公開日:2023年12月7日

アーツ前橋前館長らのハラスメントを市が認定。「ガバナンスが十分に機能せず、心的負担かけた」と被害者に謝罪。前館長は「懲戒処分に該当しない」との認識を示す

借用作品の紛失や作家に対する契約不履行が起きた群馬県前橋市の市立美術館「アーツ前橋」におけるハラスメントを市が認定。

前橋市がハラスメントの被害者に謝罪した文書

アーツ前橋の住友文彦前館長(現・東京藝術大学大学院教授、館長在職時は同准教授を兼務)と元学芸員による元臨時職員へのハラスメントを前橋市が認定していたことが分かった。住友前館長は2021年3月末の館長退任直前に「ハラスメントに該当する不適切な行為があった」と市から訓告処分(厳重注意)を受けていた。元学芸員によるハラスメントは当時認定されなかったが、元臨時職員から再度の審議要請を受け、その後に認定された。市は今年7月に組織全体のガバナンスが十分に機能せず大きな心的負担をかけたとする文書を元臨時職員に送り、謝罪した。

ハラスメント被害を訴えていたのは、2019年4月~同9月に同館に勤務した元臨時職員。同年夏に開催された展覧会「山本高之とアーツ前橋のビヨンド20XX 未来を考えるための教室」の担当学芸員として着任し、展示や関連イベントの準備、記録集の編集に携わった。退職後の2020年、前館長と元学芸員からハラスメントを受けたと市に申し出て、審査会での審議を経て該当すると認定された。なお、審査会はアーツ前橋の問題とは所管の異なる部署で実施された。

元商業施設を改修し、2013年に開館したアーツ前橋

元臨時職員によると、正規職員の元学芸員が副担当として展覧会の準備・進行に関する業務を補佐するはずが、元学芸員より協力を得られずひとりで行うようになったため、残業手当が出ないにもかかわらず、深夜までの超過勤務が頻繁にあった。過重な仕事量に加え、発行物制作の流れなど基礎情報が共有されず、同館の過去事業を振り返り文章化するという勤務歴がなければ遂行不可能な業務を強要され、作家と調整し推挙した記録集の執筆者への謝礼支払いを元学芸員に拒否されたという。また住友前館長に密室で明らかに理不尽に思える叱責を受け、緊急に際したメールや電話も無視されるなど「個人の尊厳を無視した継続的な圧力を受けて、心身に不調をきたした」(元臨時職員)という。

本展を巡っては、アーティストの山本高之氏が「前館長らが記録集の作成を一方的に中断し、業務委託料が一部支払われなかった」とアーツ前橋による契約不履行を主張。市は、同館の過失を認めて山本氏に損害賠償金80万円を支払い、今年3月に記録集を発行した経緯がある。市の調査は、契約不履行の原因を「恣意的な(山本氏と結んだ)契約の解釈と対応が行われ」「情報量の偏在及び事実と異なる経過説明によって誘発された事案」「当時の館長(住友氏)と複数の学芸員の関与が認められる」と事実認定した。元臨時職員は、前館長らが発行中止を考えていた記録集の作成に当たり、作家との連絡役を担っていた。

契約不履行についての記事はこちら。

元臨時職員は「予定通り記録集を発行すべく調整に努めたが、山本氏が作成した原案を伝えても前館長や元学芸員から返信や具体的な修正指示はなく、非常に困惑した。にもかかわらず、理不尽な叱責や恫喝的な言葉を受けるストレスにさらされ、複数人の打合せや契約協議の場で発行中断の理由まで自分に責任転嫁された。当時のアーツ前橋の組織体制や指揮監督、ハラスメントに対する意識に大きな問題があったのは明らか。現在、新体制のもと開館10周年記念展が大々的に開かれているが、問題が二度と起きないように組織運営の改善やハラスメント防止策を徹底してほしい」と話す。

アーツ前橋開館10周年記念展のレポートはこちら。

「アーツ前橋におけるハラスメント行為について(お詫び)」と題した文書は山本龍市長名で今年7月5日に元臨時職員宛に出された。文書では、元館長に加え元学芸員についてもハラスメントに該当する不適切行為を認定したと報告し、「このことは、アーツ前橋において、組織として適切な業務執行が行われていなかったこと、アーツ前橋内でのハラスメントに対する意識及び、報告、連絡、相談等コミュニケーションに問題があったこと、それらを含め組織全体のガバナンスが十分に機能していないことに起因するものであった」と記述。「大変な心的負担をおかけする事態になったことに対しまして、深くお詫び申し上げます」と元臨時職員に謝罪した。また本件を受け、アーツ前橋の人員体制の見直しやガバナンスの強化を進め、管理職を含むハラスメント研修の義務付けやコンプライアンス部門等と連携した未然防止に努めていくとした。

なお市は、市職員の懲戒処分公表基準に該当しないため本件を公表していない。

前橋市がハラスメントの被害者に対して市長名で出した謝罪文

Tokyo Art Beatは先月、本件について住友前館長に取材メールを送り、以下の回答を得た。

住友氏はハラスメント認定による市の訓告処分を「法的に懲戒処分に該当しない措置」との認識を示し、当時の状況について「私が不服を申し立てたいとの考えをもっていると市に伝えても、懲戒処分に当たらないので不服申し立てはできない、と市職員より説明を受けた」「(市職員から処分を伝えられたとき)詳細な理由について細かく説明されなかったと思う」と説明。いっぽう、「元臨時職員がそのように受け止めている点については大変申し訳なく思っている」とした。

また、住友氏が館長退任後に判明した契約不履行については「山本氏と前橋市との間で和解が既に成立しているようですので、私からお答えすることは控えさせて頂きたい」とした。

アーツ前橋は、住友前館長が在職中の2020年11月に作家遺族から借用した6作品の紛失を発表。市が設置した有識者らでつくる調査委員会が翌年3月に公表した調査報告書には、前館長らが市に隠蔽や虚偽説明を検討していたという趣旨が記載され、同市は前館長らを訓告処分とした。その後、同市は同館再建に向け「アーツ前橋あり方検討委員会」を実施。山本市長が検討委からの提言を受け取っている。

また山本氏に対する契約不履行をめぐっては、現代美術家の労働組合「アーティスツ・ユニオン」(村上華子支部長)は今年6月、住友前館長がキュレーションを教授する東京藝術大学に意見書を送付。「前館長が市に虚偽報告を行い、適正な行政判断を遅らせた」などと指摘し、学芸員倫理の徹底や再発防止を求めた。

アーティスツ・ユニオンが東京藝大に意見書を送付した記事はこちら。

美術館内での職員間の不均衡な力関係を背景にしたハラスメントの訴えは以前にもあったが、今回のように行政による認定が明るみに出たケースはまれだ。国は2022年4月から中小企業を含むすべての企業にパワーハラスメントの防止措置を義務化し、アート業界や教育機関もさらなる対応と意識の変革を迫られている。東京藝大や新体制に変わったアーツ前橋が本件をどう受け止め、対応していくかを注視したい。

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