かわいいパンダで有名な「アドベンチャーワールド」は、和歌山県西牟婁郡白浜町にある動物園、水族館、遊園地が一体になったテーマパークである。南紀白浜空港から車で5分ほどの好立地で、日本有数のリゾート地・白浜に位置し、美しい海もすぐ近く。足を伸ばせば世界遺産の熊野古道があり、豊かな自然や独自の文化に恵まれた地域だ。
このアドベンチャーワールドで、現在2つのアート・プロジェクトが進行中だ。動物園やテーマパークと現代アートという組み合わせは意外に感じられるが、アーティストがアドベンチャーワールドと協働し、丁寧なリサーチや滞在制作を行い、この場所ならではの面白い作品が生まれている。今回はこれらのプロジェクトを紹介したい。
ひとつめのプロジェクトは、和歌山県出身のアーティスト前田耕平とアドベンチャーワールドが共同で始動した動物園の未来ラボアーティストリサーチプロジェクト「あわいの島」だ。本展示はアドベンチャーワールド内のセンタードーム2Fを会場に、9月13日〜12月29日まで行われる。
アドベンチャーワールドのパーク理念は「いのちをみつめ、問いつづける。いのちの美しさにきづく場所。」。本プロジェクトは「これからの動物園の存在意義とは?」というアドベンチャーワールドの問いを起点にしたものであり、「いのちの循環」のデザインをアーティストと考える活動として位置付けられている。前田は2022年からプロジェクトを立ち上げ2年間にわたりパーク内でリサーチを行い、それをもとに制作した映像作品《あわいの島》を中心とする展示を発表。9月20〜29日に同地域で開催された「紀南アートウィーク2024」の関連企画でもある。
前田は「自然と人の関係や距離」をテーマに、国内外で活動を行うアーティスト。今回のプロジェクトは、動物と人間、自然と人工、娯楽と教育、集団(群れ)と個人(個体)をはじめとした、動物園とその仕事を取り巻く様々な事項に着目し、決して二項対立で語ることのできない事象の「あわい」を独自の視点でとらえた。
会場は、1階と2階をつなぐエレベーターを取り囲むように円形状になっている。前田が想像・創造した「あわいの島」の模型を見てから右回りに進むと、まず目に飛び込んでくるのは不思議な“生き物”の人形たちだ。そして「方舟」と名付けられた繭のようにも乗り物のようにも見える構造物の内側にスクリーンが設置され、そこでこの“生き物”たちが登場する映像作品が流れている。
映像は「港」「食堂」「山」「祭事場」「洞穴」の5つのシーンで構成されており、ほとんどがアドベンチャーワールド内で撮影された。草食動物が展示されている場所から、普段は目にする機会のないバックヤードまでが映し出され、様々な姿の“生き物”たちが時に隊列を組んで行進し、音楽ライブで身を揺らし、予期せぬ侵入者に慌てふためいたりする。
これらは、アドベンチャーワールドのスタッフや、そこに暮らす動物たちがモデル。たとえば魚の頭を持つ「供給者(魚)」というキャラクターはパークを支える人間や動物園動物の餌となる生物がモデルであり、映像では実際にスタッフたちが人形を被って演じている。「やがて島民(=動物たち *筆者注)に食べられてしまうが献身的に島のあれこれをサポートする」という設定で、みなが規律的に動く姿について作家は「動物園が様々な『いのち』の働きによって存在している」という。
「リサーチのなかで、動物のためにスタッフの方が全力を尽くして働かれている現場をたくさん目にしました。動物のためのこの『思い』は一人ひとり違うのですが、動物園や組織に所属している中での、葛藤や揺らぎがたくさんあるようでした。それらを「媒介者」として語る方法を模索しました」(前田)
前田はリサーチの過程でパーク内で働くスタッフ36人にインタビューを行い、そこで得た内容がこの「あわいの島」という寓話に結実した。そして自身のことはこのパークに現れ、所属もしていないが完全な部外者でもない「媒介者」というキャラクターになぞらえた。ボロボロで薄汚れた媒介者の人形は動物園に侵入する野生生物をモデルにしている。イタチやカラスは動物園で飼われているわけではないが、勝手に侵入しては餌を食べ、動物園動物・人間にも影響を与える生態系の一部だ。
動物園を取り巻く状況は、近年の欧米を中心とするアニマルライツへの関心の高まりもあり、年々難しくなっている。そこに「媒介者」として侵入した前田は、こうした動物園の有り様を「善」「悪」という二局で判断するのではなく、奉仕と搾取、自然と人工といった様々な「あわい」のなかに留まり、未来に向けた道を探ろうとしている。
本作はこの世界の複雑さを複雑なまま扱った作品ではあるが、奇妙な”生き物”たちが動き回る映像は音楽もよく見ていて楽しい。筆者が鑑賞したときはパークに遊びに来た子供たちがじっと映像に見入っており、ノンバーバルな映像ならではの言葉を超えた伝達力もある。
動物園というシステムへの批評的な視点や問題意識も含む本作が、まさに動物園のなかで制作・展示されるというのは非常に稀有で、有意義なことだと言えるだろう。
ふたつめのプロジェクトは、「竹あかり」の演出制作・プロデュースを手がけるユニット・CHIKAKENと、台湾出身のアーティスト・王文志(ワン・ウェンチー)のコラボレーションによる「パンダバンブーアートプロジェクト」だ。こちらもアドベンチャーワールド内で実施されており、筆者が取材した9月末は完成に向けてまさに大詰め。8月から来日した王とチームが一丸となって巨大なインスタレーションを制作していた。完成のお披露目は10月5日。その後インスタレーションは1年を通じて展示される予定だという。
本プロジェクトは、その成長の速さから里山を荒廃させてしまう原因のひとつにもなっている「竹」の有効活用を目的としたアップサイクルプロジェクト「パンダバンブープロジェクト」の一環。アーティストとグローバル制作チームがボランティアスタッフとともにパーク内で制作を行う。王は竹を用いたインスタレーションを世界中で制作しており、瀬戸内国際芸術祭にも関わりが深いアーティスト。昨年実施されたプレアートプロジェクトに引き続き、今回が2回目のコラボレーションとなった。
なぜ「パンダバンブープロジェクト」のなかで、アートに白羽の矢がたったのか。アドベンチャーワールドのスタッフでパンダバンブーアートチームの徳岡晃一に聞くと以下の答えが返ってきた。
「パンダバンブープロジェクトはこれまでも地域の方を巻き込んで一緒に活動してきましたが、関わっていただく方を日本全国や全世界へと広げて、より多くの方々と一緒に何かできないかと考えたときに、アートというキーワードが出てきました。アート制作には老若男女が関係なく携われますし、今回の作品は作って終わりではなく、この作品を活用して人々が交流し楽しむことができる場にしたいと考えています。たくさんの方にご来園頂き、触ったり体感したりしていただきたいです」
作品は「Glimmering Hill(きらめく丘)」というコンセプトのもと、パンダの主食である竹5000本で作られた巨大インスタレーション。大小ふたつの丘のような構造物が竹の遊歩道によって結び付けられている様子は、アドベンチャーワールドと和歌山県、人間と自然、人と動物、白浜と世界の「つながり」をイメージしたものであり、人間と動物の関係性が世代を超えて受け継がれていくことを意味している。
作品内部を歩き回る鑑賞者は、昼は太陽の光と影、夜は竹あかりの幻想的な光の中で、自然への畏敬や生命を育む無限の可能性を体験することとなる。自然への深い感謝と希望を象徴する竹あかりの「きらめき」が、人々の自然への愛にあかりを灯すこと。今回のアートプロジェクトにはそのような想いが込められている。
アドベンチャーワールド
住所:和歌山県西牟婁郡白浜町堅田2399
電話番号:0570-06-4481(ナビダイヤル)
URL:https://www.aws-s.com/
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)