「絵画」を再定義する物質的なアプローチ。ウェイド・ガイトン インタビュー(聞き手:桝田倫広)

エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中のウェイド・ガイトン「THIRTEEN PAINTINGS」展。来日したアーティストに東京国立近代美術館研究員の桝田倫広がインタビュー

左:ウェイド・ガイトン、右:桝田倫広 撮影:編集部

エスパス ルイ・ヴィトン東京にて、アメリカ出身のアーティスト、ウェイド・ガイトンの個展「THIRTEEN PAINTINGS」が、2025年3月16日まで開催されている。

ウェイド・ガイトンは1972年アメリカ・インディアナ州ハモンド生まれ。伝統的な絵画の形式に現代のデジタル技術を組み合わせた独自の印刷技法で広く知られている。創作に用いるメディアと素材は、写真や彫刻、映像、書籍、紙に描いたドローイングなど多岐にわたる。デジタル時代におけるイメージの考察と制作に取り組むアーティスト世代のなかで、最も影響力のあるアーティストのひとりだ。

本展はフォンダシオン ルイ・ヴィトンの所蔵コレクションを公開する「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラムの一環で行われ、会場では2022年に制作された13点の大判絵画からなる《Untitled》(2022)を世界初公開している。壁を設けない特徴的な会場構成を採用した意図や、作品に通底する思考とは何か。展示にあわせて来日したガイトンに、東京国立近代美術館研究員である桝田倫広が話を聞いた。

「スタック」が問い直す作品の存在

——イギリスの画家ピーター・ドイグは、2020年、東京国立近代美術館での個展の際に、手元から離れて久しかった自身の作品を見て、「絵画は見るたびに異なる印象を与える」と語ってくれました。そのとき彼は、「油絵具が動いている」と表現したのです。今回はガイトンさんにとってもこの作品を久々に見る機会と聞きました。インクジェットのインクで作られるこれらの作品についても同じことが言えるでしょうか。物理的、あるいは心理的な変化が生まれることはありますか。

ここにある作品群はスタジオを出てから約2年間見ていません。これらは、つねに一緒に展示されることを前提に制作したシリーズで、今回が初めての展示となります。私にとって、作品は展示されるまで完成しないのです。なぜなら、作品は展覧会の文脈や空間を反映しながら変化していくからです。この13枚の絵画は、互いに物理的に接触し合いながら、視覚的な会話を交わす「スタック(重ねて立て)」のかたちになるように作られています。なかには互いを描写し、あるいは互いを内包するようなものもありますが、それぞれの物理的な配置を自由に変えられます。このシリーズを異なる空間で展示したとしても、その場所に適合するでしょう。

このスペースで展覧会が決まったとき、まず壁の透明性に非常に興味を惹かれました。外からの景色が作品と対話できるのではないかと考えたんです。ニューヨークのスタジオの窓を写している作品もあるので、様々なイメージが重なり合い、独特な重層感が生まれます。

「WADE GUYTON – THIRTEEN PAINTINGS」エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

——今回はガイトンさんが展示構成を考えたと聞いていますが、この作品は所蔵者が任意に展示しても良いのでしょうか。

作家としてよく意見を求められますが、私は永遠にこの世にいるわけではありません。しかし、いくつかのルールがあります。たとえば、絵画を特定の高さに飾りますが、それは特定の物理的な関係を望んでいるからです。一般的に絵画は比較的高い位置に飾られ、目で鑑賞することが多いですが、私はより身体的な体験を追求したいと思っているんです。とはいえ、自分の関与がなくても作品がどのように存在し得るのかに興味があります。

ウェイド・ガイトン 撮影:編集部

窓に絵画を掛けるというのもかなり大胆な決断でした。絵画を重ねて立てるような演出もそうですが、学芸員や美術館が自主的に提案するのは不可能ではないにしても、普段は難しいでしょう。私の許可が必要になりますよね。

—— 先日、バイエラー財団で同シリーズの別の作品がすべて重ねて立てかけられている展示を見て、改めて驚きました。確かに美術館では作品をこのように作品を立てかけるようなことはありえません。とくに剥き出しの作品の場合はなおさらです。絵画を壁から床に下ろす、つまり絵画を垂直面から水平面へと滑落させるという発想から、ロバート・ラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングを思い出しました。コンバイン・ペインティングは、絵画とも彫刻ともとらえられるものです。ガイトンさんの作品では重ねて立てかけられることで、物質性が強調されるのはもちろんですが、とくに側面が際立って見えますね。

スタジオでは作品を積み立てて保管することが多いです。積み立てられた絵画の側面を見ると、物理的に彫刻のように感じられることに気づきました。いまは絵画に関心を寄せていますが、絵画を専門的に学んだわけでもなく、自分を画家だとも思っていません。私にとって、絵画はオブジェクトであり、どちらかというと建築的な要素や身体との関係でとらえています。しかし、スタジオでの保管方法でしかないものが、外の世界では彫刻になり得るかもしれません。

作品を重ねていくと、様々な側面が浮かび上がってきます。たとえば、ふとした瞬間に絵の端しか見えなくなることがあるんです。モダニズムにおいて絵の端ばかり注目されていましたが、デジタル化が進んだ現代美術において、平面的な見方が強くなっていますね。スタックで絵の側面だけが見えるというのは、ある意味で不思議です。

ウェイド・ガイトン UNTITLED 2022 © Wade Guyton Photo Courtesy Matthew Marks Gallery

——なぜこの作品は「13 」枚の絵画からなるのでしょうか。

スタックするのにちょうどいい大きさなのです。薄すぎるとボリュームが足りず、多すぎてもバランスが悪くなります。また、枚数はあえて奇数にする必要があります。重ねた状態で絵画が互いに向かい合うので、最後の1枚は観客の方を向くようにしているんです。

桝田倫広 撮影:編集部

抽象性と具体性が生む新たな可能性

——展示空間とパイプ構造は、この場所自体が作品を制作している最中であることを示唆し、ある種の仮設性を呼び起こします。たとえば、床に立て掛けられた1枚の絵画は別の作品とも交換可能のように見えます。この一連のイメージと展示方法に通底するテーマはありますか。

いくつかの作品は、制作過程やスタジオで時々読んだニュース記事を写しています。コラージュやモダンアートに新聞が使われてきた歴史は長いですが、ここで記録されているのはウェブサイトの一面です。ウェブ上で広告や見出しは絶えず変わり続け、様々な情報の入り口となっていますが、絵画はこの絶え間ない変化を固定化してくれるのです。また、作品自体が制作のアーカイヴとして機能することもあります。絵画をパイプ構造と組み合わせることで、開放性、可変性、あるいは不安定さが生まれると思います。

「WADE GUYTON – THIRTEEN PAINTINGS」エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

——非常に抽象的なイメージもありますが、それらをどのように解釈すべきでしょうか。

抽象っぽい絵画は過去作品を拡大したり縮小したりしたものです。これらの作品は、純粋な絵画ではないですが、やはり絵画であると言えるでしょう。私はよく「現代における絵画とは何か」「美術史と向き合いながら、どのようにしてオーセンティックだと感じられる作品を作れるのか」と自問しています。これらの問いは、自分を画家らしくないと感じるいっぽうで、絵画史に関心を抱いていることにも気付かされます

本展は「ペインティング」をテーマにしているのですが、私はテクノロジーといった異なる角度からアプローチを試みています。普段からテクノロジーや自分の経験に注目していますが、外の世界をスタジオに招き、不明確な境界線を理解するために距離をとることもあります。具体的なテーマがあるわけではないですが、頭のなかにはこうしたアイデアがよく浮かんでいますね。

ゲルハルト・リヒターとの接点

——プリンターで何回も出力して作品を完成させるという機械的手続きから、ゲルハルト・リヒターのアブストラクト・ペインティングの制作方法を思い起こします。リヒターはできるだけ主観性を排除し、客観的にイメージが出来上がるように、大きなスキージで繰り返し絵具を塗布したり剥がしたりしながら作品を作ります。しかし完全に主観性を排除することは不可能です。彼の場合、主観性は選択の問題に還元されます。どんな色を塗布するか、どの程度の圧力でスキージをキャンバスに押し当てるか、そしてどこで作品を完成とみなすか、といったように。ガイトンさんは、ゲイリー・ガレルズとの対談のなかで、「わたしは絵画を制作するが、自らを画家だとは思わない」と言っていますね。じつはリヒターも自らを画家ではなく、「イメージメイカー(Bildermacher)」と規定しています。ガイトンさんの仕事をイメージメイカーと定義してみるという考えはどうでしょうか。

絵画の物質性に対する関心という点では、いくつかの類似点があるかもしれません。たとえば、私はインクやキャンバスに限らない物質性についてよく考えています。ある意味で、物質性は言語のようなものであり、様々な情報の集合体でもあります。制作中にプリンターのヘッドは左から右、下から上へと動きます。つまり、私の作品は文字やタイピングに結びついた方法で制作されているのです。

初期の作品ではプリンターと文字を使っていましたが、ヴィジュアルイメージを生み出すことよりも、文章や物理性について考えるのが目的でした。しかし、素材と情報の分析にはリヒターと共通するところがあると思います。私にとって、文字や写真の情報、インクの垂れ具合、そしてインクが別の絵とどう交わるかも、すべて痕跡を残す方法のひとつなのです。

「WADE GUYTON – THIRTEEN PAINTINGS」エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

——制作プロセスについて教えてもらえますでしょうか。作品はプリンターで出力していますが、手によって描いた箇所はまったくないのですか。

作品はデジタルから生まれますが、一部の表現は偶然できることもあります。制作中はリネンキャンバスを折りたたんで片面ずつプリンターに通しています。その際、つねに作品を目視できるわけではないので、よくハプニングが起こります。印刷したての絵画のインクが床に置かれた別の絵画に移ってしまうとか。制作過程や絵画を重ねていくなかで、物理的な接触や写りが多く発生しますが、絵画はスタジオの環境にも反応します。湿度が高いと乾きにくいですし、空気が乾燥している冬には、表面がパリッとします。すべての作品に手がかかっているのですが、すべてが目に見えるわけではありません。

——印刷機や何らかのミスによってできた面白いマークがありますね。これはどのような過程で生まれるのでしょうか。

印刷や折り曲げ作業の際に、インクが濡れて付着したマークもありますし、印刷機内部で余分なインクがこぼれ、重力で液垂れを起こすこともあります。また、なかには液垂れのイメージを印刷したものもあります。

「WADE GUYTON – THIRTEEN PAINTINGS」エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

複製から生まれる独自性

——ガイトンさんはエプソンのプリンターを用いていますが、ほかのメーカーのプリンターを試したことはありますか。また、業者に発注するというやり方を試したことはありますか。

プリンターは、写真業界を破壊し、暗室での現像を終わらせることを目的に開発されたと思います。技術革新は画像制作の基本を根本的に変え、エプソンはその頂点に立っていると思います。共感するかどうかはともかく、この業界のスタンダードの影響を受け、依存することが面白いと感じています。何よりも、私はプリンターを本来の用途とは異なる方法で使っているんです。エプソンは数年ごとに新しいマシンやインクを開発していますが、私はその進化に逆らうかたちで、エプソンが意図していない使い方を実現する方法を模索し続けます。

アーティストとして、手作業の減少やレディメイドの歴史を念頭に置いていますが、同時に現実的な視点を忘れていません。さらに、自由に対する非現実的な期待や、アーティストが使用する道具についてもよく考えています。というのも、アートを作るというロマンティックな自由は、産業や技術によって課された限界に依存しているという現実があるのではないでしょうか。

——絵の完成の基準はありますか。

個別の作品について言えば、一度引き伸ばした時点で作品は完成してしまうのです。絵具を使っている画家とは違って、後戻りして修正することができないからです。このシリーズですが、最初はほかの絵がありましたが、物語、構成、トーン、または視覚的な性質が自然に組み合わさって、いまのかたちになりました。しかし、これらの絵画には文脈が必要なので、単独で展示されることはないかもしれません。

「WADE GUYTON – THIRTEEN PAINTINGS」エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2024) Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris Photo credits: © Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

——プリンターを使うというアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。

2000年代初頭、手描きのドローイングを描いていましたが、机の上に小さなプリンターがあって、手描きよりもうまくいくのではないかと思って使ってみたんです。「画家ではないけれど、どうすれば絵を描けるのだろう」と考え始めました。それからは紙の代わりにリネンを使ってみたり、もっと大きなプリンターに挑戦したりしましたが、本質的には労力を軽減するための試みだったと思います。

——複製というものに興味が最初からありましたか。プリンターを使うことへの興味に影響したものはなんでしょうか。

私はテネシー州の田舎で育ち、美術館が身近にはありませんでした。大学でも美術に触れる手段は雑誌や本だけで、美術史への理解も印刷物を通して形成されたのです。最初に作った作品も、ちぎったページを使っていましたし、いまでもたまにこの手法で制作しています。のちに80年代のポストモダニズムやアプロプリエーション・アートに触れ、シェリー・レヴィーン、リチャード・ハミルトン、マルセル・ブロータースなどに興味を持つようになりました。その関心は、ピクチャーズ・ジェネレーションにとどまらず、様々な方向からの影響も含んでいます。また、ハンター・カレッジで私の教授だったロバート・モリスも大きな影響を与えてくれました。

——複製イメージを用いてデジタル技術によって作品を具現化する制作スタイルは、極東の日本人の我々にとっても、アクチュアリティを持つものだと感じています。ありがとうございました。

左:ウェイド・ガイトン、右:桝田倫広 撮影:編集部

ハイスありな(編集部)

ハイスありな(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。