京都市京セラ美術館にて、特別展「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」が開幕した。会期は6月4日まで。
工芸×アート×デザインのコラボレーション展覧会はもう珍しくないこの頃だが、今展は、工芸、アート、デザイン、ファッション、建築、映像、サイエンスなど、幅広いジャンルから、クリエイター約20人(組)の作品を集めている点、そしてその狙いを「テクノロジーが進歩を続け、地球環境や社会のあり方が見直される現代に、より広い領域横断的思考を求めること」としていることが、意欲的だ。
監修者の川上典李子は「 “人新世”という言葉がありますが、いまは人類の活動が地球に大きな影響を及ぼしている時代。人類が直面している課題に、ジャンルを超えて提言をしてゆけないだろうか。そんな思いから1970年代、1980年代生まれを中心とした元気に活躍している作家さんたちとゴールを決めずに、旅をするように、この展示をつくりあげてゆきました」と語る。
この展覧会が発案されたのが2019年。準備期間には、予期せぬコロナ禍に見舞われてしまったが、そのことは、参加者に、この展覧会がミッションとして掲げた「激動期のサバイバル、未知の受容、未来に向けた創造」への想いを深化させたのかもしれない。結果、多くの作家が新作や初公開作品の出品を申し出たことで、展示はさらに見応えのあるものとなった。
展示は4つのパートに分かれている。第1部が、「ダイアローグ:大地との対話からのはじまり」。
漆、竹、土、ガラスなど、自然由来の素材で表現する現代アーティストを紹介する。「ロエベ ファウンデーション クラフト プライズ2019」の大賞受賞者、石塚源太は、乾漆技法による有機的な造形で、漆という素材の艶、うるみという美しさを極限まで強調する。出品作は高さ約1.7mの新作で「これまでで最大級の作品」。スケール感を得た作品が、驚くほどの視覚的な深みへと誘う。土とガラスを用いた造形は津守秀憲。下部の土から、透明なガラスへと描かれるグラデーションは芽吹きを思わせ、創造の根源と大地とのつながりとを感じさせる。
伝統工芸の技から現代的な造形をあらわすのが長谷川絢と中川周士。竹工芸の中心地・大分で学んだ長谷川は、一体につき5000本以上の真竹、女竹、黒竹を使って「筒束(つつたばね)」と呼ぶ技法で量感と生命力のあふれる彫刻に立ち上げた。
中川は桶に用いられてきた「柾(まさ)合わせ」という技法を、プロダクトからオブジェにまで展開する。木材に並行に走る「柾目」を幾何学的なデザインに落とし込んだ木画的な作品は、木工芸をネクストレベルに高めている。
第2部は「インサイト:思索から生まれ出るもの」。ここではアーティストが作品を通して現代の問題を浮かび上がらせている。
岩崎貴宏は5面の屏風状のパネルに、小さな鉄塔が立つ黒い風景を広げる。鉄塔の足場は黒く染まった布や糸で、電気によって維持される現代生活の足場が、柔らかく脆弱であることを示唆する。黒い壁に直接描かれた2つの白い雲が象徴するのは広島と長崎。床には、環境を清潔に保つための洗剤が、多量のゴミとなる矛盾が示される。作品から導かれる目線が垂直と水平に交差していることが、現状への危機感を強めている。
井上隆夫は、複雑な模様が入ったチューリップをアクリルに流し込んだ作品《ブロークンチューリップの塔》を出品。17世紀のオランダでは、この珍種のブロークン・チューリップの球根が高値で取引され、経済を混乱させた。世界初のバブル経済である。さらに、この模様がウイルス感染によって出現すると分かった現在では駆除の対象となっている。焼却処分を繰り返しされても、このウィルスはいまだ絶滅はしていない。展示されている新作は、アクリルキューブを、DNAの二重螺旋の形に構成。コロナ禍以前に発想された作品であるが、アーティストの感受性が危機感を先取りしたといえよう。
第3部「ラボラトリー:100年前と100年後をつなぎ、問う」では、「日常で使われる『もの』の命を 100年先につなぐためにいま何をなすべきか」という問いに、地元・京都で伝統工芸を現代に展開する後継者たち6名で結成された「GO ON」が取り組んだ。「100年先にある修繕工房」と題したインスタレーションには、職人道具が並んでいる。未来というよりノスタルジックだが「昔に見た未来の姿はシンプルで、無機的なものだった。これからはそれを色づけしてゆかなければならないんじゃないか?」とメンバーの辻󠄀徹。「SDGsが叫ばれているけれど、我々の仕事では修繕しながらものを長く使うことは当たり前。この展示には、各々のアイデアで、社会を修繕する、というメッセージも込めています」。
持続可能な社会を考えるときに、伝統工芸家から得られる気づきの最たるものが、過去100年、これから100年という長いスパンの時間感覚ではないだろうか。
最終章の第4部「リサーチ&メッセージ:未来を探るつくり手の現在進行形 」では、サイエンスとアートが融合し、未来の表現をリードする試みを紹介する。
TAKT PROJECTは、《glow ⇄ grow:globe》で、光を受けると硬化する液体樹脂をLEDの光で直接固め、刻々と「成長する」彫刻で自然現象と化学変化、人為とがともに形作る神秘的な造形を提示した。《black blank》では、磁性流体が壁を登ってゆく動きを作品化。デザインとテクノロジーが表現の可能性と美意識を拡大してゆくのを目の当たりにする。
宮前義之率いる「A-POC ABLE ISSEI MIYAKE」は、現代美術家の宮島達男の作品を、伝統的な捺染でプリントした布と衣服を展示。故・三宅一生はファッション以外の作家と精力的に協働を試みたクリエイターであり、今展の企画者である川上典李子も「三宅さんからは、よく『もっと異分野で交流しないとダメだ』と言われていました。この展覧会を見ていただけなかったのが残念」と語っている。戦後、世界に「跳躍」した日本人クリエイターの先駆者が、常に異分野を意識し、第一線のクリエイションを持続していたことは、改めて示唆的だ。
展示の最後は、田村奈穂のガラスのインスタレーション《フロート》。ヴェネチアのガラス工房との協働で、コンピュータ制御によって明かりがうつろってゆく。京都とヴェネチアの鐘の音をイメージした音響も仕掛けられていて、ヒーリング効果を感じさせる作品だが、それに借景を与えているのは、明治時代に和洋の美学を融合した七代目小川治兵衛が手がけたとされる庭だ。
2023年に開館90周年を迎えるこの美術館は、当初より革新的な表現を受け止め続けて来た場だ。そのことを思うと、20組もの出展作家のうち女性が2名しかいない今展は、ジェンダーアンバランスという社会課題へのとりくみも進むべき未来も体現しえていない。解説文にある「きらめき」「創造」「悠久の時」といった文言が、役所の提言に見えてくるのが残念だ。