公開日:2024年8月6日

「開発好明 ART IS LIVE ―ひとり民主主義へようこそ」(東京都現代美術館)レポート。子供も大人も巻き込んで、毎日変化し何かが生まれる展覧会

アーティストはほぼ毎日会場に。鑑賞者は「ウェルカムキット」を受け取り、展示室内でなミッションを実行。コミュニケーションを内包・誘発する作品が集う展覧会が、11月10日まで開催中。(撮影:筆者)

会場風景

東京では初となる大規模個展

都内の美術館では初となる開発好明の個展「開発好明 ART IS LIVE ―ひとり民主主義へようこそ」東京都現代美術館で開幕した。鑑賞者もコミュニケーションする作品も多い、非常に刺激的な展覧会だ。11月10日まで開催される。

開発好明は1966年山梨県生まれ。人とのコミュニケーションをベースとしたプロジェクトや作品で知られるアーティストだ。本展は開発のキャリア初期となる1990年代の作品から、展覧会場内で行われている現在進行系のプロジェクトまで、主要な作品やプロジェクトを紹介。開発の大規模な展覧会は東京都では初めてとなる。

「あなたと僕とでつくる展覧会」

展覧会のサブタイトルに使用されている“ひとり民主主義”とは、元BankART代表の故・池田修が開発の活動を評した言葉であると、担当学芸員の小高日香理は語る。「開発さんの複雑で多岐にわたる活動を一言で表すのは本当に難しく、良き理解者であった池田さんの言葉をお借りしました」。そして、開発の一連の作品やプロジェクトについて「様々な地域での活動で知られている開発さんですが、多摩美術大学の大学院に在籍していた時期は東京でも活発に活動されていました。その経験があるからこそ、東京とそのほかの地域での、美術に関する情報や供給の差について非常に自覚していて、その点にも鋭い視線を投げかけていると思っています」とした。

また開発は「この展覧会のキャッチフレーズは『あなたと僕とでつくる展覧会』。鑑賞者の皆さんは何かをします。私もほぼ毎日会場にいて一緒に何かをしています。そして、会期中流動的に動いていく展覧会になりそうだと感じています」と、意気込みを語った。

配布されるウェルカムキット

展覧会は、定められた順路や章立てはなく自由に回遊できる。鑑賞者は展覧会場に入る前に青い袋の「ウェルカムキット」を受け取る。このキットには、発泡スチロールや青い紙、そして鑑賞者に会場内で課せられたミッションが書かれた紙が入っている。どのようなミッションかは、受け取ってからのお楽しみだ。

エントランスには開発が毎日行っている活動の集積が展示されている。開発は、1994年から毎朝撮影している自分の顔写真や、ふせんにしたためたドローイング、その日入手したレシート日記など、そのボリュームは大きい。

会場風景

そして、一般家庭やギャラリーなど47都道府県365ヶ所で作品を1年間展示してもらう《365大作戦》などのプロジェクトの記録も紹介されている。《365大作戦》は会期終了後、365ヶ所にあった作品を回収し、焼却することすることで完結するプロジェクト。貸ギャラリーなどに依存せず、展示場所や期間をアーティストが設定したいという願いや、東京に集中するアートの情報や展示場所への疑問など、本プロジェクトでは様々な問題が提起された。

365大作戦 1995-96

そして、ウェルカムキットのなかにある発泡スチロールを使用する参加作品《投げ彫刻》へ。鑑賞者が自由に発泡スチロールを投げ入れることで作品が変化していく作品だ。

投げ彫刻 2024
投げ彫刻 2024

開発は造形屋でのアルバイトをきっかけに発泡スチロール使った作品を数多く作ってきたという。続く展示空間にも発泡スチロールを使った作品が展示されている。

「発泡スチロールは一生懸命削ってきれいな形を出しているのに、ペンキが塗られたり、ブロンズに変えられたりしてしまう。また、電化製品や購入した製品が家に到着した瞬間に、大切な存在だったものからゴミに変化してしまう。そんな発泡スチロールを再構築してアートにできないか、という発想から作品に取組んでいる」(開発)

キョウダイン 2016/2014

ドラゴンチェアーは、もともとは府中市美術館のワークショップで制作されたもの。ドラゴンの頭部につづく色とりどりのかたまりは小学生たちが制作した椅子であり、ドラゴンのボディだ。

「最初のワークショップから15年以上経過していますが、毎年ドラゴンの頭部に小学生たちが新しい椅子をつないでくれて、ドラゴンの体は総計で2キロを超えている」(開発)

会場風景より、右から天井にかけて《ドラゴンチェアー》(2008 /2024)、中央《都会生活者のオアシス》(2000)

なお、ドラゴンの下にある《都会生活者のオアシス》は、靴を脱いで自由にくつろぐことができる、水のせせらぎも聞こえる休憩場所になっている。

《未来郵便局 東京都現代美術館支局》は、ウェルカムキットに同梱されている青い紙を使う参加型作品。青い紙に手紙を描き、宛先を書いて預けると、約1年後に開発がその手紙をポストに投函するという。1年後に手紙を受け取る相手にどのようなメッセージを送るか、考えるだけでも楽しい。

未来郵便局 東京都現代美術館支局 2024

なお、会期中に100人の先生による100回の授業が行われる《100人先生 in MOT》も開催される。大雨や根暗、与那国島など専門家によるさまざまな授業を無料で受講できるので、講義内容や開催スケジュールをチェックしておこう。また、展覧会に毎日通えるように、会期中はパスポートチケットも販売される。

展示空間中央にある《100人先生 in MOT》開催会場

震災と政治

続く、巨大なカーテンが覆う空間は、2011年以後の開発のプロジェクトを紹介する空間だ。

「1995年間の阪神・淡路大震災のときに『アートなんかやってないボランティアしなさい』と言われ、その記憶がずっと残っていた。そのため、東日本大震災が起こったときにすぐにボランティアに行っものの、心が落ち着かなくて」という経験から生まれた移動式のチャリティー展《デイリリーアートサーカス》のプロジェクトを行った。このプロジェクトをきっかけに、開発東北でさまざまなプロジェクトに携わるようになる。それらのプロジェクトや記録映像がゆれるカーテンに掲げられ、映し出されていく。

会場風景

《政治家の家》も数々の東北のプロジェクトに携わっていく過程で生まれた作品だ。この建物は福島第一原発から20km圏内の、当時避難区域となっていた場所の400m手前に政治家だけが利用できる休憩施設として設置された。当時、約750名の政治家に招待状を送ったという。展示会場内に建てられた《政治家の家》は、会期終了後に3代目「政治家の家」として移設が予定されている。

政治家の家 2012

そして、最後の空間は美術史や異文化へのアプローチをテーマにした空間だ。開発は1992年、大学院在学中にドイツのカッセルで開催された芸術祭「ドクメンタ9」会場に赴き、無許可でパフォーマンスを行ったが、「怒られて帰ってくることでアーティストのスタートを切りたかった。しかし、寛容に受け止められてしまった」(開発)。そんなプロジェクト《ドクメンタ9パフォーマンス・プチ・ギャラリー》の記録や、ルーチョ・フォンタナがキャンパスに切り込みを入れた作品をオマージュした《フォンタナシリーズ》や、モンドリアンやポロックをオマージュした《巨大オマージュシリーズ》などが並ぶ。

会場風景

人との関わりやコミュニケーションなどをキーにした開発好明の作品は、自らが参加することで変化し、感じ方も変わってくる作品が多い。家族で訪れ、それぞれの受け止め方を語りながら鑑賞するのもおもしろいはずだ。

なお、同展開催にあわせ、「MOTコレクション」展でも東京都現代美術館が所蔵する開発好明《机の上》を展示する。同作品は美術館収蔵後、初めての公開だ。

「MOTコレクション」会場風景より、開発好明 《机の上》(2010、東京都現代美術館蔵)

浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。