Marius Bercea, Shadow of Others, 2025, oil on canvas, 149.0 x 114.0 cm. Photo by Marius Poput

マリウス・ブルチーア 「Shadow of Others」

MAKI
5月31日終了

アーティスト

マリウス・ブルチーア
MAKI Galleryではこのたび、ルーマニア人アーティスト、マリウス・ブルチーアによる個展「Shadow of Others」を表参道ギャラリーにて開催いたします。高く評価された2021年の個展以来となる日本での展示に際し、歴史、記憶、アイデンティティの概念を一層深く考察する最新作を発表します。

20年以上にわたるキャリアの中でブルチーアは、ルーマニア革命、鉄のカーテンの崩壊、そして消費主義の台頭がもたらした社会的・心理的影響を探る多様な作品を発表してきました。彼の作品はフィクションと現実、華やかさと脆さ、記憶と忘却が交錯する場を生み出し、歴史への眼差しと自伝的表現の両方を兼ね備えた問いを投げかけます。

2021年にMAKI Galleryで開催された日本初の個展では、ルーマニアの転換期を経験することなく生まれ育った若いアーティストたちを描き、彼らのノスタルジー、不安、そして宙吊りの状態にある疲弊感を浮き彫りにしました。その閉塞感は多くの人々が時間との関係性の変容を迫られたコロナウイルスのパンデミック下の世界とも共鳴していました。歴史、記憶、アイデンティティに強い関心を持つブルチーアは、現在もこの若い世代が社会的・政治的・文化的にどのような影響を受け、変化を遂げているのかを探り続けています。

そうした歴史的および個人的な視点の両方を維持しながら、最新の作品群において作家はさらに表現の幅を広げています。展覧会名と同じタイトルを冠した作品「Shadow of Others」においてブルチーアはルーマニアという国家の歴史的な立ち位置を考察し、周縁性という概念を描き出します。絵画に登場する人物たちは海辺で陽光を浴びて楽しんでいるかのように見えますが、植物や日除けが彼らを部分的に覆い隠し、その姿は風景の中に溶け込んでいます。

こうした捉え難い曖昧さ、移ろいゆく感覚は、ブルチーアの作品の中では珍しく横長の構図を持つ「Hottest Day of Summer」にも漂います。この作品には、白いカモフラージュネットの下で風を浴びながら寛ぐ人々の姿が描かれ、穏やかに連なる情景が広がっています。しかし、その穏やかさの裏には、見えざる変化の力が蠢いています。本作はボブ・ディランの楽曲「The Times They Are A-Changin’」を視覚的に表現したもので、風が時代の変遷を運ぶ象徴として表現されています。「今という時も/やがては過去になる」という歌詞のように、作家はノスタルジーと不確かな未来との間に生じる緊張感を描き出し、この安らぎに満ちた風景の中に終わりと始まりが共存する時の流れを感じさせます。

「Homesick Blue」は馴染み深さと憧れが同居するシーンを、2人の人物、アール・デコ調のフェンス、そして霞がかった青いプールという限られた要素のみで表現した作品です。作家はアメリカ映画が遠い異国の観客にとってユートピア的な夢の風景として機能し、ハリウッド黄金時代を通じてある種の故郷のイメージを形成してきたことについて考えを巡らせながらこの作品を描きました。そのため、本作は1920年代のロサンゼルス—共通の夢によって築かれた大都市—を思い起こさせると同時に、イタリア人小説家イタロ・カルヴィーノの「見えない都市」の世界観をも彷彿とさせます。揺らめくプールの水面や精巧な装飾が施されたフェンスは単なるディテールではなく、このようなイメージが文化的記憶と深く繋がっていることを示唆しています。まるで時間が止まった映画のワンシーンのように、本作は憧れと懐かしさ、現実と幻想の繊細な関係性を捉えているのです。

これらの作品が示すように、膨大な歴史的・文化的引用をもとに作品を構築するブルチーアですが、一方で近年は自身の内面に目を向け、個人的な父親としての経験に基づく作品も生み出しています。「Dreaming in a Dream」では、眠りと覚醒の狭間を漂う作家の息子を描き、夢と寓話、そして現実との境界を曖昧にしています。カラヴァッジョの「トカゲに噛まれた少年」へのささやかなオマージュとして少年はトカゲ柄のピンクの毛布に包まれ、イタリア系アメリカ人デザイナー、ハリー・ベルトイアのサンチェアに座り、1960年代の郵便局のキャビネットやヴェネチアン・マーブルの床に囲まれています。これらの異質な要素が入り混じることで、少年の存在は時間と空間を超越し、ブルチーアが探求する多層的な記憶の概念を強調しています。

ブルチーアの作品において、記憶や時間の重なりを表現することは、非常に重要な手法の一つです。1980年代のルーマニアでの幼少期の経験、近代化と資本主義への移行、冷戦後の変化、そして出身地であるトランシルヴァニアと自身と関わりの深いカリフォルニアの風景が、彼の絵画の中で交じり合います。しかし、ブルチーアは再現という行為が記憶の本質を損なう可能性があると考えており、細部まで精密に記憶を描き出そうとしているわけではありません。作家が目指しているのは、現代を生きる集団が共有する神話、停滞した時間の雰囲気を描き出すことなのです。

ブルチーアにとって絵画は、美術史、文学、映画、音楽、そして旅との絶え間ない出会いを原動力とする日々の実践です。自身の創作空間における終わりなき探求を通して、彼の作品は絵画の無限の可能性を体現し、社会的・政治的な問題と個人的な経験の間を行き来しながら展開されています。ブルチーアにしか生み出せない喚起的かつ重層的な表現で、観る者を歴史、記憶、そしてアイデンティティに対する深い洞察へと誘う本展「Shadow of Others」を、どうぞこの機会にご高覧ください。

スケジュール

開催中

2025年4月19日(土)〜2025年5月31日(土)あと37日

開館情報

時間
11:3019:00
休館日
月曜日、日曜日
入場料無料
会場MAKI
https://www.makigallery.com/ja/
住所〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-11-11
アクセス東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅A2出口より徒歩2分、東京メトロ千代田線・副都心線明治神宮前駅5番出口より徒歩6分、JR山手線原宿駅東口より徒歩10分
電話番号03-6434-7705
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