Tokyo Art Beatはおかげさまで10周年を迎えました!昨年開催した10周年記念パーティーにはたくさんの方にお越しいただき、改めてたくさんの方に支えられてきたことを実感しました。この節目にちなんで、他にない新しいサービスを自力で立ち上げ運営してきたTABの10年を、Co-founder(共同創設者)と振り返ります。TABはどのような思いのもとスタートしたのか、そしてこれからどんな役割を果たしていくのか…。知られざる裏話や普段なかなか聞けない話について、現在はそれぞれ海外に拠点を置くPaul Baron、藤髙晃右、Olivier Thereauxの3名にメールインタビューしました。
はじめに、3人はどのようにして出会い、どういった経緯でTABはスタートに至ったのですか?
Olivier: 僕とPaulが出会ったのは2003年の4月でした。東京在住のブロガーの集まりで出会い、すぐ仲良くなって、写真を撮影しに夜の街を一緒に散歩したりするようになりました。そしてPaulから、東京のアート情報が、できれば英語で載っているような良いウェブサイトを知らないかと聞かれました。2004年の1月くらいのことです。
Paul: その頃はホームページを持っているギャラリーや美術館はほんのわずかで、イベントが終わってから展覧会があったことを知るなんていうことがしょっちゅうありました。ロンドンやパリに住んでいた頃いつも展覧会巡りをしていた僕にとっては、それはとても不便なことでした。自分たちや東京にいて同じように困っている人たちのために、何かツールが必要だと確信したのです。
Olivier: Paulはアイディアに溢れていてデザインができたし、僕もウェブテクノロジーの知識があったので、自分たちでウェブサイトを作ってみることにしました。
最初から、何人もの人たちが手伝ってくれました。実は一番最初の創設メンバーは、Kosuke(藤髙)ではなく、友達づてに知り合ったTadafusaという人でした。美術館やギャラリーの情報を集める部分は、彼が手伝ってくれてTABの枠組みができました。しかし彼は仕事が忙しくなり、後にこのプロジェクトを離れなくてはならなくなりました。その後僕らは共通の友人の紹介でKosukeに出会いました。彼は知的で情熱があり、僕にもPaulにもないスキルを持っていた。こうしてチームができたのです。
TABのスタート当時のことを教えて下さい。
Paul: 当時、日本人からもアートイベント情報に広くアクセスすることが難しいという声があったので、サイトは日英バイリンガルにすることに決めました。そこから12ヶ月の間、ボランティアを申し出てくれた人たちが仕事の後や休日に時間を割いて、美術館・ギャラリーとそのイベント情報を手作業でデータ入力してくれました。150カ所ぶんの情報を、英語と日本語両方でです(TABチーム注: 今では1000を超えるギャラリー・美術館情報が、TABのデータベースに登録されています)。
今でも覚えているハプニングがあるんですが、ウェブサイトをローンチしたその夜のことです。僕たちはお祝いに、3人で近くのバーに飲みに行きました。ところが途中で、ウェブサイトにかけていた開発者用のパスワードを解除するのを忘れていたことに気づきました。せっかく作ったサイトに、完成して1時間のあいだ誰もアクセスできなかったのです!
TABをスタートするにあたって、いろんな思い出があると思います。苦労したこと、大変だったことはありますか。
藤髙: TABがスタートした2004年当時は、インターネットそのものにネガティブなイメージを持っている人が多く、美術館やギャラリーの広報担当の方にTABのよさを知っていただくのが難しいこともありました。これは極端な例で今では笑い話ですが、美術館の担当者の中にはFAXでしかプレスリリースのやり取りをしない、メールは受け付けないという仰天な方もいらっしゃいました。
Paul: 僕が特に思い出すのは2008年頃、リーマンショックの影響を受け広告量の減少に伴い、何人かのスタッフにTABを離れてもらわなくてはならなくなりました。とても辛い決断でした。TABを一度クローズした方がいいのではないかという意見さえ出ました。これをきっかけにTABの運営について考え直すことを余儀なくされ、TABチームはさらに強くなりました。
一方で、TABをやっていてよかったと思うことはなんですか?
藤髙: バイリンガルでアート情報を発信してきたことで、文字通り世界中の人にTABのこと、ひいては東京のアートを知ってもらえていると実感するときです。英語で見ているユーザーが1〜2割という中で、短期的な視点では、手間がかかるバイリンガルのサービスではなく日本語に注力するべきだという意見もありました。
現在私はスマートニュースというニュースアプリの会社のニューヨーク支店で仕事をしていますが、スマートニュースの新しい米国人スタッフが偶然TABの大ファンだと聞いたことがありました。そのときは本当にとても嬉しくて、バイリンガルでやってきたからこそ世界への広がりが持てたなあと心を動かされた出来事でした。
Olivier: TABをはじめ、Kansai Art BeatやNY Art Beatなど僕らが始めたプロジェクトに、たくさんの人々が関わり、支えてくれていることに感動しています。成功する保証はなかったにも関わらず、設立当初から6〜7人のエディターや翻訳スタッフがボランティアで協力してくれました。Chris Palmieriもその一人で、彼はこの10年間ずっとTABのデザインを担当してくれています。他にもこのページに名前のある人たちがこの10年間を支えてくれました。僕がTABについて最も誇りに思っているのは、こんなにたくさんの人が支え続けたいと思ってくれるような場所になったことです。
10年以上サービスが存続するには、様々なドラマがあるのですね。TABがこれまで10年間やってこられた秘訣はありますか?
藤髙: もちろん、10年間やってこられたのは、まず第一は関わってきた多くの人々の気持ちや努力の賜物です。
しかし、やはり「東京中の大小様々なアート展覧会を網羅的にバイリンガルで掲載することで、アートを見るユーザーにとって便利なツールをつくる」というTAB創設からの理念をぶれることなく、常に忠実にやってきたということも大きいと感じています。例えば、美術館やギャラリーから掲載料をとってはどうかというアイデアも経済的な理由からたびたび出ましたが、それでは掲載料を払わない/払えない展覧会は掲載できず、ユーザーにとっては使い物にならない情報源になってしまいます。社会のためになるシンプルなアイディアそれを実現する技術的な仕組み、そして皆が使いやすいユーザーインタフェースがうまく合わさったから10年間続けてこられたのだと思っています。
これからのTAB、ひいては日本のアートシーンについて、どう考えていますか。また、この10年を振り返り、どういう気持ちですか。
Olivier: 自分の子どもが成長していくのを見ているような気持ちです。もちろん何もかもが始めから上手くいったわけではなく、苦労したこともありました。それから、今は少し寂しいという気持ちもあります。人生は前進していきます。ファウンダーである僕たち3人は、今は全員東京を離れることになりました。自分たちの子供のような存在であるTABを、他の人たちが受け継いで今も支えてくれているというのは不思議な感じがします。でもこの10年を振り返ると、とにかく楽しかった。この冒険に関わることができて本当によかった。もし、タイムマシーンがあれば何度だってやり直したいくらい、本当に楽しい10年でした。
Paul: 10年前、情報量も情報源も少ないという不便さを痛感しながらスタートしたTABでしたが、この10年で、ユーザーのニーズや習慣も大きく変わってきました。TABのこれからの課題は2つあると考えています。ひとつは、この情報社会において、膨大な情報をどう収集・整理しキュレートしていくかということ。もう1つは、これまで培ってきたTABユーザーの皆さんとの関係において、SNSなどを使って今後どのようにTABをより身近に感じてもらうかだと思います。日本で自立して運営できるNPOであり続けるために、常に新しいビジネスモデルを考え試行錯誤しています。
個人的には、東京オリンピックに先駆けて日本の政府が文化支援に力を入れてくれるといいなと思っています。日本のアーティストは本当に素晴らしいので、次世代の日本人アーティストのための援助の質と量を高めて欲しいです。
藤髙: TABは潜在的にアートに興味のある人々に大きく支持していただいてきましたが、そういう方々はまだ社会の小さな一部です。アートに自覚的に興味をもって関わり続けてきた一人として、アートはこれからの社会にとってますます必要になると思います。単なるビジュアルでの教養という意味でのアートを超えて、もっと根源的なレベルで人々の考え方を広げる力を、アートやアーティストは持っていると思います。多くの方々がそれをなんとなく感じていても、社会一般が認識するところまでは至っていません。その認識を形成する大きな一助にTABがなれると思いますし、そうしていくべきだと感じています。自分も、いろいろな形でそのサポートをして続けていきたいと思いますので、一緒に頑張っていきましょう!
普段はなかなかゆっくり話を聞けない3人ですが、インタビューを通し、改めて彼らのTABやアートへの熱い想いを知ることができました!昨年のパーティー当日、お手伝いのため参戦した新旧スタッフとボランティア一同、そして、遊びに来て下さったTABユーザーの皆さんの顔を思い浮かべ、改めて、アート好きの3人のシンプルでまっすぐな気持ちが、本当にたくさんの人々の心を動かして来たのだなと感じました。これまでの10年間の裏側にあったたくさんのドラマを想うと、いろんな想いが込み上げてきます。
これまでTABを作ってきてくれた皆さんへの感謝を胸に、この次の10年もTABは東京のアートを世界中の皆さんに届けるべく邁進していきます。Tokyo Art Beatへ皆さんの暖かい応援を引き続きどうぞよろしくお願いします!
構成・翻訳:
[TABインターン] 木谷静香: ビジュアルアートやメディア学を学ぶ大学生。幼い頃から両親に国内外の美術館に連れられ、アートとライフスタイルの関係に興味を持つようになる。マナティーという不思議な生き物と紅茶と雨の日が好き。
(編集: 富田さよ)