*前編はこちら
英国においてブラックアートの運動がやっと可視化されてきたのは1980年代であるが、そのなかでも女性のブラックアーティストはさらに無視されてきたことをルバイナ・ヒミッド(Lubaina Himid)は語っている(*1)。彼女たちは白人アートと男性ブラックアートの2重の権力と戦わなければならなかった。
英国保護領ザンジバル(現在タンザニア連合共和国)で生まれ英国で育ったヒミッドは女性ブラックアート運動のリーダー的役割を果たし、62歳というターナー賞最高齢受賞者としてその功績が2017年にようやく認められた。
1980年代、30代前半の若い彼女は作家であると同時にキュレーターとして数多くの女性ブラックアーティストのグループ展を企画し、その可視化を活発に試みた。「5人のブラック女性アーティスト」展(Five Black Women、アフリカンセンター、ロンドン、1983)、「ブラック女性のとき、いま」展(Black Woman Time Now、バタシーアーツセンター、ロンドン、1983)、「開かれたところへ」展(Into the Open、マッピンギャラリー、シェフィールド、1984)、「細い一本の黒い線」展(The Thin Black Line、現代アート協会[ICA]、ロンドン、1985)、「知られざる真実」展(Unrecorded Truths、エルボールーム、ロンドン、1986)などである。
これらの展覧会を通していまではよく知られたソニア・ボイス(Sonia Boyce)、ヴェロニカ・ライアン(Veronica Ryan)、イングリッド・ポラード(Ingrid Pollard)、モード・サルター(Maud Sulter)、チャイラ・クマーリ・シング・バーマン(Chila Kumari Singh Burman)、シュタパ・ビスワス(Sutapa Biswas)ほか、多くの作家の作品を紹介した(*2)。
しかし、これらの展覧会はほとんどメディアにも取り上げられることなく無視された。「細い一本の黒い線」展は会場が現代アートで注目されているICAという場所だったため少しは話題になったが、展示にあてがわれたのはその中のギャラリースペースではなく細い20メートルの廊下であり、それが題にも皮肉に表されているのだ(*3)。
ヒミッドが「ブラック女性のとき、いま」展で展示した作品《いつかきっとなる》(We Will Be、1983、挿図1)はその苦境と強い意志が表されている。舞台装置のようにベニア板を荒く切り取られたアフリカ奴隷、または庶民労働者の女性が固く腕を組み地に足をしっかりつけ立っている。無名の彼女の着るスカートには奴隷反対や人種差別反対運動で有名なネルソン・マンデラやボブ・マーリーの写真と無名の女性解放運動家の写真がコラージュされ、そこに書かれたテキストは「いつか自分が成りたいと思う人になってやる/行きたいと思うところで/一緒にいたいと思う人と/やりたい方法で/やりたいときに/そのときはいま/そしてその場所はここ/あそこ/ここもあそこも/ここで/今/今/今」という彼女たちの決意である(*4)。
1960年代以降、北米を中心とするフェミニストアートの運動は発展していったが、女性ブラックアーティストはなかなか可視化されてこなかった。美術史家のリンダ・ノックリン(Linda Nochlin)は「なぜ偉大な女性芸術家はあらわれないのか?」(Why Have There Been No Great Women Artists?, 1971)という論文を書き、美術史には女がいないという問いを投げかけた。ルネッサンス以来の創られた「美術」という概念やそれを支えてきた「美術史」という制度の男中心の権力構造を暴き、「美術史」の概念の解体作業を起こすフェミニストアート運動の指針となった。
しかし、チャイラ・クマーリ・シング・バーマンが言うように「女の視点から美術史を見なおす、という大仕事をたくさんの女たちが始めるきっかけになった歴史的・基本的な論文ではあるんだけれど、どうしようもなく白人中心的」(*5)であるため、ブラック女性アーティストたちの多くに中流階級白人のフェミニズムであると批判され、奔流は重なりながらもブラックフェミニストアート運動が並行して進められていく。
バーマンは15年後に「いつだって偉大なブラックの女性アーティストはいた」(There Have Always Been Great Black Women Artists, 1986)という短い文章を発表している(*6)。そこではブラック女性アーティストはまずアーティストであること、個性のあるいち人間であること、そしてその個人的アートを通してブラックの社会闘争にコレクティヴに貢献しているのだが、白人男性の権力構造からは周縁化された中流白人女性からも無視され、個人主義的なブラック男性アーティストにも理解されないという三重苦を吐露している。
北米のほうではTokyo Art Beatでも特集されたフェイス・リンゴールド(Faith Ringgold)(*7)の娘で批評家、アクティヴィストのミシェル・ウォレス(Michele Wallace)が「なぜ偉大なブラックアーティストはいないのか?」(Why Are There No Great Black Artists?, 2000)(*8)を書き、強い批評をノックリンに投げつける。
美術史の再考はいいのだが、「偉大な」というところでノックリンの批評は美学の白人中心の評価軸自体には挑戦していないうえ、ブラックは十把一絡げに「他者」として周縁化されたままになっている。19〜20世紀を通しての黒人女性のヌードが表象されたものがない事実は無視したまま、白人女性のヌードの表象を問題にすることは、その美学の裏付けにある黒人は人間の価値がなく、男の性的欲望の的にもならないという科学的言説の力を借りた人種差別を肯定するかのようである、と。白人の美学のなかで白人だけのジェンダーの問題しか扱えず、ジェンダーと人種を絡めることができないと理論の不完全性を指摘した。
白人中心のフェミニストアート運動が広い包括性をもって修正され人種の問題と交差して論じる視点が加えられていくのは最近の話になる。英国美術史家ケイティ・ヘッセル(Katy Hessel)により2022年に出版された『男のいない美術の話』(The Story of Art without Men)は大きな話題になり、視覚文化研究における歴史の修正の分水嶺となる試みとなったが、ここでは英国のブラックアート運動のなかの女性アーティストたち、ルバイナ・ヒミッド、ソニア・ボイス、クローデット・ジョンソン、モード・サルターに焦点が当てられ、英国の美術という言説を拡張した功績を讃えている(*9)。
ジェンダーと人種を絡めた方法論の可能性を開きフェミニストアートの戦略を広げていったのは、英国のフェミニスト美術史家、グリゼルダ・ポロック(Griselda Pollock)とロジカ・パーカー(Rozsika Parker)たちの女性表象と非美術=工芸的・装飾的なものをめぐる批評に見られる。
とくにパーカーの『破壊力を秘める一針』(Subversive Stitch, 1984、挿図2)では、美術と非美術(工芸や手芸)のヒエラルキーに内包される性差別を指摘し、その装飾性は「女性性」の自然な発露であり美術ではないとされてきた問題を議論した。そしてパーカーは、中世ヨーロッパ以来伝わる刺繍のステッチや模様パターンのサンプルを記録しておく技術見本(sampler)の中に「女性性」の神話を破壊するような文章が刺繍されたものを見つける。それがこの本の破壊力を秘める(subversive)という題になり、装飾的な非美術の手芸的な手法を逆手にとり、ソフトにしかしチクリと刺す戦略へのアイデアを提供した。
技術見本から続き20世紀初めの英国の女性参政権運動家(サフラジェット、suffragettes)が手縫いや手刺繍、アップリケで作った白・紫・緑色の旗やリボンなどを使って政治表明をした作品、さらには現代フェミニストアーティストたちの手芸的要素をもつ作品へとその系譜をたどる歴史を書いた。この傾向は北米の美術批評家ルーシー・リッパード(Lucy Lippard)が非美術とされる手芸(hobbyist art)に見られる特徴をブリコラージュとして評価したり、1970〜80年代始めに起こったパターン・アンド・デコレーション運動のひとりであるミリアム・シャピロ(Miriam Schapiro)の提示したコラージュ、アッサンブラージュ、フォトモンタージュのすべての活動を含めた「ファマージュ」(femmage)というコンセプトにも支えられて発展していった。
「女性性」の象徴と見られる手芸的なキルトや刺繍、パターンが繰り返される壁紙を使う装飾などの応用芸術を戦略とする方法や様式も発展していき、「美術」へと越境してその領域を限りなくあいまいにすることで破壊していった。これはブラックフェミニストアーティストたちの表現戦略にも影響が色濃く見られる。
この工芸を戦略とする活動は美術への挑戦に止まらず、現在ではさらに大きな社会政治問題への取り組みを行うクラフティヴィズム(craftivism)ヘと発展している。2003年にベッツィー・グレア(Betsy Greer)がcraftとactivismを組み合わせて造語し、サラ・コルベット(Sarah Corbett)(*10)がその実践の母体を作りソーシャルネットワークなどを通して広範な影響を与えている。工芸のジェンダー化の問題意識を中心にもちながら、もっと広い意味で周縁化、差別されてきた人種、階級、非西欧文化の権力不均衡の批判に発展し、脱植民地化と近代の脱構築の目的にこの工芸的戦略が使われるようになった。
気軽に作れる楽しみがあり、また破壊力も秘めた運動にもなりうる手芸を使ったクラフティヴィズムは、その制作プロセスのようにソフトに、繰り返し、ゆっくり粘り強く協力して実践する運動になってきている。なかでも糸爆弾運動(The Yarn Bombing movement)はカラフルな毛糸などを使い、都市景観を一時的に変えるアート戦略を使って政治表明するものとして注目され、マリアンヌ・ヨルゲンセン(Marianne Jørgensen)の《ピンクM24》(Pink M 24、挿図3)は第二次世界大戦のときに使われた小型戦車を編みものでくるみ、イラク戦争への反対の意思表示とメモリアルのために作られた有名な例である。
世界に広がるクラフティヴィズムにより意識が高められたジェンダーの問題は、それまでの批評や運動で範疇に入ってこなかった非白人の女性と工芸の問題である。現在注目の的となっているソニア・ボイス、ルバイナ・ヒミッド、ヴェロニカ・ライアンらも布、壁紙、陶、段ボール、合板などを使い女性の生活や日常の空間にある雑多なものをファマージュ的に使い領域横断を成し遂げてきた。
また、このようなファマージュ的手法が英国の女性ブラックアーティストたちの表現に重要であることについて、美術史家で筆者ともTrAINで同僚であったデボラ・チェリー(Deborah Cherry)は、サラ・マハラージ(Sarat Maharaj)がディアスポラのアーティストの作品を評して用いた「スーツケース美学」(suitcase aesthetics)を発展させて説明する。
ある場所から強制的に、または自分の意志でほかの場所に移民してきた人たちのスーツケースには様々なものが圧縮されてごちゃ混ぜになりひとまとまりになって入っている。様々なイメージや物や記憶や感情が何層にも圧縮され、スーツケースがパンパンにはちきれんばかりの緊張感があふれていると、その独自性を高く評価している(*11)。
その例としてここでは、自身や家族の移民の過去とその残存するものが混じり合い現在のアッセンブラージュの手法とクラフテフィヴィズムの系譜にも位置付けられるアーティスト3人を紹介したい。
チェリーが先にふれた「スーツケース美学」のもっとも顕著な例として挙げ、また、ブラック・フェミニズムの先端を走るチャイラ・クマーリ・シング・バーマン(*12)は、インド・パンジャブ地方から移民したアジア系英国人2世でリヴァプールで育った。
2022年にテート・ブリテンでネオンワーク《新世界を記憶にとどめて》(Remembering A Brave New World)(*14、挿図4)を発表しているが、クラフテヴィズムとの関連でとりあげたい作品が多くある。彼女は写真や版画のコラージュの作品から始め、マルチメディア・アーティストとして様々な作品を作ってきたが、なかでも工芸的なメディアと装飾性の強い作品がパワフルで特徴的である。リヴァプールの労働者階級を背景にしたその個人的な生い立ちのストーリーと家族やボリウッド映画を通して想像するインド文化、そして英国における脱植民地主義の問題とフェミニズムの政治が作品に入り混じる。
コロナ禍でロックダウン中のロンドンで2021年の2月11日にYouTubeで行った「女性参政権運動家のハンカチ作り」(Suffragettes hankie workshop)(*13)は、ホロウェイ刑務所に収監された女性参政権運動家たちがハンカチに運動家の名前を刺繍し記録していたことに倣い、刺繍ハンカチをつくるオンラインワークショップである。100円ショップで売っているようなフェルトペン、ビーズ、インドの女性が額につけるビンディー、ヒンドゥー教の神々のステッカーなどを使って装飾し、その軽妙な即興性と工作の楽しさで聴衆を巧みに引き込む。その遊戯性のなかにもソフィー・デュリープ・シン(Sophia Duleep Singh、1878〜1948)というこれまで知られてこなかったインド系英国人女性のブラック女性参政権運動家の勇気と努力に捧げるというメッセージが組み込まれている。
アイスクリームのイメージも多く使う。しんどい人生に耐え頑張った女性参政権運動家たちにアイスクリームをあげてねぎらいたい、そしてお父さんが一生苦労してアイスクリーム売りの仕事で家族を支えたことに対する敬意を表したいという彼女の敬愛の念を表現している。
また、2020年11月から翌年1月の年末年始にテート・ブリテンの正面をネオンで飾り付けた《新世界を記憶にとどめて》は、コロナ禍のロックダウンから解放された人々が外出できたことを記念した、爆発的なエネルギーをカラフルな光のアートに転換した作品である。
キリスト教のクリスマスとヒンドゥーのクリスマスのようなお祭りディワリ(光の祭り)が重ねられた祝祭である。長く暗いトンネルの先に見える光、知の光明などを象徴するディワリの光である。ガネーシャ神、ラクシュミ女神、植民者による虎狩によりほぼ壊滅したベンガルの虎、そしてラクシュミーバーイー(Lakshmibai、1835頃〜1858)のような植民地支配に抵抗した実存の女性の戦士などもその一見カラフルで陽気なネオンの飾りを構成している。テート・ブリテンの脱帝国主義的な表現として、屋根の突先に鎮座する大英帝国の守護神ブリタニアの彫刻の上に、破壊と殺戮の象徴であるヒンドゥーの女神カーリーを象ったネオンが被さり、「私はメチャクチャ状態」(I’M A MESS)のサインがコロナ禍による混乱、そして植民地支配により引き起こされた混乱状態を指す。
お父さんのアイスクリーム売りの車には「私たちがここにいるのはあなたたちがあそこにいたから」(we are here coz you were there)とインドからの移民がいるのは英国がインドを植民したからなのよ、と歴史を忘れた移民排斥に対してのメッセージを端的に記している。
ジャマイカからの移民2世でロンドン育ちのベネット=メイル(*15)の作品を見たのは意外な場所でだった。「編物と縫物ショー」(Knitting& Stitching Show)という編物、刺繍、洋裁、手芸等を行う人たちがその材料を仕入れたり、最近の流行や情報を交換したりしながらランチや午後のお茶を楽しむ見本市のようなものである。従来は年配の白人女性が週末の楽しみに出かけるイベントだったが、2022年のイベントでは入り口直ぐのところに8つの大きな展示スペースが設けられ、現代の社会問題を題材とする挑戦的なテキスタイルアートが展示され、そのなかに女性のブラックアーティストの作品があった。
ベネット=メイル自身もこのショーで展示をしないかと誘われたときは、場違い感がありびっくりしたという。彼女は教会などの建物などを装飾する草花、動物、人物の彫刻をつくる石工職人(mason)という肩書きを持ち、墓石などに字を彫る仕事もする。いっぽうで、フェルトや布のアップリケで絵画的な自画像を作る職人―彫刻家―手芸アーティストを交差する稀有な作家であり、複数の領域に跨った活動をしているため定義づけが難しい。石の仕事はブラックの女性が彫刻などという「美術」ができるわけがないと昔学校で言われたことに挑戦して選んだプライドであり、また、職人工房における彼女の主な定収入を得る仕事でもある。
はぎれや刺繍はドレスメーカーであった母や家庭に馴染み深いものだ。家や電車内などどこでもできる手芸は、彼女自身にとってはセラピーであり、自分のアイデンティティを見つめ表現する私的なものである。自伝的な話を織り込む作風はフリーダ・カーロやフェイス・リンゴールドからの影響があり、現代のフェミニストアートへの興味を裏付ける。硬い素材の作品と柔らかい素材の作品の両方があり、彼女の制作の源に関わるものでバランスを保っている。
直近2年のあいだにあった2つの重要なグループ展にベネット=メイルは参加している。ひとつはジョー・シーリーが企画しロンドンのウィリアム・モリス・ギャラリーで開催された「ブラック職人」展(The Black artisan、2021)(*16)で、ベネット=メイルを含む英国の伝統的工芸に携わるブラック職人とその作品の写真が展覧された。
翌年にはバーミンガム市立大学の研究者カレン・パテルと共同で英国のクラフツ・カウンシルが行った「結集」展(We Gather、2022)(*17)がある。白人中心の工芸界を修正しようというイニシアティブの一環として行われ、女性ブラックアーティスト5人と「ブラック職人」展で選ばれた4人の作品を紹介するものだ。ベネット=メイルの生姜のレリーフも展示された(挿図5)。彼女は野菜や果物などを彫刻にするが、なかでもこの初期の作品には英国国教会のセント・ポール大聖堂の建材である石灰岩の一部を再利用して作った墓石と生姜という以外なものが組み合わされている。英国人の日常であり伝統的食卓にかかせない生姜が精緻に彫られ、まるで名も無い人の墓碑のようなユニークな作品になっている。
「ブラック職人」展で気付かされたのは、ブラックの職人(black artisans)と英国の文化遺産(heritage)の関連や現代工芸アーティストとしてブラックが可視化されていなかったということである。ローマ時代以来、ブラックはブリテン島に住んでいたのにもかかわらず、英国の伝統とは白人の伝統と文化だと規定されてきたこと、そしてその文化遺産を作り受け継いでいる担い手は非白人でもあるという視点が欠落していたことを明らかにした。
テキスタイルアートの作品では《イギリスの薔薇》(English Rose、2021、挿図6)が典型的なものである。こげ茶の肌、ギョロ目、真っ赤な分厚い唇など、黒人のステレオタイプとも見える単純化された横向きのポートレイトである。紙の切り抜き人形のような紋切り型を強調する。
このやり方は制作が手早くできることがひとつの理由だ。また自分の生い立ちとは無関係だが、ガーナ共和国ファンティ族の自警団アサフォ(ASAFO)の旗の単純化された横向きの人間や動物や植物などの大胆な色とデザインにインスピレーションを受けたという。紋切り型のイメージはまたいっぽうでは腹話術の人形やミンストレルショーのゴリーウォグの姿になったブラック女性の自分である。その単純そうな人間のにこやかな表情の下にある複雑な感情は誰にもわからない。深い悲しみがあっても笑わなければ怒っている攻撃的な怖いブラックだとすぐ思われる、そう思われないように微笑もうとする、社会化され内面化された衝動などを重ねて表現したという(*18)。
別の作品《パスポート》(Passport、2020)などにも同様に現れるように赤い唇の色は英国の国旗と呼応しており、タイトルからもわかるように差別と自身のイギリス人としてのアイデンティティへの問いがある。真理の審判を迫るような大きな片目が中心にありこちらを挑戦的に直視している。その背景には自分が育ったイギリス的な花柄のレトロのチンツと、アフリカを表象するろうけつ染の布などが重ねられた可憐なアップリケが配され、ソフトな手芸的なメディアによるアッセンブラージュを楽しみながら意図的に使っている。イギリス的なものはノスタルジアを共有し、アフリカ的なものは「他者」への「エスニック」なものへのまなざしが感じられる、そんな英国における自分をとりまく環境との交渉も見られる。
「編物と縫物ショー」で観衆の目を釘付けにしたのは、マギー・スコット(*19)の大きな壁面作品である。ニットデザイナーでテクスタイルアーティストであり、高度な布・フェルト技術を使う。絵画で塗り重ねるように詩的な色彩のグラデーションの毛糸や布を重ねたところにデジタル印刷技術を使い、社会問題に関する写真をフォトモンタージュするという複雑な工程で作品を作る。
極められたフェルティングの技法による絵画的な表現と、ソフトで身体感覚を伝えやすいフェルトだからこそできる、素材に固有な工芸的表現が重なりあっている。
彼女のテーマも家族、生い立ちの記憶と自分のアイデンティティであり、人種差別の文化言説や視覚文化の表象が自己の内側からも再生産されることを深く検証する。
たとえば、黒い肌に纏わる歴史とその呪縛を執拗に問う。フローレンス・ケイトとバーサ・アプトンにより大流行した児童書『2つのオランダ人形とゴリーウォグの冒険』 (The Adventures of two Dutch Dolls and a "Golliwogg"、1895)の主人公ゴリーウォグまたはゴリー(golliwog/golly)はミンストレルショーに出てくる黒く顔を塗った白人芸人のエンターテイメントショーをもとにしているが、そのような本を読みゴリーウォグ人形で遊んだ幼い頃のスコットは、そのことに疑問を持たずに育った。幼少期、そして白人が権力を持つ社会で内面化され無意識下に潜む社会化された差別と自分と自分の家族に起こったこと、その記憶を検証し、自分の置かれている立場を掘り下げる。
ブラックの女性が美白クリームを求めライトスキンカラーを自然な欲求として求めるその背後には、男性を虜にする白い肌がよい、それを目指して美しくなれというメッセージが連綿引き継がれていることに気づかされる。その繰り返されるイメージを作品にした「ズヴァルテピット」(Zwarte piet、黒いピーター)シリーズもある。
黒いピーターは聖ニコラウス(サンタクロース)の従僕として現れる黒人で、顔を黒く塗り、唇を真っ赤にし、アフロヘアのかつらをかぶり、金環のイアリングをつけてルネッサンス風のコスチュームを着て街を行進し子供にお菓子を配る12月の祝祭慣習である。スコット自身がその慣習に遭遇し深い怒りをもった経験がこの作品制作の発端である。欧州各地にあった民話から19世紀以降のオランダで奴隷や人種差別的な要素が加えられ現在に続いている。その問題は表面化してホットな議論が行われつつある(*20)。
《私はあなたズヴァルテピットをみる》(i-see-you-zwarte-piet、挿図6)という作品では、テディベアを持つ自分のかわいい子供を守るためにはこの差別的な習慣は必要だと正当化する白人の女性との対話に基づき、顔を黒く塗った白人女性と顔を黒く塗った自分のイメージを並べ、そのあいだにテディベアを持つ白人の幼児が描かれている。白人の女性とともに顔を黒く塗り黒いピーターになっていくヴィデオ作品も同時に作っている。
オランダ、ひいては欧州全体に深く根付く奴隷制の記憶の残存と守らなければいけないとする白人文化の歴史を改めてえぐりだしながら、人種差別のグロテスクさを観衆につきつける。彼女は自分のアートはアクティヴィズムに直結し交換可能であると言う(*21)。
《国民保険?》(National Health?、挿図8)という作品は蛇腹状の立体的な壁面作品で5人の健康そうなブラックの妊婦が並んで横目にこちらを直視している。突起した部分と膨らんだお腹が呼応して身体性が強烈に感じられる。その背景のデザインは国旗のユニオンジャックだ。角度を違えてみるとある女性たちはその国旗に隠れて部分的に見えたり見えなくなったりする。「国民保険」と名がついているにもかかわらず、その制度下ではお産のときのブラックの妊婦の死亡率が白人の妊婦と比較して5倍、死産率は白人の女性に比較してその121%であるということにショックを受けて作られた。
英国の女性ブラックアーティストたちが何重にも周縁化されてきた状況のなかで、懸命に行ってきた運動を駆け足でたどりながら、その可視化の困難について論じてきた。
ジェンダー、人種、美術と非美術が交差して複合的に生み出すしてきた近代の権力の問題にぶつかっては挑戦し脱構築しようとしてきたのが女性ブラックアーティストたちである。それは、アクティヴィズムであることを避けられないアートであり、記録して歴史を新しく書き直す作業につながる。
ルバイナ・ヒミッドはそのイニシアチブをとり「複数の歴史を可視化する」(Making Histories Visible)というアーカイヴづくりをしている(*22)。ブラックアートに関する文献資料、とくにヒミッド自身の興味である女性アーティストの作品が収集されているうえ、マスメディアによるブラックの表象を日々収集してヒミッドが記事に落書きや縁取りなどをして介入する作品にもなり、それを公開することで社会への圧力をかけるアクティヴィズムにもなっている。また、今回焦点をあてて紹介した女性ブラックアーティストたちはその闘争のなかで高い工芸的な技術を武器にクラフティヴィズムを確実に拡張発展させ、評価されるようになった。
しかし、闘争はまだ続く。最後にこの論稿をベネット=メイルの言葉で締めたい。
「最初はウェブサイトに自分の手を載せるのをやめていた。人に皮膚の色を見せてわざわざ自分がブラックだと知らせたくないと思った。でもいまはブラックの女性であると示し、質の高い仕事をし、自信をもって木目に逆らって(against grain)生きていくことにした」。
この力強い決意を胸にとめ、日本にいる私たちは何をしていけばいいのかを考えていきたい。
謝辞
この論考を書くにあたり、対面インタビューやメールで筆者の質問に丁寧に答えてくださったマルシア・ベネット=メイルとマギー・スコットに感謝したい。
*1──Lubaina Himid ‘Inside the Invisible: For/Getting Strategy’. In David A. Bailey, Ian Baucom and Sonia Boyces eds., Shades of Black, Durham and London: Duke University Press in collaboration with iniva and Aavaa, , 2005, pp. 41-47.
*2──https://wandsworthart.com/black-woman-time-now/
*3──チャイラ・クマリ・バーマンの回想、萩原弘子『この胸の嵐』(現代企画室、1990)p. 173。この展覧会を再度振り返る展覧会がヒミッドの監修、ポール・グッドウィンのキュレーションでテートブリテンギャラリーで2011-12に行われた。記録図録
*4──原文「WE WILL BE WHO WE WANT / WHERE WE WANT / WITH WHOM WE WANT / IN THE WAY THAT WE WANT / WHEN WE WANT/ AND THE TIME IS NOW/ AND THE PLACE IS HERE / AND THERE AND/ HERE AND THERE / AND HERE/ NOW NOW/ NOW」
*5──萩原弘子『この胸の嵐』(現代企画室、1990)P. 165.
*6──Chila Burman, ‘There Have Always Been Great Black Women Artists’.In Maria Walsh and Mo Throp eds., Twenty Years of MAKE Magazine : back to the future of women's art, London: I.b. tauris & co, 2015, pp. 189-192.
*7──Tokyo Art Beat「黒人女性アーティストの代表的存在フェイス・リンゴールド。ニューヨークで開催中の回顧展をレビュー(評:國上直子)」
*8──Michel Wallace, ‘Why Are There No Great Black Artists? The Problem of Visuality in African American Culture’ (初出2000). In Wallace, Dark Designs and Visual Culture, Durham and London: Duke University Press, 2004, pp. 184-194.
*9──Katy Hessel, The Story of Art without Men, London: Hutchinson Heinemann, 2022, p. 10.
*10──英国のリバプールの貧困地域の労働者階級の背景をもち大学卒業後、チャリティー団体などでの経験を得て、ロンドンのCraftivist Collectiveという活動団体を創立した人。Sarah Corbett, How to be a Craftivist: The art of gentle protest, London: Unbound, 2017.
Craftivist Collectiveのマニフェスト(https://craftivist-collective.com/our-story/)
*11──Deborah Cherry, ‘Suitcase Aesthetics: The Making of Memory in Diaspora Art in Britain in the later 1980s’, Art History, 40-4, pp.784-807.
*12── http://www.chila-kumari-burman.co.uk/index2.htm
*13──Suffragette Hankies with Chila Kumari Singh Burman https://www.youtube.com/watch?v=PrOn9dGtdqc
*14──https://www.youtube.com/watch?v=0-RdzfEkdis
*15──https://www.mbennettmale.co.uk/
*16──https://www.theblackartisans.org/about
*17──https://www.craftscouncil.org.uk/whats-on/we-gather-exhibition
*18──筆者によるインタヴュー(2022年10月21日)及びEllen Bell, ‘Textile Scissors Stone’, Embroidery, Jan-Feb 2022, pp. 39-43.
*19──https://maggiescottonline.com/
*20──黒いピーターの保守継続派、漸次変更賛成派、即廃止派の議論が今行われている。https://www.youtube.com/watch?v=ZcT_FzZ7R6g
*21──https://www.textileartist.org/maggie-scott-photographs-felt-and-politics/
*22──Centre for Contemporary Art, University of Central Lancashire (https://makinghistoriesvisible.com/?subscribe=success#subscribe-blog-blog_subscription-2)
*前編はこちら
菊池裕子
菊池裕子