日本における多様な言語のありかたや、同じ言語のなかにある差異について触れながら「ことば」を発する行為や、権利について考える現代アートのグループ展「翻訳できない わたしの言葉」が東京都現代美術館で開催中だ。
会期は4月18日〜7月7日。参加作家はユニ・ホン・シャープ、マユンキキ、南雲麻衣、新井英夫、金仁淑の5名。本記事では、4月17日に一足先に行われたプレス・関係者むけの内覧会の様子をレポートする。
本展では、自分と異なる誰かにとっての「わたしの言葉」と対峙することで、自分にとっての「わたしの言葉」をとらえ直すことが出来るような作品が並ぶ。今回の展示のテーマについて、ステートメントでは次のように綴られた。
他言語を学ぶことでその言語を生み出した人々の文化や歴史に触れるように、誰かのことを知ることは、その人の「わたしの言葉」を、別の言葉に置き換えることなくそのまま受けとろうとすることから始まるのではないでしょうか。
フランスと日本の2拠点で活躍するユニ・ホン・シャープは「Je crée une œuvre. (私は作品を作る)」というフランス語の発音を、フランス語を第1言語としている長女に訂正してもらう様子を描いた映像作品《RÉPÈTE | リピート》 を上映する。日本語話者として育った彼女にとって、フランス語の発音を正確に行うことは難しい。しかし「『正しい』発音でなくとも、そこには『わたしの言葉』の遍歴が確かにあり、この作品を作ったことで、いっそうそれを大切にしたいと思った」とユニは語った。
北海道の先住民族アイヌとしてのアイデンティティを持つマユンキキは、自身の言語選択についての対談を写した2点の映像作品と、自らのセーフスペースと定義される部屋で構成されるインスタレーション作品《Itak=as イタカㇱ 》(2024)を展開する。
こちらのインスタレーション作品では、部屋に入る際に写真下のパスポートに目を通すことが求められる。アイヌとして生きるマユンキキが、表舞台に出ることで日常的に感じている恐怖や危険を少しでも知ってほしいという思いから設置されたものだ。
部屋の中はマユンキキの蒐集品などが展示されており、そのひとつひとつに丁寧なキャプションがついている。会期中にはマユンキキ自身が展示室で過ごしていることもあり、彼女との対話をする機会もあるという。
3歳半で失聴し、現在は日本手話を第1言語とする、ろう者としてのアイデンティティを獲得している南雲麻衣は、監督:今井ミカとの協働による映像インスタレーション作品《母語の外で旅をする》(2024)を展開する。南雲が母、ろう者の友人、パートナーと、音声日本語・手話の両方を用いながら会話を行う様子が3つのブースごとに映し出される本作品は、手話や音声日本語といった言葉のラベリングにとらわれない、南雲の言葉の世界を垣間見ることが出来るようだ。
パフォーマー、体奏家の新井英夫は、思い通りに言葉を表出しにくい/身体が動かしにくい人たちと向き合い、内なる「からだの声」に耳を澄まし尊重しあう身体表現ワークショップで高い評価を受けているアーティストだ。本展では新井のこれまでの活動を紹介するとともに、実際にワークショップで行われたエクササイズを体験出来るような展示が行われる。
また、新井は全身の筋肉が動かなくなる難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の診断を約2年前に受けている。彼が診断を受けた前後で継続的に撮りためていた《即興ダンス日記》シリーズも本展では紹介されていた。
金仁淑は「恵比寿映像祭 2023」にてコミッション・プロジェクト特別賞を受賞した映像インスタレーション《Eye to Eye 東京都現代美術館 Vers.》(2024)を展示する。滋賀県にあるブラジル人学校、サンタナ学園に通う子供たちとのコミュニケーションを追体験する形で展開される本作品。「在日外国人」とひとくくりにされてしまいやすい彼ら/彼女らの「個」と出逢い、まさに目と目を合わせて向き合うことが出来るような作品となっている。
また、すべての展示を見終わったあとにはラウンジと呼ばれるフリースペースが設置されており、本展に関連する書籍などが置かれている。言葉の多様性について深い思索を促すような作品が並ぶ本展だが、このスペースで腰を掛けて頭を休めたあとに、展覧会をもういちど回ってみるのも良いかもしれない。
また、会期中には様々なイベントも開催予定だ。こちらの詳細は公式ウェブサイトからチェックできるので、タイミングを合わせて訪れてみてほしい。
井嶋 遼(編集部インターン)