文化芸術による都市としての魅力向上を目指し、さいたま市を舞台に3年に一度開催される「さいたま国際芸術祭」。その3回目となる「さいたま国際芸術祭2023」が、旧市民会館おおみやをメイン会場に10月7日に開幕した。会期は12月10日まで。
今回ディレクションを担う目[mé]は、アーティストの荒神明香とディレクターの南川憲二、インストーラーの増井宏文を中心とする現代アートチーム。多様な手法を用いて「果てしなく不確かな現実世界」を実感に引き寄せようとする作品を各地の芸術祭や展覧会で発表してきた。2021年夏、東京・代々木公園の上空に実在する人物の巨大な顔を浮かべた《まさゆめ》は、SNS等で拡散され話題になった。
目[mé]《まさゆめ》の記事はこちら
「目[mé]」が設定した芸術祭のテーマは「わたしたち/We」。気候変動や社会格差、分断など様々な問題を抱える世界を、参加者に新たな目線で見てもらおうというメッセージを込めた。直轄プロジェクトとなる旧市民会館には、国内外の美術家や映像作家、音楽家、ダンサー、盆栽師、都市研究者など、多彩な顔ぶれの28組が参加。作品展示のほか、音楽やパフォーミング・アーツ、映画上映など様々な公演やイベントが連日行われる。
開幕に先立ち行われた報道報道内覧会に登壇した目[mé]の南川は、「目くるめく、日々変わっていく芸術祭にしたい」と説明。参加者が選ぶルートや行動により「一人ひとりに固有の鑑賞体験が生まれる芸術祭になれば」とも語った。
メイン会場の大きな特徴は、全体に張り巡らされた「導線」。鑑賞者は、透明板のフレームを連結して作られた通路に沿って館内を歩き、ときに分断や接続される空間を回遊しながら、作品へ誘われていく。フレームは、向こう側を意識させる「窓」のような機能も持つ。
「何気ない日用品やほかの人の姿も、そこに『窓』が介在することで、佇まいが生まれ、ひとつの景色として『見るべき対象』に変わる。目の前の光景に一歩踏み込み、新たにとらえ直す視線が、会場を離れた後も続いてもらえれば」(南川)
あちこちに多数仕掛けられている「スケーパー」(目[mé]の造語)にも注目したい。スケーパーは、たとえば「絵に描いたような格好をした画家」「計算されたごとく綺麗に並ぶ落ち葉」など、景色の一部に見えるが、じつは人為的な人間やものを指す。パフォーマンスとそうでないものの境界を曖昧にする試みで、メイン会場のみならず、市内各所に日々(こっそりと)設置されるという。
展示の仕組み自体が目[mé]の作品と言えるメイン会場。さっそく回ってみよう。
作品にアクセスできる導線は複数あるが、まず外階段を上がり2階へ。出迎えるのは、イギリスの美術家アーニャ・ガラッチオによる無数のガーベラの花をガラス板と壁の間に封じ込めた《'preserve' beauty》。時の経過につれて美しい生花がしおれ、変容していく本作は、仏教の無常観にも通じると言える。
導線は、大ホールの客席や舞台の横と裏、楽屋にも伸びており、鑑賞者は「見る側」から「見られる側」へ立場が逆転することも。舞台では様々な公演が行われるが、そのリハーサルや舞台稽古、準備も連日公開している。
導線に従って階を上がったり下がったり、いったん外に出たり。空間が透明板で遮断されているため、目の前なのに行けない場所もあり、奇妙な迷路のようだ。歩きながら向こう側に目を凝らすうち、様々な作品が現れる。
《ポートレイト・プロジェクト》は、編集者の川島拓人、写真家のオルヤ・オレイニ(モルドバ共和国)とマーク・ペクメジアン(カナダ)、地元の埼玉大学教育学部附属小学校の子供たちが、さいたまの人を撮影した。縦横2mある大型の肖像写真は、毎日作品が入れ替わり、「変化する芸術祭」を象徴する展示になっている。
谷口真人の絵画作品は、アクリル板に描かれ、後ろの鏡に人物の別の表情が映っているように見える。今村源は、館内の残された物品を用いたインスタレーションを展示。水面に反射するように組み立てられた立体作品は、錯視を誘い、詩的な気配を漂わせる。
2016年の第1回より、市民と「共につくる、参加する」を開催目標に掲げるさいたま国際芸術祭。「その理念を目[mé]は徹底的に押し進め、誰もが参加できる芸術祭のかたちを作り上げたと思う」と初回からプロデューサーを務める芹沢高志は高く評価する。
メイン会場は、ドッキリ仕掛けのような「スケーパー」を含め、様々な境界線の存在や「自己/他者」などを考えさせられる場面がたっぷり。日常における「見ること」が問われていると感じた。いっぽう、歴史を刻んだモダニズム建築である会場の旧大宮市民会館(1970開館、加藤渉設計)の場所性や、長く「市民のハレ舞台」だった記憶を引きだすような工夫は薄く思え、その点がやや残念だった。
なお、同芸術祭はメイン会場のほか、3人のアーティストと美術専門家がキュレーションし多彩なプログラムを展開する「市民プロジェクト」や、市内各所の文化芸術施設等と連携した展示やイベントが多数行われる。気軽に参加や体験できる内容が多いので、関心がある人はチェックしてほしい。
さいたま市プラザノース・ノースギャラリーで開催される「Women’s Lives 女たちは生きている―病い、老い、死、そして再生」展も注目だ(会期:10月9日~同22日)。本展は、「女性の生活」をテーマに美術史・批評家の小勝禮子がキュレーション。8人の作家(松下誠子、一条美由紀、岸かおる、山岡さ希子、菅実花、本間メイ、地主麻衣子、須惠朋子)の作品を紹介し、様々な局面がある女性のライフコースを感じ考えさせる内容になっている。
メイン会場で市街地で文化施設で、新たな視座を鑑賞者にもたらしてくれそうな「さいたま国際芸術祭2023」。秋のアート散歩の行き先にいかがだろうか。