公開日:2024年6月10日

サウジアラビアに誕生した「チームラボボーダレス ジッダ」をレポート。世界遺産の街に常設される巨大なミュージアムで彷徨い、遊び、新たな感覚を開く

チームラボによる中東初の常設展「チームラボボーダレス ジッダ」が6月10日にオープン。プレビューの様子をいち早くお届け!

チームラボボーダレス ジッダ 外観

中東初の「チームラボボーダレス」が世界文化遺産の街に

世界各地で大型プロジェクトの実施やミュージアムを建設しているアートコレクティブ・チームのチームラボが、中東初となる常設のミュージアム「チームラボボーダレス ジッダ」を6月10日にオープンさせた。

チームラボボーダレス ジッダ外観

場所はサウジアラビアのジッダ(ジェッダとも)。ユネスコ世界文化遺産ジッダ歴史地区を見渡すアルバイン・ラグーンのほとりに、2階建てのミュージアムが新設され、延床面積は約1万平方メートルに及ぶ。今年2月に東京の麻布台ヒルズ内にオープンさせた「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」も相当広いが7000平方メートルなので、こちらはさらに広大なミュージアムとなる。

館内にはチームラボによるデジタルテクノロジーを用いた80以上の作品群を展示。没入的かつインタラクティブな展示で、境界のないアート群による「地図のないミュージアム」がコンセプトだ。本館はサウジアラビア王国文化省とチームラボによる共同イニシアチブと、ATHR Galleryのサポートによって常設される。

会場風景

ジッダはサウジアラビアの首都リヤドに次ぐ大都市であり、アラビア半島の西側、紅海に面する港町だ。イスラームの最大の聖地メッカと第2の聖地メディナへの玄関口として、同国の建国以前から世界中の人々を受け入れてきた。古くからの建物が残る歴史地区は2014年にユネスコによって世界文化遺産に登録されている。

イスラーム世界における重要な場所であり、いっぽうで現在は同国の経済や金融の中心地として、世界中から人々が集まるコスモポリタンな性格を持つジッダ。こうしたほかに類を見ない歴史と文化を誇る場所に、最先端のデジタルテクノロジーを駆使したチームラボのミュージアムが誕生するというのが面白い。

会場風景
会場風景

境界のない世界

チームラボボーダレス ジッダは、「Borderless World」「Light Sculpture」「運動の森」「ランプの森」「学ぶ!未来の遊園地」「EN TEA HOUSE」「スケッチファクトリー」で構成されている。

会場風景
会場風景

エントランスから暗い空間を抜けると、まず目の前に広がるのが「Borderless World」だ。花々が咲き誇り、やがて散ってはほかの花がまた咲くというサイクルを繰り返す《Memory of Waves: Flowing Beyond Borders》、豊かな水の流れや自然界のイメージが溢れる《増殖する無量の生命 - A Whole Year per Year》などが広大な展示空間に展開される。

会場風景

“ボーダレス”な作品たちはひと所にとどまらず、様々な展示空間へと移動していくのが大きな特徴。たとえば《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス:境界を越えて飛ぶ》に登場するカラスや蝶をはじめとする動物や、波のような自然の要素、そして書など、様々な存在がある展示室に現れたかと思うと、また別の展示室にも移ってきたりする。空間的にも時間的にも流動的でひとつながり。私たちの意識や行動も、作品や周囲の人に影響してひとつの連続体となる。そんな「Borderless World=境界のない世界」は、チームラボの哲学や世界観を端的に表した言葉だろう。人と人とが関係しあい、周囲の環境と影響しあいながら存在するように、ここでは作品がひと所に止まるのではなく絶えず動き、人と関係を持ち、連続性のなかでほかの作品ともコミュニケーションを取る。

会場風景
会場風景

《花と共に生きる動物たち》は咲いては枯れる花々でできた動物たちで、人々が触れると花が散っていく。そして花々が散りすぎると、その動物は死んで消えていく。こうした誕生と死滅が絶え間なく繰り返され、人や作品同士の影響によっても変化が起きるので、館内では一度として同じ景色を見ることができない。「瞬間」と「永続」のふたつがメビウスの輪のようにつながった展示であり鑑賞体験だ。

会場風景
会場風景
会場風景より、《Infinite Crystal World》
会場風景より、《憑依する炎:闇で生まれ闇で消える》。スマートフォンで「チームラボアプリ」を起動して本作に近づくと、画面に炎がともり、作品を持ち帰ることができる。またともした炎を、他の人のアプリに近づけると、炎がつながっていく。こうしたスマートフォンを用いて楽しめる仕組みがあるのも本展の特徴だ

またジッダならではの新作として、2階に上がる階段には《Persistence of Life in the Sandfall》が展示されている。階段の壁面や吹き抜け部分に、砂が流れ落ち、巨大なバラが咲き誇る美しくも壮大な作品だ。砂漠を擁するサウジアラビアらしいモチーフであり、岩が砕かれ砂となるまでの長大な時間や、開花から枯れるまでの花の命の短さなど、複層的な時間のイメージも感じられる。

会場風景より、《Persistence of Life in the Sandfall》
会場風景より、《Persistence of Life in the Sandfall》

「認識の革命」

「Light Sculpture」シリーズは、光による巨大な彫刻が生まれ、変化していく作品。たとえば海にできる渦は、周囲と同様の水でありながら、そこに独自の秩序が生まれることで渦となる。本作はそうした秩序が光のなかに生み出され、触れることができない光の彫刻が現れる。光の彫刻は一方的に眺めるだけでなくこちらの身体を飲み込むように広がり、感覚が揺さぶられる。チームラボ代表の猪子寿之は作品を通して「認識の革命」を目指していると語るが、そうしたヴィジョンが体感できる作品だ。「Light Sculpture」シリーズは麻布台のチームラボボーダレスにも展示されているが、そこからさらに改良が重ねられ、より没入感のある空間となっている。

会場風景より、「Light Sculpture」

「ランプの森」は、空間内に無数のランプが配置され、鑑賞者と他者の関係性に影響を受けながらランプの光が「連続性の美」を表現する作品。ランプの色は季節によって変化する。

会場風景より、「ランプの森」

描いて跳ねて、身体全体で遊ぼう

2階に上がると、自分で絵を描いたり、身体をダイナミックに動かしたりして遊べる作品が集まる「学ぶ!未来の遊園地」「運動の森」のエリアが。大人も子供も夢中になること間違いなしの空間だ。

会場風景

「学ぶ!未来の遊園地」には日本でも大人気の《スケッチオーシャン》がある。訪れた人がその場で描いた魚たちを、作品空間のなかで泳がせることができるインタラクティブな作品で、描いた絵は「スケッチファクトリー」でTシャツやトートバッグなどのグッズにすることもできる。魚のなかでマグロは国境を超えて泳ぐことができるそうで、麻布台のチームラボボーダレスとここジッダのチームラボボーダレスとを行き来しているという。ここでもまさにボーダレスな仕掛けに驚かされる。

会場風景より、《スケッチオーシャン》。マグロは麻布台とジッダを往還する
会場風景

《こびとが住まう宇宙の窓》は、小人たちが住む世界にデジタルのスタンプやペンによって絵を描いたりコミュニケーションを取ったりすることができる作品。

会場風景より、《こびとが住まう宇宙の窓》

「運動の森」は「身体で世界を捉え、世界を立体的に考える」をコンセプトに、脳の海馬を成長させ、空間認識能力を鍛える新しい「創造的運動空間」。複雑で立体的な空間で、身体を思いっきり動かしながらインタラクティブな世界に没入する。

会場風景より、《Antigravity Universe - Ovoids》

たとえば《Antigravity Universe - Ovoids》は、光る大きな風船状のオブジェが空間に浮かび、それを手でタッチしたり上へ押し上げたりすると光の色が変化する。《あおむしハウスの高速回転跳ね球》は、足元に広がる数パターンの色の球体のなかから同じ色のものを踏みながら部屋の奥へと渡っていき、うまくできるとかわいいアオムシが足元に生まれる。《マルチジャンピング宇宙》はトランポリン状になっている床面で跳ねるとそこに宇宙の渦が生まれる。

会場風景より、《あおむしハウスの高速回転跳ね球》
会場風景より、《マルチジャンピング宇宙》

思いっきり遊んで探検し、脳も身体も疲れたら「EN TEA HOUSE」へ。ここはお茶と抹茶アイスが提供されるティーハウスだが、こうしたメニューも作品の一部。一服の茶を点てると、そこに光の花が生まれ咲いていく。しかしお茶碗を手に取り飲もうとすると、器の中の花は散っていく。アイスクリームの器からも植物が芽吹き、蝶が集まる。

会場風景より、「EN TEA HOUSE」

サウジアラビア・ジッダで人々の生を豊かにし、新たな観光拠点へ

プレビューには周辺国からもプレスが集まり、大変な賑わいを見せていた。チームラボボーダレス ジッダはサウジアラビア王国文化省との共同イニシアチブで、チームラボがこのような常設ミュージアムを国家機関とともに作ることは今回が初めてだという。

チームラボボーダレス ジッダ外観

サウジアラビアは2016年、皇太子であり首相でもあるムハンマド・ビン・サルマーンによる指揮のもと、「サウジ・ビジョン2030」という政府プログラムを立ち上げ、経済的、社会的、文化的に多様化を増やすという目標を掲げている。チームラボボーダレス ジッダは、市民、住民、観光客の日常生活を豊かにする「クオリティ・オブ・ライフ・プログラム」の取り組みの一環として、また「サウジ・ビジョン2030」の目標のひとつである芸術文化への貢献を強化することを目的とした、文化・芸術のインフラの開発・育成の一環として設立された。

経済において石油依存からの脱却を目指す同国にとって、観光は現在、大きな力を入れている分野でもある。以前はなかなか日本からアクセスしづらいイメージがあったが、2019年には日本を含む49ヶ国に対して観光ビザが解禁された。「ビジョン2030」の基本計画には「巡礼者数の拡大、および観光産業とのタイアップ」があり、メッカ巡礼でサウジアラビアを訪れるムスリムに、聖地以外の都市への周遊を促す政策が進められている(*)。またムスリムに限らず、広く外国人観光客に向けてサウジアラビアの「新たな顔」を見てほしいとの意図のもと観光産業の拡充が図られており、実際に訪れてみると街全体に外国人観光客への歓迎ムードが感じられた。

ジッダの歴史地区
ジッダの歴史地区

今回のチームラボボーダレス ジッダのオープンは、地元の人々に新たな体験を提供するミュージアムとして、また国内外から訪れる人々に向けた新たな観光スポットとして、大きな注目を集めるはずだ。ここでの経験が、人々の生活に豊かさをもたらし、異文化への相互理解や共存の感覚を深めるものになることを願う。

──高尾賢一郎『サウジアラビア―「イスラーム世界の盟主」の正体』中公新書、中央公論新社、2021年、p.164 Kindle版

チームラボボーダレス ジッダ
teamLab Borderless Jeddah


会期:6月10日〜常設
開館時間:土曜日〜水曜日 13:00〜23:00、木曜日〜金曜日 15:00〜02:00
住所:Culture Square, Jeddah Historic District, Jeddah
公式サイト:https://www.teamlab.art/jp/e/jeddah/

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。