2004年に創設した、日英バイリンガルの展覧会情報と最新アートニュースを掲載するTokyo Art Beat(TAB)。このたび、「アート×ブロックチェーン」を標榜するスタートバーン株式会社に合流し、株式会社としての再始動を発表した。
これからTABはどのように変化していくのか? スタートバーン株式会社代表取締役で美術家の施井泰平、Tokyo Art Beat共同設立者の藤高晃右、Tokyo Art Beatブランドディレクターの田原新司郎が語る。
ポール・バロン(Tokyo Art Beat共同設立者、特定非営利活動法人GADAGO理事長)ステートメント
──まず、今回なぜTokyo Art Beat(TAB)とスタートバーンは合流することになったのでしょうか。TABは今後どのように変わりますか?
施井:今回の合流をきっかけに、急にTABのサイトが広告や宣伝ばかりになるのではと危惧しているかたももしかしたらいるかもしれません(笑)。でも、まずお伝えしておきたいのはそんなことにはならないということ。これからTABは機能やデザインをアップデートしていきますが、その内容は、TABユーザーのみなさんが「こうなったらいいのに」と期待しているようなものだと思います。
僕はそもそもTABのユーザーであり、いちファンでした。TABのこれからを考えたときに、TABとスタートバーンが合流することでTABに対してテクノロジーの安定供給を行い、レコメンド機能や使いやすさをアップデートできるのではないか?と思ったのが始まりでした。
かつてスタートバーンでもAI(人工知能)を活用した展覧会紹介サイトをつくる計画があったんですが、TABがあるのに新たにローンチする必要はないよねという結論に至りました。それで、2018年5月にTABの田原くんに一緒に何かできないかと声をかけたことを皮切りに、今日(収録日:12月3日)まで、TABのみなさんとは84回のミーティングを重ねてきました。
──では、今回のTABとスタートバーンの合流によってTABは機能・デザインを含めた大幅リニューアルへと向かうのですね。田原さんは最初に施井さんから合流の提案を聞いていかがでしたか?
田原:お話をいただいたときはちょうど私たちもTABも今後の方向性について悩んでいたところで、泰平さんにTABの課題を話したら「うち(スタートバーン)と一緒に解決していきましょう」と。その後、スタートバーンの資金調達のニュースが大きく報じられ、アート界では珍しく景気の良い話だったのでおもしろそうだなと思いました。ただ、TABの創業メンバーは二つ返事ですんなり認めることはないだろうな……とも感じていました。
──その創業者のひとりが藤高さんですね。最初にTABとスタートバーンの合流案を聞いたときはどうでしたか?
藤高:TABがどこかの会社と合流するとしたら2つの選択肢があると思ったんですね。ひとつは、名の通った安定感のあるところ、もうひとつは、未知数だが勢いがあり一緒に新たなアップデートができそうなところ。ちょっと上から目線に聞こえるかもしれませんが、TABがさらにパワーアップできる可能性があるとしたら、それは後者のスタートバーンと共になのではないかと思いました。僕自身が、ブロックチェーンの技術自体にインターネット黎明期のようなおもしろさを感じていたことも大きいです。
あとは、泰平さんからお話を聞く前に、TABチームから運営の大変さの内情を聞いていたんですね。NPO法人として2004年から15年以上経ち、このまま続けるのはいろいろな意味で大変です、と。僕は2008年にニューヨークに移住したためTABの運営からは離れていましたが、その大変な内情はよく理解できました。
田原:アート業界って華やかに見えるかもしれませんが、実際は泥臭く営業もハード。依頼する仕事も、結局ボランティアベースになることが多いのも嫌でした。また「NPO法人」ということで誤解も多く、スタッフが自分で自分を縛りつけているような状態だったので、ずっと漠然と株式会社化したかったんです。運営・経営の問題点が一気に噴出したタイミングで、泰平さんから声をかけてもらいました。
藤高:日本のNPOの仕組みとTABのビジネスモデルが最終的にはあまり合わなくなっていたという問題はありましたね。思想的な意味ではNPO法人とTABはフィットしていたけれど、法人としての金銭的なインセンティブづくりではうまくいかなかった。NPO法人としての税制の優遇は受けられることもなく15年ほどやってきましたから。
正直なことを言うと、TAB創業者や理事の思いとしては、株式会社とNPO法人の役割は別物なので、TABはNPO法人として、築いてきたものをそのまま継続していければ一番良いと思いました。でも、NPO法人だと将来への投資がなかなかできない。TABは、アートとテクノロジーを掛け合わせたサービスが特色ですが、テクノロジーは日々どんどん進化していき、できることが増える代わりにキャッチアップするコストは15年前と比べてとても大きくなりました。NPO法人という法人体系ではテクノロジーに大きな投資をしたり、時代に応じたキャッチアップも難しいので、スタートバーンと合流することで新しいエネルギーを得て、テクノロジーの課題が解消されることを期待します。
施井:僕はもともと2000年代初頭からインターネットを通して藤高くんのことを知っていて、ブログの読者であり、一方的にリスペクトしていたんですね。そのときから藤高くんが一貫しているのは、大げさなことも言わないし忖度もしないし正しいことを的確に言うこと。TAB+スタートバーンの交渉についても、粘ってコンセンサスを取っていけば良い方法に行くという確信があったので進められました。
藤高:NPO法人って、スタッフやユーザーを含めたみんなの思いが一番重要なエンジンです。そこから株式会社に切り替えるというのは大きな転換ですから、コンセンサスづくりに時間がかかったのは確かだと思います。でも、最終的に良いかたちにおさまって今はとても楽しみな気持ちです。
施井:僕がいちユーザーとしてTokyo Art Beatをすごいと思う点は、ずっと最善の判断をしてきたという的確さです。例えば参入のスピード感でいうとSNSの導入もそうだしTABのアプリもかなり早い段階からリリースしていますよね。あと、早いだけじゃなくて使い方も的確だったように感じます。
藤高:そうですね。TABアプリをリリースした2010年頃の日本ではアプリ自体が珍しく、App Storeのライフスタイル部門ではTABはかなり長い間ランキング1位でした。
──アートの情報サイトという面でもTABは先駆的だったと思います。以前、共同創設者のインタビューで藤高さんは「TABがスタートした2004年当時はインターネットそのものにネガティブなイメージを持っている人が多く、美術館やギャラリーの広報担当の方にTABのよさを知っていただくのが難しいこともありました」と話していたのが印象的でした。
藤高:当時のことを思うと隔世の感があって感慨深いですね(笑)。アート業界って、意外にも技術やお金などに対してすごく保守的なんですよね。当時、ネットバブルの後のインターネットはチャラチャラしたものというイメージがあって「FAXでしかやりとりしません」と言われたこともありました。今は2020年ですが、アメリカを例に出すと、ここ数年やっと全広告費の半分がインターネット広告フォーマットになり、アートフェアもオンライン化している。生活やアート業界の一部がどんどんオンライン化されているんです。そんななかでTABは、実社会の中にいかに活かせるデータ情報をつくるかというサービスでもあり、これまではオフラインの展覧会情報をオンラインで便利に見せるというサービスでしたが、今後はより踏み込んで、オフラインだけでなくオンラインネイティブなサービスも実現できるのではないかと考えています。
──アートメディアとして、TABにこれから期待することを教えてください。
田原:日本で耳目を集めるアートの話題のひとつは、「美術館の来場者が数十万人!」というニュースだと思うんです。TABはこれまで小さなカフェやアートスペースでの展示から、コマーシャルギャラリー、大型のブロックバスター展まで10万件以上の展示・イベント情報を公開(註:2020年12月にちょうど10万件を突破)してきましたが、おそらくTABの情報をきっかけに累計では数百万人以上の人が会場に足を運んでいるはずです。展覧会や作品、アーティストだけでなく、こうして数十万人、数百万人が足を運んできた鑑賞者が日本のアートシーンを下支えしてきたわけです。匿名かつ無名の、無数の人々の存在とその体験は、単にマスの中に消費されるだけでなくきちんと評価されるべきだと思っています。TABはそこを掘り下げられる唯一のアートのメディアだと思うんですね。スタートバーンのテクノロジーの力でさらなるサポートがあれば、インターネットの黎明期の高揚感までいかずとも、限りなく近いイノベーションは実現できると信じています。
施井:TABがバイリンガルであること、そのグローバルな視点は日本のメディアにとってとても重要だと思います。国内にいるとどうしても世界の営みが見えにくくなりますが、アートはグローバル前提なので、そこは日本のメディアが挑戦していかなければならないのではないでしょうか。
藤高:そうですね。バイリンガルにした元々の理由は、東京に住むアートファンの外国人のためでした。けれどしだいに、TABを通して海外の人が日本の展覧会情報を知ることができるうえ、過去十数年の展覧会情報データベースとしての意味合いも強いことがわかってきた。海外において日本のアートの認識を広めるためにも、バイリンガルは引き続き重視してほしいです。
そのいっぽう、基本的にTABは日本で展覧会を見にいく人をサポートするメディアです。今後は、展覧会情報に加えてアーティストの詳細プロフィールを掲載することで情報の解像度を上げたり、あるいは作品を購入する・所有するための情報提供やサポートができれば、これまでの見に行くための情報以上にアートと人々のつながりの裾野を広げることができるのではないでしょうか。
──昨年はコロナ禍によって展覧会や大規模なアートフェアなど多くの活動がいったんストップし、これまでのアート業界の慣習を見直すような動きがありました。今、みなさんが国内外のアート界について考えていることについて教えてください。
藤高:僕はコロナ禍の2020年に、自分が好きだった牧歌的なアートシーンがやっと戻ってきたかもしれないという感覚がありました。ここ10年ほど、世界中の金余りの影響か、ニューヨークには世界中から金持ちが集まりアートを買い、アート業界の価値軸がどんどんとお金に寄せられていったのを身近に感じてきました。そのことに対する諦めもあり、僕自身アートから少し興味が離れていたんですね。コロナで世界中を駆け巡る熱狂のようなものが半年くらい止まってみなの興味がもっと身近なことに向いてきているのを感じるので、そういう地に足がついたアート業界の発展に期待しています。
アートシーン全体で言うと、恒例の「Power 100」でMeToo、BLMなどのムーブメントが上位に食い込むほか、マイノリティの作家が多くランクインするなど主要プレイヤーの顔ぶれが一気に変わってきました。実際、ニューヨークでは黒人作家の展覧会が本当に増えています。また、ドクメンタ15の芸術監督にルアンルパが選ばれたりと東南アジアなどのこれまで発展途上国だと捉えられてきた国々の作家がどんどんグローバルに注目されるいっぽうで、日本は比較的古い先進諸国の一部として、良く言うと安定したmatureな国という認識になりつつある。日本から新しく出ていくアーティストには戦略の変更が求められると思っています。
施井:究極的な話、アートマーケットやアートシーンは白人の男性によるもので、ニューヨークやロンドンといった一部地域にしか中心地がなかったんですね。自分もかつてはそんなアート界に憧れていたわけですが、コロナを発端とした社会不安が後押しするかたちでBLM運動が生まれ、ダイバーシティを謳いながらも均一的だったアート業界の歪みがここへきて解消されようとしています。他方、スタートバーンで描いているのは、世界の0.01%の選ばれたアーティストだけでなく残りの99.99%のアーティストにも価値の管理や保持機能を提供することで、できるだけ多くの人をアートのダイナミズムに巻き込んでいくという未来なんですね。アート界の最近の動向とスタートバーンで描いている未来のどちらもが、歪みによって社会が不安定になってしまうことを回避したくなる人間の行動原理というか経済原理に基づいた当たり前の動きだと思っていて、ここへ来て一気に僕が考えていた方向へと社会がシフトしているような感覚があります。
田原:2014年にTABの10周年パーティーを開いたとき、告知をほとんどしなかったのにも関わらず600人以上もの人が来場してくれたことからもわかるように、TABはユーザーの愛と広告によって支えられてきたサービスだとつねに実感しています。今までサイトやアプリを思ったようにアップデートできず申し訳なかったのですが、みなさんにはついにそれができるのを楽しみにしてほしいですし、誰よりも使い込んできたいちユーザーとしても楽しみにしています。また、TABは、東京で絶えず生まれるユニークなスペースやイベントなど、ともすればフラットな仕組みからこぼれ落ちかねない小さな情報を拾い続けられる、大きな物語に回収されずにいられるサービスなんじゃないかなと思っています。そこが私自身のTABの好きなところであり、これからの時代への可能性を感じるところでもあります。
施井泰平
スタートバーン株式会社代表取締役 最高経営責任者 (CEO)。1977年生まれ。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年よりstartbahnを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。東京藝術大学での教鞭を始め、講演やトークイベントにも多数登壇。特技はビリヤード。
藤髙晃右
Tokyo Art Beat共同設立者。1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。
田原新司郎
Tokyo Art Beatブランドディレクター。1983年生まれ。北海道函館市出身。大学在学中、趣味の写真をきっかけとして数多くのギャラリーに足を運ぶ日々を過ごす。大学在学中からのバーテンダーのアルバイト、101TOKYO Contemporary Art Fairなどを経て、2009年よりTokyo Art Beatスタッフ。