エスパス ルイ・ヴィトン東京6回目となる今回は、急激な経済発展を遂げるインドの現在の姿を、インド人の視点から描いた展覧会が開催されている。
キュレーションを、インド人の美術史家であり美術評論家でもあるナナク・ガングリーが務め、コルカタを拠点に活動するアーティスト4人による作品を紹介する。コルカタは、デリー、ムンバイに続く第三の都市に成長。急速に成長したインドは、大気汚染、交通渋滞、貧困、人口増加といった社会問題を抱えている。
セカール・ロイ(1957-)は、急速な経済発展に伴う都市の近代化と貧富の差の拡大に着目し、大型のインスタレーション《スカイライン》によって表現した。彼は、透明なアクリル素材を用いてコルカタに林立した高層ビル群を制作。近代的なビルの内側には、貧困にあえぐ人々の姿がコラージュされ閉じ込められている。
都市に次々と建設された高層ビルは、あくまでも経済成長の華やかな外面の部分であり、路地裏へ一歩入ればそこにはスラムが広がり、貧しい人々が暮らす現実があると彼はいう。きらびやかな経済成長の証しと、その背後に厳然と存在する貧しさ。そのギャップこそがコルカタの現実であり、そこから目を背けてはいけないというメッセージを熱く語った。
スネハシシュ・マイティ(1971-)は、日々の生活の中で当たり前なこととして享受しがちな事象の中に疑問の種を見つけ、人々に注意心を喚起するメッセージとして作品に具現化するアーティストだ。本展では、環境汚染とメディアという観点から消費社会について問題を提起した。
会場内に宙吊りに設置された、どぎつい赤と青に着色された巨大なガスマスクがひと際目を引く。近寄ってみると、このガスマスクは日常的に消費されている小さなプラスチック容器の集積で作られていることがわかる。マスクの目の部分には、液晶画面がはめ込まれていて、そこにはおびただしい数の車が行き来し、その雑踏の中で人々がジャンク・フードを食べているコルカタの街の映像が投影されている。彼は、この作品を通して、品質管理されていないチープなプラスチック容器が大量に消費され、廃棄されることによって発生する有害物質が環境破壊をもたらし、果ては実は私たち自身の生活や社会に暴力的な作用を及ぼす可能性があるということへの危機感を喚起したかったという。
もう一方の作品は、政治腐敗に抗する社会運動家アンナ・ハザレの図像が浮かび上がる《アンナ―無言の声》。古新聞を積み上げて構成される本作品は、現代のガンジーと称される彼女を偶像化し、商売のネタとして利用しているかのようなメディアのあり方に対する疑問を表現した。
自身を取り巻く生活、社会の中で「何かがおかしい」と感じた時に、その感覚を見過ごさず、真理の追求をせずにはいられないという。彼の鋭い眼差しには、作品を通して人々をはっとさせるメッセージが内包されている。
彼はどんな何気ない日用品にも愛着を感じ、丁寧に向き合うことで、美しいものへと昇華させることに興味があるという。ありふれたものの中に美しさを見いだし、自らの手を通して特別なものへと変容させる。それはまさに彼によるマジックであり、外界社会の激しい変化とは無関係に継続する、日々の生活を慈しむ細やかな精神性が感じられる。
最後に、本展唯一の女性アーティスト、ピヤリ・サドゥカーン(1979-)を紹介する。彼女は、一貫して女性に対する抑圧、痛みを表現してきたが、このようなテーマで制作するようになったのは、2004年にマニプール州で、政府派民兵組織による暴行(レイプ容疑もある)を受けてタンジャム・マノラマという女性が死亡した事件に大きな衝撃を受けたことがきっかけだと話す。自分を含む女性たちが、いつ同じような目に遭うかも分からないという現実に対する不安と怒りを原動力に制作をしていると語る。
本展では、8体の等身大の女性像を配置した。全裸の女性の顔から胸部は、「剥かれた皮膚」のように見える断片に覆われ、それらは女性としてのアイデンティティを覆い隠す。不思議なことに、滲んだ血を連想させるその「剥かれた皮膚」は、視覚的な痛みをもたらす強烈なビジュアルを持ちながら、一方で東洋的なモチーフを彷彿とさせる美しさも兼ね備えているのだ。顔から切り取られ地面に並べられた女性たちの目はしっかりと世界を見据えているかのようだ。「剥かれた皮膚」の断片は、やがて飛ぶ蝶の姿に変わり、展示室の上方の壁に設置されたドローイング作品へと繋がり、ドローイングの中で今度は筋肉のようなシールドに変化して女性の身体を覆う。痛みを象徴していた剥かれた皮膚が、女性の身体を守るシンボルとして、強さ、希望を象徴するポジティブなメッセージへと昇華されているのだ。店舗1階では、ピヤリの映像作品も上映されているので訪れる際はこちらも見逃さないでほしい。
本展キュレーターのナナク・ガングリーはいう。「インドは実に約200年もの間、イギリスの植民地下にあり、1947年に独立した後もずっと、所々に残された西洋の色濃い影響を感じながら、自らのアイデンティティを再発見し、確立する闘争を続けてきた。日本は幸運にも歴史上一度も植民地であったことがなく、その点がインドと日本とがもっとも異なる点である」。
ブラジル、ロシア、中国とともにBRICs(ブリックス)と称され、急成長を遂げつつあるインド。日本の約8.7倍の面積をもつ巨大な国に、約12億人もの人々が暮らす。4人のアーティストによる作品からは等身大の目線で自身を取り巻く環境を見つめ、足元を踏み固めつつ前進しようというポジティブな姿勢が感じられる。