私たちは大きな“線”の上を生きている。大巻伸嗣と黒澤浩美が語る「Lines(ラインズ)—意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館)

イギリスの人類学者、ティム・インゴルドの著書『ラインズ 線の文化史』(左右社、2014)にインスピレーションを受けた展覧会が金沢21世紀美術館で開催中。世界各地から16組が参加する本展について、参加作家のひとりである大巻伸嗣と同展担当キュレーターの黒澤浩美に話を聞いた(構成:菊地七海)

「Lines(ラインズ)—意識を流れに合わせる」展に出品中の大巻伸嗣《Plateau 2024》(2024)の前にて。左から大巻伸嗣、黒澤浩美 撮影:編集部

現在、金沢21世紀美術館で開催中のグループ展「Lines(ラインズ)—意識を流れに合わせる」(6月22日〜10月14日)。同展担当キュレーターの黒澤浩美が参照したのは、人類学者・社会科学者であるティム・インゴルドの著書『ラインズ 線の文化史(原題:Lines:A Brief History)』だ。世界のほとんどのものがLines=「線」でつながっているというインゴルドの視点を採用しながら、人間と自然の調和、先住民文化、歴史、経済、戦争・紛争といった世界で起きている様々な事象をテーマに、作品創作を通して、線の手がかりを見出そうと探究する16組のアーティストを紹介している。

今回は、黒澤と、参加作家のひとりである大巻伸嗣に話を聞いた。同展の企画意図や、大巻の新作《Plateau 2024》(2024)に込められた思いとは。

震災を機に一新した構想

──まずは黒澤さん、今回の展覧会を着想したきっかけについて教えていただけますか?

黒澤:私自身がこの20年間ほど、文化人類学や社会人類学の研究テーマと現代美術との共通点や互いのレイヤーについて関心があって、同時にひとりの人間として、私自身を取り巻く環境についてどのように応答していくべきかということを、多くの美術作品から学んできたということがあります。そのなかで、ティム・インゴルド氏の「線」という視点に出会って。「線」をたどっていくことで、人間の営みと、多くの作家の作品との共鳴が見えてきたような確信があり、今展の構想に至りました。

美術作品は、整理しきれないこと、説明がつかないこと、言語化できないことを領域としています。むしろ、言語化できることであればおそらく言語が先行するはずです。インゴルドさんの「線」のご研究は、作ること、すなわちmakingの必然性や目で見て言葉にすることとの間で正確に翻訳できない曖昧さについても言及していらっしゃるのだと私は理解しています。

会場風景

──大巻さんは、黒澤さんから今展のテーマを聞いたとき、どのようにお考えになりましたか?

大巻:僕は2007年頃、膨大な量のごみ=「点」が集まった埋立処分場と、そこから見えてくる人間の軌跡を探るというようなプロジェクトに取り組んでいました。最初に黒澤さんの話を聞いたときも、これまで展開してきた作品をどう次へつなげていくか、僕自身の作品の延長線という意味での「線」と、人間の営み=「点」の集積という意味での「線」をイメージしました。人間が生み出してきた膨大な「物量」と、鈴木大拙の「空」のような禅的思想が相見えるとき、「有」と「無」がぶつかり合うような、「最初」と「最後」という「点」を結ぶような、そしてその「線」の集積によってマッスが生まれてくるようなものにしよう、そんなアイデアでした。ところがその方向性で進めようと思っていた最中、元旦に能登半島で震災があったんです。もっとなにか、いま私たちが経験しているものとは別の、不知覚の時間というものがあるんじゃないか。そう思い、それまでの構想を白紙に戻しました。

つまり、宇宙が刻んできた時間や、地球が誕生して以降、僕たち人間とは関係なく生命が紡いできた時間、そしていま僕たちが生きている時間というものは、1本の「線」を共有しているのではない。いくつもの「線」が複雑に束になって、もっと大きな「線」を構成しているのではないかと。震災もコロナもそうですが、僕たちは、自分たちでは太刀打ちできないような大きなエネルギーの移動が行われている運動体=大きな線の上で生きている。そのことが見えてくるようなものにしようと。そうしてアイデアを練り直したんです。

大巻伸嗣 Plateau 2024(部分) 2024 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

黒澤:その発想はユニークだと思いましたね。大巻さんの作品は、動いていないもの、つまり誰もがこれ以上は変化しないだろうと認識しているものを、変化しているものとして見せることができること。今回の作品《Plateau 2024》(2024)は円盤上を振り子が動いていますが、動かない彫刻作品も、流動的であることが織り込まれている。そのように見せる方法にいつも感心します。そして本作もそうですが、極めてシンプルな構成でありながら、そこに込められたメッセージをダイレクトに伝えなくとも、見る人が感じ取ることができる。素晴らしいです。

《Plateau 2024》は現在の私たちの“ハイブリッドな状態”を示している

──《Plateau 2024》は大陸を表す床の円盤とオブジェ、静かに動く振子で構成されています。中央に直立するオブジェは大和堆の上の空と海を、盤上を静かに動く振子には大和堆の大地(地形)を表した様々なデータにもとづく溝が刻まれており、プレス会見で大巻さんは「不確定な未来についての線の引き方を想像してほしい」とおっしゃっていました。本作の制作に取り組まれるなかで、苦労したことはありますか?

大巻:大地や宇宙の運動を実際に見ることができないので、あらゆる研究機関のデータを洗い出し、大地がどのように形成されてきたか、どのように運動が引き起こされるのか、大陸プレートがどのように動くのかを改めて復習しました。そして能登半島の地震で大地が約4メートル隆起するに至った経緯を調べていくうちに、縦型運動と横型運動が重なり合い、水蒸気を含んだマグマによって新たな棚が形成され……そうしたプロセス一つひとつを経て、日本列島が生まれたということがわかっていきました。そもそも自分たちがこれまで知覚したことのない上昇型の運動が存在しているということ、それらが絶えず、いまもなお現在進行中だということ。そうした現実の情報が重すぎて、情報を得れば得るだけ、どう作品に昇華していくか、発想を転換させるのが非常に難しかったです。むしろ情報を整理して言葉にしたほうが強かったりするので。

そこで作品のイメージを固めるために、たとえば能の舞台に登場する幽霊の、重心を変えずにスーッと移動するような、時間を超越した動きを参照しました。それによって、僕たち自身の不知覚性がすぐそこまで忍び寄っているのに、そう感じさせない気配のようなものを生み出せるのではないかと。

大巻伸嗣 Plateau 2024(部分) 2024 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

──作品を拝見しましたが、確かに機械で制御されながらも、なにかこう、ゆらっと有機的にも見えるような不思議な存在感がありました。黒澤さんは、完成した大巻さんの作品をご覧になって、どのようなことを読み取られましたか?

黒澤:作品の前で、大巻さんと「時間」について話をしました。アンドレ・ルロワ=グーラン氏やインゴルド氏ら社会人類学者たちは、悠久の時間の流れについて言及しています。私たち人間は1日24時間という時間を設定して、それに沿って生活していますね。つまり人間は道具を発明したことで、時間を刻むようになり、社会性を持ち、そしていずれ動物としての本能を忘れていく。人はこれを進化と呼ぶと思うのですが、いま現在の私たちは、その過渡期にいる。つまり、ハイブリッドな状態にいるのではないかと。その曖昧な状態を、大巻さんが道具を使って自由に描いたリズミカルなラインを本能として、かたや一点のブレもない正確な時間を刻む工業的な振り子でもって時を刻む。そのハイブリッドな状況を《Plateau 2024》はとてもよく表していると思います。

大巻伸嗣 Plateau 2024(部分) 2024 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

背中から未来へ向かって新たな線を引き続ける人間たち

黒澤:大巻さんが描いた円盤上の線は、後ろ向きに引いたんですね?

大巻:そうそう。我々が線を引こうとするとき、横線の場合は、たとえば習字で「一」という漢字を書くように、点と点を結んでいくことで、ある程度ぶれずに引くことができます。だけど本作のように、ゴールを定めず、ひたすら線を引き続けるという場面ではそうはいかない。人間は、見えない未来を見ながら線を引いていくと線がぶれてしまうんです。ところが、筆を体の中心線上において、背中から後ろ向きに、文字通り線をすっと「引いて」みると、美しく有機的な線が無限に、それも自由に方向を変えながら引き続けることができるんです。これ、本当にやってみてください。地面に棒で線を引くでもいいので。

僕は、人間はバックミラーを、つまり過去のイメージを見ながらでしか前に進むことができないと考えています。逆に言えば、過去をイメージして引いた線を見ながらであれば、どこまでも自由に線を引いていけるわけです。未来は想像することしかできないし、その想像も、過去の経験から導き出します。アンリ・ベルクソンが説くように、いまという時間の継続によって未来が生まれていく。自分が存在することによって、そこにあるものも存在する。そしてそれは、大拙の言う「我が存在しない限り、空間は存在しない」という思想とも共鳴します。

展覧会の準備中、空いた時間で、金沢の鈴木大拙館に行ったんです。そこでまさにちょうど「我」について書かれたページがドンと開いて展示してあったんですよ。

黒澤:啓示のようですね(笑)。

大巻:びっくりした。結局、AIもそうですよね。膨大なデータを学習して、そのなかで想像し得るものを計算して結果を導き出している。でも人間は、そこにもっと破壊的なイメージを持ち得るし、「捨てる」という選択肢も持っている。ひっくり返すこともできるし、最善という言葉が本当に最善かと疑うこともできる。そういう意味で、人間というのは、自由でありつつ、不自由でもあるということも受け入れ、宇宙・地球という大きな線の上に立ち、その線をなぞりながら、背中から未来へ向かって新たな線を引き続ける生命体であるわけです。

多様な作品群が織りなす大地のイメージ

──今展は本当に多様な作家が参加されていて、作品同士が連関し合っているような化学反応が見られ、とても面白かったです。内覧会では、大巻さんも私たちと一緒に会場をまわりながら、とても興味深く見ていらっしゃる姿が印象的でした。

大巻:僕が、僕自身の内面的な大地を表現したのに対し、隣の展示室では、アボリジナル・アーティストのジュディ・ワトソンやアフリカの彫刻家であるエル・アナツイが、もっと大きなマクロの時間に、土地そのものにフォーカスしていた。いろいろな作品を合わせて見ていくうちに、それぞれは全く違う作品だけれども、まさに「線」としてイメージが繋がっていくのが面白いですよね。

たとえばジュディのドローイングは、テクノロジーや金属を使った僕の作品とまったく逆走していて、土や染料をつかって線が引かれている。人はなぜ線を引くのかという根幹の問いに答えるような、すごくシンプルで、強くて、ずっと見ていたくなる作品です。根源的に惹かれるものがあるというか、呪術的な力が働いているというか。しかもそこで語られていることは、ご自身をとりまくごく個人的な歴史のこと。にもかかわらず、もっと大きな大地や土地のイメージが泉のように湧いてくるのがすごく不思議でした。その後、ジュディ本人と話すうちに、アボリジナルの人々が経験してきた、略奪を含むあらゆる歴史が記憶となり、土という粒子の集まりそのものに線として刻まれているのだということに気づきました。

エル・アナツイ パースペクティブス 2015 金沢21世紀美術館蔵 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

黒澤:じつはジュディとエルの展示室にはもうひとつ、「協働」というテーマがあるんです。ジュディは常時、お母様やお友達だとか、いろいろな人を誘って一緒に作品を作っていますし、エルも複数人で制作をしている。そうすることで自分の考えをより醸成していく。ふたりには共通項があると思います。

ジュディ・ワトソン グレートアーテジアン盆地の泉、湾(泉、水) 2019 金沢21世紀美術館蔵 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

──作品同士の連関については、当初より想定されていたのでしょうか?

黒澤:考えていなかったわけではないのですが、実際に線をつなぐことは観る人に委ねているというのが、今展の意図のひとつです。観る順は自由ですし、作品と作品をつないだ線が交差したり、途中で途切れたり、また結ばれたり。それは作品に向き合う皆さんにお任せしています。

大巻さんのように広い視点で「線」をとらえている、あるいは全体像を把握できないくらい遠く深い場所に視野を飛ばせる作家、逆に非常に近いところで、手と手をつなぐように作品を作っている作家と、マクロとミクロの視点を持つ作品を組み合わせることは意識していました。あとは私自身が比較的身体性のある、かたちある作品を作る作家に関心があるので、手が作る作品を提案してくれる作家を見てほしいという思いでいました。

(左)ジュディ・ワトソン《立石、黄土色の網、背骨》2020、(右)ジュディ・ワトソン《記憶の傷跡、フィンガーライムの根、カスアリーナ・イエロンガスタジオで見つけたオブジェ》2020、(中央奥)大巻伸嗣《Plateau 2024》2024 「Lines(ラインズ)―意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館、2024)展示風景

大巻:展示室をあっちこっち歩いたあとに、僕の展示室でしばらくぼーっとしてもらえると、いろいろな色が混ぜられていくような、何かを確かめるような時間が作れるんじゃないかなと思います。そしてもう1周、別のルートでまわってみると、また違う色が見えてくる。「線」ではあるけれども、決して1本の線を引いているわけではないんです。自分自身が人間であるということを改めて自覚しながら、自分の時間と他者の時間、もしくはもっと大きな時間を確かめていく、どんどん物語を更新していく。そんな展覧会になっていると思います。僕の作品は、ぜひしゃがんだり歩いたりしながら、いろいろな角度から、見えたり、見えなかったりするものを見つけてもらえると嬉しいですね。

Lines(ラインズ)—意識を流れに合わせる 関連プログラム

レクチャー&ニホンミツバチ巣箱見学会「ミツバチ・このまち・私たち ~ハチってどんな生きもの?」
日時: 9月7日(土) 14:00〜15:30
会場: 金沢21世紀美術館 レクチャーホール
料金: 無料 ※Peatixよりお申し込みください
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=25&d=2107

「Walk and Talk with curators(散歩のすすめ)」キュレーターと散歩をしながら話す会
日時:9月14日(土)、9月28日(土) 9:45〜10:45
会場:金沢21世紀美術館
料金:無料 ※Peatixよりお申し込みください
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=25&d=2108

鯖街道を辿って
出品作家・八木夕菜によるアーティスト・トーク+若狭と京を結ぶ鯖街道群についてのレクチャーとダイニング。

日時:10月7日(月) ※詳細は8/1以降、WEBサイトをご確認ください。
講師:八木夕菜(出品作家) 中東篤志(カリナリーディレクター/料理人) 川股寛享(小浜市文化観光課学芸員)
https://www.kanazawa21.jp/data_list.php?g=65&d=1822

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。