公開日:2020年6月29日

美術館女子の企画を見て考えたこと:断罪よりも改善を

読売新聞オンラインと美術館連絡協議会のプロジェクト「美術館女子」。3団体に事実確認を行なった(6月29日 編集部追記)

6月12日、読売新聞オンラインと全国約150の公立美術館からなる美術館連絡協議会(事務局・読売新聞東京本社)が「美術館女子」というプロジェクトを発表。読売新聞で「月刊チーム8」を連載中のアイドルグループAKB48チーム8のメンバーが各地の美術館を訪れ、写真を通じて、アートに触れる楽しさや地域に根ざした公立美術館の魅力を発信していくという企画に対して、SNS上で批判が巻き起こった。

その批判を受け、今回Tokyo Art Beatでは、読売新聞オンライン、美術館連絡協議会、東京都現代美術館の3団体に事実確認を行なった。

まず、問題点は主には以下の3つ。

1:ジェンダー意識
「美術館女子」と銘打つことで「女子」を特別視し、性別なく開かれた美術館が男性主体のものであるかのように不当に性差のイメージを与えている。さらに、プレスリリースでは「地域に根ざした公立美術館の隠れた魅力やアートに触れる楽しさを、“映える写真”を通じて女性目線で再発見していく」とあり、この「女性目線」という用語も不用意である。

2:蔑視的な表象
登場する女性はアートに関する知識を持たない設定で、女性自身によるモノローグでも「知識がないとか、そんなことは全然、関係なし。見た瞬間の『わっ!!』っていう感動。それが全てだった」や「こんな身近な場所にこれほど贅沢な“映えスポット”があるなんて、どれほどの女子が知っているだろう」など、無知の面が強調されることで蔑視的な表象がつくられている。さらに女性が作品を見ておらず、マネキンのように作品とともに写真に収まる姿も女性の客体的な見え方(女性が見られるものであり、モノ化されること)を助長させている。

3:「作品=映え」以上のことが書かれていない
この企画では「映え」が強調されているが、教育機関の役割も持つ公共の美術館は美術作品についての理解を多少なりとも促すべきである。

「美術館女子」ウェブサイトより

読売新聞オンライン、美術館連絡協議会、東京都現代美術館に質問

Tokyo Art Beatでは、各団体にそれぞれ質問を投げかけた。

読売新聞オンラインへの質問

1:本企画は、読売新聞オンライン様と美術館連絡協議会様、どちらが主体となって進められたものなのでしょうか?
2:本企画の狙いはどこにあるのでしょうか? また、想定するターゲット層を教えてください。
3:SNSを中心に「美術館女子」の名称の賛否が議論されていますが、そこで挙げられている「映え」重視による芸術理解の軽視、ジェンダーの問題点などの指摘は想定されていましたか?
4:本企画は今後も継続しますか?

美術館連絡協議会への質問

1:本企画は、読売新聞オンライン様と美術館連絡協議会様、どちらが主体となって進められたものなのでしょうか?
2:美術館連絡協議会は本企画に、どちらの部分でどの程度関わっているかをお教えください。
3:本企画の狙いはどこにあるのでしょうか? 想定するターゲット層を教えてください。
4:SNSを中心に「美術館女子」の名称の賛否が議論されていますが、そこで挙げられている「映え」重視による芸術理解の軽視、ジェンダーの問題点などの指摘は想定されていましたか?
5:本企画は、展覧会企画や美連協大賞をはじめとした美術館連絡協議会様のこれまでの活動実績とは異なる性質の活動であるように見受けられ、これまでの実績を損ねるとの見方もあります。そのことについてはどうお考えですか?

東京都現代美術館への質問

1:本企画に参加することになった経緯を教えてください。
2:貴館は本企画にどのように、どの程度関わっているのでしょうか?
3:SNSを中心に「美術館女子」の名称の賛否が議論されていますが、そこで挙げられている「映え」重視による芸術理解の軽視、ジェンダーの問題点などの指摘は想定されていましたか?
4:現代美術は、ジェンダーの問題をはじめ社会の諸問題と状況にリアルタイムに対峙した芸術分野でもあります。そうした作品を多く扱う貴館が本企画に関わることについての矛盾についてはどう思われますか?

これに対し、読売新聞グループ本社(広報部)と美術館連絡協議会(事務局)からは連名で以下のような回答があった。

本企画は、地域に根ざした公立美術館の隠れた魅力やアートに触れる楽しさを再発見していくことを目的として、読売新聞社と美術館連絡協議会が始めたものです。新型コロナウイルスの影響で国内の美術館が一時休館を余儀なくされましたが、アート作品だけでなく、建物を含めた美術館の多様な楽しみ方を提示し、多くの方に美術館へ足を運ぶきっかけにしていただきたいと考えました。今後のことについては、様々なご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討する方針です。

東京都現代美術館からは、以下のような回答があった。

先方の独自企画であり、東京都現代美術館は他のメディアと同じ対応で美術館紹介の記事の一環で取材をお受けしています。記事広告でもありません。

「美術館女子」ウェブサイトより

芸能人が美術館を訪れる雑誌やサイトの企画、あるいはInstagramの写真映えの一環に作品が用いられ、美術館やメディアもそれを意識的に利用するなど、本件と類似する形式は日本では度々見られてきた。しかし今回は、サイトの構成と「美術館女子」のタイトルによってジェンダー意識の低さが際立っていることが事態を深刻化させている。

女性・男性という属性を通して見るならば、美術業界全体の女性比率の高さに対して、美術館の館長や美術大学の教授をはじめ、上位職に男性が多く占めていることは明らかだ。これは美術界のみならず日本の現状でもあり、2019年12月発表の世界経済フォーラム(WEF)「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本が(前年の110位からランクダウンの)153カ国中121位となったのも、女性の政治参加度の低さが大きな理由のひとつだった。これは、国の指針と方向性を決める政策決定の場に女性の声が反映されにくく、自ずと偏りが生じてしまうということであり、今回の美術館女子問題はそうした現状の延長線上にある出来事の一例に過ぎない。

本企画を主導したのは女性か男性か、あるいは、仮想敵のようにSNSでたびたび現れる「ジェンダー意識の欠如したおじさん」なのかはわからない。だが、まずは意思決定をする場にメンバーの偏りがあるゆえに、抵抗なく他者を客体化してしまう日本社会全体の傾向を問題視すべきだろう。

いまできることは何か? それは、違和感を看過せずおかしいと声を上げ、「女子」「男子」をはじめ、何かひとつの属性で人を客体化・他者化しないために組織の多様性の担保に努めることだろう。多様性の真価=個々人の違いを尊重し、軽視しないための基礎固めのひとつが、ジェンダーバランスの改善なのではないかとあらためて思う。

2020年6月29日 編集部追記
「美術館女子」のサイトは6月28日までに公開終了した。サイト上には「本ページは公開を終了しました。次回以降の連載については、さまざまなご意見、ご指摘を重く受け止めて、改めて検討していきます」とのコメントが掲載されている。

今回の問題が炎上に対するたんなる火消しではなく、さまざまな既存の組織構成を見直すきっかけになることを願う。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。