いま、世界のアート界では何が起こっているのでしょうか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、11月24日〜12月17日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「アート・バーゼル・マイアミ振り返り」「営利目的の新たな“美術館”」「できごと」「NFTやDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)など」「おすすめの読み物、ポッドキャスト」の5項目で紹介する。
▼イベントやパーティの盛り上がりに注目
12月初旬、バーゼル・マイアミが2年ぶりに開催。アメリカでは、ほぼ2年間大きなパーティなどができなかった反動で、今年はものすごい数のファッション、富裕層向け企業、NFTコラボイベントやパーティが開催され、アートフェア本体が霞むほどだという。週全体を俯瞰するヴァニティ・フェアのまとめ。
https://www.vanityfair.com/style/2021/11/art-basel-miami-beach-is-roaring-back-with-a-vengeance
▼ギャラリーの多様性を増やす試み
バーゼル・マイアミは、今年からギャラリースペースがないと出展できないという条件を撤廃し、またギャラリーの最低継続年数も減らしてギャラリーの多様性を増やそうとしたとのこと。大手ギャラリーを中心として全体の顔ぶれは大きくは変わっていないが、これまで極度に少なかった黒人オーナーやアフリカのギャラリーが増えた。それらの例を紹介する記事。
https://www.artnews.com/art-news/news/art-basel-miami-beach-2021-first-time-exhibitors-selection-committee-rules-1234611703/
▼ベストブース14
ARTnewsによるバーゼル・マイアミのベストブース14。筆頭はヴェネチア・ビエンナーレを前にメガギャラリーのハウザー&ワースを辞めたSimone Leighが移籍したMatthew Marksギャラリー。全体的に人種的多様性に富んだセレクションになっている。
https://www.artnews.com/list/art-news/artists/art-basel-miami-beach-2021-best-booths-1234611797/simone-leigh-at-matthew-marks/
▼おかしな慣習を解説
バーゼル・マイアミをはじめ世界の主要なアートフェアに出展する大手ギャラリーは、フェアで見せる作品の多くをじつはフェア前にすでにめぼしいコレクターに売却済み。高額な出展料を払ってまでフェアに参加しているのに、一見直感的におかしなこの慣習について、どうしてそうなっているのかを説明してくれる記事。
https://www.nytimes.com/2021/11/28/arts/art-fairs-preselling-art-basel-miami-beach.html
▼儲かる「美術館」のビジネスモデル
フォトグラフィスカ(Fotografiska)という営利目的の写真美術館が好調のようで、2023年までにベルリン、マイアミ、上海にも新たに拡大する。ベルリンはヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインを担当。2010年にストックホルムで開業し、19年にNYとエストニアのタリンにも進出していた。写真の展覧会の入場料、併設のレストランやバー、ショップでの物販を総合し儲かる「美術館」のビジネスモデルを作り上げてきた。美術館という言葉の意味が拡大することに複雑な心境。
https://www.artnews.com/art-news/news/fotografiska-berlin-miami-shanghai-expansion-1234611328/
▼没入体験型展示が大人気
全米でゴッホのイマーシブ展示(没入体験型展示)が5つの会社によって少なくとも40箇所で開催され、人気がまだまだ拡大している。コロナ禍で全米の美術館が入場者数を大幅に減らしているのに対し、1万円以上のチケットさえあるゴッホのイマーシブ展は大人気。オハイオの美術館で始まった絵画のゴッホ展をイマーシブだと勘違いしてくる客もいて、長年のリサーチを元にした展覧会を開催している美術館の関係者は困惑気味。
https://www.wsj.com/articles/art-museums-vs-immersives-do-you-want-to-see-a-van-gogh-or-be-in-one-11639324801
▼3年連続で延期を決定
オランダのマーストリヒトのアートフェアTEFAFがなんと3年連続になるフェアの延期を決定。22年3月に開催予定だったが、昨今の欧米でのコロナ陽性者数増加やオミクロンなどで読みきれない状況を鑑み、経済的損失を抑えるためにも早目の決断をしたとのこと。
https://news.artnet.com/market/tefaf-postpones-2022-maastrich-fair-2049338
▼ポール・マッカーシーのインタビュー+レビュー
ポール・マッカーシーがノルウェイのコーデー・ベルゲン美術館で個展を開催中。今回は自身がトランプや、なんとヒトラーのような人物に扮した大掛かりなビデオ作品を発表。昨今のポリティカル・コレクトネスなどへの言及も含んだ彼とのインタビューを交えたレビュー記事。
https://news.artnet.com/art-world/profile-paul-mccarthy-2039635
▼欧米中心の美術史からクロスボーダーへ
アンディ・ウォーホル財団のアートライターへの助成金受賞者が発表された。20人に総額7800万円、ひとりあたり約170〜550万円が授与される。これまでの欧米中心の美術史ではなく、世界の南ー南を軸としたクロスボーダーなやり取りを喚起するプロジェクトが選ばれたという。
https://www.artnews.com/art-news/news/warhol-foundation-arts-writer-grants-2021-1234611751/
▼法廷画家の似顔絵を描く被告
ジェフリー・エプスタインの共犯者かどうかが争われているギレーヌ・マクスウェルの裁判で、法廷画家が描いた絵が大きな話題に。というのも、マクスウェル自身が法廷画家のほうを凝視して、その似顔絵を描いているから。この道40年のベテラン画家にとってこのように被告から似顔絵を描かれるのは1987年の俳優エディー・マーフィーの例など3度目の経験だという。
https://hyperallergic.com/697163/ghislaine-maxwell-glared-at-her-courtroom-artist-and-sketched-her-right-back/
▼ARTnewsの日本語版がスタート
ARTnewsが2022年1月から日本語版をスタートさせるという。MAGUS Co.(寺田倉庫株式会社、三菱地所株式会社、株式会社TSIホールディングス、東急株式会社の合弁)がライセンスを受けるかたちで運営される。
https://www.artnews.com/art-news/news/artnews-japan-international-edition-1234611878/
▼刑務所だったビルをバンクシーがアートセンターに?
オスカー・ワイルドが同性愛を罪に問われて投獄されていたレディング刑務所だったビルが約15億円で売りに出ており、バンクシーが購入してアートセンターにするオファーを出している。
https://www.artnews.com/art-news/news/banksy-prison-oscar-wilde-1234612556/
▼OMENの創業者が逝去
NYのソーホーに1981年にオープンした日本食レストランのOMENはNYアートシーンのコミュニティの中心のひとつ。その創業者の品川幹雄が亡くなった。パティ・スミス、スーザン・ソンタグ、オノ・ヨーコなど数多くのアーティストやギャラリストが集っていた。品川さんが当初、画家としてNYに来ていたとは知らなかった。
https://www.nytimes.com/2021/12/12/dining/mikio-shinagawa-dead.html
▼METがついにサックラーの名を削除
12月初旬にとうとうメトロポリタン美術館が館内の7箇所からサックラー家の名称を削除した。サックラー家の製薬会社パーデューはオピオイド系の鎮痛剤の違法な販売で全米で中毒患者を増大させ数十万人単位の死者を出したことで有罪が確定している。ナン・ゴールディンが名称削除を求める活動の急先鋒だったが、なんとリチャード・セラ、アニッシュ・カプーア、バーバラ・クルーガーなどそうそうたるアーティスト達が署名に加わっていたことがわかった。
https://news.artnet.com/art-world/artists-demanded-met-ditch-sacklers-2047715
▼ジェニーヴェ・フィギスのコレクターはリチャード・プリンス
アイルランド人画家のジェニーブ・フィギス(Genieve Figgis)は、8年前に40代で美大の修士を終えて子供を育てながらキッチンで絵を描いていた。始めたばかりのtwitterで突然リチャード・プリンスから連絡があり、当初はなりすましだろうと信じていなかったが、本人だとわかり、絵を買ってくれたとのこと。その後もプリンスが運営するスペースでの展覧会などを経て、いまやNYの個展が売り切れ、オークションでは5000万円以上の落札価格がついた。いまでもプリンスが一番のコレクターだという。
https://news.artnet.com/art-world/genieve-figgis-painting-profile-2048020
▼サザビーズの売上が史上最高を記録
オークションハウスのサザビーズは今年の売上が約8300億円と史上最高を記録、去年比で32%増えた。近現代アートが約4900億円と大半を占め、5億円以上の高額作品の点数が大幅に増えたとのこと。またNFTなどのデジタル作品のオークションおかげでまったく新しい顧客ができたこと、引き続きアジア人顧客が強いことなども好調の理由だという。
https://www.artnews.com/art-news/market/sothebys-2021-sales-record-1234613533/
▼ボーランドの文化行政の傀儡化への強い危惧
ポーランドでは2016年に右派「法と正義」が政権を奪還してから、主な美術館の館長が政権寄りの人物にどんどんすげ替えられている。今回ポーランド有数のザヘンタ国立美術館のベテラン館長を更迭し、無名でまったく美術館経験のない画家が指名されている。89年の自由化以来同館では館長4人はすべて女性だったが、初めての男性。このようにポーランドの文化行政が「合法的」に乗っ取られ、世界のコンテンポラリーアート業界から孤立し、排外的、懐古的な方向に向かっている現状に憂い、大きな警鐘を鳴らす記事。
https://www.artnews.com/art-in-america/features/issues-and-commentary-zacheta-janusz-janowski-1234613869/
▼話題のオークション競争の裏側
11月の米国憲法初版のオークションで1700人以上から45億円以上を集めながらも競り負けたConstitutionDAO(イーサリアムを使った分散型自律組織)は、混乱の末、集めたお金を返金することを決定した。だが、じつはDAOとしては機能しておらず、中央集権的な意思決定であったこと、参加者の多くがそもそもコンセプトをしっかり理解していなかったこと、参加者の寄付額の中央値が実は約2万円程度で、その額では返金に際してイーサリアムのガス代などでなくなることなどを実例をまじえて丁寧に追った記事。
https://www.vice.com/en/article/qjb8av/constitutiondao-aftermath-everyone-very-mad-confused-losing-lots-of-money-fighting-crying-etc
▼NFT. NYCのカンファレンスレポート
11月初旬にNYで行われたNFT. NYCというカンファレンスの様子をアートライターの視点で拾ってくれている記事。この流れに乗って一気に大金持ちになるぞという雰囲気が想像以上に強かったよう。ベテラン作家などからは、NFTの大波が去ったときに備えてしっかりとしたコミュニティを作るべきという声も出ていたという。
https://news.artnet.com/opinion/inside-the-nft-rush-a-token-could-save-your-life-artistic-value-means-nothing-until-its-flipped-and-other-lessons-learned-at-the-crypto-coachella-2040043
▼NFTの売上はなんと2.5兆円以上
今年の全世界でのNFTの売上はなんと2.5兆円以上とのレポートが。去年が100億円程度だったことを考えると200倍以上。年初にBeepleが火をつけ、2021年後半は前半の4倍以上の売上に成長していたよう。最近はハリウッド、スポーツ業界、そしてナイキやグッチなどのブランドも参戦して過熱している。
https://www.artnews.com/art-news/market/2021-nft-sales-report-1234613782/
▼ルシアン・フロイドが自作を否定したのはなぜか?
25年前にルシアン・フロイド作として購入された男性ヌード絵画は、生前フロイド本人が自作であることを否定していたが、最近3人の専門家によって真作であるとされた。彼が否定した経緯や、調査によってフランシス・ベーコンとの関係に深くまつわる作品であるだろうことが判明。
https://www.theguardian.com/artanddesign/2021/nov/28/lucian-freud-painting-denied-by-artist-is-authenticated-by-experts
▼じつは南国に行ったことのなかったルソー
Facebook改めMetaがメタバースのプロモーションとして美術館内でアンリ・ルソーの絵画が動き出すビデオを制作した。これは発想として陳腐で、アーティストたちこそが新しいテクノロジーを使ってまったく新しいアートを作り出すべきだという激励記事。ルソーは、じつは南国に行ったことがなかったが、パリの植物園でのスケッチと、当時最新のテクノロジーであった雑誌などの写真を統合してあのジャングルの絵画を描き、同時代のゴーギャンやピカソ達とともに近代を切り開いていったのだとする逸話もとても興味深い。
https://www.nytimes.com/2021/12/01/magazine/mark-zuckerberg-meta-art.html
▼注目のポッドキャスト
ベテランのアート・ジャーナリストのシャーロット・バーンズと有力なアートアドバイザーのアラン・シュワルツマンが続けてきたポッドキャスト「In Other Words」で週次の新しいシリーズが始まった。社会が大きく変化するなか、アートシーンも変化している。その変化を推し進める側と、押し留めようとする側に注目したシリーズだという。第1回は、アメリカの歴史のなかで奴隷制を維持しようとしていた南軍の英雄のモニュメントが再考され、取り除かれていく中での摩擦について、様々なアーティストやキュレーターが話している。
https://open.spotify.com/episode/6j0NsPEOdTf50kma0ifx35