東京・天王洲で2023年7月7日から10日まで開催された「TENNOZ ART WEEK」。期間中、寺田倉庫周辺のエリアは、世界各国から集まったアートコレクター、アートファンの交流で賑わいを見せた。この取り組みは、パシフィコ横浜で開催されたアートフェア「Tokyo Gendai」と連携したプログラムで、フェアのオフィシャルフェアパートナーである寺田倉庫が主催したものだ。
最近は「アートの街」として知られる天王洲だが、もともとは戦後の物流拠点として栄えた倉庫街だった。この地で創業した寺田倉庫は、1975年から専門技術を要する美術品保管をはじめ、現在でも天王洲を中心に事業を展開している。美術品の保管だけでなく、輸配送、展示、梱包、修復など、アート産業のプラットフォーマーとして事業を拡大してきた同社が近年発信しているメッセージが、天王洲を「国際的なアートシティ」にすることだ。
天王洲は都心や羽田空港からの交通の利便性が高く、国内外の多くのアートコレクターがアクセスしやすいエリアである。そこに日本を代表するアートギャラリーや芸術文化発信施設を集積させれば、アーティスト、コレクター、ギャラリーなどアート関係者が集う場にできる。また、寺田倉庫は美術品の国際流通を促進するための保税倉庫、保税ギャラリースペースも展開しており、天王洲と国内外のアートシーンをつなぐことでアート市場の活性化と街のにぎわい創出できるというわけだ。
その構想が現実のものとなったのが、Tokyo Gendaiと連携した「TENNOZ ART WEEK」だ。フェア開催中は横浜と天王洲を結ぶバスが用意され、多くの海外コレクター、アート愛好者がアートシティ天王洲を訪れた。
「TENNOZ ART WEEK」のメインコンテンツとなるのが、音楽、アート、ファッション、ダンス、建築、映像など領域を横断しながら活躍するアーティストであり、世界的ピアニストでもある向井山朋子による新作インスタレーション・パフォーマンス『figurante』だ。会場となる約500㎡の倉庫には、床全体に籾殻が敷き詰められ、高いところでは約4mの籾殻の山が出現した。自然素材の籾殻が描くやわらかな曲線と、コンクリートの柱の直線の対比が印象的だ。天井からつるされた袋からは、砂時計のように籾殻が乾いた音を立てながら降り積もっていく。観客は籾殻を踏む感触と音を確かめながら、一歩ずつ『figurante』の世界へと誘われていく。
主にフランス語圏や英語圏で使われる「figurante」には端役、エキストラの意味がある。その題名の通り、この公演には舞台も観客席もない。観客は籾殻の上に座ったり、寝転んだり、あるいは立ったままで、思い思いの恰好でパフォーマンスを鑑賞する。
離れた位置にある2台のピアノを交互に弾くために、向井山が観客のすぐ脇を通り抜けることもある。観客は向井山の気配と衣擦れの音を近くに感じながら、表現者と観客の境目が溶け出したあいまいな世界へと引き込まれていく。ピアノと籾殻の音、向井山の発する言葉、揺れ動くライティングが混ざり合う空間で、緊張と解放の余韻を刻みながら、『figurante』は幕を下ろす。
WHAT CAFEとT-LOTUS Mを会場に開催されたのは、「CADAN:現代美術2023」だ。
現代美術を扱う50のギャラリーで構成される一般社団法人日本現代美術商協会(CADAN:Contemporary Art Dealers Association Nippon)が主催するこちらの展覧会も、会期中多くの人で賑わいを見せた。CADANのメンバーとなるギャラリーが、アーティストの個展形式でプレゼンテーションを展開する内容だ。Tokyo Gendaiと「CADAN:現代美術2023」の両会場で同じアーティストの異なるタイプの作品を展示しているギャラリーもあり、フェア会場と天王洲の両方を訪れたコレクターにも好評だった。
WHAT CAFEを運河側に出ると、天王洲運河に浮かぶ船上イベントスペース「T-LOTUS M」がある。船内の地下1階では、企業から推薦されたアーティストによる作品が展示されたほか、CADANと協力企業のコラボレーションによる特別展 “Art in Good Company” とトークセッションも開催された。
画材ラボPIGMENT TOKYOでは、日本の伝統画材を用いたワークショップ「純金箔で金碧画をつくる」を開催した。海外コレクターの中には来日経験が豊富な人が多いかもしれないが、日本の画材や技法を体験する機会は限られるだろう。PIGMENT TOKYOでは、壁一面に並ぶ色鮮やかな顔料や、筆、墨、硯、和紙といった日本の画材を取り揃えており、訪れた人の興味を誘う。Tokyo GendaiのVIP向けに用意されたワークショップは、純金箔を使った「平押し」と「面蓋」の技法を体験できるコンテンツだ。外国人が初めてでも体験しやすいよう、説明は日英の同時通訳で行われた。純金箔の繊細な輝きを、自らの手で表現し感じる、思い出深いワークショップとなったに違いない。
現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT MUSEUM」では、会期中は夜間特別営業として21:00まで開館時間を延長したほか、Tokyo GendaiのVIP向けに日英同時通訳付の特別ガイドツアーが開催された。
高橋龍太郎コレクション「ART de チャチャチャ -日本現代アートのDNAを探る-」展は、日本の現代アートのDNAを探りその魅力に迫る展覧会だ。日本を代表するコレクター高橋龍太郎氏のコレクションから、33作家による40点の作品が展示されている。公開制作:能條雅由「うつろいに身をゆだねて」では、日本美術と現代美術を融合した独自の表現方法を追求する能條雅由が、来訪したコレクターと直接コミュニケーションする場面も見られた。
PIGMENT TOKYOやWHAT MUSEUMなどが実施した日本を感じる文化体験の創出は、海外コレクターがフェアを目的に日本を訪問する際の大きな付加価値になるだろう。
WHAT MUSEUMから徒歩数分の距離にあるTERRADA ART COMPLEXは、国内最大級のギャラリーコンプレックスだ。期間中は「GALLERY NIGHT」として、19軒の入居ギャラリーが特別に21:00までオープンした。フェア会場とは異なる落ち着いた雰囲気の中で、日本を代表するアートギャラリーの展覧会を楽しむコレクターの姿が見られた。
1階のカフェ・ガーデンではシャンパンや軽食が提供され、来訪した人たちの情報交換や懇談の場となった。
「TENNOZ ART WEEK」が開催された各施設は歩いても巡ることができるが、各施設を結ぶタクシーも用意された。暑いなか、天王洲のアート施設をできるだけ快適に回遊してもらうためには、移動手段と休憩場所も重要なポイントといえる。
「TENNOZ ART WEEK」ではWOWによる光の演出が、天王洲運河の夜を彩った。
「WOW Art Exhibition: Refraction + Render」と名付けられた本企画では、TERRADA ART COMPLEX IIにあるBONDED GALLERYを会場に、「Refraction」と「Render」の2作品を展示したほか、天王洲運河に浮かぶ船上スペースT-LOTUS Mのルーフトップでは「Render」と連動した作品が展示された。訪れた人はボードウォークを歩いたり、T-LOTUS Mのルーフトップで夜風にあたったりしながら、WOWの作品を楽しんだ。
期間中、天王洲では運河の景観を活かした船上のパーティー会場も用意された。国内外から訪れたコレクター、ジャーナリストがアートの話題で盛り上がるRiver Loungeには、Tokyo Gendaiを主催したThe Art AssemblyのMagnus Renfrew、フェアディレクターのEri Takaneの姿もあった。
Magnus Renfrew、Eri Takaneは、Tokyo Gendaiの地域連携と「TENNOZ ART WEEK」について、次のようなコメントを寄せた。
「アートフェアを成功に導くには、フェア会場内での盛り上がりだけでなく、地域とのつながり、街を上げてアートを盛り上げることが鍵になります。寺田倉庫の皆様とは対話を重ね、お互いに日本全体をアートで盛り上げていくというところのゴールが一緒だったと感じております。CADANや高橋龍太郎コレクションの展示や向井山朋子さんの新作インスタレーション・パフォーマンス、船上でのパーティなど、天王洲エリア全体を通して盛り上げてくださいました。日本の文化の一端を一緒にお見せでき、国内外のビジターにとって新たな発見ができたかと思います。この第一回目が将来を作る第一歩になるように願っております。寺田倉庫の皆様には多大なご協力をいただき心から感謝申し上げます。」(Eri Takane)
「Tokyo Gendaiは、政府機関、民間および公立の財団や美術館・芸術文化機関、キュレーター、アーティスト、コレクター、そしてギャラリーの皆さまと連携・協力し、日本のアートシーンに真のインパクトを与える1週間を作り上げたと自負しています。本フェアが日本のアートシーン全体に貢献し、様々なかたちで関与していくことを目的とし、今後何年にもわたりコラボレーションの精神を大切にしながら、協力体制を継続することを目指しています。このたび寺田倉庫とパートナーシップを組み、いまの日本にある最もエキサイティングな文化にスポットライトを当てるお手伝いができたことを嬉しく思っています。私たちのフェアに訪れたVIPは、TERRADA ART COMPLEX内のギャラリーで多様な展示を楽しみましたし、フェアウィークのハイライトでもある向井山朋子による魅惑的な新作インスタレーション・パフォーマンスの世界初演もありました。日本のアートシーンは世界で最も洗練されたもののひとつであり、その市場には大きな可能性があります。日本の文化シーンの豊かさと活気を広く伝え、日本と世界のアートコミュニティとのつながりをさらに深めるため、パートナーや関係者の皆様とともに、今後Tokyo Gendai第1回目がもたらした成功を積み重ねていきたいと考えています。」(Magnus Renfrew)
第1回目となるTokyo Gendaiは、2023年7月9日に熱気とともに幕を下ろした。
フェアの来場者数、セールスの結果に注目が集まるが、各地域への波及効果についても考察が及ぶと思われる。
TOKYOという大都市に海外からギャラリー、コレクターなどが集まる国際アートフェア。アートフェア会場はもちろんのこと、その波及効果を会場周辺、東京、日本各地に広げ、日本のアートシーン全体を盛り上げることが、次なる国際アートフェアの誘致と成功にも紐づいていくだろう。
今回の寺田倉庫の「TENNOZ ART WEEK」をひとつのケーススタディとして、大都市のアートフェアにおける地域連携の在り方が、さらにブラッシュアップされていくことを期待したい。