様々な「球」が誘う、問いの旅。「堀内悠希 Qの旅」(十和田市現代美術館 space)レポート

ロンドンを拠点に活動するアーティスト、堀内悠希の個展が12月15日まで開催中。会場は、⽬[mé]によって空き家が展示室へと改装された十和田市現代美術館サテライト会場space。作家の言葉とともに展示の見どころをお届け。

「堀内悠希 Qの旅」会場風景より 2024 十和田市現代美術館 撮影:小山田邦哉

一軒家を大胆に作り替えた展示空間

堀内悠希の個展「堀内悠希 Qの旅」が、十和田市現代美術館のサテライト会場spaceにて12月15日まで開催されている。

堀内は、映像や⽴体、絵画、インスタレーションなど多様なメディアを用いて、時間や意味の重なり、偶然の連鎖について、様々な視点から表現することを試みているアーティスト。現在はロンドンを拠点に活動している。

十和田市現代美術館から歩いて5分ほどの場所に位置する《space》は、2020年に現代アートチーム目[mé]が制作したもの。建物の2階部分は展示室となっており、これまで若手アーティストによる実験的な表現を紹介する場として活用されてきた。

「堀内悠希 Qの旅」会場外観 2024 十和田市現代美術館 撮影:小山田邦哉

「静かな住宅街の中の一軒家にホワイト・キューブの展示室が埋め込まれているのが特徴。異なる空間が交差する場所の特性を活かすように、展示室を別の時空間にすることができる表現力を持つ作家が良いなと考え、堀内さんにご相談をした」と、企画担当の中川千恵子(十和田市現代美術館キュレーター)は語る。

思い込みと実際に起きていることの相違

展示室に入り、まず視界に飛び込んでくるのは中央に置かれた高さ2m近くの彫刻作品《Q》(2024)だろう。雪だるまのように大きな白い球体が3つ積み上げられている。展示室の大きなガラス窓が道路に面しているため、来場者の多くは、まず外からこの作品を目にするかもしれない。

「堀内悠希 Qの旅」会場風景より、中央が《Q》(2024) 十和田市現代美術館 撮影:小山田邦哉

しかしこの作品、展示室に入って後ろに回り込んでみると裏側が平らになっていることがわかる。積み上げられているのは球を半分に切った半球体だったのだ。外から窓越しに見えていたのも、正球ではなく平らな円だったと気づかされる。そして一度、片側が平面だと認識してしまうと、今度は離れて見ても正球には見えなくなるから不思議だ。会場の1階入り口部分の屋外にも3つの球体の小さな彫刻《Q(little)》(2024)が置かれているが、こちらは正球体で作られているため、外から来た来場者は、余計にこちらの大きな作品も正球体だと思い込んでしまうのかもしれない。

「堀内悠希 Qの旅」会場風景より 2024 十和田市現代美術館 撮影:小山田邦哉
「堀内悠希 Qの旅」会場風景より、《Q(little)》(2024) 十和田市現代美術館 撮影:小山田邦哉

部屋の片隅に展示された、手描きの線によるアニメーション作品《Who made it?(誰が作ったの?)》(2024)では、複数の線が一見無造作に引かれている。しかしこの映像も、人の顔を映しているのかもしれないと意識し始めると、途端にバラバラの線が像を結び、ブラウン管テレビ自体が顔に見えてくる。

「会場までの動線としては、美術館から徒歩でスペースの前の道を通り、窓から見えるこの大きな作品を横目に入ってくる方が多いのかなと思いました。入ってきて作品の後ろに回り込んでやっと、3つ連なった球体だと思い込んでいたものが、意外にも半球体であることがわかる。どうしてだかわからないけれど、自然に発生してしまう思い込み対して、実際には異なる場面と遭遇してしまうような状況を作れたらと思いました」(堀内)

十和田の雪景色から得たインスピレーション

堀内は本展の制作にあたって真冬の十和田を訪れ、雪景色にインスピレーションを得た。雪が降り積もる時間の流れや質感を確かめながら、作品でどのように表現できるかを思索した。また自身は奈良の出身だが、幼少期からスキーに親しんでおり、雪が降るとたくさんの家の建物がすべて白く覆われて均一なイメージになること、そのなかにも一つひとつ違う暮らしがあることなど、雪景色の「中と外」に関心があったという。

堀内悠希 撮影:編集部

展覧会には青森旅行の一環で来る人もいれば、地元の人も訪れるだろう。「鑑賞者がここに来るまでの旅をイメージした」と堀内は語る。「遠方から来る人、美術館に寄ってから来る人などそれぞれ違う道筋があって、そのときにどんなものを予測しているのか。旅先としての青森だったり、展覧会の広報やメインビジュアルを事前に知っていることにより、何を期待してここに辿り着くのか。実際に旅をして訪れることで、その想像や予想から、どのように逸脱していくのかを考えていました」。展覧会開始時はまだ雪が降っていないが、会期終了の12月までには会場から本物の雪景色が見えるかもしれない。

「見えている」ことの正体とは

ゆっくりと形を変える雲を映した映像作品《Cloud》(2022)も、雲という身近な現象を扱いながら想像力を掻き立てる作品だ。雪と同じく雲も形がなく、手で掴むことのできないもの。そしてよく見ようと近づけば近づくほど雲の形は霧散していき、とらえることができない。画面が真っ白になるシーンでは一見何も映っていないようだが、じつは画面いっぱいに雲が映っており、「見えている」とはどういうことなのかを鑑賞者に問いかける。

取材時は雨天だったが、晴れていると外光が明るすぎて映像が白飛びし、モニターがよく見えなくなることもあるという。「展覧会としては作品が見えなくなってしまうけど、このスペースで展示するということは気象条件や外の景色によって雰囲気や光の様子が変わるということ。そういったものに左右される展示空間であることを踏まえて作りました」(堀内)

「堀内悠希 Qの旅」会場風景より、《Shadow of Candle》(2023) 撮影:小山田邦哉

窓際に置かれた陶磁器の彫刻は、かつて時計としても利用された蝋燭をモチーフにした《Shadow of Candle》(2023)。時間を凍結させるかように作られた「燃え尽きることのない蝋燭」とその影、そして彫刻作品が置かれる際にしばしば「ないもの」として鑑賞される台座が、すべて同じ素材で等価なものとして表現されている。晴れた日には作陶された影に加えて、太陽光が作る本物の影も浮かび上がる。

想像が巡る「Qの旅」

彫刻や映像作品、ドローイングなどを通して、雪や雲、光と影、炎など身近な現象から鑑賞者の日常の経験を呼び起こすとともに、天気や風景、季節の変化、作品の制作過程、展覧会の会期など、様々な時間の流れを想起させる展示空間を作り出している本展。展示タイトルになっている「Q」の正体とは何なのか? 作家は球体の作品も雪であるとは明言しておらず、球、クエスチョン、天体などその答えは開かれている。

「堀内悠希 Qの旅」会場風景より、《Q(little)》(2024) 撮影:小山田邦哉

思い込みや既知の認識をユーモラスに裏切ったり拡張したりしてみせ、既存の概念を解きほぐすような創作の動機について堀内は、「思い込んでいたことが覆されるのは普通に起こること」とし、「時間を止めたい、ディレイさせたいと考えるのは、基本的に自分が一回きりの生を生きている、ということと関わっている。その生がどういう時空間のなかに在るのかを確かめたいし、それを楽しみたいと思っています」と語った。

会場となるspaceは本展を最後に、展示スペースとしての運用は一旦終了となり、来年度以降は建物内に入らず作品としての鑑賞のみとなる。様々な想像が巡る「Qの旅」を体感しに十和田に訪れてみてほしい。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。