岩井俊雄(いわいとしお)という名前を聞いて、ある人は日本を代表するメディアアーティストを、ある人は絵本作家としての顔を思い浮かべるかもしれない。岩井が「絵本とメディアアートの活動を融合しようと思った」と語る、ふたつの顔が交差する展覧会「いわいとしお×東京都写真美術館 光と動きの100かいだてのいえ ―19世紀の映像装置とメディアアートをつなぐ」が東京都写真美術館で開催中だ。会期は11月3日まで。企画担当は東京都写真美術館の藤村里美学芸員。
岩井は1962年愛知県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。在学時はアーティストの山口勝弘に師事。この頃より実験アニメーション制作を始め、19世紀の映像玩具を立体的に発展させた作品《時間層II》で1985年第17回「現代日本美術展」大賞を受賞。その後インタラクティブな作品を発表し、日本におけるメディアアーティストの先駆者として活動の場を広げる。テレビ番組『ウゴウゴルーガ』のキャラクター、三鷹の森ジブリ美術館の映像装置を手がけたことでも知られる。2008年に発表した絵本『100かいだてのいえ』(偕成社)はシリーズ化し、昨年6作目を発表。累計部数は400万部を超えるベストセラーとなっている。
展覧会は3章構成。1章「19世紀の映像装置」では、東京都写真美術館の収蔵品を中心に、とくに重要と思われる発見や映像装置、その連鎖の歴史をひもといていくというもの。カメラ・オブスクラ、マジック・ランタン、ゾートロープ、マイブリッジの連続写真など、数々の発明品がずらりと並び、それらのレプリカを実際に楽しめる、野心的な展示になっている。「こうした装置は文化財のため触って動かすこともできず、これまではアクリルケースの越しに見ることが多かったと思います。歴史に関わるものをひとつ残らず展示したい、触りたいという思いがあったので、今回、橋本典久さん(プリミティブメディアアーティスト)の協力でレプリカとして再現し、仕掛けの部分も体感できるようにしました」と岩井。シンプルでありながらあっと驚く視覚的な効果を見ることができる、夏の自由研究の参考にもなりそうな装置が並ぶ。
2章「岩井俊雄のメディアアート」は、作家の原点でもある小学生時代の「工作ブック」や「パラパラマンガ」といったアーティストの原点を手に取って眺めることができる。「工作ブック」では、実際に制作したものは(済)のマークが書かれているなど、「発明精神あふれる神童ここにあり」といった印象を受けた。
本展に見どころのひとつは、光の視覚効果を利用した岩井の代表シリーズ「時間層」全作が並ぶ空間。なかでも《時間層Ⅱ》(1985)は、120体の紙の人形を配置した円盤をモーターで回転させ、円盤上部のブラウン管テレビからストロボ光を照らすと、すべての人形が同時に動く様が見られるメディアアートの金字塔。約40年前という時代を感じさせない、視覚的イリュージョンに魅了されるはずだ。
メディアアート作品は制作時の機材やアプリケーションなど、環境ありきで成立する作品が多いため、時間が経つにつれ作品再現が難しくなるという課題を抱える。岩井はこれに対して、メディアアート研究者の明貫紘子とともに「岩井俊雄アーカイブ&リサーチ」を発足。様々な資料をデジタル化し整理するとともに、作品の再制作や再展示を想定した資料の活用とガイドライン作成などを行っている。年月が経ち再現の難しい作品の実現は、こうした整備とともにテクニカルディレクターの存在も大きいという。今回、テクニカルディレクターの田部井勝彦(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])の主導のもとに「時間層」シリーズは再現されたと言い、「作家抜きでも展示できたのが画期的」と明貫は話す。
《映像装置としてのピアノ》(1995)は、坂本龍一とのコラボレーションパフォーマンスでも知られる作品。東京都写真美術館のコレクションで、アーケードゲームを思わせるインタラクティブ作品《Floating Music》(2001)も同館にて初披露される。
最終章となる3章「イワイラボ─19世紀を再発明する」で岩井は、19世紀の映像装置をあえて再考し、再発明を試みている。いずれもシンプルな装置だが、私たちの周りにありふれて存在しているため、その仕組みについて考えることもなくなった「映像」の始まりを確認できる。
岩井は本展について、子供や親子連れにもたくさん来てほしいと話す。「この展示は、映像のルーツがどこにあるか科学的な探究心を促すようなもの。情報一つひとつをいま我々が肉体で感じ取るには、映像との付き合い方を見直す必要があると思う」と強調した。
メディアアート=情報やテクノロジーととらえられがちだが、本展はもっと根源的で、いかに映像を身体で感じ取るかということを訴えている。子供も大人も、広く楽しめ、考えさせられるおすすめの展覧会だ。
野路千晶(編集部)
野路千晶(編集部)