アートの実践で欠かせない「リサーチ」。その方法や活用をアーティストや研究者らはどのように行なっているのか?「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」レポート #4

アーティストやキュレーター、研究者らが集い、アートに関する様々な課題について意見交換や議論が交わされた「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」。各セッションやワークショップのレポートをお届け。

左から、⼭本浩貴、ジャスティン・ジェスティ、菊池裕⼦、⾺定延、⽵内公太 撮影:仙石健(.new)

多角的なリサーチの活用

⽇本における新たなアート振興の拠点として、「アートをつなげる、深める、拡げる」をミッションに掲げる国立アートリサーチセンター(NCAR)は、国際シンポジウム・ワークショップ2023「美術館とリサーチ|アートを“深める”とは?」を国立新美術館(東京・乃木坂)で3月22日に開催した。

このシンポジウムに先駆け、21〜22日にはキュレーターやアーティスト、研究者ら有識者による4つのセッションを開催(一般非公開)。今回Tokyo Art Beatでは、この4つのセッションとシンポジウムのレポートを全5回でお届けする。

22日に開催されたワークショップ「セッション4:多角的なリサーチの活用」は、アートの実践に欠かせない「リサーチ」がテーマ。アートリサーチの在り方を多角的にとらえたうえで、どのようなリサーチ資源の活用の方法があるか。大学や美術館に所属する研究者、キュレーター、アーティストと様々な立場から議論した。

◎パネリスト:
ジャスティン・ジェスティ(ワシントン⼤学アジア⾔語⽂学学科准教授)
菊池裕⼦(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、学術プログラム部⾨部⻑)
⾺定延(関⻄⼤学⽂学部映像⽂化専修准教授/国⽴国際美術館客員研究員)
⽵内公太(アーティスト)


◎モデレーター:
⼭本浩貴(実践女子大学文学部美学美術史学科准教授)

会場風景 撮影:仙石健(.new)

ジャスティン・ジェスティ:アーティストの自宅訪問、「ココルーム」の実践

ジェスティは戦後日本の社会運動と表現活動の関係を研究してきた。とくに着目してきた戦後アヴァンギャルドや現代アートは、多くが美術館の枠外にある。美術館、アーカイヴ、図書館、学校などのインスティテューション(教育研究機関)は過渡期にあり、50年後、100年後の姿は見当がつかないと言うジェスティは、価値あるものを世代を超えて残すために、今後どのような実践とツールを使うのが有効か、可能性を探っている。

研究を続けるなかで、アーティストをリサーチするためにもっとも良い方法のひとつとして実感しているのは、「自宅を訪れること」だという。

ジャスティン・ジェスティ 撮影:仙石健(.new)

「自宅では、アーティストの宇宙とでもいうべき体系を見ることができる。家族、友人、コミュニティが親密に物事を慈しんでおり、それは愛と敬意、過去と未来への責任から生まれる。これこそがアーカイヴの根本ではないか」(ジェスティ)

その好例として長野県下諏訪町を拠点に活動したコンセプチュアル・アーティスト松澤宥のアーカイヴを紹介した。

さらにジェスティは、詩人の上田假奈代による大阪市西成区釜ヶ崎のアートNPO「ココルーム」が運営するカフェについても解説した。地域に根差したそのカフェでは、集う人たちが語り、関わり合うなかで表現が生まれていく。今日の表現活動は社会と密接に関わり、アートの概念は拡張している。伝統的な美術館やアーカイヴはどう社会の中で開かれた存在となっていくべきか。自らコミュニティに協力を仰ぎ、何をどう保存すべきか助けを求め、風通しの良いかたちで一体化していく。そんな関係性が必要であると指摘した。

菊池裕⼦:フェミニズムやトランスナショナルな視座からの工芸研究

次に発表した菊池は、デザイン史の研究がバックグラウンドにあり、「工芸」を視覚文化批評の対象として研究してきた。なかでも、日本の民藝のリサーチに長年取り組む過程で脱近代・脱植民という課題が見え、社会・歴史批評へと発展していったことは今日の菊池の研究の基盤となっていると言う。さらに前職で教鞭を執っていたロンドン芸術大学(UAL)トランスナショナルアート研究所では、世界各地から集まった研究者たちそれぞれが自身のコミュニティと結びつけてこの課題を共同リサーチをしたことで、グローバルな研究と社会意識を共有するということにつながったという。

菊池裕⼦ 撮影:仙石健(.new)

現在、菊池はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)で学術プログラム部長を務めている。そこには1851年のロンドン万博を機に世界各地から集めた工芸やデザインと呼ばれる領域の280万点以上のコレクション、書籍、アーカイヴ資料があるが、社会は変容し続け、現代においては領域自体の成り立ちの見直し、世界の地域や部門の分けられ方や用語の使い方すべて問題になってくるという。

「現代的な博物館にすることがビジョンに掲げられ、それに沿った研究を助長させることで収蔵品の解釈やキュレーション、今後の収集や保存方針において新しい知見を貢献していくということが期待されている」(菊池)

この成果としてフェミニズムやジェンダー、ブラック、アフリカ、カリブ諸国文化などの研究、収集、展覧会などが増加傾向にある。また、イギリスの旧植民地国での略奪品についても研究、教育、返還が進められているという。

「現代の社会や文化を批評し、改良しようとする試みは、ひいては持続可能な社会の実現に向かって貢献できることにつながる。これを今後の課題としていきたい」(菊池)

⾺定延:川野洋や三上晴子といったアーティストのアーカイヴ

続いては、映像メディア研究者の馬定延。ソウル生まれで東京藝術大学大学院映像研究科で博士号を取得し、現在は大学と美術館を拠点に研究活動を行っている。

『日本メディアアート史』という著書を刊行しており、世界中から問い合わせが来るにもかからわず、アクセスできない状態になっている資料の問題など、国内のアーカイヴのさまざまな課題に直面しその重要性を痛感するいっぽうで、「人に会いに行く」ということが非常に研究の助けになると感じているという。

「資料の調査だけに一生懸命になっていたら絶対辿り着かなかった事柄はある」(馬)

⾺定延 撮影:仙石健(.new)

馬はアーティストのアーカイヴ構築に関わったいくつかの経験を紹介した。

情報美学者でコンピューター・アートの先駆者、川野洋。馬は、ドイツのカールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(ZKM)における、川野のアーカイヴ構築とそれを記念する回顧展「川野洋:コンピュータの哲学」(2011〜2012年)の準備過程への協力と、川野本人から託された作品集が東京都写真美術館に収蔵された経緯などについて話した。

2015年に急逝したアーティストの三上晴子については、回顧展が開かれるにあたってアーカイヴプロジェクトメンバーになった。馬が「美しいコラボレーションだった」と振り返るように、同時並行で多摩美術大学アートアーカイヴセンターで資料が整理され、山口情報芸術センター [YCAM] で作品が修復される、という連携が行われた。さらに、渡邉朋也と共編著として2019年に『SEIKO MIKAMI 三上晴子 記録と記憶』を刊行したところ、読者から移動と感染をテーマにする三上の作品を譲り受けることになり、コロナ禍の最中で3日間の展覧会を開いた。その後、複数の関係者の努力によって、該当作品を含む三上の作品数点が東京都現代美術館に収蔵された。

アーカイヴと死に関わった経験とその反省から、アーティストに「会いにいく」ことができるうちにアーカイヴの資料作りに取り組みたいと考えた馬は、現在、同世代のアーティストたちの制作のためのリサーチや、資料作りのサポートに注力している。

竹内公太:リサーチを通した作品制作

最後のパネリストは、アーティストの竹内公太。東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけに福島県の沿岸地方に移住して活動している。竹内は記録と記憶が刻まれたものや事柄を入念にリサーチすることで、メディアやテクノロジーと人びとの関係や公共性についての作品を発表している。

「正確にいうと、私はリサーチャーではなくリサーチャートレーサーなのでないかと思う。過去の誰かの足跡を追いながら、その人と視線を重ね合わせようとする。しかも、図々しいことにそれを広い意味でのパフォーマンスだと考えている」(竹内)

竹内公太 撮影:仙石健(.new)

近年、竹内は第二次世界大戦中に日本がアメリカ本土を攻撃するために開発した兵器「風船爆弾」を考察する一連の作品に取り組んでいる。竹内はこれを現代の戦争において遠隔攻撃が蔓延するなかで、70年以上前に開発されたこの兵器は無人兵器開発の走りだったと考えた。

日本軍が終戦時にこの兵器についての公文書を処分したと聞いた竹内は、リサーチ資源の限られたなか、爆弾の飛んだ先を見るためにアメリカに渡った。研究者のアドバイスを受け、現地の国立公文書館に保管されていた当時の米軍による報告書に辿り着くことができた。

風船爆弾という具体的な題材とこれらのリサーチを軸に「盲目性」という作品のテーマが生まれた。

「技術はときに人を攻撃した後で盲目を言い訳にする。たとえばテロリストを殺害するという目的から遠隔攻撃によって罪のない民間人を犠牲にする。しかし、いっぽうで盲目の中で状況を知ろうとして、動く人もいる。爆弾の飛んだ先を知ろうとする人々のことだ。作品は盲目にまつわる暴力と知性の2つの面から構築するという方向性を持った」(竹内)

会場風景 撮影:仙石健(.new)

リサーチやアーカイヴにおける言語/非言語

終わりに、山本はパネリストたちの発表を受け、アーティストたちが実践するノンバーバル(非言語)の可能性と、それを発動させる段階でのバーバル(言語)が果たす意義も同時に考えさせられたと述べた。

「両者の境界を誰が、どのような基準で決定するのか、それが問われていく」(山本)

これに対して言葉だけではなく、ジェスチャーや表情も広義の言語的なものだと考えているという竹内は、自身の展示会場で子供の頃に福島に来たアート関係者から取材を受けたという人から声をかけられ、大人になったいま、当時そのことで抱いた違和感を「言葉にならない言葉」で涙交じりに懸命に語ろうとしてくれた経験を話した。

「誰かがものを考えてできた作品とか資料などを媒介にした言葉があって、言葉の不完全さを認めながら、なお記録しようとすることが大事だと思う」(竹内)

有機的に広がるリサーチとは何か。パネリストそれぞれの経験を例に、人から生み出され続ける創造的な資源を未来へとどうつなげていけるか、考えさせられるワークショップとなった。


*「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」ほかの記事はこちら

宮崎香菜

宮崎香菜

みやざき・かな 編集者、ライター。『美術手帖』『アサヒカメラ』編集部を経てフリーランス。