害しているとは全く考えませんでした。私の認識については、デイン氏にも理解していただきました。

──松栄堂からのコメント(2024年6月13日追記)「大きなサイズのお香は、2017年以前にも香時計で使用するものとして製造した実績があります。特別な香りを大きなサイズのお香に入れて制作したことが、これまでにない取り組みでした。ですので、デイン氏のお香の制作に当たっては、以前に使用していた型を利用し、新しい香りを調合したのであって、技術開発はしておりません」。

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