シリーズ「#MeToo以降の女性映画」は、「#MeToo」のハッシュタグとともに自身の性暴力被害を告発する人々が可視化され、この運動が時代を揺さぶる大きなうねりとなったいま、どのような映画が生み出され、それらをどのように語ることができるのかを考える連載企画。
今回は、ウクライナ出身の女性監督マリナ・エル・ゴルバチのインタビューをお届け。6月17日から公開される『世界が引き裂かれる時』は、2014年7月にウクライナ・ドネツク州で実際に起きたマレーシア航空17便撃墜事件から着想を受け、ウクライナで懸命に生きる女性の姿を描いた戦争映画だ。第38回サンダンス映画祭ワールドシネマ部門で監督賞、第72回ベルリン国際映画祭パノラマ部門でエキュメニカル賞を受賞している。監督のインタビューから浮かび上がる、妊娠中の女性を主役に据えた意味や、ウクライナ映画界のジェンダー意識とは。【Tokyo Art Beat】
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ロシアによるウクライナの軍事進攻は、2022年2月24日に起きたとされる。だが実際は、2014年にロシアがウクライナ領であるクリミア半島の編入を宣言するとともに、ウクライナ南東部のドンバス地方(ドネツク・ルハンシク州)で新露派分離勢力への支援を始め、対立・紛争が続いていた。
ウクライナの女性監督、マリナ・エル・ゴルバチ監督が材に取ったのは、2014年7月17日に起きた、マレーシア航空17便襲撃事件である。ウクライナ東部の分離主義武装勢力によって襲撃され、乗員乗客併せて298人もの命が奪われた。映画は、この事件を背景に、ロシアとの国境付近にある家に住む妊娠中の妻・イルカとその夫・ヤリクが、爆撃に怯えながら過ごす日常をとらえる。
——あなたとパートナーであるメフメット・バハディール・エル監督の長編2作目になる『ラブ・ミー』(2013)をSKIP国際映画祭で見ました。トルコからウクライナへの売春ツアーを題材にしながらも、ビターな恋愛ドラマになっていて心に沁みました。
社会問題を劇映画に入れていくのがあなたの作風でしょうか。もちろんウクライナの状況は「社会問題」と呼ぶような状況ではありませんが。ドキュメンタリーではなく、あくまで夫婦と弟の室内劇を撮ったのは戦略的なものでしょうか。
エル・ゴルバチ 戦略というよりも、ドラマツルギーとしてそういう選択をしました。私にとって重要だったのは、ストーリーを「家」中心に組み立てることです。ウクライナ人にとって家や家族というものはとても大切な世界の中心ですが、この映画ではその家がロシアとの国境にあります。
そして家はすでにそこにあるもので、動かせないものですよね。現実の問題として、マレーシア航空機という民間機が追撃された事件が起こりました。一般人が殺され、一般の家が破壊されている。そういうことが、ドンバスで起こった。ひとつの視点としては、世界の中心である家族や家というものを描きたかった。もうひとつの視点としてはそれがドンバスにあった。世界的な安全ということと、局所的なローカルな話を同時に伝えたかったのです。
——爆撃で家の壁が吹っ飛ぶトップシーンから、ロングショットで室内をとらえ、緊迫感が途切れません。あくまでイルカとトリクの日常のなかで、「戦争」がその日常を壊していくさまを如実に切り取っていて素晴らしいと思いました。室内劇なので演劇的だとも言えますね。予算が非常に厳しかったということなので、それもあるのでしょうか?
エル・ゴルバチ 予算の問題ではなく、最初からそういった設定でした。国境にある村が舞台で、セッティングはドキュメンタリー的ですが、ドラマツルギーがある。舞台をある村に絞っているので確かにミニマルな設定です。実際のドンバスの村は占拠されてしまったので、ウクライナの地理事務局が教えてくれた、その村にとてもよく似ているオデッサという村で撮りました。
舞台的というよりは、ワンロケーションの映画ということかなと思います。ひとつの村、ひとつの家族について描いていて、大惨事が起こっているため、彼らは村から出られない。そこに閉じ込められている。
——妊娠中の女性を主人公にしたことがとても効果的です。観客は、爆撃の恐怖とともに、いつイルカが破水するのかが気になり、それがサスペンスを生んでいます。
エル・ゴルバチ 妊娠中の女性を映画の中心に据えたのは、意識的な選択ではありませんでした。数年前からあるウクライナとロシアの国境にある混乱について、それが自然に対する戦争、人類に対する戦争、創造と破壊の戦争だと理解したとき、妊婦を中心に据えるべきだということが明確になったのです。男性とは対照的な、女性の視点での戦争というテーマが、自然に浮かびました。
イルカはたんなる強い女性ではなく、生命を生み出し維持するエネルギーを象徴しています。これは反男性映画でもフェミニズム映画でもなく、生命を支持する映画なのです。彼女の行動はすべて生まれてくる赤ちゃんのためのものです。混乱のさなかにあっても、牛の乳を搾り、料理のための水を汲み、居間の残骸を掃き掃除し、普通の家庭生活を続けようとするイルカの生存本能は、戦争よりも強い。このメッセージから、私はこの映画をすべての女性に捧げようと思いました。
——この記事はシリーズで「#MeToo以降の女性映画」と言います。この映画は妊娠している女性が主人公なので、「女性映画」と呼んでも差し支えないかと思います。
現在でも女性の視点で映画が作りにくいことが世界共通の問題としてあります。ただいっぽうで、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』のノーベル文学賞受賞や、それを原案としたカンテミール・バラーゴフの映画『戦争と女の顔』など、戦争と女性の関係も注目されるようになっていますね。女性として映画を作るうえでのウクライナの状況や、あなたのお考えをお聞かせください。
エル・ゴルバチ #MeTooのムーブメントはハラスメントに対する運動だと思っています。私にとっては、コネクトしにくいものになります。女性のキャラクターを使って女性の視点で作られた映画は#MeTooムーブメントの前からあるので、「#MeToo以降」という境界線が、あまり正しいものに感じられません。
#MeTooムーブメントというのは人権問題だと思うんですね。メディアは、スターやショービジネスの話で大きなお金も動いているということで、なんとなく映画業界の話になっていると思います。ですが、本来ハラスメントというものはいろんな職業にあるものだと思います。ショービジネスや、アートだけのものではない。また、女性だけではなく男性も同じような問題を抱えている。
女性監督のサポートはぜひやっていって欲しいと思います。たとえば、ある映画祭の審査員をやった時に、『PLAN75』(2022、早川千絵)という作品を見たんですが、とても素晴らしかった。見るべきは、作品のオリジナリティ、勇敢さ、いかに一生懸命作っているかということだと思います。作家自身が大事だと思うんです。
——映画を撮るにあたって、女性ならではの苦労はあまりなかったですか?
エル・ゴルバチ 私が映画を作ることが難しかったのは、妻であったり母であったりといった、ほかの責務があったからなんです。私が女性として物のように扱われたかというと、個人的にはノーです。
ウクライナのジェンダー平等性について話をしますと、女性の映画監督はたくさんいますし、活動的です。ただ、日本の場合は、男性以上に働かなければいけない、経験よりも性別が重要視されているというような話を聞きました。ウクライナではそういうことはありません。私はアシスタントをしたことはなく、短編映画、ドキュメンタリーと、ずっと監督をしていました。ジェンダーに関してはとてもモダンで進歩的な国です。
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#MeTooムーブメントとの距離感や、「#MeToo以降の女性映画」として自分の映画が括られることに対する違和感をはっきり仰っていたのが印象的だった。旧共産圏の女性監督だということもあるのか、また資本主義国でも、自分自身が「女性監督」、自身の映画が「女性映画」とカテゴライズされることに抵抗感を示す女性監督はいらっしゃるが。同時期に公開される『アシスタント』(2019、キティ・グリーン)を見ると、映画業界の女性へのセクシュアルハラスメントが、いかに資本主義と密接に結び付いているものかがはっきりとわかる。
確かに『世界が引き裂かれる時』は、女性ならではの視点で描かれてはいるが、「女性」という枕詞をつける必要がないくらい、力強く完成度の高い作品だ。#MeToo以降のというよりも、未来形の女性映画と呼べるかもしれない。
世界が引き裂かれる時
6月17日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次開
監督・脚本:マリナ・エル・ゴルバチ
撮影:スヴャトスラフ・ブラコフスキー
音楽:ズヴィアド・ムゲブリー
出演:オクサナ・チャルカシナ、セルゲイ・シャドリン、オレグ・シチェルビナ