5月29日、パリのルーヴル美術館で展示室内の《モナ・リザ》にクリーム菓子が投げつけられる事件が発生した。
レオナルド・ダ・ヴィンチによる《モナ・リザ》は、所蔵するルーヴル美術館にとって最大の観光スポット。多くの来場者が殺到する同作は、1965年に起きた硫酸投げつけ事件で作品の一部が破損して以来、厳しい監視体制が敷かれるようになった。現在は作品を防護するガラスが備え付けられ、一般の来場者は一定の距離をとって鑑賞するスタイルになっているが、その仕組みを逆手にとっての犯行と言えるだろう。
車椅子の利用者や身体の不自由な来場者のために《モナ・リザ》前には一般来場者よりも近くから見ることのできるスペースが用意されている。事件の目撃者によると、犯行に及んだ人物は車椅子を利用する高齢者を装って作品に接近。突然車椅子から立ち上がり、かつらを投げ捨て、ケーキを手に目の前の作品に直行。「地球を想え、芸術家は地球を想え。芸術家は皆、地球のことを考えている。だからやった」と叫びながらケーキを投げつけたという。この人物はその場に駆けつけた警備員により、展示室の外に追い出された。
一連の出来事は、SNSを通じて拡散。5月31日10時現在(日本時間)、「Cake Monalisa」なるツイッターアカウントがこの事件を題材にしたNFTをいちはやく販売するなど、ネット時代の自己顕示と商魂の逞しさが顕在化している。
美術館における作品への介入や、深刻な破損を伴うヴァンダリズム(破壊行為主義)はいまに始まったことではなく、昨今はオークション会場で自作をシュレッダー装置で裁断したバンクシー、古くは東京国立近代美術館で梅原龍三郎や岡本太郎らの作品が鉄パイプで引き裂かれる事件も1980年に起きている。その多くが同時代の政治や美術制度の権威性への異議申し立ての意図を少なからず含んでいるが、ケーキの投げ痕が防護ガラスに残る《モナ・リザ》の前で歓声を上げる観客や自撮りする人々からは、芸術受容のあり方も今様に変化しているのがわかる。