17世紀頃に世界地図のなかに登場して以来、オランダやスペイン、明の鄭成功、清朝、日本、戦後は中華民国と数々の統治者のもとで複雑な歴史を重ねている台湾。1987年の戒厳令解除以降、芸術表現も徐々に自由化され、台湾アートは植民地構造や植民地意識を解体して乗り越えようと試み、主体的に自分たち「台湾」の歴史を読み解き、積み重ねてきた。こうした動きに、近年文化部が主導する「重建臺灣藝術史」=台湾の芸術史を改めて構築しようとする様々なプロジェクトが加わり、また日本でも知られるピエール・チェンなどのコレクター層の厚さに支えられた商業的な展開、さらにアジアでもっとも先進的といわれるジェンダー問題への取り組みや様々なエスニシティを背景としたトランスカルチュラルな取り組みが相乗して、刺激的なアートシーンが現在進行形である。第1回につづき、台北の地下鉄MRT線に沿ったエリア別で、台湾の「イマココ」を知るための台北アートスポットを紹介する。
*第1回はこちら
大王椰子が立ちならび総統府まで続く仁愛路(レンアイルー)は、南国台湾らしいエレガントさを感じられる通り。この近隣にも多くのアートスポットがあり、景色を味わいながらギャラリー散歩を楽しむのがおススメだ。
就在藝術空間(Project Fulfill Art Space)は、2008年にできた現代美術ギャラリーで、絵画からヴィデオアート、コンセプチュアルアート、サウンドアートなど、実験的な表現にも臆さず取り組む。毛利悠子を長らく紹介しており、過去にはリー・キットやChim↑Pom(当時)の展示を行ったこともある。横浜トリエンナーレや今年2023年5月の六本木アートナイトで作品上映もあった張徐展(ジャン=シュー・ジャン)もこちらに所属している。
大未來林舍畫廊(Lin & Lin Gallery)は内湖の耿画廊やTKG+(第1回参照)と同様、1990年代から中華圏の近現代美術を扱う商業ギャラリーとして知られた大未来画廊を前身としている。同じビルの地下にある寄暢園の台北店(要予約、本館は桃園市大渓の鴻喜山荘内で、現在新しいウェブサイト製作中)は中国古美術のコレクターとして台湾で有名なほか、エミール・ガレなどアール・ヌーヴォーのガラス作家の膨大なコレクションを持っている。
北師美術館(MoNTUE)の母体である台北教育大学は、日本統治時代(1919年)にできた台北師範学校を前身とする。しかし、台湾籍学生への差別待遇による不満をもとに学生運動が勃発、それに伴い総督府が作ったのが現在のこの台北教育大学であったという背景がある。ニューヨークのメトロポリタン美術館から贈られた彫刻を配し、日台建築ユニットnoizが設計を担当した都市型美術館で、元・国立故宮博物館院長の林曼麗(リー・マンリー)のもと、日本統治時代から活躍した台湾画家らの再評価や、戦後の白色テロについての展示など、台湾アイデンティティを基盤とした台湾アート史を再構築する中心地のひとつと言えるだろう。
仁愛路×復興南路(フーシンナンルー)からワンブロック北に行けば、「太平洋そごう」といったデパートをはじめとした商業エリア東区(東區:ドンチュー)が広がる。ここから東方向、台北のランドマークである101ビルのある新興エリア信義区(信義區:シンイーチュー)のあいだに、藍騎士藝術空間(Bluerider ART Gallery)がある。
Moom Bookshopは展示もするアート系書店。近頃の台湾で人気の日本の「純喫茶」に関連する写真集など、いまの台湾の流行りを浮かびあがらせる。
若手作家を中心に扱い、安定の15年を歩んできた谷公館(Michael Ku Gallery)のほか、新苑藝術(Galerie Grand Siècle)も、地元の若手を中心に紹介してきた中堅ギャラリーだ。
PTT Spaceに迷いながら辿り着く途中、台北の「千疋屋」とも言えるフルーツパーラーの名店「陳記百果園」で、美味しいフルーツジェラートを頂きながら一息いれたい。近隣のUART CUBEは日本のアーティストやイラストレーターを多く扱う、展示もするセレクトショップ的スペース。
地下鉄MRT國父紀念館駅の近くにある松山文創園區(Songshan Cultural and Creative Park)は、日本統治時代のタバコ工場をリノベーションした文化スペースだ。広大な敷地のなかで、デザイン、アートなど年間を通して様々な催しがあり、台北ファッションウィークのショーも開催される。
同ビル内に併設されている、台湾を代表するクリエイティブ系書店誠品書店系列の誠品画廊(Eslite Gallery)は、取扱作家として、蔡國強、スーメイ・ツェ、金氏徹平なども擁する30年選手のコマーシャル・ギャラリーである。近年、閉店や開店など動きが激しく9月末には台北近郊の新店(シンディエン)に最大級のショップも開店するという誠品グループだが、台湾の最先端カルチャーを後押ししてきた存在だけに、その動きは注目だ。
台湾は、政府が推進していることもあり、清代や日本時代から残る古い建物をリノベーションした施設が目立つが、板南(バンナン)線沿いに西から東へと進んでいくこのコースを辿ると、とくにそんなイメージを強く持つかもしれない。台北の南西にある板橋(バンチャオ)は、水利の良さを活かして清代から栄えた商業エリアで、かつての地元の豪商林家の庭園「林本源園邸」も公開されている。
周辺には国立台湾芸術大学があり、問空間(Ask Art Space)や、板橋435藝文特区(Art Zone 435, New Taipei City)、新板藝廊(New Taipei Gallery)など、大小様々なスペースがあちこちにある。新店渓を挟んで隣接する萬華(ワンホァ。バンカ、艋舺[モンジャー]とも呼ばれる)もまた、歴史的、下町的魅力のあるエリアだ。
龍山寺駅から歩いてすぐの公立の新富町文化市場(U mkt)は、日本時代に市場として建てられた馬蹄型の建築が現代的にリノベーションされたギャラリー、オフィス、カフェなどが入った複合アートスペース。市場をキーワードに、地元の伝統文化と若い世代をつなぐ様々な活動を行っている。
そこから徒歩で18分、Youbike(公共レンタサイクル。第1回参照)で6分ほどの場所にある水谷藝術 (Waley Art)は、地階と地上5階ある民家を改造したオルタナティブ・スペース。新鋭キュレーターやアーティストたちとの協働を主旨としており、アウトリーチ活動も盛んに行っている。今年は、10月に改装オープンする基隆美術館の開幕展を基隆文化局と共催するほか、来年1月から2月にかけてはこの萬華エリアの散策をテーマにしたアートプロジェクトを、春には臺北市客家文化主題公園(Taipei City Hakka Cultural Park)で台北客家をテーマにした展覧会を計画しているとのこと。若手作家を中心に年間12本もの展示を同時進行しており、勢いのあるスペースだ。ちなみに萬華は、レトロな街並みで近年人気の大稻埕(ダーダオチェン)や迪化街(ディーホァジエ)エリアの南に当たるので、その辺りを観光する日があれば、組み合わせて計画するのもおすすめだ。また、もう少し北上する大同(ダートン)地区には、日本でもよく知られる許家維(シュウ・ジャウェイ)ら国立台湾藝術大学の学生や卒業生たちを中心に活動してもう20年以上になる「打開ー當代藝術工作站」(OCAC- Open Contemporary Art Center)もある。展示など最新の活動についてはFacebookをチェックのこと。
板南線を東方向に進めば、善導寺(シャンタオスー)〜忠孝新生(ジョンシャオシンシェン)駅周辺には、台北国際芸術村(Taipei Artist Village)やギャラリーHiro Hiro Art Space、リノベーションされた日本時代の酒工場跡にライブハウスやレストラン、映画館やショップなどが入った華山1914(Huashan 1914 Creative Park)がある。地元アーティストの実験的な展示が多かった以前とは異なり、いまはファッションブランドやアニメなどの大型巡回展も多く開催されている。
忠孝新生駅から逆方向へ徒歩7分ほど行くと、台湾では元の施設名から通称「空總(コンゾン)」と呼ばれる台湾当代文化実験場(C-LAB: Taiwan Contemporary Culture Lab)がある。7ヘクタールもの広い敷地を持つ旧空軍施設で、日本時代には台湾総督府工業研究所として使われていた場所だ。2018年に文化部の管理下となり、テクノロジーや現代美術を主軸としたラボや展示施設として発足。IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)をはじめ海外の様々な研究機関と提携しており、日本の山口情報芸術センター(YCAM)とも交流を深めている。敷地内の建物は、最低限のリノベーションを経た上で展覧会会場として使われている。新旧織り交ぜた展示室の雰囲気が独特で、美術館の展示とはずいぶん異なり、味がある。9月には2023クリエイティブ・エキスポの会場にもなる予定だ。
C-LABから徒歩で7分間北上すると、台湾でアートや文化に多大な貢献をしているゼネコン忠泰グループ直営の忠泰美術館(JUT Art Museum)がある。ここでも定期的に良質な現代美術展を開催しているので、チェックしてみて欲しい。
日本統治時代に「台北帝国大学」「台北師範大学」が建てられたこのエリアは、現在もそうした文化的な薫りをその後の時代ごとに刷新しながら引き継ぐ。日本からの観光客にもお馴染みの、永康街(ヨンカンジエ)エリアにある亞紀畫廊(Each Modern)(*)は、台北の主要な「伝統市場」である東門市場の裏に位置する。仁愛円環近くの小さなスペースから引っ越して、台北の中心地としては貴重な一棟丸ごとギャラリーとなった建物で、森山大道や中平卓馬、植田正治など日本を代表する写真家のほか、平面を中心に、台湾の若手〜中堅アーティストの作品を多く展示する。
日本統治時代に「昭和町」と呼ばれた永康街付近は、「昭和町文物市集」など古美術商が昔から集まる場所でクラフト関係のギャラリーも多く、台湾茶カフェ&ギャラリーで知られる「小慢」といった台湾的な「侘びさび」を引き継ぐsan galerieなどの新しいクラフト・ギャラリーもできている。
サブカルチャー系のアートスペースでは、板南線に乗って西門町に靠邊走藝術空間(Wrong Gallery Taipei)があるが、松山新店線公館駅最寄りで、展示もする漫画専門書店Mangasickは台湾と日本をつなぐサブカルチャー事情に興味のある方におすすめ。永康街からもYoubikeで10分ほどだが、台湾大学近辺のこのエリアには多くの古書店がある。Mangasickは『緑の歌』という漫画作品などで現在、日本でも人気のある高妍(ガオ・イェン)をデビュー当時から支えた。
撮影図書室(Lightbox)は、もともと古亭駅近くにあったが移転。写真に関する蔵書のほか、フォトアーティストの講演やワークショップも行う。
立方計劃空間(The Cube Project Space)は2010年に設立されたオルタナティブ・スペースで、ルーズベルト通り近くの路地裏の雑居ビル2階にあり、7階にある「立方7F」と合わせてふたつのスペースを持つ。ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の国際審査員を務めたこともある実力派キュレーター、鄭慧華(エイミー・チェン)がパートナーとともに運営しており、2015年に台新芸術賞大賞を受賞した戦後台湾のサウンドカルチャーについての展示をはじめ、彼らが企画した展覧会やレクチャーなどのアートイベントはつねに大きな支持を集める。今年は「マドレーヌ・モーメント」という3地点での国際グループ展が進行中。現在は、台中の陸府植深館(〜10/29)と、台北の洪建全基金會(〜10/6)の2ヶ所で展示を見ることができる。
さらに南側の河(新店渓)に近い場所に向かうと、寶藏巖國際藝術村(Treasure Hill)がある。もともと、アジア太平洋戦争の後に中国大陸から台湾へと移民してきた人々が手作りで建てた山沿いの集合住宅で、保存運動を経てアーティスト・ヴィレッジとなった。入り口にある寺廟の脇に「昭和14年」と記された石碑などが残り、複雑な台湾の「場所」が強烈に感じられる。
最後におすすめしたいのが、中正紀念堂(National Chiang Kai-shek Memorial Hall)の民主主義についての常設展示だ。
複雑な履歴を経た台湾では、確固とした人権意識に根付いた社会運動が力強く推し進められてきた。その成果として、アジアでもっとも進んでいるジェンダー平等や、アジアで初めての同性婚法制化が実現されている。どのような歴史を経て、こうした人権意識が社会的なコンセンサスとなったのか? 日本統治時代の大正デモクラシーの風を受けた台湾アイデンティティの盛り上がりから、戦後の二二八事件から白色テロ下での戦い、国際社会での孤立まで。台湾の人権の歩みともいえるこの展示の脇には、従来の蒋介石に関する常設展示も引き続いて行われ、蒋介石が愛用したロールスロイスなども設置されており、その対比も大変に皮肉である。権威の象徴である蒋介石の銅像の真下でこうした展示が行われていること自体が、強烈なインパクトのあるインスタレーションになっているとも言えそうだ。
台湾の現代アートを深く知るには、前提として、こういった台湾近現代史や社会状況の理解が欠かせない。そのうえで台北のアートスポットをめぐり、台湾の現代アート作品に触れることで、その時間はより充実したものとなるだろう。
全2回に渡ってお届けしたこの「台北アートガイド」が少しでもそのお役に立てれば幸いだ。
*──亞紀畫廊は、9月2日まで開催中の展覧会終了を以てこの永康街のスペースをいったん閉じ、11月に大安区敦化南路に移転オープンする予定とのことなので、9月以降に台北へ行かれる方はどうぞご注意を。移転先は、ギャラリーのホームページかFacebookを参照。
岩切澪+栖来ひかり
岩切澪+栖来ひかり