公開日:2024年8月15日

「山下麻衣+小林直人 他者に対して、また他者と共に」(水戸芸術館 現代美術ギャラリー)レポート。アーティスト20年の軌跡、「他者」を知るとは自分たちを知ること

国内外で映像作品やインスタレーション作品を発表するアート・ユニット。ふたりの最初期の作品や国内未発表作を含め網羅的に紹介し、その全貌をひもとく

展示風景より、《人が花に対して、また花と共に行う営み》(2024)

山下麻衣+小林直人(以下、山下+小林)は、2001年公式に活動を開始したアートユニット。東京藝術大学を修了後ドイツに渡り、世界各地のレジデンスプログラムに参加。クンストフェライン・ゲッティンゲン(ドイツ、2011)、小山市車屋美術館(栃木、2015)、黒部市美術館(富山、2021)、千葉県立美術館(2023)での美術館個展のほか、瀬戸内国際芸術祭2019などの国際芸術祭にも数多く参加。現在は千葉県を拠点としている。

山下+小林の約20年にわたる活動を最初期の作品や国内未発表作を含め網羅的に紹介する展覧会「山下麻衣+小林直人 他者に対して、また他者と共に」水戸芸術館 現代美術ギャラリーで10月6日まで開催中だ。担当は畑井恵学芸員。「これまで山下+小林は、自分を知るためにわからないもの(他者)と接してきた。天災、紛争などままならないことがたくさんあるが、ふたりの作品を通して社会との関係性を見つめ直すきっかけになってほしい」と、本展の意義について畑井は語る。

左から山下麻衣、小林直人。《Release of mineral water》(2004)を解説する様子

本展のタイトル「他者に対して、また他者と共に」について、小林は「政治とは何か、ふと考えて辞書を引きました。すると、“人間集団における秩序の形成と解体をめぐって、人が他者に対して、また他者と共に行う営み”とあった。じゃあ、他者ってなんだろう?と思いました。単純に周囲にいる他の人を他者と呼ぶべきなのかはわからない」と、「政治」についての思いが根幹にあることを明かした。

展示風景より

水戸芸術館を訪れるとまず目に入る、芝生エリアに現れた巨大な「大丈夫」の文字が印象的な新作《人が花に対して、また花と共に行う営み》(2024)も、そうした思いから始まった。筆者が訪れた日はまだ土の状態だったが、今後は色とりどりの花が「大丈夫」をかたち作っていく。展覧会会期前らから結成された地域の市民有志とともに、定期的に花を植えていくのだという。

展示風景より、《人が花に対して、また花と共に行う営み》(2024)。水戸芸術館シンボルタワー展望室から眺めた様子

「“政治”に対する考えが根底にあるが、花壇の文字については畑井さんと相談して決めました。“大丈夫”にはプラスにもマイナスにもとらえられるニュアンスがあり、見る人が考えるきっかけになってほしかった。“みんなで大丈夫を育てていく“、“大丈夫な状態をみんなで守っていく”という複合的なイメージもあります」(小林)

年代ごとではなく、作品のテーマや傾向に分けて展示される本展。ギャラリー1は、日々の生活で生じる疑問や些細なアイデアを起点に膨大な時間と労力を積み重ねた手法による作品が集まる、「多くの時間を費やして小さな成果を得る、修業的な側面の奇跡的な瞬間。それを集めた部屋」(小林)だ。どこか儀式的な作品が多く集まる。

会場風景より、《telepathy》(2009)

たとえば、テレパシーでお互いが思い浮かべるイメージを描き当てる《telepathy》(2009)は1000回もの挑戦を繰り返し、うち10回テレパシー成功した様子を収めた作品。直径18cmにもおよぶ巨大な飴を普通サイズになるまで舐め続ける《Candy》(2005)、芝生の上を5日間走り続け、軌跡がはげることで「∞(無限大)」の線を描く《infinity》(2006)、新型コロナウイルスの株「NC_045512」のゲノムを山下が順に読み上げ、小林が12時間強にわたって書き連ねるパフォーマンス《NC_045512》(2023)なども並ぶ。

会場風景

「全部を見切るというよりは一部を見てだいたい理解していただければいい」「作品そのものよりも、プロセスや制作に至る思考を重要視しているので、結果はさほど重要ではない」と作家は話す。この2つの言葉は、本展で作品を読み解くうえでの手引きになるだろう。

ギャラリー2では、山下+小林がいつも持ち歩くアイデア帳を絵画化した《Artist’s Notebook》(2014〜)に加え、「リアリティがない時代」と言われていた2000年代初頭に、「リアリティ」を模索した作品であり連名での初発表作《やりなおし〜ALIENとしての》(2001)を展示。

会場風景より、《Artist’s Notebook》(2014-)
会場風景より、《やりなおし〜ALIENとしての》(2001)

ふたりが世界各地でのレジデンスプログラムを経験する前の作品が並ぶ、ギャラリー3。アフリカから日本へ渡り、上野動物園で暮らすキリンのためにセーターを作る《Present(for a Girrafe)》(2004)、中学生とコラボレーションした《It’s a small world》(2004)等の作品からは、初期から変わらないほかの動物を含む「他者」との取り組みの姿勢が見えてくる。

会場風景より、手前が《Present(for a Girrafe)》(2004)

スイスでのレジデンス時、近所に転がる薪を見つけたことから始まった山のシリーズは、ギャラリー4で展示。薪を背負って山に登り、モデルとなる山を見ながら薪に彫刻するこのシリーズは、セルフタイマーで撮影した写真もあわせて発表される。東日本大震災時にはベルリンにいたふたり。「震災で日本の風景が変わるのではという恐怖感があり、風景を記録しなければならないという気持ちで日本の山シリーズにも取り組んだ」と振り返る。

会場風景より、「How to make a mountain sculpture」(2006-)

ギャラリー5は、変化やアクティブな姿勢をテーマとした部屋。南極観測隊の苦難とそり犬たちの悲劇を描いた『南極物語』で、人間と犬のあいだの「コントロール」について考えたことをきっかけに手がけた《Dogsled》(2008) 。そして「メインストリームを行く」という言葉を起点に、世界の主流(メインストリーム)としてのアマゾン川とナイル川をゴムボートで下る《GOING MAINSTREAM》(2010)や、浜辺の砂鉄からスプーンを鋳造する《A Spoon Made From The Land》(2009)など。同館のラウンジでは、日本でドイツのミネラルウォーターを買い、その水をドイツの源流に「放流」しに行くドキュメンタリーがが上映されているが、「まずやってみる」という精神と行動力には本展の各所で驚かされるはずだ。

会場風景
会場風景より、《A Spoon Made From The Land》(2009)

愛犬、動物園の動物といったコントロール不能な「他者」との協働作品が並ぶのは、ギャラリー6。人間中心主義への懐疑の目線も透けて見えるような、作家の先見性を感じさせるセクションになっている。「アン(愛犬)を迎えたことで“他者”を感じることが増えた」(小林)。

会場風景より、《積み石》(2018)
会場風景

自転車のホイールライトにメッセージを照らしながら走る姿を記録した映像作品が集まるギャラリー7は、美に対する根源的な問い、アートと政治の問題などに対するダイレクトなメッセージを提示。続くギャラリー8では、蜃気楼で有名な黒部市の護岸に巨大な「m」型看板を設置し、蜃気楼の発生で「∞」の像を発生させることに挑む作品《infinity~mirage》(2021/23〜)を紹介する。

会場風景

内覧会でふたりは「作品を作る時点では自分たちが何をしているのかわからない。終わったあとに気づくことが多い」と語っていた。そんななかでも「まずやってみる」というふたりの態度、発想から実現までの飛距離には活動家にも似た熱量とラディカルさを感じずにはいられない。各地で独自の活動を展開してきたふたりの全貌を見ることのできる本展をお見逃しなく。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。