江戸時代、長崎港を通じてオランダや中国から舶来した「異国」の文化は、日本の絵画や工芸にも新たな表現を引き起こした。
異国的風物をテーマに描いた絵画、ガラス絵や長崎版画、覗き眼鏡で凸レンズから覗き見る眼鏡絵、大名屋敷や名所の風景を描いた東都江戸の土産絵、江戸泥絵からは、西洋の絵画技法の影響下に描かれた洋風表現が見出せる。
西洋で生まれ、事物を見たまま写し取るために用いられた遠近法や陰影法。しかし、西洋の画家から直接学ぶことのなかった日本では独特の描写として発展し、さらに土産絵などとして民間に広まることで簡略化し、写生画とは異なった魅力を持つ「洋風画」や「泥絵」に変容していった。そして、「民藝運動の父」である日本民藝館の創設者、柳宗悦はそれらを「工芸的絵画」と呼び、民画として位置付けた。
このレポートでは、宗悦が収集した「工芸的絵画」を中心に、江戸時代の人々が身近に触れた異国の文化を知ることができる日本民藝館の展覧会「洋風画と泥絵 異国文化から生れた『工芸的絵画』」の作品をいくつか紹介していく。会期は6月9日〜9月6日(入館予約制)。
「江戸時代」「異国」といったキーワードから想起される出来事のひとつに、マシュー・ペリー率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、日本に来航した「黒船来航」があるだろう。違法出版であるかわら版が大量に出回ったという、当時の人々に大きな衝撃を与えたこの事件にまつわる絵画も多く残されている。《御固図屏風》も黒船を描いた作品のひとつ。1854年のお正月にペリーが再来航した際に諸大名が江戸湾防備のために守りについた、いわば再配置を描いた江戸泥絵の大作である本作は、宗悦が1935年に購入したものだ。
いっぽう、右扇にオランダ人の男女、左扇にオランダ東インド会社の旗を掲げた帆船が描かれた大型の洋風画《蘭船蘭人風俗図屏風》。江戸時代の洋風画は比較的繊細な筆致で描かれることが多いというが、本作はかなり粗い筆法で描かれているのが特徴。柳宗悦が亡くなる1年ほど前の1960年に本人が入手した本作は、宗悦好みの洋風画だと言えるという。
ひとえに「絵」といっても、その内容はさまざまで、本展にはユニークな作品、資料がいくつも集まる。例えば、江戸時代につくられた冊子「異国旗号図」は、イギリス、オランダ、スペイン、ポルトガルの国王旗をはじめとする全120旗が記された肉筆の図集。会場ではフランスの国王旗や船旗のページが展示されているが、その素朴な筆致はどこかかわいらしく現代的な印象をも漂わせている。欧州で人気を博し、江戸時代に日本で流行した「眼鏡絵」は、覗き眼鏡で鑑賞するスタイルの作品。後方から光を当てると昼景から夜景に切り替わるタイプの眼鏡絵は、会場ではボタンで切り替えの再現ができるようになっており、その仕掛けと変化が来場者を楽しませる。
そうした絵画以外にも、ヨーロッパで制作された加工革の「金唐革」を使用した革袋物、煙草入、和時計なども展示されている。1936年に創設され、約80年の歴史を持つ日本民藝館の歴史ある空間で展示の世界に没入ほしてほしい。
企画展以外にも、コレクション展や建物自体にも見どころが多い日本民藝館だが、2020年11月24日からは改修工事の為当面の間全館休館する。ゆっくりと時間を過ごすのであれば、スケジュールに余裕を持ってそれまでに訪れてほしい。