いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は8月28日〜9月10日に世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「マーケットの分析」「アートマーケット」「できごと」「おすすめのビデオ」の4項目で紹介する。
◎オークション落札金額のジェンダーギャップ
近年、美術界において女性作家への注目が高まっているが、オークションではその存在感はまだ大きいとは言えないという分析が出た。今年4月から7月に全世界で開催された大手オークションに作品が出品された作家のうち、女性は17.6%。しかしそれらの落札金額における割合はたった8%にとどまる。落札総額の作家別順位では、女性作家のトップはジョアン・ミッチェルだが、男性を含む全作家のなかでは13位となる。ヴィヤ・セルミンス、バーバラ・ヘップワース、リー・クラスナー、そして草間彌生が続く。
https://www.artnews.com/art-news/market/women-artists-fueling-spring-2021-auctions-1234602789/
◎コロナ禍後の雇用と売上損失からの回復
アート・バーゼルとUBSによるマーケットリサーチによると、2020年に世界中のギャラリーでリストラによって失われた職が、平均値としては、21年にほとんど取り返された。また21年の売上は、20年より約1割改善しているとのこと。ただ、改善の度合いが大手ギャラリーでは高いのに対し、中小ギャラリーでは低い水準にとどまり、コロナ禍を経てその差はさらに広がる結果に。地域別で見ると、コロナ禍以降に売上高がもっとも改善されたのがアジアであり、いっぽうで回復ががいちばん鈍っているのがヨーロッパだ。
https://www.artnews.com/art-news/market/clare-mcandrew-art-basel-2021-mid-year-market-report-1234603252/
◎アート・バーゼルのギャラリーの救済策
9月後半にスイス・バーゼルで開催予定のアートフェア「アート・バーゼル」は、猛威を振るう新型コロナウイルス・デルタ株の影響にともなう出展ギャラリーの心配を和らげるために、約1.7億円の基金を用意。売上が振るわなかったギャラリーの救済が目的。また帰国の際にコロナ陽性が明らかになり、スイス国内で自己隔離しないといけなくなったギャラリストの滞在コストなども負担する。
https://news.artnet.com/market/art-basel-solidarity-fund-2005916
◎近現代美術の大コレクションがオークションに
不動産デベロッパーでアートコレクターのハリー・マックロウとリンダ・マックロウが離婚するにあたって、1950年代から集めてきたジャコメッティ、ロスコ、ウォーホル、トゥオンブリー、リヒターなどを含む大コレクションがオークションに出される。総計約660億円の想定。
https://www.artnews.com/art-news/market/macklowe-sale-announcement-1234603163/
◎大手画廊が続々とソウルに進出
NYの大手画廊グラッドストーンギャラリーがソウルに支店をオープンすることが決定。ソウルにはすでにペロタンギャラリーやリーマン・モーピン・ギャラリーがあるが、タデウス・ロパックやケーニッヒギャラリー、そしてペースギャラリーもオープンする予定で、来年のフリーズ・アートフェアに向けて欧米大手画廊が続々と進出する。
https://www.artnews.com/art-news/news/gladstone-gallery-seoul-1234602838/
◎KAWS個展への厳しい批判
NYのブルックリン美術館で開催されていたKAWSの個展「WHAT PARTY」について、アートサイト「Hyperallergic(ハイパーアレルジック)」の編集長フラグ・バルタニアンがこき下ろしたレビュー記事を公開した。展覧会本体とミュージアムショップの境目がわからないと批判。挑戦的ではない“ブランドもの”のような作品を好むコレクターたちや、ここ20年で大きく評価が見直されてきたストリート・アートの歴史に盲目的に追従してきた美術館、そしてInstagramなどが原因ではないかと指摘している。
https://hyperallergic.com/674324/kaws-is-terrible-but-thankfully-forgettable/
◎サンフランシスコに新たな現代美術館
サンフランシスコに新しい現代美術館、Institute of Contemporary Art San Francisco (ICA San Francisco/サンフランシスコ現代美術館)が2022年夏か秋にオープン予定。Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)にインスパイアされ、マイノリティや地元に焦点を当てる。作品のコレクションはしない方針。テック業界へのヴェンチャーキャピタリストであるラパポート夫妻による呼びかけに応じて、InstagramやSlackの創業者からの寄付も含む3億円がたった2ヶ月で集まった。倉庫街であったドッグパッチエリアに開館準備中。
https://news.artnet.com/art-world/the-institute-of-contemporary-art-san-francisco-2006599
◎中絶禁止法施工による波紋
テキサス州で妊娠6週以降は例外無しとする人工妊娠中絶禁止法案が施行。それを受けてダラス・アートフェアに出展予定だったNYのギャラリーが、ボイコットとして出展取りやめを決定。フェア自体も法案への反意をこめて、女性の性と出産に関する健康と権利に関するサービスや啓蒙活動を行い、人工妊娠中絶権利擁護を推進する団体プランド・ペアレントフッドに約500万円寄付することを表明。
https://www.artnews.com/art-news/news/dallas-art-fair-planned-parenthood-ticket-sales-donation-1234603076/
◎ジョブズ未亡人のアート支援
スティーブ・ジョブズの未亡人ローレン・パウウェル・ジョブズは、大規模なフィランソロピー活動や文化支援を行っている。また、現パートナーはコレクターでもあるNYの3つ星レストラン、イレブン・マディソン・パークのオーナーシェフ。マイアミにオープンしたチームラボなどが展示する没入型アート施設であるSuperblueなど、アートを軸に彼らの動向を紹介する記事。
https://www.vanityfair.com/style/2021/09/true-colors-laurene-powell-jobs-daniel-humm
◎ウォン・カーウァイ映画のNFTがオークションに
映画監督のウォン・カーウァイがなんと『花様年華』(2000)の未公開シーンをNFTにして、10月に香港で開催されるオークションにかける。カーウァイにとって「映画が生まれる日」として象徴的な撮影初日に撮られた映像で、マギー・チャンとトニー・レオンが出演しているが、完成作とは違った役柄を演じているとのこと。
https://news.artnet.com/market/wong-kar-wai-sothebys-film-nft-2006578
◎ガーナ人作家の作品が宇宙へ
人気急上昇中のガーナ人作家アモアコ・ボアフォが、ジェフ・ベゾスが設立した航空宇宙企業ブルーオリジンのロケットに絵を描き、宇宙に打ち上げられ、無事戻ってきた。アフリカ人初の宇宙への作品打ち上げ。ただ、大富豪3人のロケット競争が冷ややかに受け止められるなか、大衆の歓心を買う試みだという指摘も。
https://www.artnews.com/art-news/news/amoako-boafo-jeff-bezos-1234602645/
◎エリザベス女王の孫はギャラリー・ディレクター
現在バッキンガム宮殿で開催されている展覧会「Masterpieces from Buckingham Palace」について、エリザベス女王の孫ユージェニー王女がテレビで解説。その報道のなかで、王女はメガギャラリーのハウザー&ワース ロンドンのディレクターとして紹介されている。
https://www.townandcountrymag.com/society/tradition/a37528635/princess-eugenie-buckingham-palace-pregnancy-photos/
◎著名キュレーターの館長就任劇
クラウス・ビーゼンバッハが、ベルリンの新ナショナルギャラリー館長に就任すると発表された。ビーゼンバッハは長年ニューヨーク近代美術館(MoMA)のスターキュレーターとして、マリーナ・アブラモビッチやビョークの展覧会を手掛けた後、2年前にロサンゼルス現代美術館(MOCA LA)の館長として引き抜かれた。MOCA LAは当時から現在に至るまで、内紛などのごたごたが取り沙汰されており、そのような運営が安定しない状況で新たな変化を迎えることとなる。
https://www.artnews.com/art-news/news/klaus-biesenbach-departs-moca-los-angeles-neue-nationalgalerie-museum-of-the-20th-century-1234603521/
◎フィリダ・バーロウのインタビュー&ドキュメンタリー
現在、東京の森美術館で開催中の「アナザーエナジー展」にも参加している英国人作家フィリダ・バーロウが、彼女が受けた教育(正しいものとそうでないものがはっきりしていて、家庭的なものなどはアートの題材にできなかった)と、彼女が与えてきた教育(そのまったく正反対な内容)について語っているショートインタビュー。
https://art21.org/watch/extended-play/phyllida-barlow-homemade-short/
彼女の作品についてはこちらのドキュメンタリーもおすすめ。
https://art21.org/watch/art-in-the-twenty-first-century/s10/phyllida-barlow-in-london-segment/