公開日:2025年2月11日

【ル・コルビュジエ入門】 建築家・アーティストとしての本質を読み解く。何がすごいのかを知る5つのポイント

ル・コルビュジエが「近代建築の父」と呼ばれる理由は? コルビュジエの本質を表す代表作は? など、押さえておきたいポイントを専門家にインタビュー

ル・コルビュジエ ロンシャンの礼拝堂(フランス、ロンシャン) 1950-55 南西からの眺め 建築:ル・コルビュジエ、撮影:下田泰也(2016)

建築に明るくない人でも、誰もが一度はその名前を耳にしたことがあるであろう建築界の大家、ル・コルビュジエ(1887〜1965)。コルビュジエとはどんな人物であり、その“すごさ”はどこにあったのか。2023年に『未完の美術館:調和に向かってール・コルビュジエの思想と国立西洋美術館』を出版し、3月23日まで開催中の「ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965」(パナソニック汐留美術館)のゲスト・キュレーターを務める美術史家、ロバート・ヴォイチュツケに5つのキーワードをもとに話を聞いた。

ロバート・ヴォイチュツケ

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(1)ル・コルビュジエが「近代建築の父」と呼ばれる理由は?

──ル・コルビュジエは「近代建築の父」と呼ばれていますね。たとえば、1914年にル・コルビュジエが提唱した「ドミノ・システム」(*1)、1927年に発表した「近代建築の五原則」(*2)など、ル・コルビュジエについて少し検索するだけでも功績を多数知ることができるので、そう呼ばれる理由についてはいくつか想像ができます。ヴォイチュツケさんご自身は、ル・コルビュジエが「近代建築の父」である理由はなんだと思いますか?

ヴォイチュツケ:私は「近代建築の父」と呼ばれることに懐疑的です。なぜなら功績だけに着目すれば、フランク・ロイド・ライトをはじめ、何名かの建築家に対しても同じことが言えるはずだからです。では、ル・コルビュジエはそうした建築家と何が異なっていたか。パブリックリレーション(PR)がとてもうまかったという点が挙げられると思います。自分のセオリーを書籍を通して発表するなど、PRに対してすごく熱心だったのです。

現代のヨーロッパではル・コルビュジエの活動前半、つまり「近代建築の父」として知られるようになった建築やセオリーは、時代遅れで独断的とでも言うような受け入れられ方をしています。ただ、「ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965」でおわかりいただけるように、ル・コルビュジエは非常に複雑なパーソナリティを持った人物で、その複雑さこそが魅力と偉大さにつながっているように見えます。この複雑さについては後で詳しく説明しますね。

(2)ル・コルビュジエの本質を表す代表作は?

──ル・コルビュジエは数多くの建築を手がけ、日本ではとくにロンシャンの礼拝堂や国立西洋美術館が有名かと思います。ヴォイチュツケさんは、ル・コルビュジエの本質を表す代表作はどの建築だと思われますか?

ヴォイチュツケ:とても難しい質問ですが、がんばっていくつか挙げたいと思います(笑)。ひとつは、活動前半の比較的小さなスケールの作品として、パリのラ・ロッシュ邸。こちらは近代建築の五原則を表すのにパーフェクトな事例であると思います。

もうひとつは、成熟期の建築として、インドのサラバイ邸。自然と建築の融合を体現したこちらの建築は、レンガや生き生きとした色を用いており、住む人にとって楽しく、明るく、とても住みやすい経験がもたらされています。

そして最後に、大きなスケールの作品ではインド・チャンディガールの政府地区の中心にある建物群はもっとも代表的な作品として挙げられるでしょう。それはおそらく彼の人生、芸術家としての人生の要約なのだと思います。本展のカタログにも寄稿しているウィリアム・J.R.カーティス(歴史家、評論家、キュレーター、画家、写真家)は、かつてチャンディガールの様子を政治的かつ宇宙的な風景と表現しましたが、私も20世紀後半におけるもっとも記念碑的な建築群であると思います。ル・コルビュジエの円熟期の特徴が盛り込まれた建築群は、建築の枠組みを超えた、深い詩的空間でもあると言えます。

ル・コルビュジエによるチャンディガールの州会議事堂 1962 出典:Wikimedia Commons(duncid)

加えて言うならば、こちらの建築群はシンボリズム的な意匠が各所にある、じつにアーティスティックな側面の結晶とも言える作品になっています。このシンボリズムは、彼の絵画にも見られます。私は、彼は人生の終わりに近づくにつれ、なんらかのかたちで自らの「私的な芸術的宇宙」に引きこもったように見えます。

「ル・コルビュジエ 諸芸術の綜合 1930-1965」(パナソニック汐留美術館)会場風景より、チャンディガール都市計画の資料

(3)ル・コルビュジエが目指した「諸芸術の綜合」って?

──ル・コルビュジエは40歳以降、建築の指揮のもとで絵画や彫刻をつなぐ試みを「諸芸術の綜合」と言い表していました。本展のタイトルにもなっている言葉は晩年のテーマでもあると思うのですが、この「諸芸術の綜合」についてわかりやすく教えていただけますか?

ヴォイチュツケ:各作品が孤立せず統合されているということ、そしてダイヤモンドのカットのように多面的な表情を見せる作品群であると言えます。たとえば、絵画や家具を見たとき、それを建築の一部、建築要素としてとらえることができます。その逆もしかりです。

また、伝統的な分野を橋渡しする──つまり、建築、絵画、彫刻を一体化させることが「諸芸術の綜合」であるということです。しかし、最近の研究によれば、この考え方はさらに複雑であることが示されています。

ル・コルビュジエはロンシャンの礼拝堂に代表される、建築と音響が深く関わり合った「音響的建築」のような聴覚的なアプローチも行っていました。彼は音波とは振動を伴う「光線」のように考えていて、彼の建築は見る者に向かって光線を発するだろうと言いました。非常に抽象的な概念ですが、カンディンスキーも同様の思想を持っていました。そのため、本展ではふたりの作品を並置したのです。

ル・コルビュジエ ロンシャンの礼拝堂(フランス、ロンシャン) 1950-55 南西からの眺め 建築:ル・コルビュジエ、撮影:下田泰也(2016)

(4)ル・コルビュジエが現代に生きていたらどのような活動をしていた?

──ル・コルビュジエが現代に生きていたら、どのような活動を展開すると思いますか? あるいは、どのような建築を手がけるでしょうか。

ヴォイチュツケ:間違いなくAIを用いた作品を手がけていたでしょうね。実際、インド初の女性建築家であり、本展でも詳しく紹介しているウルミラー・エリー・チョードリー(1923〜1995)とチャンディーガルで実現しようとしたことは、AIのヴィジョンにほかなりません。残念ながら、当時の技術では実現不可能だったので計画にとどまっていますが。

ル・コルビュジエは新しい技術に意欲的で、ブリュッセル万博(1958)のフィリップス館では「ポエム・エレクトロニク(電子の詩)」というコンセプトを打ち出し、紫外線やカラー光線を投影するプロジェクターを用いた複雑な展示を行っていました。また同時期、イタリアで初期コンピュータシステムを開発していたオリヴェッティ社と積極的に協業するような動きも見せていました。つねに新しい技術を自分の作品に取り入れようと試みるアーティストだったのです。

ブリュッセル万博のフィリップス館 出典:Wikimedia Commons(Wouter Hagens)

技術も芸術も結局、人間の創造性と工夫の先ににある表現なのだと思います。ですから、展覧会を通してこれらふたつがル・コルビュジエの作品のなかでどのように共鳴しているのかを示すことに意味があると考えました。

いっぽうの建築では、ル・コルビュジエがいま生きていたらサステナブルな建築を追求していたかもしれません。晩年のル・コルビュジエは、インドのサンスカル・ケンドラ美術館で池や蔦などの自然を利用したサステナブルなシステムを建築に取り入れていました。当時の彼はサステナビリティを意識してそうした取り組みをしていたかは定かではありませんが、研究テーマとして掘り進めるべき良いトピックだと思っています。

(5)ル・コルビュジエは日本文化の影響を受けていた?

──ル・コルビュジエは日本で大変な人気を誇りますが、彼の作品や思想に日本文化の影響は見られますか?

ヴォイチュツケ:これは難しい質問ですね。西洋の建築家で日本文化の影響を受けた人物といえば、ブルーノ・タウトやヴァルター・グロピウスが思い浮かびますが、ル・コルビュジエにはそういった影響が見られません。日本には3人の弟子(前川國男、坂倉準三、吉阪隆正)がいましたので来日経験はあるのですが。

いっぽう、彼がインドに強く関わっていた10年間を見てみると、彼はインドの文化と非常に強く結びついていたことがわかりますし、そのように指摘する人々もいます。ただ、私は彼が実際にどの程度インドの文化を吸収したのかは疑問だと思います。ル・コルビュジエが外国の文化を吸収し、それを自分の作品に反映させたと言えるかどうかは、私は確信が持てません。

結局のところ、彼は国際的な成功にも関わらずつねにヨーロッパ的であり続けたと思います。いわば彼の「知的拠点」であるヨーロッパからは決して離れず、つねに自分のヨーロッパ的な世界観を輸出していたのです。

ル・コルビュジエには「人類文明の歴史は終わりなき進歩の歴史である」という信念がありました。この進歩への信仰は、言わずもがな彼が若い頃にヨーロッパで目撃した産業主義の発展によって支えられていますし、彼は20世紀初頭の典型的な現代的楽観主義のなかで育ち、それを決して乗り越えることがなかったと思います。ご存知のように、世界を見る方法は非常に多様で、文明を循環的で反復的なものとしてとらえる文化もありますよね。しかし、ヨーロッパのモダニズムは、進歩への信念を特徴としている。結局、彼は基本的に自分のヨーロッパ的な世界観に固執していたのです。

みなさんには、そうしたことを踏まえて、少し知的な距離を保ちながら展示を楽しんでいただきたいです。そして本展で吸収したことを自分の人生でどう解釈していくかを考える場になれば幸いです。

*1──ル・コルビュジエが提唱した鉄筋コンクリート造の住宅構造の概念。床、柱、階段のみを主要な要素としており、構造躯体と内装や設備を分離することで自由な平面を実現できるのが特徴
*2──構造や様式の制約から解放された住まいを構成する、「ピロティ」「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」「屋上庭園」の5つの要素を指す

ロバート・ヴォイチュツケ
美術史家。専門は近代美術。ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム国立大学ポンにて博士号取得。国立西洋美術館研究員、東京理科大学招聘研究員として2019年から2022年まで日本滞在。「調和にむかって:ル・コルビュジエ芸術の第二次マシン・エイジー大成建設コレクションより」展(国立西洋美術館、2022)のキュレーションと監修を手がけた。著書に『未完の美術館:調和に向かってール・コルビュジエの思想と国立西洋美術館』』(Echelle-」、2023)。近代の絵画、彫刻、建築、モダニズム理論、美術史学への異文化間アプローチにとくに関心を寄せる。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。

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