公開日:2024年9月16日

第15回光州ビエンナーレレポート。ニコラ・ブリオーが指揮、人間と環境との関係性を問う人新世のアート

会期は9月7日から12月1日まで。「パンソリー21世紀のサウンドスケープ(Pansori a soundscape of the 21st century)」をサブタイトルに、73組のアーティストが参加。

会場風景より、マックス・フーパー・シュナイダー(Max Hooper Schneider)《LYSIS FIELD》(2024)

世界的な影響力を誇る光州ビエンナーレが開幕

9月7日、韓国・光州で開催される現代アートの国際芸術祭「第15回光州ビエンナーレ」が開幕した。会期はから12月1日。会場は光州ビエンナーレ展示館を中心に、市内にサテライト会場がある。また、各国・組織によるパビリオン展示も市内で行われており、今年は日本パビリオンが初参加した(レポート)。

1995年に始まり30周年を迎えた光州ビエンナーレは、韓国の民主化において重要な意味を持つ光州事件(5.18民主化運動)で知られる歴史的な場所が開催地であることも影響して、その政治性や企画力の高さによってアジア地域における国際芸術祭をリードしてきた。

今回はフランス出身の著名な批評家・キュレーター、ニコラ・ブリオーがアーティスティック・ディレクターを務め、「パンソリ―21世紀のサウンドスケープ(Pansori a soundscape of the 21st century)」をタイトルに30ヶ国から73組のアーティストが参加した。

ニコラ・ブリオー

ニコラ・ブリオーと人新世/資本新世の芸術

ブリオーといえば、今年ついに邦訳が刊行された『関係性の美学』(1998)と、そこで提示された「リレーショナル・アート」というコンセプトでとりわけよく知られる。これらは世界のアートシーンにパラダイムシフトを起こしたが、本展はその後のブリオーの展開、すなわち現在の気候変動と環境危機に対するアーティストの反応という、この10年ほど継続的に探求してきたテーマの流れに位置づけられる。ブリオーは2014年の台北ビエンナーレで「グレート・アクセラレーション:人新世の芸術(The Great Acceleration : Art in Anthropocene)」と題した展示を企画して以来こうしたテーマに取り組んでおり、2022年には『包摂:資本新世の美学(Inclusions:Aesthetics of the Capitalocene)』という本を出版している。本展もこうしたブリオーの問題意識の延長にあり、その実践の最新形だと言えるだろう。

ブリオーが重要視するのは、人間と非人間、つまり動物や植物、菌類、ウイルス、テクノロジー、AIなどとの関わりであり、加速する消費主義・資本主義に対するオルタナティブな世界の模索だ。ブリオーは「関係性の美学」を引き合いに出しながら、その射程が人間同士からさらなる広がりを持つようになったとインタビューで語っている。

「関係性の美学は、より包括的な方向に進化してきました。つまり私が見ているものには、人間以外のもの、動物や植物、ウイルスや温度などの目に見えない存在や、機械も含まれるようになりました。私が『関係性の空間』と呼ぶものは、相互作用の空間です。そこにはもはやオブジェクトはなく、様々な主観を持つエージェントが存在します。今日のアーティストはこのことを非常に強く意識しており、過去20年間で大規模な反人間中心主義の動きがありました。1990年代にはインターネットの台頭と人間同士の関係に基づく産業やサービスの始まりが主な問題でした。現在では、人間と、かつて我々が『環境』と考えていたものとの関係が問題になっています。世界はエコーチェンバーなのです」(*1)

光州ビエンナーレ展示館

「歩いて入れるオペラ」というコンセプト

前置きが長くなったが、ブリオーの近年の関心を前提に、ビエンナーレのハイライトをお届けしたい。今回の「パンソリ―21世紀のサウンドスケープ」というタイトルにあるパンソリとは朝鮮の伝統的民俗芸能であり、ひとりの歌い手が太鼓のリズムに乗せ、独特の節回しで喜怒哀楽を語り演じるもので、「朝鮮オペラ」とも呼ばれる。このパンソリを冠した本展は、近年ブリオーがよく用いる音楽用語が章立てに使われ、音/音楽が空間を満たす「サウンドスケープ」としての世界を描き出す。

ギャラリー1、2は「フィードバック効果」という章。入場してすぐの通路には、ナイジェリア出身のエメカ・オグボ(Emeka Ogboh)によるラゴスの街路や市場の音を用いたサウンドインスタレーションが響き、鑑賞者はそこを通り抜けて展示室へと向かう。

会場風景

ドイツ・フランクフルト出身のミラ・マン(Mira Mann)は楽屋にあるような鏡と電球のセットにいくつかの写真や物を配置したインスタレーション《objects of the wind》(2024)を発表。朝鮮半島に古くから伝わる伝統音楽プンムル(農楽)をモチーフに含む本作は、ドイツに移住し働いた韓国人看護師に捧げられた記念碑。1966〜73年にドイツの看護師不足を補うため誘致された1万人以上の韓国人女性の存在に言及する。

会場風景より、ミラ・マン(Mira Mann)《objects of the wind》(2024)
会場風景より、ミラ・マン(Mira Mann)《objects of the wind》(2024)

ブリオーはステートメントで本展を「歩いて入れるオペラ」と評しており、これらの作品からはこのコンセプトを実感できる。

フィードバック効果(またはラーセン効果)とは、2種類の音の発信源が近すぎる場合に生じる現象で、ブリオーは現代的な時空間を『フィードバック効果/ラーセン効果』によって構築されたものとして記述できないかと考えていると過去に語っている。昨年のインタビューだが引用したい。

「グローバルな空間は縮小し、狭小になりつつある。たとえば、野生動物には生息できる空間がこれ以上なく、人間は彼らにどんどん接近しています。何もかもが近づき続けているんです。これが、私が視覚的ラーセン効果と呼ぶものの起源であり、耳障りな音と耳障りなノイズを生み出していて、現代アートやこの時代の視覚文化に頻発しています。距離の欠如、距離の消滅です」(*2)

このような現代の風景として、会場2階には自然の工業化という問題に取り組む作品が並ぶ。

会場風景より、スン・ティエ(Sun Tie)《System’s Void》(2024)
会場風景より、ハリソン・ピアース(Harrison Pearce)《Valence》(2024)
ヘイデン・ダナム(Hayden Frances Dunham)《The Return:Finally Free》(2024)
会場風景

音と匂いが混じり合う空間

そして3階からは「ポリフォニー」という章。とくに目を引いたのがマックス・フーパー・シュナイダー(Max Hooper Schneider)《LYSIS FIELD》だ。砂が広がった奥に、淡水生態系とジャンクな素材でできた滝を備え、さらに廃品や地域廃棄物を含むビオトープのような大掛かりなインスタレーションだ。様々な事物が互いに関係し合う、退廃的な近未来のエコシステムだろうか。

会場風景より、マックス・フーパー・シュナイダー(Max Hooper Schneider)《LYSIS FIELD》(2024)
会場風景より、マックス・フーパー・シュナイダー(Max Hooper Schneider)《LYSIS FIELD》(2024)

中国出身のユアン・ワン(Yuyan wang)の《Green Grey Black Brown》も印象的だった。大地や土壌の様々なシーンをつないだ映像にセンシュアルな歌声が響く。海亀の卵が埋まった砂浜、腐敗して土に還る落ち葉、泥につかる人々、巨大な滝、セメントのようなものを大量に流し込む太いパイプとそれを持つ人々など、人間によるエコロジーへの介入や、非人間との相互関係が描き出される。

会場風景より、ユアン・ワン(Yuyan wang)の《Green Grey Black Brown》(2024)
アンベラ・ウェルマン(Ambera Wellmann)の絵画作品。海辺を舞台に人間と魚、鳥、廃棄物などが混合された姿で描かれる

フランス出身のガレ・ショワンヌ(Gaelle Choisne)は果物とお香を用いたインスタレーションを発表。本展では、このようにいくつかの作品が発する匂いや音・音楽が、各作品のスペースを超えて混ざり合っている。一般的なグループ展が各作品の音響等の干渉を避けようとするのとは対照的な空間づくりに、本展の思想が表れていると言えるだろう。

会場風景より、ガレ・ショワンヌ(Gaelle Choisne)の展示風景
会場風景より、フィリップ・ザック(Phillip Zach)《soft ruin》(2024)

ブラジル・サンパウロ在住のアレックス・チェルヴェニー(Alex Červený)は、広大な自然を舞台に聖書と神話の登場人物、ウルトラマンなどのキャラクター、科学的な要素などを登場させた超現実的な風景を描いた作品で知られる。新作《ボートピープル》(2024)はベトナム戦争時のボートピープルを描いたもので、メルヴィルの『白鯨』やホメロスの『オデュッセイア』、カストロ・アルベスによる奴隷貿易を扱った叙事詩などを引用。植民地支配と捕鯨産業、奴隷貿易、異文化間の交流といったテーマを読み取ることができる。

会場風景より、アレックス・チェルヴェニー(Alex Červený)《ボートピープル》(2024)
会場風景より、アレックス・チェルヴェニー(Alex Červený)の作品

シャーマン、魔女、原始的な音

現在の危機的な地球環境の変化には、人間社会の資本主義、家父長制、奴隷制度、植民地主義、水や動物の搾取といった政治的・社会的問題が深く関与している。こうした近代化以降の主流な権力構造を組み替えるオルタナティブとして、近年エコフェミニズムや魔女といった存在が芸術、文化、思想の諸領域で改めて注目を集めている。ブリオーもこうした資本主義以前の精神的・社会的実践を重要視しており、本展でもシャーマン呪術的要素を感じさせる作品が紹介されている。

会場風景より、ビアンカ・ボンディ(Bianca Bondi)《The Long Dark Swim》(2024)

3つ目の章「原始的な音(Primordial Sound)」は、ヒンドゥー教等においてオーム (聖音)と呼ばれる原始的な音にインスピレーションを受けた構成で、宇宙の広大さ、人間のいない惑星、砂漠、ジャングルといったテーマを扱うアーティストを紹介。パンソリの起源でもあるシャーマンという存在が、人間中心主義とは違う世界の可能性へと鑑賞者を誘う。

会場風景より、マルグリット・ユモー(Marguerite Humeau)《*stirs》(2024)

ロシア出身、現在はインドネシア・バリ島拠点のソフヤ・スキダン(Sofya Skidan)による3面スクリーンの映像作品《What do you call a weirdness that hasn’t quite come together?》 では、雄大で神秘的な自然の風景とデジタルテクノロジーによって生み出された映像が溶け合う。伝統的なシャーマニズムと現代のサイバースペースが融合したサイバーシャーマンがヨガのようなポーズを取りながら、周囲と交わる濃密で官能的な雰囲気を醸し出す。

会場風景より、ソフヤ・スキダン(Sofya Skidan)《What do you call a weirdness that hasn’t quite come together?》 (2019-24)

「真に喫緊の課題や、政治的緊急事態とは何か、それは私たちが暮らす世界の変化を正しくとらえる現代のアーティストたちから得ることができる」(*3)とブリオーは語る。人新世とも言われる、人間の行動が劇的な環境危機を引き起こしている現代において、私たち人間は人間以外の存在とどのようにともに存在し、影響し合いながらより良い風景や生態系を生み出すことができるのだろうか。そうした政治と美学に関わる問いに、アートの実践を通して迫る展覧会だ。

*1——OBSERVER, Nicolas Bourriaud Discusses the Curatorial Approach of the 2024 Gwangju Biennale https://observer.com/2024/09/interview-nicolas-bourriaud-director-gwangju-biennale-pansori-2024/
*2——ICA Kyoto, ニコラ・ブリオーとの会話 https://icakyoto.art/realkyoto/talks/87254
*3——ArtReview, Nicolas Bourriaud Animates the Gwangju Biennale https://artreview.com/nicolas-bourriaud-animates-the-gwangju-biennale/

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。