境界を越える人:ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of Life」展(エスパス ルイ・ヴィトン東京)レビュー(評:三浦篤)

1980年代後半以降、写真やイメージの創造の境界線を拡張する作品群を展開してきたドイツ人アーティスト、ヴォルフガング・ティルマンス。東京で6月11日まで開催中の展覧会を、マネ研究などで知られる西洋美術史家の三浦篤がレビュー。写真と絵画、平面と立体など様々な境界の往還に注目して論じる。

ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of Life」 エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

西洋美術史家が見たティルマンス

表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京7階の展示室に入ったとき不思議な感覚を覚えた。天井高の空間の中央に設置された大きな壁面の両側に、ティルマンスの写真が展示されているのだが、作品と展示の関係性がどうなっているのかすぐには把握できない。個々の写真を見て、肖像、静物、風景などの主題を扱っていると思ったのは、私が西洋絵画史の研究者だからであろうが、しかし、その扱い方は絵画とは異なるアプローチに見えた。とはいえ、いくつかの写真は明らかに西洋美術史を参照していると思われたことも否定できない。加えて、その展示室には何よりも生と死が交錯する濃密な気配が立ちこめていた。ティルマンスとはいったい何者なのか。

こうして、すべてが私にとって曖昧な、非決定の状態に留まるなかで、写真を見始めた。次第に湧き上がってきたのは、ティルマンスは平面と立体、写真と絵画、エロスとタナトス、フレームと断片、作品と展示等々、様々な境界を越える人、閾(しきい)を跨いて新たなイメージの世界を提示するアーティストではないかという予感のようなものだった。

ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of Life」 エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

平面/立体

そもそも、ティルマンスの写真は額装されて掛けられているものと、プリントが剥き出しのまま壁面に留められているものとが混在している。20点の内、前者が13点、後者が7点となる。そして、会場に流れるインタビューの中で、ティルマンスは自分の作品が二次元の平面ではなく、三次元の物体だという意味のことを語っている。

我々は通常、写真はプリントされた平面的なイメージであると無意識に思っているが、ティルマンスにとってはフラットな平面ではなく、厚みをもった立体的なオブジェなのだ。どちらの展示法をとるにせよ、フレームの厚みやプリントのたわみを見れば、確かにそれぞれの写真は存在感のある個物にほかならない。しかも、20点の作品は5つの壁面に分けられ、サイズも大小様々で、掛けられる場所もアト・ランダムに見えて、相互関係を綿密に考慮した配置である。つまり、展示された壁面全体がひとつの作品とも言えるし、ひいては展覧会全体が1個の作品とも言えるのである。

言葉を換えれば、本展は写真の展示であると同時に広大なインスタレーションにもなっている。個々の写真が立体的な展示物であるという局面を突き詰めると、「作品」のレベルが重層化する。1点1点を見てもよいし、各々の壁面を見てもよいし、展示空間全体もまた大きな作品ということになりはしないか。ティルマンスは意図的に「作品」の境界を越えるのである。

ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of Life」 エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

写真/絵画

ティルマンスの写真は過去の西洋美術を思い起こさせると述べた。例えば、男性の首から下の上半身裸体像をフレーミングした《Torso》(2013)は、古代ローマの大理石彫刻《ベルヴェデーレのトルソ》(ヴァティカン美術館)の記憶を継承しているように見える。ただし、ティルマンスがこの「トルソ」に関心を抱いたとしても、原作の筋肉のたくましさではなく、何よりもその断片性に惹かれたに違いない。壁2には《Torso》のほかに、《The Air Between》(2016)、《shoe (grounded)》(2014)など身体の断片性に焦点を当てた作品が集められており、思いがけない部分を切り取って観者の想像に委ね、多義性を保つ手法が使われている。

Torso 2013 紙にインクジェットプリント、ダブルクリップ Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans
shoe (grounded) 2014 紙にインクジェットプリント、ダブルクリップFondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

あるいは、枠取られた狭い空間の中に植物や食器を配した《still life, Bourne Estate》(2002)は、17世紀オランダ絵画に典型的な静物画と結びつくかもしれない。硬質のガラスや金属と柔らかい草の葉の対比は明らかで、コップの水や鉢植えの土が植物の短い命を長らえさせているのを見ると、「ヴァニタス(生のはかなさ)」という伝統的な寓意も頭に浮かんでくる。

still life, Bourne Estate 2002 アルミニウムディボンドに発色現像方式印画、 アーティスト・フレーム Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

さらには、草木に囲まれた庭で男性たちがピクニックする場面を撮った《Summer party》(2013)には、現代でもパロディの対象にもなるマネの《草上の昼食》(1863)への参照があるのか。仮にそうだとしても、19世紀フランスの不道徳な男女関係の場面は、現代のゲイ・ピープルのくつろいだ歓談の場面に移し替えられている(ティルマンス自身ゲイであることを公言している)。ティルマンスの写真に過去の美術品との連鎖があったとしても、自らの関心に合わせて変形するのは言うまでもない。

Summer party 2013 紙にインクジェットプリントをアルミニウムディボンドにマウント、 アーティスト・フレーム Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

エロス/タナトス

自分に身近な環境や風景、人物や植物や静物を素材にして作られるティルマンスの写真にとって、人物モチーフは必要不可欠である。《Summer party》や《haircut》(2007)がそうであるように、主要人物はしばしば後ろ向きであり、無防備さの印象を与える。たんに人物というよりも、生き物の脆さや危うさ、傷つきやすさは、ティルマンス作品の本質的な問題に当たるのではないか。

実際、そのことは植物モチーフについても言えて、先に示唆した「ヴァニタス(生のはかなさ)」が重要になってくるのはそうした文脈においてである。《Zimmerlinde (Michel)》(2006)が、窓辺の観葉植物の傍らに血が滲んだような布を挿入しているのもその一例であるし、《hanging tulip》(2020)や《Flatsedge》(2019)のように、草花の一部を画面の中心にクローズアップし、視線を集中させる構図の写真は、生の在り方を増幅して見せている。通常、写真は「かつてそうであった」というイメージと見なされるが、ティルマンスは脆さと背中合わせに「いまもここにある」ことを示そうとする。しかし、それはエロチックな生の輝きというよりは、死が浸食していくやりきれなさや虚しさを感じさせるものである。

hanging tulip 2020 紙にインクジェットプリント、ダブルクリップ Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

私的なもの、プライヴェートな部分をむやみに作品と結びつけるのは避けるべきであろうが、1997年にティルマンスが最愛のパートナーをエイズで失ったことは記しておいてよいかもしれない。ティルマンスはエロスとタナトスを交感させるなかで、フラジャイルな生の様相を定着するのである。そのうえで、《Torso》や《hanging tulip》を見直すと、エイズで亡くなった写真家ロバート・メイプルソープの作品の色濃い影をも感じざるを得ない。ただし、ティルマンスにはエロスを完璧にコントロールするメイプルソープ流の美意識はないのだが。

ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of Life」 エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2023) Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

断片/フレーム

生がはかなくも崩れ去ろうとするのを押しとどめるには、フレームの中に閉じ込めるしかない。その場合、クローズアップした植物の部分を枠取ることもあるが、フレーミングそのものをテーマとするかのような作品があるのが興味深い。

himmelblau 2005 発色現像方式印画、額 Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

《Plant life, b》(2011)では、鉢植えの観葉植物が窓枠やロッカーの水平、垂直線に囲まれて、絶妙の均衡を保っている。《himmelblau》(2005)は小品だが、よく見ると矩形の空間の右側の壁にはフレームのような形の開口部が手前から奥に向かって並んでいる。さらには、2015年に国立国際美術館で開催されたティルマンス展に来日した折に制作された《Osaka still life》(2015)。高層ホテルの客室の窓辺に、弁当や果物、書類や団扇など雑多なものを配置し、撮影した写真である。やはりここにも「ヴァニタス」のテーマが顔を出すとともに、律儀に並んだ異国のオブジェがひとつの枠の下に集合している。ただし、いわゆるジャポニスムはここにはない。普通の日常生活を想起する物たちは、たまたま日本にいたと言いたげな様子だ。越境するアーティスト、ティルマンスらしい写真である。

Osaka still life 2015 紙にインクジェットプリント、ダブルクリップ Fondation Louis Vuitton, Paris © Wolfgang Tillmans

フォンダシオン ルイ・ヴィトン主催のプログラムは「Hors-les-murs(壁を越えて)」と命名されており、今回のティルマンス展はその一環となる。閾を越えていく写真家の「作品」の強度と多様性を体験することは、現代アートの行く末を見据えるひとつの手がかりになることであろう。

三浦篤

美術史家。1957年島根県生まれ。専門は西洋近代美術史、特に19世紀フランス絵画史と日仏美術交流史。1993年〜東京大学教養学部助教授、2006〜23年同総合文化研究科教授。現在、同客員教授。2007年『近代芸術家の表象』で第29回サントリー学芸賞芸術・文学部門受賞。2015年フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。2021年『移り棲む美術』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞、2023年紫綬褒章を受章。