公開日:2024年10月31日

「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」(国立新美術館)レポート。ユーミン、千葉雅也、村瀬歩、キム・ゴードンら多彩な顔ぶれとコラボする“生きた”美術館

会期は10月30日~12月16日、入場無料。様々なアーティストやボランティアとともにパフォーマンスを行う展覧会 (撮影:編集部[ハイスありな+福島夏子])

国際的に活躍するアーティストのアジアで初の美術館個展

「荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ」が東京の国立新美術館10月30日~12月16日に開催される。企画は米田尚輝(国立新美術館主任研究員)。

荒川ナッシュ医は1977年福島県いわき市生まれ、1998年からニューヨーク、2019年よりロサンゼルスに居住する米国籍のクィア・パフォーマンス・アーティスト。2000年代から国際展や美術館で発表を重ねてきた作家にとって、本展はアジア地域においては初めての美術館での個展となる。

会場にて、荒川ナッシュ医(左)とボランティアの皆さん

荒川ナッシュはコラボレーションをアート活動の基本とし、今回も個展でありながら多様な画家による絵画が登場。ほか作家の作品とともにパフォーマンスが行われるのに加え、ユーミンこと松任谷由実、寺尾紗穂、ハトリ・ミホ、キム・ゴードンが本展のために新曲を書き下ろし、千葉雅也の初戯曲で声優・村瀬歩が出演するなど、非常に豪華な顔ぶれが本展でコラボレーション。さらに65歳以上のボランティアや、子供たちも展示空間に呼び込み、絵画とパフォーマンスの近しい関係を探る新しい試みとなっている。

会場入口

誰もが展示室の床に絵が描ける

会場に入ると、まず本展の会場図とスケジュール表が巨大な壁としてそびえ立つのが目に入る。普通の静的な展覧会とは違う、何か「こと」が起きることを予感させる導入だ。

会場風景

そして開けた広い空間の床にたくさんのラクガキが。これは《メガどうぞご自由にお描きください》という参加型のインスタレーション。会期中毎週日曜日に誰もが自由に美術館の床に絵を描けるというもので、2021年にテート・モダン(ロンドン)のタービン・ホールで発表され、2025年にはミュンヘンの現代美術館ハウス・デア・クンストに巡回予定の作品だ。ユニークなタイトルは、日本の戦後を代表する前衛的なアーティスト集団「具体美術協会(具体)」を立ち上げた吉原治良の作品《どうぞご自由にお描きください》から取られている。

会場風景

本展の最初のセクションは「絵画と公園」。1956年に芦屋公園で発表された《どうぞご自由にお描きください》は、日本の公共の場でアートを提示した先駆的な作品だ。荒川ナッシュは本作に敬意を示し、美術館の床をキャンバスにする《メガどうぞご自由にお描きください》で、人々が思うままに憩い活動しクリエイティビティを発揮する公園としての美術館を立ち上げる。具体のメンバーには子供のための美術教育に関わった作家たちも多く、「具体は子供の想像力にインスパイアされた」と荒川ナッシュ。

同館の企画室と教育普及室との連携企画である本作は、開幕に先駆け10月22日に教育普及が開催する「かようびじゅつかん」の一環として159名の子供たちが参加し、床中に絵が描かれた。今後は会期中毎週日曜日に誰でも絵が描けるので、興味がある人はこちらの記事も参考にしてほしい。

これまでも具体にインスピレーションを受けた作品を度々発表してきた荒川ナッシュ。展覧会には吉原治良や、同じく具体メンバーであった田中敦子白髪富士子の絵画も展示されている。

またお絵描きが広がる床を囲む印象的な衣装の数々はエイミー・シルマン《医のためのタバード》(2013)で、2013年にグッゲンハイム美術館で開催された「具体 この素晴らしき遊び場」展の展覧会カタログを解体した紙を素材にしている。内覧会ではこの衣装をまとったボランティアチームも登場した。

会場風景より、上は吉原治良《黒地に白》(1965)、下はエイミー・シルマン《医のためのタバード》(2013)

また印象的なアドバルーン作品《スカイ・フェスティバル》も、具体が1960年に大阪の高島屋で行ったインターナショナル・スカイ・フェスティバルを下敷きしにした作品で、2つのバナーは「かようびじゅつかん」の参加者たちによって描かれた。国立新美術館の展示室が縦にも横にも広々と使われ、印象的な展示空間を生み出している。

子育てとアーティストであることのジレンマ

内覧会にて、ガイドツアーをする荒川ナッシュ医

続くセクションは、子育てにまつわる内容。トレバー・シミズによる、夜泣き対応で睡眠不足の人の肖像、搾乳機、そして子育てに手慣れてきた頃の食卓風景を描いた絵画群は、いち子育て中の人間としては「あるある」すぎて、思わず苦い涙と笑いがこぼれる。

会場風景より、トレバー・シミズの絵画

同性パートナーの荒川ナッシュ・フォレストと結婚している作家は現在、代理出産を利用して双子の「ゲイパパ」になる目前。息子を描いた絵画を展示しているローラ・オーエンズは出産後「母と作家としての自己が乖離し、制作に没頭できなかった」(キャプションより)と回顧しているが、「作家になることと子育てにはジレンマがある」(荒川ナッシュ)。しかし本展はそんな「くたびれ」感も醸し出しつつ、全体的にはユーモラスでリラックス感も。

会場風景より、ローラ・オーエンズ《無題》(2006)
会場風景より、ニコール・アイゼンマンの展示

八重樫ゆい《双子ベビーカー絵画》フリーダ・トライゾ・イエーガー《タライ絵画(ペイント・ウィズ・ラブ)》など、赤ちゃんのための道具を使ったコラボレーションも。斎藤玲児との共作で撮られた映像作品には、タライ絵画を用いてタイのBLドラマ『Paint with Love』から引用した作家とフォレストとのキスシーンも。またYouTubeチャンネル「はぴLIFEチャンネル」を運営する同性のカップルのみち子ぽっちも出演している。

会場風景
会場風景

絵画とLGBTQIA+

3つ目のセクションは「絵画とLGBTQIA+」。荒川ナッシュはこれまで、クィアのアーティストからインスピレーションを得たり、コラボレーションを重ねてたりしきた。

会場風景より、中央は荒川ナッシュ医《緞帳(ユタ・クータ《永遠の女性》2006年)》(2024)

たとえばエルズワース・ケリーによる1953年の絵画《スペクトラム I》をもとにした作品は、各色の部分が分解できるパーツになっており、これを用いて演劇集団LGBTI東京とのパフォーマンスを実施、その様子は映像で見ることができる。会場にはこの《スペクトラム I》がフラッグになって掲げられており、「レインボーフラッグの固定化された型」(荒川ナッシュ)から軽やかに逸脱してみせる。

内覧会にて、ガイドツアーで説明する荒川ナッシュ医
会場風景

《ネメシス・ペインティング(宿敵の絵画)》(2022) は、 絵画と身体の融合をパフォーマンスを通じて実現した作品。内覧会でパフォーマンスが行われ、持ち上げられた参加者たちが絵の中に飲み込まれていった。ほかにもユタ・クータとのコラボレーションや、65歳以上の美術館ボランティアの参加を経て完成した作品なども展示されており、クィアネスと身体性、絵画とパフォーマンスの関係性が探求された展示室になっている。

会場風景

「国立美術館でこの頻度でパフォーマンスを行うのは大変なことです。学芸員の皆さんにも頑張ってもらって、パッケージされた展覧会とはまた違った、生きた芸術を今回お届けしようと思っています」と作家。

こうしたアティチュードは展示室の使い方にも示されている。通常は国立新美術館の巨大な空間をグリッド状に区切るために使われる可動壁がところどころで斜めに配され、場所によっては細い隙間を作り出して、ちょっとした抜け道のようになっている。展示室でパフォーマンスする身体と一緒に、壁も動き出しダンスするような風通しのよさがあり、各セクションを有機的につなぐことにも一役買っている。

会場風景

ユーミンにキム・ゴードン、新曲でインスタレーションが実現

「ペインティングス・アー・ポップスターズ」と題された本展は絵画作品を「ポップスター」とみなしてその共演を実現するものだが、そこに超豪華なポップスターたちもコラボレーション参加している。

まず荒川ナッシュが長年のファンだというユーミンこと松任谷由実が、本展のための新曲「小鳥曜日」を制作。ユーミンが愛するアンリ・マティスにオマージュを捧げる内容の歌であり、さらにこの歌に合わせて松任谷正隆が会場空間を構成したインスタレーションが登場。マティスのドローイングも展示されている。「小鳥曜日」はいまこの美術館でしか聞けないというから、ファンにとってはこの曲目当てに展覧会を訪れる価値がある貴重なコラボレーションだろう。

松任谷由実「小鳥曜日」の展示室

ほかに元ソニック・ユースのメンバーでオルタナ・シーンのカリスマであるキム・ゴードンオノ・ヨーコの『グレープフルーツ』に触発された「オノ・ヨーコの《インストラクション・ペインティング》のためのサウンド・イベント」、画家・丸木俊に触発された寺尾紗穂 「ミクロネシア三景」、デイヴィッド・メダラに触発された、ハトリ・ミホ with 荒川ナッシュ医「Hello Hello Halo-Halo (ハロハロハロハロ)」など、絵画が歌うかのような楽曲インスタレーションが堪能できる。

キム・ゴードン 「オノ・ヨーコの《インストラクション・ペインティング》のためのサウンド・イベント」の展示室
デイヴィッド・メダラに触発された、ハトリ・ミホ with 荒川ナッシュ医「Hello Hello Halo-Halo (ハロハロハロハロ)」の展示

また見逃せないのが、哲学者・千葉雅也が初めて手がけた戯曲に基づくLEDインスタレーション。ロバート・ラウシェンバーグによる1960年の4連作に基づいたLEDが集まった部屋で、声優・村瀬歩が戯曲を演じた声が流れる。

千葉雅也 with 荒川ナッシュ医《サマー・レンタル(ロバート・ラウシェンバーグ《サマー・レンタル》、《サマー・レンタル +1》、《サマー・レンタル +2》、《サマー・レンタル +3》1960年》(2024)の展示風景

ジャパニーズ・ディアスポラとして

「絵画とパスポート」というセクションでは、2019年にアメリカ国籍を取得した荒川ナッシュの経験やアイデンティティと密接に関わる展示が展開される。「2024年の終わりにアジア系アメリカ人の子どもを授かる荒川ナッシュは、日本という概念に執着してしまう自身に焦燥感を覚えるという。(略)国籍を変更して日本人としての固定観念を拭い取ることで、 移民第一世代である親としての自分と、 来るべき子どもたちとの間の良好な関係を築くことができると考えたのだ」(キャプションより)。

会場風景

本セクションでは、日本国外で活動した日本にルーツを持つアーティストが紹介される。桂ゆき、 河原温、 国吉康雄といったよく知られた作家をはじめ、ルイス・ニシザワ、ミヨコ・イトウといった日本であまり馴染みのない作家も展示。今回日本で初めて作品が展示されたミヨコ・イトウは、1918年にアメリカのカリフォルニアで日系アメリカ人として生まれ、シカゴを拠点に活動した画家。抽象的な形態と神秘的な雰囲気に満ちた《無題》(1970)は魅力的な作品で、こうした未見の作品と出会えるのも本展の醍醐味。またイトウが1983年に助成金を申請するために書いた手紙からは2人の子供を育てながら制作をしてきた苦労が滲むもので、荒川ナッシュが日本語訳してパネルで紹介している。ジャパニーズ・ディアスポラについて、そしてアーティストの労働条件について考えさせられる内容だ。

会場風景より、ミヨコ・イトウ《無題》(1970)

また河原温のドローイング2点は、本邦初公開。新生児を描いたものと、HomosexualityやLesbian Loveといった言葉などが書かれたダイアグラムは、これから子供を迎える荒川ナッシュの関心に沿うものだろう。また河原が最初の子供が誕生した翌日の日付を書いた日付絵画をLEDモニタで再現した、荒川ナッシュの作品も合わせて展示されている。

会場風景より、河原温のドローイング
会場風景より、荒川ナッシュ医《河原温《APR. 13, 1978》1978年》(2024)

ほかにも、教育をテーマにしたセクションや、福島県いわき市出身の作家が、ほかのアーティストや兄弟と協働して同地で震災以降に手がけた作品など、ここでは紹介しきれない多様な作品やコラボレーションが展開される本展。

本展は入場無料。公園のように開かれた展覧会は、これから訪れる人々にとってどのようなプレイグランドになるのだろうか。

南川史門(左)と、台車に横たわって南川の作品内部に入る鑑賞の仕方を実演する荒川ナッシュ医 *パフォーマンス時のみ
会場風景
会場風景
会場風景

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。