公開日:2024年10月9日

「チームラボ 幽谷隠田跡」(茨城・五浦)がオープン。棚田跡が作品になった、夜の森のミュージアム

チームラボの新スポットが岡倉天心ゆかりの地、茨城県北茨城市五浦に誕生。作品に泊まれる源泉掛け流し&グランピング施設「五浦幽谷隠田跡温泉」もあわせて開業した。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《隠田跡》

チームラボが手がける新たなアート展示「チームラボ 幽谷隠田跡(ゆうこくおんでんあと)」が茨城県北茨城市の五浦にて、9月30日にオープンした。

東京・麻布台ヒルズの「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」をはじめ、国内外の各所で最新のテクノロージーを活用した光と音によるインタラクティブな展示を行ってきたチームラボ。これまでも「Digitized Nature」と名付けられた、「自然が自然のままアートになる」プロジェクトを展開してきた。

福島県との県境にもほど近い県北エリアに位置する五浦は、岡倉天心が晩年を過ごした地としても知られる。常設となる夜の森のミュージアム「チームラボ 幽谷隠田跡」では、森の奥にある棚田跡を作品空間へと変化させた。ミュージアムと一体となって宿泊できる、源泉掛け流し&グランピング施設「五浦 幽谷隠田跡温泉」も同時に開業している。

10月8日から新たに2作品が公開されるのに先駆けて行われたプレス内覧会の様子とあわせて、「チームラボ 幽谷隠田跡」の見どころをお届けする。

「そこはまるで森に隠された秘密の棚田のようでした」

内覧会に出席したチームラボ代表・猪子寿之は、「Digitized Nature」プロジェクトについて、「人は長い時間の存在を認知できないと思っています。ただ、長く連続してきたものそのものを使うことで、そのような時間の連続性に対する認知を超えていけるのではないかと思い、長く時間を持つものをそのまま作品にしていくようなプロジェクトをやっています」と説明。

チームラボ代表・猪子寿之

さらに「チームラボ 幽谷隠田跡」の構想を振り返り、「初めてこの五浦海岸沿いの森に来たときは人が入るのも困難なような森で、草を刈りながら入っていきました。森の奥まで行くと葦に覆われた湿地帯があって、そこはまるで森に隠された秘密の棚田のようでした」とこの地の森に魅せられた理由を明かす。

「そこで自然と人の営みが連続する長い時間に思いを馳せながら、その場所を作品にしようと思いました。そして森に入って植生を調査し、棚田を覆う森そのものを作品空間に、ある種の“森のミュージアム”にしようと思って作りました」「ここでの体験が皆様にとって何かほんの少しでも意味があるような体験になったら良いと思っています」と呼びかけた。

「チームラボ 幽谷隠田跡」は「五浦 幽谷隠田跡温泉」宿泊エリアの外側の森のなかにある

五浦の海で咲き続ける花

「チームラボ 幽谷隠田跡」はグランピング施設「五浦 幽谷隠田跡温泉」の宿泊エリアに隣接する森の中が会場となる。森の中は明かりも最小限で夜になるとほとんど真っ暗。先が見えないため、少し怖さも感じながら足を踏み入れていく。

まず最初に出会う作品は《具象と抽象》。暗闇の中でグリッド状になった無数の線が蠢き、一瞬自分が立っている空間の輪郭が認識できないような感覚に陥る。作品の中に入っていくと、線の集合が新たに生まれて足元の地面や周囲の木々に広がっていき、たくさんの凹凸や隙間があるはずの空間が不思議と平面の層に囲まれているように見えてくる。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《具象と抽象》
「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《具象と抽象》

さらに登っていくと少し視界が開け、向こう側に海が見える。続いての作品は、ここから臨む海の中にある《海が立ち上がる時花が咲く - 五浦の海》だ。

森から五浦の海を見下ろすと、海の一部が色づいていることに気がつく。10月8日から新たに公開された本作は、波の動きと呼応して変化する作品だ。海面に波が生まれたときに生命が花開くように色づいた部分が立ち上がり、波が崩れると儚く海の一部となって戻っていく。波が生まれたときだけ束の間咲く花は、波の高さや空の色、風の強さなどによって一度も同じ形をすることがない。途切れることなく連続的に生まれる「海の花」は、生命の力強さと儚さを同時に感じさせる。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《海が立ち上がる時花が咲く - 五浦の海 》

森を進んでいくと、木々のあいだをオバケのように青白い光が行き来している。チームラボが設立以来続けている、書の墨跡が持つ深さや速さ、力強さなどを新たに解釈して再構成した「空書」の作品《連続する生命の軌跡》だ。筆のストロークのような儚くも力強い光が、宙をキャンバスにして文字を書くように軌跡を描いている。闇から生まれた一筆が森の中に連続した痕跡を残し、木々と絡まりながら、闇に消えていく。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《連続する生命の軌跡》

木々や行き交う人々、森に息づく生き物と呼応する

大きなタブノキに無数の球体がぶら下がった《タブノキに宿る呼応する宇宙》は、人が近づくと、近くにある球体が強く輝いて音色を響かせ、それに周りの球体も連続して呼応することで、木全体がゆっくりと色を変えていくインタラクティブな作品。タブノキは万葉集にも登場するとされる木で、本作では、森で木と木をつなぐネットワークの中心的な存在となる大木を指す言葉として森林生態学者のスザンヌ・シマードが広めた「マザーツリー」をイメージしている。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《タブノキに宿る呼応する宇宙》
「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《タブノキに宿る呼応する宇宙》

闇の中で一点に浮かび上がる赤い光は《我々の中にある火花》。歩道からは森の奥で赤い何かが強く光っているということだけが朧げにわかるが、実際には無数の光の線が中心から放射状に広がり、球体を形作っているのだという。私たちの視覚や認識に揺さぶりをかける作品だ。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《我々の中にある火花》

ここからはしばらくアップダウンのある道を進んでいくことになるが、道中も木々が赤や緑、青や紫と色を変え、幻想的な音とともに異世界に誘われるような雰囲気に包まれる。これは《幽谷の呼応する森》と題された作品で、木々や人、動物などの動きに呼応して光や音が変化する。光の動きによって同じ空間に人がいることを察知できるが、神秘的な森の中にいると、人間以外の存在、あるいは人間と動物以外の存在もここには息づいているのではないかと意識させられる。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《幽谷の呼応する森》
「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《幽谷の呼応する森》

幻想的な森のゾーンを抜けると、暗闇の中で1箇所だけ光が集積している場所が現れる。《切り取られた連続する生命》という作品だ。木々の上に散らばった光の粒が次第に集まって放射線に広がっていき、最後に葉や幹がはっきりと見えるほど強い光で一部分だけが照らされる。さながら暗闇から光で森の一部を切り取った写真のように、暗くて見えなかった森の実際の姿が一時的に浮かび上がる。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《切り取られた連続する生命》
「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《切り取られた連続する生命》

棚田跡が夢幻的な作品空間に

さらに、横を歩く人のペースによって竹林に流れるサウンドが変化する《幽谷の竹林》、10月8日から公開となった、宙を生き物のように素早く動き回る光の痕跡の作品《連続する生命の痕跡》を過ぎて森を通り抜けると、突如開けた場所にたどり着く。棚田跡を作品化した《隠田跡》だ。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《連続する生命の痕跡》

段差になっている棚田跡にランプが浮かび、その周囲を囲む木々が様々な色に照らされている。柔らかく光の強さを変えるランプや色を変化させる木々が、呼吸をするように連関し合ってひとつの空間を作り出す。作品から流れる電子音と秋の虫の声も相まって夢幻的な景色が広がり、ウッドデッキに座って眺めていると思わず時間を忘れてしまいそうになる。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《隠田跡》
「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《隠田跡》

《隠田跡》の水中には橋のように道が渡されており、来場者は作品の中に入ってランプのあいだを歩くこともできる。こちらも人の動きに反応して、インタラクティブにランプの光が変化する。

「チームラボ 幽谷隠田跡」会場風景より、チームラボ《隠田跡の水鏡の道》

さらに「五浦幽谷隠田跡温泉」の宿泊者はこの作品を臨む露天風呂に入ることが可能。源泉掛け流しの湯に入り、作品世界に身を浸す贅沢な体験を堪能できる。

棚田と一体となった源泉かけ流し温泉。こちらは外湯で、内湯にはシャワーブースと大浴場がある

「チームラボ 幽谷隠田跡」はじっくり作品を見ながら歩くと1時間以上はかかる。夜は暗く、道も平坦でないため、動きやすい格好で行くのがおすすめだ。

チームラボ作品に泊まれるコテージも

また、「チームラボ 幽谷隠田跡」自体は、宿泊しなくても入場できるが、「五浦 幽谷隠田跡温泉」の宿泊施設でもチームラボの作品を見ることができる。

グランピング施設の広大な敷地内には2棟のコテージ、20張のテントがある。コテージの2階に設置されているのが《天地無分別》だ。ベッドの対面に森に向かって開けた三角形の窓があり、窓を囲む床や壁面が鏡面になっている。窓の外に広がる森の景色が鏡に万華鏡のように反射して室内に無限の森が広がり、ベッドルームを特別な作品空間に変えている。

「五浦 幽谷隠田跡温泉」のテントエリア
「五浦 幽谷隠田跡温泉」のコテージ内より、チームラボ《天地無分別》
「五浦 幽谷隠田跡温泉」のコテージ

温泉やコテージなど宿泊部分の設計を手がけたチームラボアーキテクツ代表の河田将吾は、これまでのチームラボでの作品でもテーマになっていた、作品に没入するイマーシブな体験を今回も意識したと明かし、「作品の中に入りながら日常の体験を行えるような工夫をしています。美術館で美術を見るといったかたちを飛び超えて、日常にアートが入り込み、そこで少し長い時間を過ごしていただき、朝を迎えて1日を終える。そのような体験ができればいいなと思っています」と述べた。

岡倉天心ゆかりの周辺観光スポット

なお、「チームラボ 幽谷隠田跡」がある茨城・五浦の地は先述の通り、『茶の本』を著した思想家・岡倉天心ゆかりの地として知られ、周辺には天心にまつわる観光スポットも点在している。

天心は40歳だった明治36年(1903)に初めて五浦を訪れ、自然豊かなこの地に魅せられた。2年後には自らの設計で邸宅と、思索の場所として六角堂を建築。さらに日本美術院の一部を移転した。天心が晩年の10年間、国内外を行き来しながら過ごしたのが五浦の地だった。

五浦海岸

五浦海外に面した六角堂の復元建築や天心の邸宅(茨城大学五浦美術文化研究所)、天心や横山大観ら五浦ゆかりの作家たちの作品を展示する茨城県天心記念五浦美術館などは、「チームラボ 幽谷隠田跡」から歩いていくこともできる。五浦を訪れた際はあわせて足を運んでみてはいかがだろうか。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。