作品の骨組とエネルギー。美術館という弱点を越えて:鴻池朋子インタビュー

アーティゾン美術館で展覧会「ジャム・セッション 鴻池朋子 ちゅうがえり」展を開催中の鴻池朋子にインタビュー(聞き手:編集部)

地球断面図、竜巻、石、すべり台などからなる大襖絵の新作インスタレーション《襖絵》や、複数枚の牛革を支持体とした、12×4メートルにおよぶ《皮トンビ》(2019)。そして影の仕組みを利用したインスタレーション《影絵灯篭》など、ジオグラフィカルな作品空間と共演するカミーユ・コローやギュスターヴ・クールベ、アルフレッド・シスレーの作品。東京では11年ぶりとなる鴻池朋子の大規模展「ジャム・セッション 鴻池朋子 ちゅうがえり」が、アーティゾン美術館で10月25日まで行われている。

鴻池は、旅の途中で出会う人々の言葉や手を借り、ときには太陽や台風、植物や昆虫やバクテリアなど、様々な地球の手立てを借り、生きていくための制作を行ってきたアーティスト。会場で作品を見れば、その言葉の意味を体感できるはずだ。

今回の個展は、アーティゾン美術館のコンセプト「創造の体感」を体現する企画シリーズ「ジャム・セッション」の第1回でもある。年に1度開催されるというこの企画では、アーティストと学芸員が共同し、石橋財団コレクションの特定の作品からインスパイアされた新作や、コレクションとアーティストの作品のセッションによって生まれる新たな視点で展覧会を構成。過去から現代、次代へ向けての架け橋となるプロジェクトとなるこの展示に際して、鴻池にインタビューを行なった。

コレクションとの共演

──「ジャム・セッション」の主旨のひとつには、アーティゾン美術館のコレクションから特定の作品を選び、自身の作品と共演させるというものがあります。ところが鴻池さんは今回、美術館コレクションの中から作品を選べなかったことを、展覧会会場で掲示されるテキストの中で明かしていました。担当学芸員の賀川恭子さんが選んだクールベやコローらの作品とご自身の作品が実際に並ぶ様子を見て、何か発見はありましたか?

鴻池:会場内のテキストに書いているように、3度ほど収蔵庫作品を選びに行き、そのあと収蔵品リストをじっくりと見ても作品を選べませんでした。なぜ自分が選べないのかが当時はわからなかったのですが、今わかるのは、コレクション作品を展覧会に持ち込むことで生まれる美術体系の関係性や批評性、近代と現代の違いといった狭い美術のポストモダン的な視点ではもはやないと感じ、こちら側がそう思っていなくても観客はそのように見てしまうような構図を、注意深く回避しなければと思ったことです。

実際に会場で作品が並ぶ様子を見て、「こちら側が私の作品で、あちら側がコレクション」といった差はあまり感じなかったです。コレクションは大事なものでゲストだと認識しながらも、ともに同等で、自分の作品の一部として自然に見ていました。

──コレクションの権威性が消え、すべての作品を同じ視線で見るような感覚ですか?

鴻池:はい。きっと変に思われますよね。他人の作品が入ってきているのに、と。まったく違和感がないとは言い切れませんが、私はずっと人でも物でも風景でも、見るときは同様の視点で見るということをしてきました。例えば私の作品も、次の時代になればインスタレーション会場は、同じセットのように誰かによって図面を元に組み立てられ、「鴻池朋子」という作家名とタイトルとキャプションとコンセプトがついて、すべてデータ化され伝わっていきますよね。それって当たり前のように思われてますがとても変だし、少なくともアートの展示においては言語的、時間的、教育的に読み取れるような作品の展示の仕方じゃなくて、とても乱暴なことですが、その時代に生きている人に丸投げして使ってもらっていいように思います。それが古典であっても現代の作品であっても、全然違う人の作品でも既製品だとしても、その空間をちゃんと感じ取るということがそのとき生きている人にとっては重要です。

その視点で考えていくと、それがコレクションか否かということは私にも観客にとっても関係がない。今回はバックグラウンドを無関係に、観客が作品とばったり出会い、自分の身体でおもしろいとつまらないを体感する場所をつくったのだと思います。

展示風景より、《ドリームハンティンググランド》(2018)
展示風景より

美術館の弱点を克服するために

──鴻池さんは、作品を展示する場所や関係する事象を徹底的にリサーチし、そこから得たものを作品に生かす制作スタイルを取られています。今回の個展に際してはどんな準備をされたのでしょうか?

鴻池:最初は2018年の春ごろ、ブリヂストン美術館が新たな美術館(アーティゾン美術館)として新しく開館し、そこで初の現代美術展を行いたいという主旨を説明されました。当時は秋田で個展を行っていたのですが、その期間、頭の片隅でブリヂストンタイヤが回転している風景を思い浮かべながらお話を聞いていたことを覚えています。何がこの美術館にとってのクリエイティビティなのか。それを探すため、現在の株式会社ブリヂストン発祥の地である久留米に赴き、創設者の石橋正二郎さんのこと、ひいてはタイヤ開発の歴史にまで遡りました。ブリヂストンの歴史や成り立ちに、日本の近代化の時代背景がぴったりと当てはまるようなおもしろい発見もありましたね。

──では、アーティゾン美術館という場所についてはいかがでしょうか。今回の展覧会で掲示されるテキストのひとつに、鴻池さんが2018年に行った村井まや子さんとの対談がありました。そこで鴻池さんは、展覧会の仕事は「私」ではなく場所が主語であり、「その場所が私の全感覚を通して、何をしたがっているのかを伺いに行くという感じ」とおっしゃっています。今回のアーティゾン美術館では場所からどのような感覚を受けましたか?

鴻池:私が初めてアーティゾン美術館を訪れたときはまだ建設途中で、作業中の方々がたくさんいる中で下見をしていました。展示会場は3フロアあり、観客の動線としては下から上ではなく、階上から階下へ降りていくと。その話を聞き、実際に順路を歩いたときに、下から吸い上げ登り、回転しながら下に降りていくという大きな流れがイメージできた。それは自分の竜巻の作品にもすごく共通するような感覚がありましたね。

展覧会は本来、作家は自分にあてがわれたスペースの中で自身の作品を展示し、あるテーマで世界観を構築し、観客はそこにやってきて、何かと出会うということだと思います。でも私は、お客さんはこの会場にどのような経路で訪れるのか、窓から何が見えるのか、匂いはどうか、外の天気はどうかを含め、外のことをいつもぞわぞわと考えてしまっているんですね。観客の想像力の展開の仕方は誰もわからないことだけど、作品や模型をつくったりしているときも、つねに観客という一種の動物の動きを考えていました。それが作品自体にどう影響しているかはわからないのですが、きっと大きく作用しているような気がします。

今回の展覧会では、みなさんには枠組みと骨組みに注目してほしいです。例えば、《襖絵》のスロープは施工の方と相談し、誰でも構造がわかるような、一番簡素でカスタマイズをしない方法を選んでいます。

展示風景より、《皮トンビ》(2109)

──あえて無骨な状態にしておくということですね。

鴻池:素直に見せたいと思いました。テクニックを使って作品の表面だけ洗練させていくと、きれいになっていくがゆえに、最初にあったエネルギーが薄くなっていくような感じがあります。例えば《皮トンビ》は、既製品の牛革にクレヨンで描き、穴を開け、引き紐で糸を通して縫ってサイズを大きくし、振り子のインスタレーションも、モーターの単純な仕掛けのみ。インスタレーションの《影絵灯篭》も、技術的には誰でもできることです。技術スタッフや職人のみなさんと相談し、誰でも再現可能な技術であえて止めておいてもらう仕上がりにしたのは、作品のエネルギーを欠落させないためなんです。

──どこかの段階で手を加えていきたいという欲求は生まれませんか?

鴻池:視覚的なイリュージョンをつくり、そこにうっとりするようなことは、目の見える人に限定されたものです。そして、私も含め人間はみんな違う身体を持って世界を捉えています。そう考えると、単純すぎて何もうっとりしないんだけど、逆に、その単純な素材や形や骨組みや重力との関係などで、どうして私たちと一緒にここに存在しているのかがなんとなくわかってくる。別に難しいことを学習していかなくても、生きる喜びが生まれてくる。そういうことがしたいと思いました。

──アーティゾン美術館という新しく洗練された場が、そうした無骨さ、野生的な部分を強めたという面はあるのでしょうか?

鴻池:美術館の中かもしくは野外かという違いならば、もはや私にどこであっても、特に違いはないような心持ちになってきました。ただ、ひとつ言うならば、美術館は安全で守られていることが一番の弱点だと思いました。空調が一定に保たれ、照明が施され、微生物をシャットアウトし、宝物としての美術品を守っていく完璧な安全な密室であることの弱点をどのように克服していくかを展示の構成で考えていきました。外から何かがやってきたとき、美術館はそれを排除することで成立していたけれど、今は何かが入ってくるかもしれない。私は作品を通して、「それ」が入ってきても美術館の中で共存できるということを見せたいと思っていました。

展示風景より、《影絵灯篭》(2020)

──じつは私自身、今回の展覧会を訪れた際に作品から大きなエネルギーを感じるなか、監視員の方がちょうど《襖絵》のスロープの手すり部分を拭き、除菌している現場に遭遇しました。その光景は、作品の持つ野生的で強烈なエネルギーと、クリーンで静かな美術館の聖性が拮抗しているような印象を生み出していて、見た瞬間に鳥肌が立ったんです。今のお話を聞いて、そのときの気持ちを思い出しました。

鴻池:例えば《皮トンビ》は、もとは瀬戸内国際芸術祭2019のため制作した作品ですが、国立ハンセン病療養所のある大島の美しい森の中で、1年近く自然に晒されて展示されていたんですね。それを、今回の個展が始まる前に森から下ろして梱包して、完璧に燻蒸し、微生物や蜘蛛の巣やホコリを全部きれいに取り払って会場では展示しています。自分の中ではその経緯や必要性にモヤモヤしながらも納得するしかない。モヤモヤしながらも展示するしかない。その訳のわからない葛藤が、美術館の弱点を克服していくために重要な、生きている人間のアクションだったのかなと思います。

私たちはみんな生きていて、明日は今日と違う仕事が待っていて、そのつど天候や状況に対応しながらサバイブしなければならない。けれど、そうして変化し、生きていくということの逆方向に、永遠にその一瞬を封じ込めるような人間の欲望とともにつくられてきた美術館があります。私は、地球エネルギーや周囲の環境も含めたことを考える仕組みを美術館自体が持つため、外部とつながる細い抜け道をつくっていかなければならないと思いました。

──「抜け道」という表現が腑に落ちます。そのお話を聞いたあとでは、襖絵のインスタレーションのスロープも、どこか抜け道のように思えます。

鴻池:《襖絵》は、襖絵の画面を見るためにスロープを上がっていき、だんだんと観客は身体が大きくなるような体験をし、最後にはストンと滑り台で落とされてしまう。さきほど言った、展覧会のイリュージョンのうっとり感を忘れさせてしまうような、ふわっと重力が逆転するような、足下すくわれるような感じ。展覧会タイトルの「ちゅうがえり」は、その感覚に合う言葉として採用したものです。

展示風景より、《襖絵》(2020)のスロープ

アートで決着をつける

──今回の展覧会は、パンデミックに伴う緊急事態宣言などの影響で会期が変更になり、現在多くの人が日々コロナウイルスのことを考えている状況です。私はそうした状況から東日本大震災後の自分の心境を度々思い出します。鴻池さんは以前、あるインタビューで、東日本大震災以降に制作スタイルを変えざるを得なかったということをおっしゃっていましたが、今の状況をどのように考えていますか?

鴻池:言い方が難しいですが、ものをつくる人にとってはラッキーな時期だと思います。物事をじっくりと考えることができますし、生き延びていくことに立ち戻って考え、誰かの考えの焼き直しや重複していくことではない、その人にとってのアイデアが生まれる。他人事ではなく、すべての人が自分の身体を通して考えざるを得ない今の状況は、厳しい日々ですが、少しずつ深い喜びが満ちていくような感覚がある。そういう意味でラッキーであると思っています。

──前例がない昨今の状況で、各々が諸事情を自分のこととして考えざるをえない状況は、労力のかかるものでありながらも喜びの多いものだということですね。

鴻池:私は、人々が多少息苦しくても生き延びていけるのは各々のなかにアートという呼吸方法があるからだと思っています。私はその様々な呼吸法を見る人に提示するような、それぐらいのお手伝いの気持ちでいます。あとは、展覧会を体験することによって、各々が何かの肌触りや気配、痕跡を自分で持ち帰って、日々生きるために各々が自分の仕事として引き受けていけばいいことで。

アートはこれまで疑問を投げかけてばかりいましたよね。私自身も日々、なぜ?どうして?の繰り返しです。ここで一回、もう、社会に疑問を示したり、メッセージという言語で説得することだけのことはやめて、小さなことでもいいから言葉でなく実践し、しっかり自分のアートという仕事で決着をつけていってみようと考えています。決着つけて、もしうまくいかなかったら、やり直してみる。そういう遊びをしていきたいと思います。

展示風景より、「物語るテーブルランナー」(珠州、阿仁合、瀬戸内、タスマニア、フィンランド)(2014-2019)
展示風景より、「声と映像の部屋」

鴻池朋子
1960年秋田生まれ。個展、2015年「根源的暴力」神奈川県民ホール(2016年芸術選奨文部科学大臣賞受賞)、2018年「Fur Story」リーズ・アート大学(イギリス)、「ハンターギャザラー」秋田県立近代美術館、他。グループ展、2016年「Temporal Turn」スペンサー美術館・カンザス大学自然史博物館(アメリカ)、2019年「瀬戸内国際芸術祭2019」、他。

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