公開日:2024年6月14日

近年再評価される、日本にルーツを持つ陶芸家の回顧展。「トシコ・タカエズ:内なる世界」(ノグチ美術館)レビュー(評:國上直子)

20世紀後半にアメリカで活躍した陶芸作家の大規模個展。陶芸品を絵画と彫刻の複合体としてとらえながら、実験的な作品を多く手がけた

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

再評価の動きが高まる日系アメリカ人陶芸作家、タカエズ・トシコ

アメリカの美術界では近年、女性作家の発掘や再評価が積極的に行われている。とくに、何十年にもわたるキャリアを積みながらも、スポットライトを浴びる機会が少なかった作家たちの大規模回顧展が増えている。2019年にグッケンハイム美術館で開かれたヒルマ・アフ・クリント展はその好例で、同館の史上最高来場者数を打ち出す画期的な展示となった。以降も、メトロポリタン美術館でのアリス・ニール展や、ホイットニー美術館でのジャン・クイック・トゥ・シー・スミス展、ルース・アサワ展など、女性作家再評価の動きは衰えを見せない。

現在、ニューヨーク市クイーンズ区にあるノグチ美術館(The Noguchi Museum)で開かれている、日系アメリカ人の陶芸作家タカエズ・トシコ(1922〜2011)の回顧展「トシコ・タカエズ:内なる世界(Toshiko Takaezu: Worlds Within)」もこの流れを汲む展示となっている。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

昨年のオークションでは作家史上最高値を記録

タカエズは20世紀後半にアメリカで活躍した陶芸作家で、陶芸品を絵画と彫刻の複合体としてとらえながら、実験的な作品を多く生み出した。代表的作品「クローズド・フォーム」は、器としての機能を排したもので、「工芸と美術の境界線の解体」を試みた彼女の真髄が凝縮されている。数々の前衛的な作品を手がけ、アメリカ現代陶芸を牽引し、多くの陶芸作家たちに慕われてきたが、陶芸界以外でのタカエズの認知度は低かった。しかし近年になって、弟子やコレクター、親族などの尽力により、彼女の再評価が進められている。国内4ヶ所を巡る本展に加え、今年は国内外の5つの展覧会でタカエズの作品が紹介される。最近は、ブルーチップギャラリーが作品の販売を始め、昨年のオークションでは作家の史上最高値となる54万ドルで作品が落札された。彼女への注目度は確実に高まっている。

トシコ・タカエズ、1987年ハワイにて Photo by Macario Timbal. Toshiko Takaezu Archives © Family of Toshiko Takaezu

ノグチ美術館での展示は、約200点の作品を通して、タカエズの足跡を追う内容となっている。タカエズの過去最大規模となる本展では、陶芸作品の他に、テキスタイルやペインティング、インスタレーションも展示されている。タカエズの幅広い表現に触れつつ、日系二世というアイデンティティに根差した、彼女の世界観にも触れることができる。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

タカエズは、1922年にハワイ島の北東にあるペペーケオで生まれた。沖縄から農業移住してきた両親のもと、11人兄弟の6番目の「真ん中っ子」として育った。家計を支えるため高校を中退してホノルルに働きに出たのち、陶器工場の仕事に就いたことから陶芸にのめり込んだ。その後、ハワイ大学の陶芸プログラムを経て、ミシガンのクランブルック・アカデミー・オブ・アートで、フィンランド人陶芸作家マヤ・グローテルの薫陶を受けた。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

転機となった日本訪問、そこでの出会い

グローテルは、陶芸とは直感を利用した全身表現であることを教え、タカエズはアクションペインティングを彷彿とさせる抽象的な絵付けを取り入れ始めた。そこでタカエズは、前衛的表現が自分の強みだと自覚するようになる。卒業後しばらくの間、タカエズは教育機関で陶芸を教えるかたわら、制作を行っていたが、家族ともに生まれて初めて日本を訪れることになった。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

8ヶ月に及んだこの旅は、タカエズの人生の転換点となった。タカエズは、日本語を話す家庭環境で育ったものの、日本に着くと、思いのほか言葉と文化の壁が立ちはだかった。日本人は、判で押したようにうわべは親切だが、なかなか本心を見せないことも痛感したという。いっぽうで、北大路魯山人、金重陶陽、八木一夫といった陶芸作家のもとを尋ねたり、江戸時代の女性陶芸作家・大田垣蓮月の作品を目にしたりと、制作欲を大いに掻き立てられる出会いを重ねた。タカエズにとって、訪日は作家として生まれ変わるような経験になった。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

日系二世という視点から味わった「近くて遠い日本」という感覚は、タカエズの作風に大きな影響を与えた。帰国後タカエズは、日本で感銘を受けた陶芸をただ伝導するのではなく、自分なりに咀嚼し展開していった。同時代の前衛的な陶芸作家たちと切磋琢磨するなかで、東洋と西洋の要素を大胆に組み合わせることを意識しながら、タカエズは独自なスタイルを開拓していった。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

代表作「クローズド・フォーム」の誕生

そしてタカエズの代表シリーズ「クローズド・フォーム」へとつながっていくが、ふとしたアクシデントからこの作品が進化する。あるときタカエズは、小さな粘土のかけらを内側に残したまま、作品を窯に入れてしまった。ところが焼き上がり後、作品を手に取ると、かけらが内側でコロコロと心地よい音を立てているのをとても気に入り、それからは意図的に小さな粘土の塊を内側に入れるようになった。内面への癒着を防ぐために塊を紙で包む際、タカエズは言葉やフレーズを紙に書き記した。てっぺんを閉じたあとはその内容を確認するすべはなく、器が焼き上がるあいだに紙は焼失しまう。こうして「クローズド・フォーム」は、粘土の塊が奏でる音でのみ認識できる空間、かつ言葉が消えた空間を内包した、重層的なメタファーに満ちた作品へと変貌した。タカエズは、焼き上がるまでどのような作品になるかわからないという陶芸独特の「偶然性」を重要視し、作品を発展させるために活用していった。

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

見たいものに自在に姿を変える、明晰夢のような作品

タカエズの作品には、ハワイの風景をはじめ自然にインスピレーションを得たものが多いにもかかわらず、タカエズが成形した痕跡に引き込まれるように表面を眺めていると、いろいろな情景が浮かんでくる。それはどこかで見た風景、絵画、あるいは映画のワンシーンのようでもあり、宇宙や微生物のようであったりもする。タカエズの作品には、見たいものに自在に姿を変える明晰夢のような柔軟性がある。

「クローズド・フォーム」を持つタカエズの手、1979年 Toshiko Takaezu Archives © Family of Toshiko Takaezu

タカエズは後年、巨大な作品を多く手がけ、陶芸の限界を探るようになった。器とも彫刻ともつかない巨大作品において、タカエズの抽象的な作風はさらに際立つ。自身の背丈を超えるような作品は、弟子にロクロを回してもらいながら、足場の上から成形を行っていた。タカエズにとって、回転する器の中に落ちてしまうかもしれないというスリルは非常に快感であり、「上から中を覗き込むと、内側には宇宙全体が広がっているようだった」という。会場では、作品を前に長い時間を過ごす観客たちの姿が印象深かった。本展は、タカエズ作品の包容力が存分に感じられる展示内容となっている。

1998年、トシコ・タカエズと、後に「Star」シリーズとしてまとめられた作品群(1994–2001)。左から《Sahu》、《Nommo》、《Emme Ya》、《Unas》、《Po Tolo(Dark Companion)》 Photo by Tom Grotta Courtesy of browngrotta arts © Family of Toshiko Takaezu
会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

会場風景 Photo © Nicholas Knight Courtesy of The Noguchi Museum

「トシコ・タカエズ:内なる世界」
“Toshiko Takaezu: World Within”
会場:The Noguchi Museum (ニューヨーク)
期間:3月20日〜7月28日
https://www.noguchi.org/museum/exhibitions/view/toshiko-takaezu/

國上直子

國上直子

くにがみ・なおこ ライター。『美術手帖』などに執筆。