左上から時計回り:「ゲリラ・ガールズ展 『F』ワードの再解釈:フェミニズム !」メインビジュアルより/「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術」よりラグナール・キャルタンソン《私と私の母》/「マリー・ローランサンとモード」よりマリー・ローランサン《ニコル・グルーと二人の娘、ブノワットとマリオン》/「マベル・ポブレット 『WHERE OCEANS MEET』」より《WANDERING》/「九州の女性画家たち」より赤星信子《ルパシカの女》/鈴木麻弓 『豊穣』より《from the series, HOJO》
約100年前のニューヨークで始まった、女性たちの労働条件の改正や婦人参政権を求めたデモを記念し、1975年に制定された「国際女性デー」。今年も3月8日には、様々な女性たちによってもたらされた勇気と決断を称える催しが世界各地で行われ、SNSなどを介して声明が発せられるが、アートの分野ではどうだろうか? Tokyo Art Beatでは、同時期に見られる全国の展覧会を紹介していきたい。
青森の十和田市現代美術館では、百瀬文の美術館での初個展「口を寄せる」が開催中だ。主に映像を用いて他者とのコミュニケーションを描き、そこに生じる不均衡を鋭くとらえる作品を発表してきた百瀬。今展が焦点を当てるのは、作家がしばしば主題としてきた「声」だ。新作である《声優のためのエチュード》(2022)は、女性の声優が少年役を演じるという、日本のアニメーションではよく行われてきた業界習慣から着想された作品。声優による演じ分けによって少年から女性へと徐々に変化していく声のグラデーションは、性別やアイデンティティの境界線を曖昧にしていく。百瀬はTokyo Art Beatの取材に対して「ジェンダーがひとつの構築物であるように、声も社会的な構築物なのではないか」と述べている。
会場:十和田市現代美術館
会期:2022年12月10日~2023年6月4日
展覧会詳細
展覧会レポート
今日、社会やアートにおいても関心が集まる「ケア」の概念にフォーカスするのが、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催中の「ケアリング/マザーフッド:「母」から「他者」のケアを考える現代美術 ―いつ・どこで・だれに・だれが・なぜ・どのように?―」。政治学者のジョアン・C・トロントが「人間はみな脆弱な存在であるからこそ、ケアを受け取り、ケアをするという関係性の中で生きるケアを中心に据えた世界が必要である」と、民主主義におけるケアの概念を説いたように、様々な社会集団は、自分以外に関心を向け、気を配り、世話をし、維持し、あるいは修復するといったケアにかかわる活動の実践と関係性によって支えられている。今展は、アートにおけるその試行・実践を紹介するものだ。
1960年代から70年代の第2波フェミニズムの動きに共鳴し、「ケア」に関わる行為を家庭内へと抑圧することに異議を唱えたマーサ・ロスラーらの初期作品や、ホン・ヨンイン、本間メイ、石内都、青木陵子、出光真子、碓井ゆい、ラグナール・キャルタンソンらの作品が並ぶ。
会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
会期:2月18日〜5月7日
展覧会詳細
展覧会レポート
女性イラストレーターの先駆け、田村セツコ。1958年のデビューから65年を迎える今に至るまで「カワイイ」の体現者として活躍し続け、近年は「すてきなおばあさん」としても注目されている田村の活動を紹介する。世代を超えて親しまれる童話の挿絵や、かつての少女たちの宝物であった「セツコグッズ」を中心とした少女の部屋、イラストエッセイや思い出の品を中心としたおばあさんの部屋を通して、作品とともに「進化し続けるすてきなおばあさんで、永遠にあの頃の少女である」田村セツコという一人のヒロインの魅力を紹介する。
新進アーティストの公募プログラムとして毎年開催されているshiseido art egg。今年は岡ともみ、YU SORA、佐藤壮馬の3名が展示を行うが、3月7日から始まるのが、白い布と黒い糸を使った刺繍の平面作品や、家具やカーテンなど実物大の立体作品を組み合わせたインスタレーションで些細な日常に向き合う作品を展開しているYU SORAの個展。今展では、ギャラリー空間に生活の舞台である部屋を作るという。
会場:資生堂アートギャラリー
会期:3月7日~4月9日
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キューバ人アーティスト、マベル・ポブレットによる国内初の個展。写真、ミクストメディア、ビデオアート、キネティックアート、パフォーマンスアートといった様々な手法で多彩な制作活動を行るポブレットは、フィデル・カストロ政権下のキューバで育った若い世代のアイデンティティや、世界とのつながりといった、彼女自身の経験を通した作品を制作し、キューバ社会と今日の世界を語ることで、観る者に問いを投げかける。今展では、作家にとって重要なテーマである水と海を表現。キューバと日本の共通点である島国ならではの文化的独自性を示す。
本展覧会は、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2023」(4月15日〜5月14日)にも巡回予定とのこと。
会場:シャネル・ネクサス・ホール
会期:3月1日~4月2日
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日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会として、森美術館が共同キュレーション形式で開催してきたシリーズ「六本木クロッシング」。現在開催中の「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」では、母親の介護を20年以上続け、その存在を「アート・ママ」として作品に登場させてきた折元立身の各地のおばあちゃんとの昼食を題材にしたシリーズ作品、スナックのような空間で、人生の酸いも甘いも噛み分けてきたある女性がその半生をユーモラスに語る松田修の作品などが紹介されている。このほかにもキュンチョメ、横山奈美、市原えつこなど活躍めざましいアーティストたちが多数参加している。
会場:森美術館
会期:2022年12月1日~2023年3月26日
展覧会詳細
展覧会レポート
宮城県女川町で代々営まれる写真館に生まれた鈴木麻弓は、写真が紡ぎ出す物語を通して、表現による解放を信念に感じさせる作品を発表してきた。今展では、売れ残った野菜たちに自身の姿を重ねた体験を物語の基軸とするシリーズ「豊穣(HOJO)」を展示。撮影時に、およそ60秒という時間をかけて被写体と向き合うことで命の連鎖のかたちを示し、女性の裸体、奇形の野菜、受精卵など、一見するとそれぞれに独立したように思える被写体を等価にとらえた作品が並ぶ。
会場:KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY
会期:2月18日~3月25日
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1985年にニューヨークで結成されたゲリラ・ガールズ。現在に至るまで55名以上の匿名のメンバーで構成され、公共の場ではゴリラのマスクを着用するゲリラ・ガールズたちは、事実と皮肉、 ユーモアとインパクトのあるヴィジュアルを交えた作品で公共に介入してきた。政治や文化の腐敗だけでなく、性別や民族の偏見を作品により明らかにし、主体としての物語の転覆を試みるその活動を、倉敷芸術科学大学の川上幸之介研究室の協力のもと、セレクトブティック「Sister」の主催で国際女性デーに合わせて紹介する。
ともに1883年に生まれ、美術とファッションの境界を交差するように生きたマリー・ローランサンとココ・シャネルの2人の活躍を軸に、ポール・ポワレ、ジャン・コクトー、マン・レイ、マドレーヌ・ヴィオネらの作品からモダンとクラシックが絶妙に融合した1920年代のパリの芸術界を俯瞰する。才能がジャンルを超えて交錯して類まれな果実を生み出し、とりわけ女性たちの活躍が大きく展開していった時代を、オランジュリー美術館やマリー・ローランサン美術館など国内外のコレクションからセレクトした約100点のラインナップで紹介する。
今展は、今年1月31日に営業を終了した東急百貨店本店土地の再開発計画に伴う、休館前最後の展覧会でもある(休館時期は4月10日から2027年度中までを予定)。
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
会期:2月14日~4月9日
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東京オペラシティ アートギャラリーで長年継続している新進アーティスト紹介シリーズ「project N」。現在は、日本の伝統的な染織から絵画制作に転じた川人綾の個展。染織と同じく、綿密な構想と計画によって川人の作品は制作されるが、同時に、単純な線と色彩を何層にも重ねていくなかで生じるムラや絵具だまりなど、手仕事ゆえのズレがもたらす効果を活かし、人間の認知のメカニズムが生み出す色彩や空間の揺らぎやズレの効果などを重視している。同時開催中の泉太郎の個展「Sit, Down. Sit Down Please, Sphinx.:泉太郎」とあわせて鑑賞したい。
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
会期:1月18日~3月26日
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1982年に世田谷区経堂にオープンした雑貨店「セタガヤママ」。大橋正子が店主を務め、貸本、イラストレーター・柳生弦一郎の「ぬりえ」の出版、小さなラジオ放送(ミニFM)など多岐にわたる活動を続けた同所の歴史を振り返る展覧会では、子育て中の女性たちが試みた「生活の実験」を、当時のミニコミや写真、平野甲賀のグラフィックといった貴重な作品など、およそ40年分の資料を展示する。生活を軸にした小さなメディアの活動、マンションの一室から出発したママたちの冒険と、その「続き」を見ることができる。
会場:世田谷文化生活情報センター 生活工房
会期:1月31日~4月23日
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1965年の個展デビュー以来、オブジェや絵画、写真といったメディアを横断しながら創作活動を展開した合田佐和子の回顧展。幼少からの収集癖と手芸を融合させた「オブジェ人形」で作家活動をスタートさせた合田は、次第に奇怪でエロティックな立体へと自らの作風を変化。69年以降は唐十郎や寺山修司によるアングラ演劇の舞台美術やポスター原画の制作を手がけるほか、70年代から独学で始めた油彩画では、往年の銀幕俳優たちのポートレートを独自のグレーがかった色調で描き出し、「異色の女性美術家」として世間の注目を集めた。没後初の大回顧展となる今展では、初期のオブジェから初公開となる晩年の鉛筆画シリーズまで300点を超える作品や資料を通してその創作活動を検証。途なき途を駆け抜けたひとりの美術家の全貌に迫る。
会場:三鷹市美術ギャラリー
会期:1月28日~3月26日
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展覧会レポート
展覧会以外の企画も紹介。国立映画アーカイブで開催中の「日本の女性映画人 (1) - 無声映画期から1960年代まで - 」は、日本における女性映画人の歩みを歴史的に振り返り、監督・製作・脚本・美術・衣裳デザイン・編集・結髪・スクリプターなど様々な分野で女性が活躍した作品を取り上げる。Part 1では、無声映画期から1960年代以前にキャリアを開始した女性映画人80名以上が参加した作品を対象に、劇映画からドキュメンタリーまで、計81作品(44プログラム)を上映する。
アーティストが美術館に滞在し、公開制作と展示などを行う「アーティスト・イン・ミュージアム AiM」シリーズ。今回は、編む、解くという行為によって一本の糸が変容していく編み物の特性を、人生や自然現象、物事の成り立ちなどと重ね合わせながら制作する力石咲の展覧会を開催中。
会場:岐阜県美術館
会期:3月4日~3月12日(作品展示)
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写真、インスタレーション、文章などを通して、社会における周縁化されがちな人びとや事象をテーマに、フェミニズム的な視座から創作を行ってきた長島有里枝。長島とともに「ケア」について学び合うプロジェクトの一環である今展では、作家が名古屋の港まちに滞在し、会場を自身のスタジオとして公開。会期中、デビュー当時から取り組んでいる「セルフポートレート」の概念を通底させながら、これまでの表現に加え、パフォーマンスなど新たな手法とも向き合う。
会場:Minatomachi POTLUCK BUILDING
会期:1月14日~3月18日
展覧会詳細
滋賀県で生まれた写真家・川内倫子は、2001 年のデビュー以降、柔らかい光をはらんだ独特の淡い色調を基調に、人間や動物、あらゆる生命がもつ神秘や輝き、儚さ、力強さが写された作品を発表してきた。今展ではこれまで発表したシリーズを織り交ぜつつ、地球との繋がりをテーマとする新しいシリーズの「M/E」に、コロナ禍における日常を撮影した新作群を加えて紹介。企画展の開催に合わせて、1月11日から5月7日まで、同館の展示室2でも川内倫子の特集展示を開催中だ。
また、Tokyo Art Beatでは川内と朝吹真理子の対談記事も公開している。鑑賞の参考に、ぜひご一読を。
会場:滋賀県立美術館
会期:1月21日~3月26日
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東京での展覧会レポート
【対談】川内倫子×朝吹真理子
大正から昭和にかけて京都で活躍した日本画家、甲斐荘楠音(甲斐庄楠音)の回顧展。美醜を併せ吞んだ人間の生を描いて注目を集めたが、画壇の雰囲気になじめず、やがて映画界へ転身。「旗本退屈男」シリーズなど多くの日本映画で、風俗考証などを担った。展覧会の後半は映画や撮影に用いられた美しい衣装が中心だが、とくに前半では画家としての甲斐荘が追い求めた女性の身体表現や洞察が光る。また、セクシュアルマイノリティであった画家自身の背景も、作品に独特の視点やこだわりを与えているだろう。
同美術館では、フィンランドの伝統的な織物リュイユを特集した「リュイユ―フィンランドのテキスタイル:トゥオマス・ソパネン・コレクション」や、青山悟やひろいのぶこらの刺繍や編み物にかかわる現代美術を集めた常設展示「いとへんの仕事」も同時開催している。あわせて見ておきたい展示だ。
会場:京都国立近代美術館
会期:2月11日~4月9日
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福岡市美術館ではコレクション展に注目したい。近現代美術コレクションから、九州ゆかりの女性の画家による作品を展示し、その活動を振り返る「九州の女性画家たち」には、吉田ふじを、井上正子、高宮一栄、木下邦子、青柳澄佳、島内きみ、赤星信子、竹岡羊子、鬼木美代子、田部光子、山田依子の作品が並ぶ。同館では2022年初頭にも田部光子の特集展示を開催。Tokyo Art Beatでは展覧会レポートを掲載したが、パワーに溢れた作家の歩みに励まされる内容だった。今回の展覧会でも、九州で活躍してきたアーティストたちの歩みに触れることができるだろう。